異世界食材と店長さん。――森ザザミトカゲ――
リハビリ短編です。
雰囲気違ったらスミマセン。
かなーり前に料理についてコメント頂いたので、今回は料理メインです。
今日も今日とて賑やかな『風見鶏』のカウンターにどどんと置かれたそれに、臨は頬を引き攣らせた。
全体的なフォルムは大山椒魚だが、表皮はアルマジロか伊勢海老の様な甲殻に覆われている。
鼠の様な四足とは別にモズク蟹の様な体毛の生えた大きな鋏を携えたそれは、全長1.3mほどで色はモスグリーンだ。
「・・・なんだこれ」
「「ザザミトカゲだ」」
「・・・・・・なんだそれ」
こうして時たま持ち込まれる“食材”は臨の悩みの種である。
持ち込まれた時点で食べられる事は確定しているが、正直なところ捌き方が判らない。
こういう時、大抵は臨が異世界人であると言う事情を知っているクレアかヴァンがそれと無く助けてくれるのだが、今日は残念な事に風見鶏に顔を出していない。
なんだかんだ今までは運が良かったのだ。
解体屋で捌いた状態で持ち込まれたり、これで何々を作ってくれとリクエストがあったり、クレアかヴァンが来店していたりした為そこまで悩まずに済んで居た
だが今回は比較的小振りな獲物であることからそのまま持ち込まれているし、リクエストも特にない。
本当にもう、どうしてくれようかこの不思議生物・・・と頭を抱える臨の救いの手は外との直通ドアから現れた。
「ちわー! ノゾムさん、今日の分の菓子――って、おおすっげ! 何このでっかいザザミトカゲ!」
「ああ、ダグラス。いらっしゃ」
「すげー! え、え、何にすんのこれ! シチュー? 唐揚げ? フライ? あ、でもこれだけデカかったらステーキでも旨いだろうし、まだ新鮮だから爪の辺りなんかはボイルしただけで食えそうだけど」
臨にとって現時点での救世主は、スクルドと共に東大陸に渡って来た元勇者であり、現『対の剣』と言う飲食店店主ダグラス・シェイミッドだった。
甘味の精霊にでも好かれているのか、一摘まみの砂糖で適量の砂糖を加えたものと遜色ない菓子の作れる料理人であるダグラスは、現在臨の弟子(自称)と言う位置づけにいる。
焼き菓子や甘味の強い食材を使った料理を作っては、臨に助言を求めてほぼ毎日『風見鶏』を訪れているのだ。
「ダグラス、ちょっと落ち着け」
「え? ああ、悪い悪い! そうそう、これ今日の分な!」
「解った。所でダグラス、ちょっとこれ捌いてくれないか?」
何種類か味のバリエーションがありそうなフィナンシェをダグラスから受け取る代わりに、視線をザザミトカゲに向けダメ元でそう告げるとダグラスは快く首を縦に振った。
「ここまでデカいと力要るしな! 任せとけ!」
「悪いな、助かる」
「いーっていーって。取り敢えず丸洗いしねーとだな。水場どこだっけ?」
解体に力が必要なのかこれ・・・とザザミトカゲに視線を向けつつぼそりと呟くと、店内で思い思いに過ごしていた傭兵たちから「そう言えば店長人間の女だった・・・」「・・・あー、そうだったやべー忘れてた」などと囁き声が上がった。
暗に基礎体力や筋力が他の種族に劣る事を忘れていたのだという傭兵たちのやり取りは聞こえなかった事にして――と、言うよりも種族や性別に関して忘れられるのは日常茶飯事なのでツッコんでいたらキリがない――カウンターからザザミトカゲを引き摺り下ろしたダグラスを裏庭に案内する。
トイレと喫煙所のある風見鶏の裏庭には、大きな洗い物をする為の水場もあるのだ。
