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一次創作短篇集

星と過ごす雪山。

作者: 紀璃人

 年も終わろうかというこの時期に。僕はゲレンデへと向かった。日が落ち、ナイターもないゲレンデは明かりが灯っていなかった。月や星は厚い雲に覆われて、頼りになるのはコース横の旅館の玄関にあるスポットライト形の街灯だけ。足元すらよく見えないけど、視界がゼロにはならない程度の明かり。そのゲレンデを山頂付近の旅館から山麓のホテルまで歩いて降りる。普通の山道もあったが、暗く、凍りついた曲道よりは安全だと思ったのだ。昼間の吹雪のせいか、足元には新雪が敷き詰められていた。転ばないように足元に目を凝らして歩く。


ぐきゅ、ぐきゅ、ぐきゅ。


 心なしか重めの音で雪が鳴く。冬本番ではないので雪も少しは重いのかもしれない。鳴いているだけ細かい雪だとも言えるが。

 ひゅう、と風が吹き下ろす。都会のそれよりも寒いはずなのに、都会ほど冷えない不思議な風が、枯草色のコートを揺らした。顔を上げて、風の来た山頂を見上げる。七合目あたりから雲に突き刺さったこの山は真っ白に染まっていて、それでいて黒々と闇に染まっていた。雪山だから、凍てついているはずなのに、なぜだか暖かく思えた。耳が痛くなるほどの静かな山。長靴越しの雪が足元の体温を奪っていく。暖かいわけじゃないんだな、と当たり前なことに気がついて、すこし笑った。我ながら変なことを考えるものだ。

 再びホテルへと歩き出す。足もそうだが、手や耳も冷たくなってきている。凍えてしまわないうちにさっさと帰ろう。

 再び麓へと目を向ける。村の明かりが目に入った。横浜ランドマークタワーから見る地元の夜景とも、帰省するときに飛行機から見る博多の夜景とも違う、ひどくまばらな明かり。けれど僕には一つ一つの明かりがより一層輝いて見えた。郊外で見る一等星だけの星空によく似ている。その明かりは僕に、川には見えないまばらな天の川を思い出させた。まるで空が地面になって、地面が空になったようだ。足元の雪と鈍色の空はよく似ている。僕はなんとなく、話しかけてみよう、と思った。

「やぁ」

 無論、答える声など有るわけもないが、気にはならなかった。音もない道すがらの暇つぶしのようなものだ。

「君たちも降りてきたのか」

 少し、明かりがキラキラと明滅したような気がした。気がしただけだが、僕にとって肯定と取るにはそれで満足だった。

「そうかそうか。空は寒いものな。雪は暖かいだろう」

 暖かいわけがない。雪の正体は氷の結晶なので温度はマイナスだ。そうでなければこんなに足がかじかむこともないはずだ。それでも暖かいだろう、と満足気に呟いたのだ。今度は変わらずただただ明かりは輝いていた。

「そうでもないか。それでも宇宙(そら)よりはマシだろう」

 ぽつ、と、明かりが一つ増えたのが見えた。そうだろう、そうだろう。満足気に呟く。何か変化があるだけで、まるで何かを伝えようとしているかのように見える。小さな光が愛おしくすら思える。

「まぁ、村の者でもない私がいう義理でもないが、ゆっくりすると良いよ」

 言うやいなや、別の明かりが一つ消えた。はは、もうお休みか。

 チカリと、すぐ近くの明かりに照らされた。どうやらホテルの明かりが路地から顔を出したらしい。

「私も休むとしようかね。君たちも早く寝ると良い」

 そういうと、また一つ、明かりが消えた。

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