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光彩林檎の創生歌  作者: 桐谷瑞香
第2話 青空に潜む黒き影
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青空に潜む黒き影(3)

 朝早くから起きたクレイアは着慣れているコックコートに腕を通し、慣れた手つきで焦げ茶色の髪を一本に縛り上げた。

 鏡の先に映るのはどことなく緊張している水色の瞳の少女。胸のあたりに手を乗せてから深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 ここまで来たら、あとは気持ちのもちようだけだ。

 ルクセンから面と向かって告白され、ホープの記憶により断片的に垣間見た自分の生みの親――。彼、彼女の行く先がどうなったかと知りたかったが、今は目の前のことに集中しなければならない。この大会が終わったら、ゆっくりと過去と向き合い調べようと心の中で決めた。


「今日は精一杯美味しいお菓子を作る」


 意気込みだけは確かにある。だがいつも以上に心情が不安定になっているのは、自覚していなかった。



 * * *



 それは一種のお祭り騒ぎとなっていた。

 大会の会場である、菓子店の前には四人分の調理台があり、大きなオーブンがその後ろ側に陣取っていた。オーブンの中も四つに分かれているため、もめ事も起こすことなく参加者たちは焼くことができるだろう。

 ニーベルはお祭り用の出店を眺めながら、大会会場に向かっていた。さすがに屋台に菓子類はなく、主食や飲み物が並んでいる。だがあまり売れ行きはよくなさそうだ。

「大会は目の前で菓子を作ってもらって、その後に審査員による投票と、抽選によって決めた一般人を何名か選出してもらって、その合計得点で争われる。ちなみに審査員には各有名店で働いている人が出るって話だよ。――さあ、抽選券はここだ、未来の職人が作った出来立ての菓子を食べたい方は寄っておいで!」

 どこからともなく聞こえてくる陽気な声につられて人々は移動していく。ニーベルも何気なくその列に加わると、品の良さそうな白髪交じりの灰色の髪の女性を見て、目を丸くした。

「サリさんですか?」

「あら、ニーベルさん! 先日はどうも。素敵なお話の数々、楽しかったわ」

 笑顔で受け答えてくれる彼女は、ブランネージュ城のメイド長であるサリだ。この前ニーベルが城内で伝承を語った際に色々と世話になり、そこで打ち解けたのである。そんな立場の彼女がここにいることに対して思わず首を傾げた。

「お仕事はいいんですか?」

「他のメイドたちに頼んできたから大丈夫よ。今日は一種のお祭り。美味しいものを食べなきゃ!」

 笑顔で言いつつ、列が動いたため慌てて前に進む。たとえ審査員になれなくても、周りには大量の屋台が出ており、さらに何件かは試食もできるので、この場にいれば食に困ることはないだろう。

「さて、誰が優勝するかしら。やっぱり“アフェール”のクレイアさんが本命だと思う?」

「目に見える実績から判断すると、そうでしょうね。ライラ・ディで作ったチョコの売り上も相当だと聞きましたし。……ただこの会場を提供している店長の息子も、なかなかのやり手だと噂で聞きましたよ」

「そうなの。けどここの店のお菓子、美味しいけどわたくしの好みじゃないのよね……何かが物足りないというか」

 サリの言い分はもっともであった。ニーベルも何度か食べたことがあり、味に関しては、ティル・ナ・ノーグの街で五本の指に入るほど美味しいが、何かがアフェールよりも欠けているのだ。


「――それはきっと見た目の美しさですわ!」


 どこからともなく聞こえた声の主を見るために、ニーベルがちらっと視線を下げると、ショコラ色の髪を両脇で縦ロールにして高い位置からリボンで結んでいる少女が、噴水を背にし、腰に手を付けて立っていたのだ。着ている高そうな服からして、貴族のように見える。サリは彼女を見ると、目を丸くした。

「メリーベルベル様、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか!」

「あら、サリじゃない。別にいいじゃない、わたくしだってお祭りに来ても」

「一人で来ていらっしゃるのですか?」

「そうよ。でもきっとここにいれば、あの人に会えるはずだわ」

「それはいったい――」

「話をしていれば、わたくしの狙い通りですわ。ユータスさまーー!」

 メリーベルベルが甲高い声を発し、手を大きく振った先には、ひょろりとした体格で、眼鏡をかけた薄茶色の髪の少年がいたのだ。彼はメリーベルベルに気づくと、若干早足で近づいてくる。

