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あの日の群像  作者: Atsu
光の祝杯
4/4

光の祝杯 part4(完)

京介きょうすけりょうは、ゆいの三人は喫茶店「Sweet」を訪れた。

 「ナオトさんの残した"二杯分"という言葉」。「"光が鍵"というナオトさんの発言」、「カップに描かれた鍵穴」全てが一本の線となったとき、京介が見つけたもう一つの杯とは?

 完結編、スタート。

 俺は、喫茶店『Sweet』のオーナー御上みかみさん、りょうゆいの三人をカウンター席の前に集めると口を開いた。

「この謎を解く鍵はそう、”光"です。ナオトさんが立ち去り際に、光が鍵と話したのは、御上さんに気付かせるためです。

 入口扉の小窓。そこから光が差し込んだ際、ナオトさんは帰っていきました。カップに書かれた鍵穴は小窓向けられていることから、鍵となる光をカップに当てることで、答えへとたどり着くことが出来ます」

「どうして、光をカップに当てることが必要なの?」

かげが出来るからさ」

「影?」

「そう。鍵となった光が鍵穴が書かれたコーヒーカップへと差し込まれることで、二杯分と言う謎が明らかになります。このコーヒーカップの影像が伸びた先、あの、多くのシールの貼られた壁にある、あるものに影を重ねることで、”二杯分”となります」

俺は、カウンター奥の壁を指差す。たくさんのシールの貼られた壁を見て、三人は驚く。

「影の当たっている所に、コーヒーカップのシールが貼られてる!」

「本当だ!」

「これが、ナオトさんの指す、二杯分の二杯目のカップ、です」

しばらく眺める三人だが、了がふとした疑問をぶつけてくる。

「あれ。このシールって前から貼られていなかったっけ、京介きょうすけ?」

一見、俺たちが前から目にしているシールに思える。しかし、その質問も想定内だ。

「いや、これは別のシールだ」

「どうしてそう言えるの、京介君?」

「前に貼られていたカップのシールと書かれている文字が違うんだ。俺の記憶が正しければ、前までは『Tea and coffee』と書かれていた。だが、今貼られているシールは『Ti amo』と書かれている。この単語はイタリア語だが、二人ともこの位は分かるよな。御上さんがコーヒーを取りに行った間、カップへの鍵穴マークの記入をした際に貼ったんだろう」

「『あなたを愛しています』、か。なるほどね」

ウンウンと納得するように了がうなづく。

「何でそんなこと覚えてるのよ、京介君?」

「たまに一人で来ることもあるからな。ここは落ち着くし。その時はカウンターで飲んでるし、目移りすることもあるんだ」

「そういえば、一人でもよくいらしてますね、京介君は。常連さんです」

「で、この言葉はどうとらえればいいの、京介君? まさか、文字通り、ナオトさんの求愛?」

「そ、そうなんでしょうか?」

少々困惑する御上さんに優しく諭すように指示をする。

「御上さん。シールをめくってみてください。そこに何かしらの答えがあるはずです」

「は、はい…」

御上さんは恐る恐るシールをはがした。その下から『tea and coffee』と書かれたシールが現出する。

「本当だ! すごいや京介!」

了が拍手を大げさにした。

「そっちじゃない。御上さん、はがしたシールの裏面を見てください。何か書かれていませんか?」

シールを裏返した瞬間、御上さんは、はっと右手を口に当てた。


『見つけてくれたんだね。

キミに伝えたいことがあるんだ。自分の声で。

電話、待ってます。

ナオト 』


「こう言うことだ」

俺は振り返り、笑顔で、了と唯を見た。

「なるほどね」

了が腕を組み、うれしそうに、先ほどよりも大げさにウンウンと頷く。

「嘘みたいだけど、きっとナオトさん…」

少し頬を緩ませた。


「電話…してみます」

エプロンのポケットから携帯電話を取り出し、御上さんは、書かれた番号を間違わないよう慎重に打ち込んだ後、耳に当てた。呼び出し音をただ静かに待つ。そして、プツリ。呼び出し音が消える。

「もしもし…ナオトさん?」

『見つけてくれたんだね、朱音あかりさん』

「はい」

『伝えたかったことがあるんだ。聞いてくれるかな?』

「はい」

大きく息を吸い込む音が聞こえた。

『朱音さん。僕は好きだ。だから…』

「だから?」

『結婚を前提に、僕とお付き合いしてください』

優しさの内包する、柔らかな声。ナオトさんは精一杯の想いを御上さんの内側へと届けた。はっとする御上さんは、一度深呼吸を、

「私でよければ。喜んで」

御上さんは頭を下げた。顔をあげた表情は緩み、目は赤く、体から幸せが一気にあふれ、こぼれ落ちたように見えた。

『よかったー!  …すごくうれしいよ!』

ナオトさんの声のトーンが上がり、いつものナオトさんに戻った。

「そうそう、今晩レストランの予約取ってるんだけど、大丈夫かな?』

「だから前に今晩の予定聞いたんですね。大丈夫ですよ!」

『じゃあ待ってる。その時はちゃんと朱音さんの前でもう一度言うからね』

「期待してますね」

『うん。もっと心からね。レストランの場所なんだけどね、駅前ビルの…』


 あがった雨の後、雲から晴れ間が徐々に現れてくる。時間は流れ、濡れていた街路は乾き、夕焼けが一直線に商店街を照らす。『Sweet』を出た俺たちは、電灯が灯り始め、ほのかに輝く通りを並んで歩く。

