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『現代版百物語第一夜:朧車』

作者: 百太郎

とある街の繁華街、酔客達の陽気な声が辺りに響いている。

そんな声に混じり、不満げな呟きがポツリ。


『…ったく。何で俺がお前の介抱しなきゃなんねぇんだよ』


声の主、佐々木康介は酔い潰れてしまった会社の後輩鈴木清を肩に担ぎながら、心底面倒くさそうに毒づく。

そんな事はおかまいなしに、鈴木は呂律の怪しくなった声で康介に絡んでくる。


『ひどいじゃないれすかぁ、しぇんぱいがさすってきたからいったんれすよぉ~、それをなんれすかぁっ!とぅきあいがわるいとおこるのはどこのだれれすか~!』

『あ~、もう分かったから黙れっ!何言ってっかわかんねぇし!お前、ほんとに酒乱だなっ!』

『えっ!?どこのだぁれがしゅ~らんだっていうんでしかぁ?だぁれでしか~!?』

『いいからお前もう帰れっ!タクシー止めてやっから!』


正直、鈴木の酒癖の悪さにウンザリしていた康介は通り掛かったタクシーを止め、彼を押し込んだ。


『ちょっ!?ちょっとまってくららいよ~!!ちょっ、ちょっつ★♀〇%▲♯~!』

『だ~か~ら~何言ってっかわかんねぇんだよっ!運転手さんっ!早く出して下さい!!××の××にある××マンションですからっ!!』


矢継ぎ早に鈴木の住んでいるマンションを告げると、運転手が扉を操作する前に勢いよく閉める。

運転手は慣れているのか驚いた風もなく、扉をロックし車を発進させた。

鈴木はまだ絡み足りないのか、車の窓に張り付き何事かを叫んでいるようだったが、康介がそれを聞き取る間もなくタクシーは凄いスピードで遠ざかっていった。


『…あっ。あいつ、タクシー降りれっかな?…まぁ、運転手さんが上手くやってくれっだろ。悪いことしたかなぁ…まぁ、いいや。んなことより俺もタクシー拾わなきゃ…』


かなり酔っ払っていた鈴木の事とそんな彼を運転手に押し付けてしまった事を気にしつつ、自分の帰りのタクシーを探すことにする。

時刻は夜の10時を回っている。この時間なら、まだタクシー乗り場に行けば一台ぐらいは捕まるだろう。そう思っていたのだが…。



『…マジかよ』


康介は只、駅前に茫然と立ち尽くしていた。

駅に着いてみると、タクシーはおろか車もバスも自転車すら走っていない。それどころか人っ子一人歩いていないような気もしてくる。人の気配が全く感じられない。


『…俺酔ってんのか?』


自分の正気を疑いたくなる。まるで自分一人がこの世界に取り残されてしまったようだ。異様な空間に不安を煽られ早くこの状況を何とかせねば、と焦りながら必死に頭を巡らせる。そして、ある事を思い付く。


『あっ!電車で帰りゃいいんだ!』


何故こんな簡単な事を思い付かなかったのだろう、と彼は苦笑する。

(パニッくてたな、俺)と思いながら、駅の改札に向かう。電子マネーで改札を通ろうとする。だが…。


プーッ!バタンッ!


警告音を発し、改札の扉が勢いよく閉まる。


『おわっ!?何だよっ!?』


不意を突かれ、前につんのめる形で転びそうになる。


『んん、ふぅ…チャージしてなかったかな?』


一瞬、頭にカッと血が昇りそうになり深呼吸をして冷静になる。チャージがないというのなら電子マネーをチャージすればいい、そう思いチャージ機を探す。チャージ機はすぐに見つかった、だが彼はガックリと肩を落とす。


