移りゆく萌黄色の風(4)
ティル・ナ・ノーグの街が夕陽に照らされる頃、アイリスと別れたニーベルはブランネージュ城から離れ、商店街が並ぶ地帯を歩いていた。様々な種類の店を眺めながら、この先にある宿へと向かう。
旅人になってから、たくさんの街を巡っているが、ティル・ナ・ノーグはその中でも特に多くの文化が入り混じっており、非常に魅力的な街であった。並んでいる店も本当に同じ街なのかと疑ってしまうくらい、多種多様に富んでいる。
これだけ異文化が混じりすぎていると、争いなどが起こってもおかしくはないはずだが、街を治めるノイシュの手腕や治安を守る天馬騎士団により、目立った争いもなく、穏やかな日々を過ごしている。こういう場所で生まれ、育っていれば、また何か違う人生を歩めたのかもしれない。
夕飯をどうしようかと考えていると、突然後ろから右肩を強く叩かれた。ニーベルは眉をひそめて振り返ると、銀のかかった薄紫色の長い髪を一本にまとめている少年が、にやりと笑っていたのだ。
「よう、ニーベル、元気か!?」
「誰だと思ったら、マシエか。今のはさすがに痛い部類に入るよ」
溜息を吐きながら、若干だが痺れが残っている肩に触れた。悪気はないとわかっているが、彼の性格上、やることのほとんどがあまりにも豪快すぎるのだ。
マシエはアーガトラム王国外にある魔法都市の魔術学院を卒業後に、見聞を広めるためにティル・ナ・ノーグに訪れた。
出会いはニーベルがギルドの仕事をこなしている時に、モンスターの不意打ちから守ってくれたことであったが、それ以降何かと会う度にこのようにちょっかいを出してくる。
ご飯を奢れ、一緒にギルドに行って強いモンスターを倒そう、ガート捕まえて食ってみよう、妖精の森で天馬を捕まえよう……など、一番初めの要求以外は首を縦に振ったことはないが、時としてとんでもないことを言うから困ったものだった。聞いた話によれば、優秀な魔術師であるらしいが、性格には難有りといったところだろう。
「今、暇か? 少し付き合ってくれねえか?」
「とんでもないことならお断りだよ。今日は久々に大仕事をしていたから、疲れていてね」
「大仕事!? 何したんだ、聞かせてくれよ!」
「……それよりも何のよう? そっちが先」
横目でじっと彼の鳶色の左目を見た。すると右手で拳を作りながら、にやっと笑ったのだ。
「ただの買い物さ。ちょっと二、三件付き合ってくれよ。どうにも一癖も二癖もある店主で、俺だけだと立ち向かえない気がするのさ」
「……いや、君も充分癖のある人だよ。しかも立ち向かうって、殴り込みに行くわけではないんだから……」
「ぐだぐだ言ってねえで、行くぞ!」
右腕をきつく持たれ、半ば引きずられながら進み始める。
あまりの強引さにやれやれと肩をすくめていると、姿を一瞬だけ見せたエッダはその様子を楽しんでいるのか、にやにやしていた。
傍観するなら助け船を出してくれよ……と思いつつ、ニーベルはマシエと共に人で溢れる商店街エリアを走り始めた。
「ここが一件目。男勝りの巨乳の女店主でさ、なんだか俺が入ろうとすると、突然男が現れて追い出そうっていうか……」
「……君ね、奥さんがいるのに、他の女の人に目を付けるな。――エフテさん!」
ニーベルは狭い店内の奥にいる彼女に向かって叫んだ。程なくして、ターバンを巻いた褐色の肌に黒髪の女性が現れる。彼女はニーベルをみると、嬉しそうに寄ってきた。
「ニーベルじゃねーか! どうした何か買ってくれるのか? 最近のアタシのおすすめはガートグッズ。どうだ、彼女へのプレゼントに買っていかないか?」
「……だから彼女はいないって」
アーガトラム王国内で数多く見られる、ふさふさとした柔らかい毛並みを持つ小型の獣のガートは、ペットだけでなく、グッズとしても人気がでている獣である。愛らしい姿をしているが、扱い方によっては噛まれるので注意しなければならない。
ニーベルがやんわり断ると、エフテは少しだけ残念そうな顔をしたが、次に売りつける日用品を探し始めた。
エフテことエフテラームは、日用雑貨屋“ミザッラ”の店主であり、日用品だけでなく、軽食も提供している店だ。この店に売られているもののいくつかが、アーガトラム王国外にある彼女の故郷のカイスの品であり、それに興味を持ったニーベルが訪れたことから、二人は顔見知りとなっていた。ただあまり長居をしていると、彼女と一緒にいるある男性の視線がうるさいので、早々に切り上げている。
「おい、ニーベル、ここの店主と知り合いだったのか!? ずりいよ!」
