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あの日の群像  作者: Atsu
光の祝杯
3/4

光の祝杯 part3

 京介きょうすけりょうは、ゆいとの約束でコーヒー店「Sweet」を訪れた。しかし、唯が大遅刻。楽しく世間話を始めようとした矢先、後方からマスターの御上みかみさんが声をあげ、常連客のナオトさんを呼び止めようとする。

「これ、二杯分ね」

ナオトさんは一杯しか飲んでいないにもかかわらず、二杯分のコーヒー料金を支払い、御上さんの呼び止めに応じることなく、そそくさと店を後にしていった。ナオトさんの残した<二杯分>が指すものとは…

 現場検証編。スタートです。


 御上みかみさんがナオトさんとの一部始終を語ってくださり、俺たち三人は、御上さんがナオトさんを呼び止めようとした理由を知った。

「ナオトさん、ヨーロッパ行ったんだ。いいなぁ〜」

手に顎を乗せ、恍惚とした表情でりょうはため息を吐き出すかのように言った。

「了君、話題の中心はそこじゃないでしょ!」

唯が冷静なツッコミを入れる。

「あ、ごめんごめん。つい羨ましくってさー」

了はニヤニヤしながら頭をかいた。こいつ、ただ御上さんの話を聞いていたんじゃないだろうな。

 一方で俺は、御上さんが話してくださった会話の中から、会ったことはあっても、会話したことのないナオトさんの性格や人物像を思い描き、何かキーワードが無いか思案していた。

「コーヒーカップのヒントが他にない以上、お二人の会話の中にヒントがあると考えるのが普通ですね」

「確かにそんな気がします」

「それに、世界を飛び回るほどの敏腕ビジネスマンが、何の脈絡もなしに、訳の解らないことを言うなんて、どう考えてもおかしいです。だから〈二杯分〉と言う言葉には、何らかの意図や要望が隠されているはずです」

「確かに。あたしもそう思った」

「唯も? 実は僕もだよ」

おどけた顔で了は言うが、本当にそう考えているのかがわからない。

「問題は、それのヒントが何かってことね」

「少し整理してみましょうか」

唯は自分のバックを開き、ペンケースとメモ帳を取り出した。

「さすが執行委員! 仕切るね」

了が茶々を入れる。

「了君、今はそういうのいらない」

唯は少し了を睨んだ。

「は…はい」

了の姿勢がピンとなる。

「京介君、時系列に合わせて、二人の会話と流れを言ってみて。了君は記録ね」

そう言って唯はペンとメモ帳を了に渡す。

「え、僕は書記向きじゃないのに」

了もまたため息をつく。唯は仕切り上手だが、人使いもまた得意だ。了は渋々ペンを受け取り、メモ帳を開いた。

「まぁ、たまにはやってみてもいいと思うの。何事も経験よ、経験。それじゃあ、京介君。最初から流れを言ってみて」

「ああ。最初、ナオトさんはお店に入ってきて、ブレンドコーヒーを頼んだ。御上さんにお土産だと、ナオトさんはマーマレードとポストカードを渡した。その後、ナオトさんはヨーロッパの話を、フランス、イタリア、ギリシャの順で話した。その流れでコーヒーの話となり、御上さんはコーヒーを取りに奥へ、ナオトさんはトイレへと、二人とも一度同じタイミングで席を外した。二人が戻ってきて、ナオトさんがコーヒー豆の香りを堪能した後、ナオトさんが西洋思想について話した。天気が回復してきたタイミングでナオトさんが二杯分のお金を払い、帰っていった。以上が一連の流れ、と。あってますよね、御上さん?」

「ええ、バッチリよ」

「こんな感じか、唯?」

「うん、いい感じ。京介君、うまくまとめられるんじゃない。了君は…」

ちらっと唯が了の方を見た。

「ちょ、ちょっと待って」

なんとか字体を保ちつつ、カリカリと慌ただしくペンを動かしている。

「他に付け足すところはありませんか、御上さん?」

「大丈夫だと思います」

しばらくして、了はペンを置いた。

「ふぅ、やっと終わったー」

了が唯にメモを渡し、上体を後ろの壁に預ける。

「では、おかしな所が無かったか、順を追って確認してみましょう。まず、ナオトさんがカウンター席に着く所まで」

「御上さんの話だとナオトさんは、カウンターテーブル奥の、シールがたくさん貼られた壁側の椅子から数えて三番目に座っていたんですよね?これはいつものことですか?それとも、今日に限ってのことですか?」

俺は壁の方向を指差す。壁には、サックス、トランペットを吹く黒人、コーヒーカップといった、さまざまシールが一面を埋め尽くしている。

「いつもあの席に座っています。私が作業している目の前なので、話しやすいからだと思います。ただ、滅多にありませんが、他のお客さんが座られているときは、カウンターの別の席に座って居ました」