『…何で中にあんだよ』


チャージ機は改札を通った先にあった、これではチャージは出来ない。

もう面倒くさくなり、改札機を飛び越えてやろうか、とも思った。

しかしもっと面倒な事になるだろう、と思いとどまる。

それにチャージが出来ないのならば、切符を買えば済む話だ。券売機の場所は改札の横にあったので、すぐに見つけることができた。

すこしホッとし、最寄りの駅までの切符を買おうと硬貨を入れたところで動きが止まる。


チャリーン。


お金が入らない。何度入れても返ってきてしまう。さすがにイライラしてきて、少し声を荒げる。


『マジかよっ!勘弁しれくれよっ!?』


その声を聞きつけたのか駅事務所の扉が開き、中から妙に顔色の悪い駅員が出てきた。手に何か大きめの紙を持っている。その紙を持って彼の前を通り過ぎ、券売機の前まで移動していく。そして、手に持っていた紙を券売機に貼り付けた。

その紙には「ただいま、故障中。大変ご迷惑をお掛けしております。」と書いてあった。

貼り終わった後、駅員はそそくさと駅事務所に戻っていってしまった。

あまりにも自然な動きだったので彼は何もできず、ただその様子を見ているだけだ。ハッと我に返り、急いで駅の窓口の前まで行く。駅員がいるのだから窓口で切符を売ってくれるだろう、と考えたからだ。

たが、いつまでもたっても窓口に駅員が現れない。それどころか駅事務所の中に人がいる様子が感じられない。

不安になり、駅事務所の中に声を掛ける。


『あの~、すいませ~ん!切符欲しいんですけど~!』


何の反応もない。もう一度、大声で呼び掛ける。


『すいませ~ん!!切符下さ~い!!お願いしま~す!!』


やはり、全くの無反応だ。中を覗き込んでみるが電気が点いていないのか真っ暗で何も見えない。

どうしたものか、と悩んでいるといきなり駅の全ての電気が消えた。突然の事に驚き、声をあげる。


『おわっ!?えっ!?何っ!?』


状況が呑み込めずオロオロしている彼の目に更に信じられない光景がうつる。

なんと、駅のシャッターが閉まりだしたのだ。


『うわっ!?マジかよっ!?』


慌てて駅の中から走り出る。ギリギリのところで閉じ込められるのだけは免れた。荒い息を吐きながら、駅前広場に座り込む。

『ハァハァ、ヤバかったぁ。閉じ込められるとこだった。…でも何でシャッター閉まったんだ?まだ終電じゃねえだろ?』


言いながら時計を確認し驚く。なんと夜中の1時をまわっている。


『えっ!?もうこんな時間!?…おかしいなぁ、たしか駅着いたの10時過ぎだったと思うんだけど』


さすがに薄気味悪くなってきて、一刻も早く家に帰りたいと思う。でも、もうこの時間だと誰に電話しても出てはくれないだろうし、歩いて帰るしかない。

そう彼が覚悟した時、ちょうど駅前のロータリーにタクシーが入ってきた。

助かった、と不安だった気持ちがサッと晴れる。

別の客に先を越されてはたまらないので、足早にタクシーに近づく。近づいて行くとスッと扉が開き、なんなく乗車する事に成功した。

心底ホッとしていると、運転手が『どちらまで?』と聞いてきたので自分の住んでいるマンションを告げる。


『かしこまりました』


運転手はそれだけ告げるとタクシーを発車させた。

発車して少しすると、安心して気が抜けたのか猛烈に眠くなってきた。この場所から自宅までは、そこまで距離はないので我慢しようかとも思ったが、どうにも眠い。我慢できそうもない。運転手に悪い、とは思ったが少し眠らせてもらう事にした。


『…運転手さん。俺、ちょっと寝るんで、ついたら起こして下さい。お願いしますお願いしますお願いします』


運転手に言うと、返事も待たずグーグーと眠りに就いてしまう。

車中には彼のいびきの音だけが盛大に響いていた。




ガンッ!!