ザザミトカゲを抱えるように持ったダグラスと共に裏庭へ出向くと、煙草を吸っていた数人の傭兵たちがおお!と目を輝かせた。
「こりゃえらい立派なトカゲじゃな、誰の獲物じゃ?」
「ジムとレグルスだ」
苔と土汚れをがっしがっしとタワシでこそげ落とし始めたダグラスの手元に視線を落としたまま、煙管を蒸かしていたユジの言葉に簡単に答えると喫煙所に屯していた傭兵たちは好き勝手にあれが旨いこれが旨いとザザミトカゲ料理を口にし始めた。
それと無く、臨に食べたい料理をリクエストしているつもりらしいがザザミトカゲについて何も知らない臨からしたら調理のヒントになる為有難い。
「俺ザザミトカゲのスープ好きだわー」
「あたしは爪のサラダだなー」
「爪こそスープだろ、んーで身はフライだ」
「いや待てお前ら、ノゾムの作るパスタにザザミトカゲが組み合わさったら?」
「天才か! やっぱり王道でクリームパスタか?」
「え、トマトソースだろそこは」
「オイルと鷹の爪でシンプルにピリ辛でも旨いだろ?」
「わしとしては諸島風でも旨いと思うんじゃが・・・爪は茹でて塩つけて食うと旨い」
ザザミトカゲを見てテンションの上がったダグラスが羅列した料理が王道だとして、このリクエストを加味すると、爪がカニで胴と尾が鳥? なのか・・・? まあ、実際は食ってみないと判らないが。
因みにユジがぼそりと付け足した諸島風と言うのは要するに和風パスタだ。この世界、味噌も醤油も味醂もある・・・。
と、まあそれは兎も角。
「お前ら、これが食いたいならとっととそれ消して、ジムとレグルスに許可とってこいよ?」
「中すっげぇ盛り上がってるもんなぁ」
それ、と傭兵たちが手や口にしている紙巻き煙草や煙管を顎で示した臨の言葉に次いでダグラスが「じゃんけん大会ここまで声聞こえてくるじゃん」とけらけら笑いながらすっかり綺麗になったザザミトカゲをひっくり返した。
「・・・うわぁ・・・」
火種を揉み消したり落としたりして、各々大慌てで風見鶏の中に向かう傭兵たちを見送ることなくザザミトカゲの腹部に目を止めた臨は呻いた。
幸いダグラスにも聞こえていなかった様だが、ザザミトカゲの腹部は思わず呻きたくなる様なものだった。
大山椒魚の様な顔、その顎の下と尾の裏側は蛇かトカゲのように密度の濃い小さな鱗覆われている。
顎下からノド、胸部はモズク蟹のような爪同様に体毛がもさもさと生えている。
そこまではまだいい。問題は腹部だ。
カニの様な腹部の甲羅・・・が、何故かシックスパック状に並んでいた。
見様によっては腹筋のみを鍛えた人型生物の腹部に見えなくもない。
どういう生き物なんだこれは、と言うかキモイ。何これキモイ。
形状的に丸まって防御姿勢を取りそうなものなのに何故この腹部。
何はともあれキモイ。
じわりと後退った臨に構わず、ザザミトカゲの腹部をタワシで擦って汚れを落としていたダグラスは、表よりも手早く洗浄を終えるとさっさとひっくり返して全体に水をブチ撒けた。
「っはー・・・やっぱ腹キモイ」
「・・・だよな」
「っはは! やっぱノゾムさんも駄目かー! オスで良かったじゃん。まあ捌くの俺だけどさ、こんだけの大物でメスだったら俺泣いてたわー」
何て冗談交じりで笑ったダグラスが立ち上がって風見鶏の中へ向かうのを見送りかけた臨は慌てて後に続いた。
メスの方がキモイって・・・え、何それちょっと見たいような見たく無い様な・・・
余談ではあるが、臨がまだ見ぬザザミトカゲのメスの腹部は、以下の通りである。