「ありがとうごさいます」

「他には何かある、了君?」

「確か、僕の記憶だとナオトさんが入ってきたのは二時で、出て行ったのが約三十分後の二時半ぐらいだったから、居たのは約三十分だったってことだよね。二時だと、まだ雨は降ってたから、うーん…」

了は腕を組んでうなる。

「何も無いんでしょ!」

見透かしたように唯は言う。

「う…うん。浮かばなかった」

鋭く冷淡な唯のツッコミに、了はうろたえ、苦笑した。

「京介君、他にはある?」

「俺も他には無いかな。唯は?」

「あたしも無いかな。じゃあ、次。おみやげの辺りまで」

「そうだな。とりあえず現物を見てみたほうがいいかもな。御上さん、ナオトさんから頂いたおみやげ、見せてもらえますか?」

「えぇ、ちょっと待ってね」

御上さんは、席を立ち、カウンターの内側に置いていたマーマレードとポストカードを胸元に抱えてくる。

「コレです」

マーマレードのビンの直径は女性でも片手でつかめるほどの長さで、ビンの蓋の周りに未開封を示す、透明テープが貼られている。

「オレンジの色が鮮やかだね」

了はビンの周りに貼られたシールを見て俺に渡す。

「あぁ。この文字はイタリア語か。さすがに読めないな。講義も取ってないし」

俺はビンを一周させた後、ビンを唯に渡す。

「うーん。御上さんはイタリア語は読めたりします?」

ビンの周りを羅列する文字を見つつ唯が言った。

「いいえ、全くです」

「そうですか。じゃあ、これは関係ないのかな。〈二杯分〉って言う言葉に引っかかる点もないし…」

「そうだね。コーヒーカップみたいに取っ手が付いていたら、一応杯って数えてもいい気がするけどなぁ。僕も唯の意見に同意かな。どう、京介?」

ポストカードに目を向けてみるが、地中海沿いの建物、ヨーロッパの街並み、絵画、といったものが入っているが、絵画には印刷された文字が書かれているが、一般教養程度の単語でなく、やはり読めそうにない。

「そうだな。ポストカードの方も未開封で、多少ヨーロッパ系統の文字が書かれてるし、御上さんが読めないなら、これもシロだろうな」

「そうですね。私もそうじゃないかなと思います」

俺はポストカードをテーブルの上に置いた。

「じゃあ、次行きましょう。ヨーロッパの話の所」

「ヨーロッパかぁ。三カ国だったよね、京介?」

「フランス、イタリア、ギリシアの順だったな」

「うーん。思い返してみたけど変な所は無かったわ。いたって普通のおみやげ話って感じだったし」

「そうですね。ナオトさんの行ったところについての話だけでしたし、強調した感じもありませんでしたね」

俺も一連の流れを思い起こしてみたが、強く印象付けられるようなワードは無かったような気がする。

「俺は特に無いな。了は?」

「僕も。引っかかるようなところは無かったよ」

「二人ともないようだし、次に行きましょう。二人が席をはずした後から」

ここで了が、待ってましたと言わんばかりに俺たちを鋭く制す。

「ちょーっと待った!」

「どうしたんだ、了?」

「席を外したってことは、その間にナオトさんが何かした可能性が考えられると思うんだけど」

確かに、席を外すことは、御上さんの見ていない空白の時間があったということだ。確かに調べる必要がある。しかし、御上さんが否定する。

「でも、私とナオトさんが席を外したのは三分も無かったですし、私より先にナオトさんが席についていました。動揺した様子とかも無かったですし、ナオトさんは、おみやげの入った袋以外は持っていませんでした。そう考えるとこの僅かな時間で、お手洗い以外に何かしたとは考えにくいです」

「そうですか…。もし、ナオトさんが御上さんより後から席に戻ったり、若干焦ったりしていたなら…。じゃあ、ここもシロってことかな」

「そうね。御上さんの言う通りなら、何かしらの細工もできないだろうし、次に進んでもよさそうね。最後は、二人が戻ってきてからナオトさんが出て行くまでね」

 よくよく考えてみると、俺達はテーブルから動いておらず、当事者の話ばかり聞いており、現場をまだしっかり確認していないことに気がついた。これでは、推理で無く、机上の空論になりかねない。俺は席を立たないかと意見する。