『っ!?』


康介は強い衝撃で目が覚めた。どのくらい寝ていたのだろうか?と思い、ふと窓外に目をやって彼は身を硬くした。全く見覚えのない場所が窓外を流れていく。明らかに自宅のマンションに向かっているとは思えない。

焦って運転手に問い質す。


『ちょっ、ちょっと!!運転手さんっ!!どこ行ってんすかっ!?運転手さんっ!?』


聞いても運転手は答えない。ただ黙々とハンドルを操作している。

恐怖を覚えた彼は、大声で叫ぶ。『もう止めてくれっ!!!降ろしくれっ!!!』


彼の抗議も虚しく運転手は全く止める気はないようで、ただ黙々とハンドルを操作している。

それどころか、更にアクセルをふかしスピードをあげ始めたではないか。

ぐんぐんとスピードはあがっていき、彼はシートに押さえ付けられる。


『うっ、うっ。たっ、頼むぅ、止めてくれぇ』


半泣きになりながら、懇願する。その願いが通じたのか運転手が少しスピードを緩めた。

その次の瞬間。


キィィィーーーーー!!!!!


いきなりの急ブレーキに、前のめりになり運転席のシートに強かに頭を打ち付けた。

『ぎゃっ!?う~ん』


そのまま目の前が真っ暗になり、意識を失ってしまった。最後に運転手が、こちらを振り向いたような気がしたがそれを確認することは出来なかった。





『…うっ、う~ん。はっ!!俺、生きてる!?…よかったぁ』


タクシーの中で目を覚ました康介は、自分の体を確認しホッと胸を撫で下ろす。

しかし、すぐに身を硬くし運転席の方をみやる。

運転席はもぬけの殻だった。運転手はどこに行ったのだろう。

恐る恐るタクシーから降り、外に出ていく。

ここはどこだろう、キョロキョロと辺りを見回す。

木々が生い茂り、鬱蒼とした森のような場所。彼ははじめそう思った。

しかし、すぐに思い直す。眼下に街の灯りが、ちらほらと見えたからだ。


『…ってことは、ここは山の中?』


そう呟き、一気に気が重くなる。自宅とは真逆の方向ではないか。今から歩いて帰ったら朝になってしまう。いや、それはおろか山道をこんな真っ暗な中、歩いていくなんて恐ろしくて出来る訳がない。かといって、ここに留まるのも同じ理由で無理だ。どうすればいいのか、彼は頭を抱えた。


『どうすりゃいいんだよぉ、もう。…んっ?』


ふと、彼は後ろが気になり振り向いた。そこには先ほどの暴走タクシーが止まっている。タクシーの先に何かが見える。白い大きな物、何だろう。更に目を凝らしジッと見詰めていると、それが二階建てほどの建物である事が分かった。


『…こんな場所にビル?』


これ以上は目視では確認できない。もう少し近づく必要がある。

一歩踏み出した時、ある考えが浮かび足が止まる。


『…(もしかしたら、あそこにあの運転手がいるかもしれねえ。そしたらどうすんだ?何されっかわかんねぇし…)どうしよう?』


頭で思っている事が口から零れ出る。

その時。


ガサガサッ!


彼の背後で、何かが動く音がした。体を硬直させ、ゆっくりと振り向く。すると、康介のすぐ後ろの茂みから黒っぽい人影がぬうっと現れた。『うわぁぁぁぁっ!!!』


叫びながらクルッと振り向き、タクシーの先にある建物に向かって全力で走っていく。

もう悩んでなどいられない、早くあの中に入らなければという思いだけで足を動かす。

その場所は彼が思っていた程は距離はなかったらしく、すぐにたどり着いてしまった。

ガタガタ震えながら、ビルの扉をブチ破るような勢いで扉に張り付き、祈るような気持ちでノブをガチャガチャと回す。


(開いてくれ~、頼むぅ!)


