光の祝杯 part2
京介たちは、ナオトさんが出て行く際に、御上さんが大声で慌てて呼び止める場面を目撃する。ナオトさんはそのまま立ち去り、御上さんに話を伺うことに。
今回は、御上さんの視点から、ナオトさんとの一部始終についてが語られます。
先に来ていた二人は知っているように、ナオトさんがやってきた時、まだ雨が降っていました。ドアに掛けてあるベルが鳴り、ドアの方に視線を向けると、ナオトさんがやぁ、と手を振ってくれました。
「あら、いらっしゃい! ナオトさん」
「やぁ、朱音さん。二週間ぶりかな」
朱音と言うのは私の名前です。ナオトさんが通うようになって仲良くなるにつれて、いつの間にか、名前で呼び合うようになりました。
「お久しぶりです。また、海外だったんですか?」
「ああ、そうなんだよ。今日もいつものブレンドで。ある?」
ナオトさんは、いつも好んで飲んでいるブレンドコーヒ、ーをいつものように慣れた感じで注文しました。
「はい、ありますよ。ちょっと待っててくださいね」
「ああ。じゃあ、今日もここに座るとするよ」
ナオトさんはコーヒーカップのシールやメニュー写真の張り巡らされた、カウンター奥の壁から数えて三番目の、私の目の前の席に座りました。
「では、準備しますね」
私は豆のディスプレイケースからブレンド豆を取り出し、ミルで挽き始めました。
「あ、そうそう。コレ、朱音さんにおみやげね。先週一週間、ヨーロッパを飛び回ってたんだ」
そう言って、手渡してくれたものは、有名な西洋画の絵のポストカードと、イタリアで有名なお菓子屋のマーマレードでした。
「ありがとうございます、いつも頂いてばかりで」
「いいや、いいんだ。朱音さんにはいつもお世話になっているからね」
ナオトさんは屈託のない笑顔を私にくれました。
「いえいえ。そんなことないですって」
「まぁ、いいってことよ。それよりもさ、少し、ヨーロッパのおみやげ話してもいいかな?」
「はい、是非とも聞かせてください」
「今回は最初、フランスに行ったんだよ。会議の場がエッフェル塔に近くてね。会議が終わってから、近くを同僚と散策したんだ。やっぱり、あのコンコルド広場から凱旋門までのシャンデリゼ通りが印象深かったよ。交差点の真ん中で、一直線に伸びる道と、その先に待ち構える凱旋門。圧巻だったね」
「私はテレビでしか凱旋門を見たことがないですけど、実物は存在感がありそうですね。パリといえば、芸術の都って言われてますし、やっぱり街並みも、生で見るとすごくきれいなんでしょうね」
「そうなんだよ朱音さん。建物自体が古くても、形そのままちゃんと保存されいてね、言葉を失うぐらいすごかったよ。最近は、土地の再開発も進んでいるところもあってね、大きなビル街もあるんだ。これが写真」
そういって見せてもらった写真には、街並みの中でピースサインで楽しそうに映るナオトさんが居ました。背景の歴史的建築物、そして人通りまでもが、まるで映画の一場面のように端的で、実際に見て目が奪われるのがよくわかりました。
「おしゃれな街並みですね。特にこの右に映っているお店のディスプレイとか、すごく私の好みです」
「この店は雑貨屋さんなんだけど、いかにもヨーロッパって感じのアンティークとか食器が売られていてね、一時間ぐらい見入っていたよ」
「私も食器は好きですし、そうお店入ってみたいですね」
「すごくよかったよ。で、次はイタリア。ミラノに行ったんだけど、あそこは商業都市でね。いろんなものが売っていたな。建物で言えば、ミラノ大聖堂っていう大きな教会が有名で、教会に彫刻が施されているように、立体的で、尖った柱が何本もそびえ立ってて美しかったんだ。あとは劇場、図書館とかもあって全部見て回るには、一か月はかかるよって現地の人が言ってたよ」