「ベルベル、どうしたいったい」

「きっとユータスさまなら来ると思って、わたくしも来てみました。お菓子作りを生で見られるんですもの、同じ職人として興味があるのでしょう?」

「……まあそれもあるが、どちらかというとイオリにけしかけられたというのもある」

「そのイオリはどうしたのですか?」

 ユータスの口からある女性の名前が出ると、メリーベルベルの口が若干尖った。

「別の場所で待ち合わせしている。クレイアの応援であいつは来ている」

「“アフェール”のクレイア・イーズナルね。あそこのお菓子は好きですわ。地味ながらも外見もとても凝っていて、それに味も保証されていますから」

 そしてメリーベルベルがニーベルとサリの方に振り返ると、ちらりと大会会場の看板に視線を送った。

「あの“リバティオ”っていうお店、たしかに美味しいけれど、見た目がつまらないですわ。お茶会で出されたら、即座に見抜けるほど質素な見た目。味だけならアフェールが負ける可能性はありますけど、それ以外も含めたこの大会なら、負けるはずないと思いますわ」

 メリーベルベルは胸を張って言い切ると、ユータスが待ち合わせ場所に向かって歩き始めているのに気づき、慌てて追いかけていったのだ。突然現れては去っていく少女の背中をニーベルは呆然と眺めていた。そしてほどなくしてメリーベルベルの後ろからスーツを着た男たちが現れ、彼女が進んだ方向の人混みに消えていった。

「サリさん、彼女はいったい……」

「王都からここに留学に来ている、ノイシュ様の遠い親戚の貴族です。メリーベルベル様はよく勝手にお城を抜け出してしまいますから、仕方ないので秘密裏に護衛を付けさせていますの」

「秘密裏ですか……」

 苦笑いをしながら、相槌を打つしかできなかった。

 しかし彼女のおかげで、今回の大会の行く末も垣間見えたようだ。やはり面識がある人に優勝してほしいというのが本音である。

 少し強気な少女がどこまで人々を魅了する菓子を作るのか――、非常に楽しみだった。



 その頃、クレイアは黄金林檎の山を抱えながら、裏口から作業場へと入っていった。中に入れば同年代くらいの少年と少女が持ち物を確認している。また作り方を見返して、緊張を和らげようとしているようだ。クレイアも含めて全部で四人のはずだが……。

「一人……いない」

「それは僕のこと?」

 クレイアは林檎を机の上に置くと、声のした方に振り返った。栗色の髪の少年が焦げ茶色の瞳を通して見てくる。

「おはよう、マロール」

「どうも、クレイア。朝からそんなに林檎持って、肩痛くないの?」

「ご心配ありがとう。大丈夫、これでも体は鍛えている方だから」

「へえ、力持ちなんだね、女のくせに」

 出会った途端、クレイアとマロールの間に僅かに火花が散っているように見えた。正直勝手に一人で騒いでいろと思うが、なぜか相手から突っかかってくるため、ついつい反応してしまう。これを受け流せないところが、まだ大人になりきっていない証拠かもしれない。

「今日はクレイアの菓子作りが近くで見られるって聞いて、嬉しかったよ。何を作るのかな、地味な老舗が」

「あんたも作っているんだから、見られないでしょう。素っ気ない菓子を作る、店員が」

 精一杯皮肉った言葉を出したが、逆を返せば、それしか相手の悪いところがないのだ。見た目はシンプルすぎるが味は確かな“リバティオ”。一見ただのショートケーキに見えても、口に入れれば一瞬で濃厚なクリームが口の中を豊かにしてくる。スポンジもふっくらしており、たいてい一口だけでフォークを置くはずが、気がつけば皿は空になってしまうほどだ。

 他の二人には悪いが今回相手になるのは彼だけだろう。自分の中で一番良いものを作ろうとは思っていたが、ついつい勝敗にも気にしてしまいそうだ。

 マロールはクレイアを一瞥しつつ、あてがわれた机に持ち物を置くために移動する。そしてクレイアの真横に来たときに、耳元で囁いてきた。


「――ルクセンさんの血を引いていない君が、どれだけ作れるのか楽しみだ」


 声を出そうになるのをどうにか押さえ込む。マロールはにやにやしながら、その場から離れた。彼の背中を硬直した表情で眺めていた。

――どうして知っている?