四足の生物だというのに何故か胸部に乳房――離乳間際の犬の乳房に近い――が六つ並び、雄のようにもっさりとしたものではないが同様に体毛が生えている。
宛ら、人型生物の成人男性に見受けられる胸毛の如く。
それにプラス腹部はオスよりも多少小さいが同様のシックスパックなのだから本当にこの生物訳が分からない。
加えて、ザザミトカゲ(メス)の乳房は珍味なのだそうで、後に『風見鶏』にメスを持ち込んだ傭兵が包丁と投擲ナイフの的に成りかける事件が発生する。
さて、風見鶏のキッチンに戻って漸くザザミトカゲの解体作業に入る。
本日の手伝い当番であるシャムからエプロンを借りたダグラスがこれ使って良い? と調理台に並んだペティナイフと仕込み用の洋出刃を指さした。
勝手に使え、と許可を出す。
「ただいまー店長めしー」
「ロバート、待てだ」
タイミング良く――視点を変えれば悪く――仕事から帰って来たロバートに一言放って視線はダグラスの手元に注ぐ。
ロバートの悲鳴やら若年組を中心とした傭兵たちの盛大な笑い声が上がったが視線は腹部のキモイ不思議生物の解体作業から離さない。
ボールに水を取り、干し椎茸を浸したり、鍋の準備などをしながらではあるが。
「そーいや、血抜きした? これ」
人間からしたら当たり前だから訊き忘れてたけどー。とカウンターの中からきょろりと周囲を見回して尋ねたダグラスに不思議生物を持ち込んだ片方であるジムが頷いた。
「ああ、そのままだと鮮度が落ちるだろ」
「だよなー」
ジムの言葉にああ、うん。と頷いたダグラスが一度刺しあぐねた出刃を甲殻の隙間に差し込み解体を始めた。
「って! ちょっはぁあああ!? レグ兄まさか捨てて来てねぇッスよね!? 森ザザの血ぃ!!」
「シャムロック黙れうるせぇてめぇ俺が誰だと思ってんだ? あ?」
「レグルス兄上マジ愛してる」
「うっわキメェ」
以前聞いた話によると、レグルスとシャムは兄弟同前に育った親戚だそうだ。
まあ、要するにレグルスも吸血鬼なのだ。
くすんだ金髪のシャムとは違い、レグルスはプラチナブロンドで優男風の美形である。
ザザミトカゲ――シャムの言葉から察するに森ザザミトカゲ――の大きな甲殻をひっぺがし、小さな鱗に覆われた頭部はそのまま切断。
尻尾は付け根から切断して背中側の甲殻を剥ぐと、どう言う訳だが地に接する部分である小さな鱗がひしめく部分までつるりと取れた。
「そーいやノゾムさん、モツどうする?」
「あー・・・誰か食うか?」
「「食う!」」
腹を掻っ捌き、取り敢えず内臓の類を端に避けていたダグラスが肉の解体に取り掛かるのに邪魔だと判断したのだろう。
尋ねられた言葉をほぼそのまま店内に向けて臨が投げると、さっと手が上がった。
レグルスとシャム他数名である。飲み物として血を好んで飲む者やレア肉を好んで注文するメンバーが多い。
「レグルス以外は判ってんな?」
「おっしゃいくぞー!」
「「さーいしょーはグー!!」」
「あっははは! 何これすっげぇチョーウケる!!」
いい歳こいた上に見た目がそこそこに暑苦しい連中の全力じゃんけんだ、外部から見りゃ愉快だろう。
このノリに馴れきったこちらとしては偶には違う決着のつけ方すりゃいいのに、と思わないでもないが。
腹を抱えて笑うダグラスを一つ小突いてひらりと手を出した臨にダグラスが首を傾げた。
「肉、解体する前に爪こっち寄越せ、茹でるから」
「了ー解! ああ、じゃあ殻も居る? 出汁取るっしょ?」
「あー・・・腹は、要らない」
「あはははは! ごめんって、あいよー」
