パレット・バレット
引き金に指をかけ、僅かに力を込める。
――パァン。
撃ってみた感覚としては、思った以上に呆気ない。
そんな感想しか出てこなかった。
――わたしは死んだ。はずだった。
◆
甲高く轟く銃声が、嬌声のように聞こえた。
わたしは銃を撃つ。
目の前の女に向けて。
女の眼には恐怖が浮かび上がり、首を横に振り続ける。
何かを呟いているが、それはまるで言葉にならず、何を言っているかは全くわからない。
わたしは痺れを切らして、女に銃口を向ける。
女の恐怖は膨れ上がり、零れ落ちる涙がメイクをボロボロに溶かしていた。
――醜い。
わたしは苛立つように、引き金を引いた。
乾いた銃声が響き渡り、女は倒れる。
わたしは静かにその場を後にし――ビルの上からその女を観察する。
やがて、女は起き上がった。
その目に恐怖の色はなく、歪んだ色情が滲み出ていた。
崩れた化粧を全て落として、女は立ち上がる。
妖艶な笑みを顔に張り付けている。
女は歩き出し、ネオンが輝く市街へと吸い込まれていく。
そして、一人の男にしな垂れかかるように抱き着き、情欲を掻き立てるような目線で男を眺めた。
男は喉をごくりと鳴らし、女は耳元に何かを囁く。
男は下卑た笑みを浮かべ、女の手を引き歩き出す。
――まったく、単純な世界だ。
そこまで見て、わたしは女から視線を外した。
このあとあの二人は獣のように交わるのだろうということはわかりきったことだった。
わたしは手元の銃を眺める。
この銃で撃たれた人間は気絶し、起き上がったときには抑えきれないほどの性欲が湧き上がっている――と言うことだ。
色欲の銃。
何故こんなものが存在しているのかはわからない。
気付いたときには、わたしの手の中にこの銃はあった。
都合がいいと思った。どうせ死ぬのなら、使ってやろうと。
最初の被害者はわたしで、加害者ももちろんわたしだ。
わたしは自殺しようとして、代わりに処女を失った。
ビルの屋上で目を覚ましたとき、なぜ生きているのだろうと思ったのは一瞬だった。
耐えきれないほどの疼きが身体を這い回り、自ら慰めても一向に収まる気配はなかった。
なんでこんな状況で――そんなことを考える余裕すらない。
かつてないほどに乱れ、わたしは初めて絶頂を味わった。
頭が真っ白になり、けれど身体の自由は相変わらず利かなかった。
いつまでも長く、どこまでも深く、欲望は湧き上がった。
三度目の絶頂を体験した後、ビルの下で酔っぱらいの叫び声が聞こえた。
――男。
このときのわたしの頭は、まともではなかった。
正常な思考は欲望に塗りつぶされ、ただ快楽を求めていた。
――そして。
――――。
この銃で撃たれた人間は、性欲が湧き上がり――それを糧に生きていく。
サキュバスだとか、インキュバスだとか。
そんな存在に成り果てる。
わたしはもう、人ではない。
もう柵には囚われず、ただ人を堕落に貶める存在になった。
銃で撃たれたものは、わたしの眷属。
彼らの糧は、わたしのもの。彼女らの欲も、わたしのものだ。
わたしは自らに銃口を向ける。
――こんなものなんて使わなくても、わたしは既に狂っている。
それでも銃を撃つのは、わたしがまだ人間らしいということなんだろう。
わたしは、こんな色魔ではないと。
――死にたくないと、あの夢をいつまでも見ていたいと。
そう感じてしまっているのだ。
わたしは、なんで自殺なんて考えていたんだっけ。
――パァン。
意識が、闇に飲まれていく。
◆
目を覚ます。
体が熱く疼いている。
思考が攫われ、感情が昂る。
光に、吸い込まれていく。
と言うことで、パレット→色→色欲……という連想。
ちょっとこじつけくさいかも。
カラーガンとか、カラフルマグナムとか……クソダサい気がしてきた。
ネーミングセンスのなさよ……。
同名タイトルで別物っていうのを書きたかっただけなんです。