彼の願いが通じたのか、思いのほか簡単に扉は開いた。

転がるように室内に飛び込むと、扉を思い切り閉める。

部屋の中は電気が付いており、目が眩むほどに明るい。扉にもたれ掛かり、その場にへたりこむ。

足に力が入らない。情けないことに、腰が抜けてしまったようだ。


『…はあはあ、ビビったぁ。何なんだよ、あれ。人間だったのかぁ?』


ふと、あの人影は暴走タクシーの運転手だったのではないかという考えが頭を過った。

確認する暇など、とてもなかったが。

少し落ち着きを取り戻した彼は、座ったまま建物の中を観察していく。

ガランとしたコンクリート製の無機質な空間である。天井に吊るされた裸電球が煌々と部屋全体を照らし出している。調度品は何もなく、窓も付いていない。部屋の左側には鉄製の階段があり、二階へと続いている。二階はどうなっているのだろうか?彼は気になった。足の震えも収まってきたので、二階を見てみようかという気がだんだんと起こってきた。

フッと二階を見上げる。



(誰か住んでんのか?でも、鍵開きっぱなしだったよな。それに電気ついてるし。…二階に誰かいんのか?…はっ!もしかして、あの運転手か!?…その可能性はあんな)


色々な事を考えるが、結局まとまっていかない。


『(考えててもしょうがねえよなぁ。行ってみっか)…ヨシッ!』


膝をパンッと叩き、勢い良く立ち上がる。そして、そのままの勢いで鉄階段をかけ上がっていく。

上についてみると、建物の二階は扉が一つしかなく、どうやら一階と同じように一部屋しかないようだ。

彼は、また一気に扉の前まで行くとノブを掴みそのまま開けてしまった。


『…何もねえじゃん』


その部屋には、やはり調度品は何もなく窓も付いていない。ただ、裸電球が煌々と光っている。彼が考えていたような、人がいた形跡も暮らしている形跡も全く見当たらない。

拍子抜けするほど、何もなかった。緊張していた自分が馬鹿に思えてくる。


(もう、下降りっか。誰もいなかったし)


そう思いながら、ゆっくりと階段を降りていく。その途中、ふと正面を見た時、彼はある事に気づいた。


『シャッターだ』


入った時は気づかなかったが、部屋の正面が巨大なシャッターになっている。この建物は倉庫か何かなのだろうか。ならば、シャッターを開閉する装置があるはずだ。

下に降りていき、探してみる。


『おっ!あった!』


それは、意外なほど簡単に見つかった。シャッターの開閉スイッチであろう物が、自分の入ってきた扉のすぐ横に取り付けられていた。彼はスイッチから距離をとる、絶対に開けないためだ。開けてしまったら、あの人影がここに入ってきてしまうだろう。それを考えると、恐ろしくてとても近づくことができない。


『…朝までここにいるしかねえか、しょうがねえな』


腕時計で時間を確認すると、4時を少しまわったところだった。

今の時期は、春の始め頃で日の出までは約二時間ほどで朝を迎える。そのため携帯電話のタイマーを6時にセットしておく。これは建物には窓が付いていないので、日が昇るのを確認できないためである。

彼はドカッとその場に腰をおろし、まんじりともせず朝を待つことにした。






それからの二時間は、まさに睡魔との戦いだった。

何度も意識が飛びかけ、そのたびに頭をブンブン振って眠気を飛ばす。そんなことを何度も繰り返していると、やがて夢と現実の区別がつきづらくなってくる。夢うつつの状態というやつである。

この状態になると聞こえないはずの声や音が聞こえたり、見えないはずのものが見えたりする。

今まさに彼の状態がそれであった。遠くの方で、ピピピッ!という電子音が聞こえる。

ぼんやりとした頭で、その音を聞いていると不思議な気分になってくる。


『…?(何か鳴ってる。目覚ましか?ここ、俺の家だっけ?つうか、ここどこだ?地面がかてえなぁ。道路みてえ。途中で寝ちゃったのかな?道の途中で?俺、馬鹿みてえ。…さっきからアラームがうっせえな。…んっ?)…アラーム?アラームっ!!』


そこで完全に夢うつつの状態から、現実に引き戻される。

セットしておいた携帯電話のアラームが鳴っている事に、ようやく気づいたからだ。

慌てて携帯電話を手に取り、時間を確認する。

見ると、6時を少し過ぎたあたりであった。

この時間ならば、もう空は白み始めている頃だろう。

彼はホッと胸を撫で下ろした。結局、何も起きずに済んだことに安心したのだ。


(早く帰ろう。そんでぐっすり寝よう)