どうせなら出汁で茹でるか、と水瓶から鍋に移した水の中にダグラスから渡された甲殻を砕きながら入れつつ火にかける。
勝ったぁあああ!! だの負けたぁあああ!! だのと騒がしい傭兵たちは放置で、カウンター席で苦笑するジムとレグルスにグラスを手渡す。
「で?」
「肉は・・・唐揚げだな」
「うるせぇ奴ら黙らせるならスープもありだろ」
「ああ、何にせよ量があった方が有難い」
「了解、なら両方だ。ここまでデカけりゃ問題ないだろ」
どうせ一口寄越せと集られるなら初めから取り分けられる物の方が有難い、とザザミトカゲ料理をオーダーしたジムとレグルスに頷く。
「シャム! 芋と人参鍋一つ分、玉葱は1.5、卵はあるからいい。それからカラス麦これに一杯と――」
「待った待った! ノゾムさんちょっと待って覚えられないから! 芋と人参と玉葱・・・」
バタバタと倉庫に向かったシャムに小さめのボールを投げ渡し、ダグラスに唐揚げ用に肉の切り分けを頼む。
卵と小麦粉を準備しつつ、沸騰した鍋から殻を引き上げ代わりに爪を入れて塩とコショウ、それから臭み消し様の薬草をいくつか取り出する。
確認の為味見した出汁は鶏ガラで出した物に近かった。
甲殻から取った出汁が何故鶏ガラ風味なのかと言うツッコミは心の中でだけにして、代わりに溜め息を一つ吐いた臨は声を張り上げる。
「誰か外に札かけてこい! 今日はティータイムなし! 回らねぇから! それとさっきも言ったがオーダーストップ、腹減った奴は外行け!」
「はいはーい!」
「おー・・・で? 店長、何作るんだ?」
「ポトフもどきと唐揚げ、ハギス、爪でサラダ。血が飲みたきゃレグルスな」
相変わらず小回りの利くアリソンが外扉に“閉店中”の札をかけに走り、若干しょげながらカウンターに寄って来たロバートが臨の手元を覗きつつグラスを一つ浚う。
別の鍋で油を加熱しながら、大きなボールに水を張り魔法の得意なものに幾つか小さな氷の粒をその中に浮かべてもらうと一回り小さなボールを重ねて軽く茹でた爪をその中に取り出す。
モスグリーンだった甲殻が鮮やかなエメラルドグリーンに変わっているのは「ファンタジーだから」と自分に言い聞かせて見ない振りをした。
この程度ならまだ許容範囲だ。茹でると色の変わる食材なんて山とあるし、“緑色”の括りから大きくそれていないだけ上等。この程度海藻みたいなもんだ。
「レグ兄俺の分取っといて! ノゾムさん後必要なもんなんッスか?」
「レタス、水菜を大皿サラダ・・・二皿分だな。それとキャベツ丸二つ。戻ったら根菜洗って皮剥き」
「うーっす」
根菜類と麦を指示した分、倉庫からキッチンへ運んできたシャムがグラスをレグルスに押し付けまた倉庫へ走った。
「ノゾムさん肉終わったけど俺は?」
「ああ、悪い助かった。ダグラスは風見鶏の面子じゃないしな、好きにしていいけど」
「手伝う! っつーか手伝わせてくれね?」
「お前の分なら取っとくぞ? と言うか、店はどうするんだ」
解体ついでについ、肉の切り分けを頼んでしまったがダグラスはギルドの傭兵ではなく別の店の店主だ。
どうする? と問う前に返事を返されて苦笑した臨の代わりにジムが問う。
解体した手間賃と言うか報酬として料理の一部が振舞う様だ。
「へーきへーき! どうせいつも通りだろうし、ここ来る前に閉めてきたから問題ねーって!」
「いつも通り?」
「そ、立地条件的に閑古鳥が鳴いてんのうちの店ー」
「あー・・・」