「何だかすごい瞬間に立ち会っちゃったね、私達」

唯は興奮冷めやまぬようで、ふわふわと浮ついた表情で笑みを浮かべる。

「そうだね。人が告白する瞬間。しかも、コーヒー代もタダにしてもらえたし、ラッキーだったよ」

ニコニコしながら、了は手提げかばんを揺らす。

「まさかな。こんな終わりになるとはな。俺も、最初は全く考えても無かった」

最初はなぞなぞ程度の、二人のじゃれあいかと思っていた。しかし、実際蓋を開けてみれば、ナオトさんによって仕組まれた知的な謎だったのではないかと思う。差し込む光を用いたり、わざわざ会話に伏線を張ったり。さすが、デキるビジネスマンは演出にも凝っているなと思った。

「二人が結婚したら、結婚式呼んでもらえるね!」

了は親指を立てた。

「そうだといいな。それなら乾杯はコーヒーカップといったところか」

「二人を結んだのはコーヒーカップだからそうなるわよ、きっと」

「忘れちゃいけないブレンドコーヒーでね!  あ、地中海産のコーヒーでもいいよ!」

「決めるのは御上さん等じでしょ、了君!」

笑みが広がる。

「…有意義な休日だったな。開催してくれた唯には感謝だな。楽しかったよ」

自然と言葉が漏れていた。これは俺の心からの言葉だ。いつもより色づいた休日を得られたのだから。

「何、改まっちゃって。京介君らしくない」

「きっと京介も胸がキュンキュンして…うわ!」

「待て!  違うっ!」

何を言ってるんだ俺、と思い返したと同時に、了の誤訳の恥ずかしさのあまり、慌てて了の口を押さえた。

「誤解だ、唯! 本当に単純な感謝だ!」

にやりと笑む唯が俺を見た。

「なるほどー。京介君も告白現場を見せられるとこうなっちゃうんだねー。まぁ、謎を解いたのは京介君だし、私も感謝しなくちゃね、ありがと」

「あ、あぁ…」

感謝はありがたいが、果たして誤解は晴れたのだろうか。俺は、口元を押さえつけて、もぐもぐする了を解放した。

「ぷはー。もう、本気にするんだから、京介は」

「誰だってそんな風に取られたら否定したくなるだろ」

「もー、照れ屋さんなんだから京介君」

どうやら、誤解は解けなかったらしい。

 赤らみを最大にした太陽は、きらめきを放つ。久々に綺麗な夕日を見た気がする。そうだ、この輝きとともに、願おう。今日起こった出来事の、良き行く末に。

 二人の祝杯に光あれ、と。


 最後まで読んでいただき、ありがとうごさいます。時間がかかったこと、お詫びします。


 この話は、ブログにて連載していた作品を、小説家になろうで投稿するにあたり、加筆、再編集したもので、個人的にももう一度時間を置いて書き直そうと思っていた作品でした。書き直した現在も、まだまだだなあと。

 時系列的には、先に投稿した短編「蜂月突日〈ハチガツ・ツイタチ〉」の前のお話になります。

 この作品の「京介」と「了」にはモデルがいまして、とある作品のキャラクターをイメージしています。基本的に、オリジナルではないキャラクターをモデルにするのは、この「あの日の群像」シリーズが初めてでした。そのため、大事に扱いたいなと。


 そんな話はさておき、数年経ってみて、なぜ、このような話を書こうかと思ったんだったかと思い起こしてみましたが、やはり、自分自身が喫茶店が好きだからだと思います。現在、自分自身も喫茶店に通い、物思いにふけたり、談笑しています。実際、即興小説でも、冒頭に似たような雰囲気の話を書いていました笑※1

 ちょうど、季節は梅雨となり、雨が降ることも多くなりました。この話を通じて、さめざめしい雨に鬱憤するのではなく、『雨が上がったら、何か、綺麗なものを見つけてみようかな』と思うきっかけになれば幸いです。


 よろしければ、感想等頂ければありがたいです。読んだよ、ということで評価だけでも構いません。今後の糧になりますのでよろしくお願いします。


※1 「うつろう中の美しさ Atsu」で検索すれば出てくると思います。即興小説トレーニングです。

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