ナオトさんはくわしく、そして面白くミラノの歴史的建造物などについて話をしてくれました。
「そして、最後はギリシア。地中海沿いに行ったんだけど、やっぱり海辺はリゾートみたいだったね、どこも。あとは、現地の人に案内されてオリーブ畑、ブドウ畑にも行ったよ。ちょっとした丘に、オリーブの木が等間隔に植えられていて、人工的だけど、なんというか絵になってた。ゆっくりと流れた雲、それに穏やかな気候でさ、すごくのどかな感じで心がいやされたよ」
「観光客の方もいっぱい居たんですか?」
「そうだね。ビーチはわりと多かったな。でも、オリーブ畑は地元の人だけだったね。それもそれでよかったんだけど」
「私も行ってみたいですね」
話をしているうちに、コーヒーができ、ナオトさんにお出ししました。
「では、ブレンドです」
「お、ありがとう。うーん、いい香りだね…あ!」
ナオトさんが何かを思い出したようです。
「そう言えばこの前、地中海産のコーヒー入ってるって言ってたよね?」
「はい。ありますよ」
「ちょっと香りをかがせてもらえたりできるかなぁ?」
「いいですよ。でも、家の奥に置いてあるので、取ってこないといけないのですが、いいですか?」
「わざわざゴメンね。じゃあ俺、ついでにその間、お手洗い借りるよ」
「どうぞ」
私はコーヒーの袋を取りに裏の方へ、ナオトさんはカウンター席の奥にあるトイレへ向かわれました。
私が戻ってくるとナオトさんがすでに席についていました。
「これです」
私が袋を開き、ナオトさんに差し出しました。
「あー、この香りだ」手で仰ぎながらナオトさんは言いました。「向こうでお世話になった現地の人が出してくれたコーヒーの香りがまさにこれだったんだよね」
「この香りいいですよね。私も好きで、たまに飲みたくなっちゃいます」
「実は、ギリシャでは挽いた豆を水に入れて沸騰させて飲むっていう飲み方をするところもあるみたいよ。それが長寿の秘訣になってるとか」
「へぇー、面白いですね。今度試してみましょうかね」
「あ、そうそう。実はこのヨーロッパ出張の前に、少し向こうの人々の考え方を学んでおいた方がコミュニケーションで役立つかなって思って、哲学とか倫理学とかを勉強したんだけど、面白い話があったんだよ」
「どんな話なんですか?」
「西洋の思想では、〈真理〉っていうのは、みんなの目に見えなくて、隠されているんだって。それを、与えられた自分たちの力で発見していこうって考えているらしいんだ。で、発見するためは〈鍵〉が必要なんだけど、それを〈光〉に例えているんだって」
「〈光〉…ですか?」
「ああ。だから、〈真理〉を発見する力に必要なのは〈光〉なんだってことらしいよ」
「へぇー。面白い考え方ですね」
「そうだよね。日本と考え方が全然違うし、もう少し勉強してみようかなってね」
そんな話をしているうちに、雨も上がって、雲の合間から太陽が顔を出し始めました。入口のドアの窓から光がさしこんで、ちょうどカウンターテーブルをまばゆくし、テーブル奥の壁の一部まで明るくなりました。
「雨、あがったね」
「そうですね。よかったです」
「じゃあ、晴れている間に帰ろうかな」
「もうですか。もう少しお話ししたかったですけど」
「また近々来るよ」
「早めに来てくださいね。寂しいですし」
「分かったよ。じゃあ、これお代。二人分ね」
テーブルの上に二人分のお金を置き、ナオトさんは席を立ちます。私はキョトンとし、一瞬止まった後
「二人分?」
首を傾げて言いましたが、
「あぁ、二人分。じゃあ、ありがとう。おいしかったよ」
ナオトさんは足早にドアの方へと向かいました。
「待ってください、ナオトさん。 どういうことなんですか!?」
大声でナオトさんを呼び止めましたが、振り向くこと無く行ってしまいました。
…これが私とナオトさんとの会話の一部始終です。
part3に続きます。