ダグラスの顔や職業は知っていたが『|対の剣(店)』の事情を知らなかったらしいレグルスは、あっけらかんと言ってのけたダグラスの言葉に頬を引き攣らせて口ごもった。
切り分けられた肉を下処理を終え、ダグラスに内臓の丸洗いと胃袋を破かないように洗浄するよう頼んで出汁を三分の一別の鍋に取り分ける。
胃袋は肝臓や心臓、肺などのミンチとカラス麦と玉葱、それに香辛料を詰め込みボイルしてハギスに使う。
本来は羊を使用するスコットランド料理であり、同名の伝説上の生き物も居る。更に言えばこの世界にも同名の魔獣がいるらしい。
閑話休題。
切り分け下味をつけておいた分の肉は小麦粉を付けて唐揚げに、残りの肉と芋や人参などは炒めて爪出汁や元から作り置きしていた出汁を追加し煮込んでポトフもどきを作る。
茹であがった爪一つ分の中身を取り出し、魚介類と共にカットした野菜と皿に盛ってドレッシングをかけて海鮮サラダを作れば調理終了だ。
お料理教室よろしく一品ずつ作っていたわけではないので行程は端折る。
そもそも実際はそこそこ時間をかけて作る料理を腹を減らした傭兵達の手(魔法)を容赦なくかり、日本では有り得ない速度で作り上げたのだから手順もクソもあったもんじゃないのだ。
端折っても問題ないはず・・・だ。
さて、出来上がった料理に群がる傭兵達は放って置くとして、手を付けずに取り置きしてあった二つ目の爪の身を取り出す。
全長130cm程のザザミトカゲの爪は片方だけでも十分に量が取れる。
ダグラスがザザミトカゲを解体を始めた頃に水につけて置いた干し椎茸を取り出し、石突きを取って細切りにする。
筍もどきや長ネギも千切りにして卵を溶き、溶き卵には塩コショウで多少の味付けを加えた。
油を引いた深めのフライパンに筍と椎茸を投入して、強火で軽く炒めたそれに解したカニ(もどき)の身と香りづけの胡麻油を投入。
フライパンを振って全体を混ぜ合わせた後、粗熱を取り長ネギと共に卵とざっくり混ぜ合わせて再び油を引き入れたフライパンに戻して全体をヘラで大きくかき混ぜながら強火で加熱。
深めの皿に米を盛り、具材を取り分け上から爪出汁と片栗粉、塩コショウなどの調味料で作ったあんかけをかけて飾りに白髪ねぎと小口切りにした万能葱を振りかけて――。
「はい、お疲れ」
「「は?」」
本日の功労者である三人の前に一皿ずつ置かれた即席の天津飯に、『風見鶏』に残った傭兵達から悲鳴が上がった。
要約すると「ジムたちだけずるい!」だそうだ。
唐揚げを二、三つまんでから空腹に耐えかねて外に向かった傭兵たちが居ない分、ブーイングは先ほどの盛り上がりに比べれば小さいものだがそれでも喧しい事に変わりはない。
「ザザミトカゲを狩ってきたのは?」
「わー・・・かってるけどさぁああああ!!」
「おっちゃんとレグ兄だけ特別メニューとかずーるーいー!!」
「つーかダグラスは!? 解体したけど手伝ったってんなら俺もじゃないッスかー!」
四人在籍しているジェームズの内の一人とアリソンが盛大に喚き、天津飯を手にしたまま困り顔のダグラスを指さしたシャムが自分の分はと主張した。
「レグルスとジムはお前らとほぼ変わらない量しか食ってないしな、お前らに行きわたるようにメニューを考えてくれたのも二人だ。そもそも狩って来たのは二人だし特別扱いして何が悪い。
それとダグラスは風見鶏の関係者じゃないだろ、正当な報酬だ。ああ、それからシャム」
唐揚げとハギス、サラダを皿に確保し、ポトフと森ザザの血をそれぞれテーブルに並べて主張するシャムに臨は笑みを向けた。