おもむろに立ち上がると、扉に向かい歩いていく。

扉の前まで行くと、何の躊躇もなくノブを回し扉を開け、外に一歩踏み出していく。

出た瞬間、強い光が康介の両目に当てられた。目が眩むほどの光だ。朝日か、とも思ったがそれにしては強烈すぎる。戸惑いながら、前方を確認しようと手をかざして薄目を開ける。すると、そこには丸いライトが2つ、彼を照らし出している。

まるで車のヘッドライトのようだ、と思い背筋がゾッとする。


(あのタクシーか!?外で待ち伏せしてやがったのか!?)


恐怖を感じ、後退りしようとする。しかし、すぐに扉が背中に当たり逃げ場を失ってしまう。後ろ手で扉を開けようとするがうまくいかない。焦れば焦るほど、ノブを掴むことができない。扉を開ける事が出来ないならば、と辺りを見回し逃げ道はないか探しだす。

その時になって始めて、彼はある重大な異変が起こっていることに気づく。


『えっ?まだ、夜?』


辺りはまだ真っ暗で、夜明けの雰囲気すらない。

愕然とする彼の前に、ライトを点けたままのタクシーが近づいてくる。

スルスルと体から力が抜けていく。もう逃げる事も動く事もできない。そのまましりもちをつくように、座り込む。

そんな彼の前に、爛々と光る2つのライトが近づき止まる。不意に辺りを照らしていた光が消えた。運転手がライトを切ったのか。そう思い顔を上に上げる。

途端、彼は声にならない声を発した。


『ひっ!?』


目の前に、巨大な女の顔があった。

その顔が彼を見下ろしている。

女と目があった。


ニタァ。


女が笑った。

彼は、気を失った。






身体が痛い、それが康介の感じた最初の感覚だった。

その後から、ガヤガヤとした人の声が耳に入ってきた。

どうやら、彼のことを呼んでいるようだ。

ゆっくりと目を開ける。


『あっ!目開けた!あんた、こんなところで何やってんの!?』


中年の警察官が彼の顔を覗き込んでいる。少し怒ったような表情だ。


『早く立ちなさい。道の真ん中で寝てちゃダメでしょ。飲み過ぎたの?それとも、喧嘩?それにしては、どこも傷ついてないけど?それとも何かの病気?病気だったら救急車呼ぶけど、どうする?』


抱え起こされ、いろいろと聞かれる。だが、彼は中々答えることができない。頭が混乱し、上手く言葉が出てこないのだ。


『あぁ、すいません』


ただ、それだけが口から出てきた。

警察官は怪訝な顔で、こちらを見ながらまた聞いてくる。


『大丈夫?ここで倒れてたんだけど?何があったの?』


『…いやぁ、ちょっと飲み過ぎちゃって、すいません』


状況はあまり呑み込めていないが、とりあえずそう答えておく。


『そう。なら、いいけど。飲み過ぎちゃダメだよ、こんなところで寝てたら、危ないからね』


警察官はそう言うと、さっさとその場を立ち去っていく。

ポカンとしながら、昨日の出来事は全て夢だったのか、と頭を巡らす。


(どこまでが夢だったんだ?全部か?全部、夢なのか?それにしてはリアルすぎるだろう)


そこまで考え、彼にはもうどうでもよくなってきた。


(…もう、いいか。なんだか疲れた)


考える事よりも先に、帰って眠りたかった。身体は痛いし、何だか頭もボーッとしている。

フラフラと歩いていると、彼の近くにタクシーが一台急に止まった。

ビクッとして、そちらに目をやる。

しかし、扉は開かない。単なる乗車待ちのようだ。

不意に、あの巨大な女の笑みが浮かぶ。

背筋に冷たいものを感じ、そそくさとタクシーから離れ、始発が動き出した駅の方に向かう。

彼は、今後しばらくタクシーは使わなくなるだろう。

少なくとも、巨大な女の顔がチラついている間は。


~完~


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