 少年と少女が、不思議そうな顔をしてクレイアを見ていることに気が付く。今、クレイア自身がどんな表情になっているのかはわからないが、じろじろと見られてはあまりいい気分ではない。

「あ、忘れ物していたんだ。調達してこないと」

 白々しく言葉を発し、時計を見て、まだ開始まで時間があることを確認してから、きびすを返して外に飛び出した。

 


 鼓動が速くなっている。

 あそこで飛び出したら、マロールに事実を認めている用なものだったが、それでも離れて、心を落ち着かせなければ、まともな状態で菓子など作れない。

 ふとクレイアは近くにあった木に寄りかかる。店の表側から喧噪が聞こえており、この大会の注目度が察することができた。

 下手な菓子は作れない。そんなことをしたら育ての親に迷惑が――。

「あら、クレイア!」

 明るい女性の声が聞こえてくる。俯いていたクレイアは顔を上げると、そこにいた赤毛の髪を一本にまとめた女性と、彼女より遙かに背の高い金色の髪の男性がいるのに気づいた。

「コレットにクラウスさん! どうしたの?」

「クレイアの応援に来たのよ。ねえ、クラウス様」

「……うむ」

 クラウスは軽く頷いた。強面で近寄り難く見えるが、実はお菓子が大好きで、ティル・ナ・ノーグの街のお菓子はほとんど食べたことがあるという、天馬騎士団の一人だ。ある事件で知り合った以降、客と店員との間で交流を続けている。コレットは目を丸くしながら、クレイアを見つめてきた。

「もしかして緊張しているの?」

「ま、まあ……。初めてだからさ、こういうの」

 適当に濁しつつ答えると、コレットはにこりと微笑んだ。その笑顔がクレイアの肩の荷を少しずつ軽くしてくれる。

「私も初めてお菓子作りの大会はすごく緊張したわ。けどクラウス様のおかげで納得のいくものができたのよ。クレイアは誰かに味見をしてもらった?」

「一応家族と店の人と――店の常連さんかな」

 無理矢理味見を押しつけた、ユッカの顔を思い浮かべる。

「常連さん? まあクラウス様みたい。素敵な人なの? その人からの感想は?」

「美味しいって言ってくれたけど……」

彼は確かに『美味しい』と言ってくれた。ただあまり表情を顔に出さない人なので、それが本音かお世辞かはわからないが。

「クレイアのことを思ってくれる常連さんなら、きっと本当のことを言ってくれるはずよ。ねえ、クラウス様」

「……そうだな」

 コレットとクラウスの馴れ初め話によれば、“コレットの菓子工房”にて、コレットが林檎を使った菓子大会で出す試作をしている際に、クラウスに相談に乗ってもらったのが始まりだったらしい。それ以後紆余曲折ありつつも、こうして二人で出かける仲にまでなっていたのだ。

 コレットはクレイアの右手を両手で握りしめる。

「何があっても、目の前にことに集中するのよ。今回は多くの人に食べてもらうんでしょう。そう考えると、緊張している暇なんてあるかしら?」

「……ないね。今回の大会、質だけでなく、短い時間で大量に作ることも求められているから」

「いつも通りに作ればいいの。それが今の私から伝えられる言葉よ」

 どこからかアナウンスの声が聞こえてくる。どうやらそろそろ大会が始まるらしい。クレイアは慌てて手を離した。

「あたし、そろそろ行くね」

「ええ。自分らしいお菓子を作ってね。あとは気を緩めないこと!」

「頑張れ、クレイア」

「ありがとうございます、コレット、クラウスさん」

 二人に礼を言いつつ、クレイアは戻っていった。

 空を見上げれば、穏やかな晴天が広がっている。だが西の方からは黒い雲が近づいていた。大会が終わるまでに、降らないことを祈るばかりである。



 やがて一時間もしないうちに、若手職人による菓子大会が始まった――。

 今回お借りしました、初登場の登場人物の設定考案者やデザイン者、また参考にした関連作品は以下の通りです。


*サリ・クストーデ(設定考案、デザイン:鳥越さん)

*メリーベルベル・ルル・フランボワーズ(設定考案、デザイン:加藤ほろさん)

 ⇒『ニーヴは見た!~ティル・ナ・ノーグサスペンス劇場~』http://ncode.syosetu.com/n4584bc/ 著:加藤ほろさん

*ユータス=アルテニカ(設定考案、デザイン:宗像竜子さん)

 ⇒『アルテニカ工房繁盛記シリーズ』http://ncode.syosetu.com/s0123b/ 著:宗像竜子さん

*コレット=ラヴィネル(設定考案:みきまろさん、デザイン:緋花李さん)

*クラウス=アルムスター(設定考案:みきまろさん、デザイン:ゐうらさん)


 皆さま、どうもありがとうございます!

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