ちゃっかり全種類確保済みの上、テーブルについて呑気に食事していたシャムから一度視線を外し、狼狽えていたダグラスをカウンター席を示して視線をもどす。
「テメェ今日の立場判ってんだろうな?」
「そりゃ当番だってのは俺も判ってるッスよ?」
「そうか、なら良い。とっととそれ食って仕事に戻ればもう何も言わない」
「でも俺も手伝ったし特別メ・・・」
銀色の線がダグラスとレグルスの間を擦り抜け、シャムの真横でガツッっと音をたてて止まった。
きっちり撫でつけられたシャムのくすんだ金髪が僅かにほつれ、その下の顔から血の気が一瞬にして引く。
「今、休憩時間じゃねぇんだよ。それ、取り上げないだけありがたいと思わないか?」
「ッス!! さっさと食って皿洗いします!!」
静かに怒っている臨に血の気が引いたのはシャムだけでなく、先ほどまで自分が扱っていた洋出刃が顔の横を飛んでいったダグラスと肩の辺りを僅かに掠めたレグルスの二名もである。
慌てて掻き込み始めたシャムから離れたジムの隣と言う安全圏でアリソンが「シャム馬鹿じゃないのー」と声には出さずに呟いた。
好物が目の前にあってテンションが上がるのは判るけど、ガキの頃じゃあるまいし普段の観察眼どこやったってーの。
と言うのがアリソンの感想だ。
臨の口調が荒れてきた時点で察しても良いはずだし、普段のシャムならそれ以前の臨節が始まった時点で口を閉ざしているだろう。
風見鶏の若年トリオにおいて、実のところ臨の怒りに触れる回数が断トツで少ないシャムが珍しく怒られている様子にアリソンは黙ってポトフを口に運んだ。
「・・・一口とか言わないのか?」
「おっちゃん、あのね? この状況でそれ言える勇者ってロバート位じゃないかなぁ」
解ってもらえたぁ? と、ジムに向け首を振ったアリソンはにっこり笑った。
基本的にフェミニストだが怒るときは怒るし、琴線に触れれば相手が女であっても身内であれば刃物を投げるのが店長なのだとアリソンはちゃんと学んでいるのだ。
まあ、偶に――と言うには少しばかり多く――やらかす為、刃物が飛んでくる回数でシャムに負けているのだが。
「いやぁ平和じゃな」
「これの、どこが?」
「ユ爺ぃ止めてよー!!」
偉い偉いとアリソンの頭を撫でるユジの言葉に、少し頬を引き攣らせたジムが問う。
「普段通りな辺りがじゃな」
「あー・・・」
ユジは濁したが、キッチンの主である臨の怒りが恐怖の対象である辺り確かに平和なのだろう。
外敵と遭遇した際、飛来した刃物一つで青褪める傭兵などお話にならない。
臨の怒りが恐ろしいという事は、風見鶏に所属する傭兵達が胃袋を掴まれている証ではあるが、それだけではここまで恐れる者は居ないだろう。
何だかんだ、臨は傭兵達の身内と言う認識であり、慕われ、信頼を得ているからこその力関係なのだ。
見様によっては聞き分けのない弟を叱る兄・・・否、姉か母に見えなくもないな。とジムはシャムと臨の先ほどのやり取りを反芻して一つ頷いた。
「確かに」
「じゃろ?」
にっと笑った赤鬼が、まあ。とシャムに視線を向け、ジムと髪型を整えていたアリソンもシャムを見た。
壁に刺さっていた洋出刃を半泣きで引っこ抜こうとしているところだった。
「まあ・・・あれだな」
「ああ、やり方がちょっとアレだがのぉ」
「うん、まあだからこそのノゾムちゃんなんだけどねぇ」
ひそりと呟いた三人の言葉にキッチンから「何だ?」と声がかかったが何でもないと首を横に振ってそれぞれ溜め息や苦笑を漏らした。
ともあれ、今日も風見鶏は平和である。