「そうだ、現場検証しながらにしないか? さっきまでの話も、あくまでの推測だし」

「そうだね。話からの想像だけになっちゃうからね」

「そうしましょう。カウンターはそのままにしてありますから」

俺たち四人は席を立ち、カウンターへと足を運ぶ。

 カウンターテーブルの上には、ナオトさんが飲んでいったコーヒーカップが皿の上に置かれていた。中身はしっかり飲み干されている。

「新しいシール発見! ギターとか前に無かったですよね!?」

了が興奮気味に上方に貼られたシールを指差す。

「ちょっと了君、そっちじゃないでしょ」

唯が少しムッとする。

「いやー久しぶりに来て新しいシール見つけちゃったから、つい」

えへへと了が笑う。

「あれはついこの前だったかしら、JAZZの曲でも、ギター使ってるのもあるし、無いのはなんだかかわいそうだなと思って貼ったんですよ」

「そうなんですか、個人的にはGoodです!」

了が親指を立ててウインクする。発音が綺麗なのが憎たらしい。

三人の会話を背に、壁への注視をほどほどに、ナオトさんの残したカップを見る。俺は少し不可解な点に気付く。

「あの、御上さん。一つ質問なんですが、ナオトさんはいつもコーヒーを飲んで、皿に置くときは、持ち手部分を自分に向けて置いていましたか?」

「あ、そういえばいつもは横だった気がする。変ですね」

普通に考えると、カップを持つときや飲むときに、持ち手は横を向くはずだ。カップを置くときにテーブルと座席が広くない限り、持ち手を自分に向けておくと、肘がおなかに当たって邪魔になるはずだ。その証拠に、椅子とカップの位置が直線上だ。もし、持ち手を縦におくなら、普通はカップの置き場所は、体より右、または左にずれるはずだ。

「これも〈二杯分〉に関係あるのかしら?どう思う、了君?」

「僕的には、何か意図をもって置かれていると思う。コーヒーカップを置く癖なんて無意識だろうから、いつもと向きが違うなんておかしいよ。京介、どう思う?」

〈コーヒーカップの向き〉、〈二杯分〉…。たった二本の〈鍵〉だけではまだ謎を解くには足りない。俺ははまだ持論を展開するには早いと考え、明言を避けることにした。

「まだ分からないな。確かに関連するのかもしれない。でも、できるなら、さっきの話の続きを考えてから謎を解きたいんだが」

「そうね。じゃあ、西洋思想の話から、ここから出て行くところまでを考えてみましょう」

「話の流れ的には不自然じゃなかったと僕は思うけど、内容ってどんな感じだっけ?」

「確か、ナオトさんの話では、真理を発見するのに必要なのは〈鍵〉で、それを〈光〉に例えている、といことだった」

「そういえば、ナオトさんは雨が上がって、入口の窓から日が差し込んできたぐらいに帰ったってことだけど、日差しって〈光〉よね。何か関係あるのかしら?」

「関係が無いとは言えないな。ただ、この話が単に学んだことを言いたかっただけなのか、意図して話したのかはどっちなのか断定できないな。何か物的、もしくは話したことの中に、どちらか分かるようなヒントがあれば…」

「あ、ちょっとコレ、見てください」

ナオトさんの飲み干したコーヒーカップを手に、御上さんが言った。何かに気付いたらしい。

「どうしたんですか?」

コーヒーカップの右側面にシミのようなものがあった。

「ここ、コーヒーが飛んで付いて乾いたものかと思ったんですが、よく見ると茶色いマジックで書かれたものみたいなんです。私はそんなことしませんし、ナオトさんが書いたんでしょうか?」

持ち手を対称に、右横に、黄色がかった跡。

「ん?これ、よく見ると鍵穴みたいに見えない、京介?」

「これは当たりかもしれないぞ、了。これが物的証拠。ということは、西洋思想の話は、意図をもって仕込まれた話だということだ」

「でも、〈二杯分〉と〈鍵穴〉。一体何の関係があるのかしら?」

 俺はここで、今まで上げてきた重要と思われるワードを思い浮かべていく。〈二杯分〉、〈いつもと違う向きに置かれたカップ〉、〈鍵〉、〈光〉、〈雨上がりとともに出ていくナオトさん〉、〈カップに描かれた鍵穴〉…。 !!

 バラバラの点が一直線となり、脳内に稲妻を走らせた。もし、この推理が正しければ…。コーヒーカップの側面に書かれた鍵穴に光が差し込む。そのまま直線状に視線を動かし、奥のシールの貼られた壁を見る。…やはりビンゴだ。ぱっと見開いた俺の目に了が気づいた。

「ははーん。その顔は分かったみたいだね、京介」

「ウソ!?分かったの、京介君?」

唯が驚いた顔で俺を見る。

「あぁ、…多分合ってる」

俺は唯の顔に驚き、目をそらして答えた。

「是非とも話してください!」

御上さんの目が少し輝いて見えた。期待されているな、これは。

 俺は深呼吸し、奥に見える”もう一つのコーヒーカップ”について話を始めた。

part4(光の祝杯 最終話)に続く。

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