「いや、隠していたわけじゃないし。僕だって、それなりに顔見知りはいるよ」
他人とは深く関わらないようにしているが、顔は広い方であると自負している。色々な人から話を聞くことで、思ってもいないような伝承が導かれる可能性があるからだ。
「ニーベル、こいつは何だ? お前の友達か?」
「まあ……顔見知りかな」
「待てよ、友達だろう!?」
すかさずマシエに突っ込まれたが視線を逸らして、近くにあった毛織物を手に取る。思ったよりも軽い素材に驚きつつ、店の中を物色していく。
「あの野郎、無視しやがって……。――エフテさんだって? 俺はマシエって言って、ティル・ナ・ノーグに旅に来ていて――」
マシエがエフテラームの手を握ろうとしたとき、彼女の後ろから、ややくせ毛のラベンダーグレイの髪の青年が現れ、淡褐色の瞳でマシエを睨み付けたのだ。それに対抗するかのように、鳶色の目も睨み返しつつ、手に持っていた槍に加わる力が強くなる。
「お前、いつも俺の邪魔をする……」
その様子を客観的に見ていたニーベルは、さすがに顔がひきつった。こんなところでマシエが槍を振るったら、間違いなくこの狭い雑貨屋は大惨事になる。
「マシエ、ちょっと待――」
「――おい、サディーク、急になんだ!?」
エフテがぴしゃりと言い放ったが、見目麗しい男性は彼女に対して顔色を変えずに、ガートのぬいぐるみを差し出してきたのだ。
「新しいのを作ってみた、どうだ?」
「早いな。これまた弾力のある、可愛いぬいぐるみじゃねえか」
片手に乗るくらいのクリーム色のガートは、愛くるしい瞳でエフテラームを見つめているようだ。解れているところがないか確認をし終えると、エフテラームは値段を適当に決めて、ガートグッズのところに置いた。マシエは目を丸くしながらガートとサディークを交互に見る。
「え、お前が作ったのか?」
「そうだ、それがなんだ?」
「いや、器用だなって……」
いざ挑もうと思っていた相手が、こんなに可愛らしいものを作っているのを知り、勢いが逸れてしまったようだ。それはニーベルとしては有り難いことであり、マシエとしても助かったというべき所だろう。
「良かったね、マシエ。挑まないほうが懸命な判断だったよ」
「どうしてだ?」
「サディークは精霊だよ」
「精霊だって!?」
呼応するかのように叫んだマシエが目を丸くして、サディークを見る。
基本的に精霊は人には見えない。今もニーベルは集中しなければエッダの姿を見ることはできない。だが、エフテラームの精霊のサディークは特別で、マジックアイテムであるランプを使うことで、普通の人でも姿を見ることができるのだ。
「……というわけだから、マシエ、やめてくれ。腕が立つ君でも、精霊相手だと分が悪いだろう……。そもそも理由もなく槍を握るな」
優しく彼の肩を叩くと、肩をすくめながら矛先を地面に下ろした。
「……わかったよ」
“ミザッラ”を後にしたニーベルの手には異国の織物で作られた、スカーフが入った袋が下がっていた。あのままではただの迷惑をかけた冷やかしになってしまうと思い、慌てて購入したものだ。たまには首を隠しているスカーフを変えるのもいいだろう……その考えの果てでもあった。
「そろそろいいかな、マシエ。僕、宿に戻るよ」
「あと一件だけいいか! どうしてもあそこの店だけは、行きにくい!」
今にも飛びついてきそうな勢いのマシエを、ニーベルはさらりとかわす。
「……いったいどこ。僕だって、苦手なお店だったら行きにくい」
「えーっと、なんて店だったかな。わかりにくい名前だった」
悶々と考えているうちに、この場から去ろうと思ったが、それを見越してか、マシエの右手がニーベルの左腕を握りしめていた。
「……思い出した! “ヌエヴェ・コラス”だ!」
細工屋や宝石店の固まっているエリアの中にその店はあった。
色とりどりの首飾りや腕輪が飾られているのがまず目に入り、見上げれば地上五階建て。高そうな雰囲気を醸し出していたが、意外にも目にした値札はそこまででもなかった。
「一度くらいかな、ここには来たことはあるけど……」
「さすがニーベル、顔が広いな!」
「けど用事がないときにはあまり来たくない……。マシエは何を買うつもり? 奥さんへのお土産?」
子供っぽい発言や行動をするが、これでも一応彼は新婚さん。にもかかわらず、留学をしているのは、彼に考えがなさすぎなのか、それとも奥さんが人が良すぎる人なのかはわからない。
「特に決めてねえよ。ただ色々なものを扱っているっていうから、来てみただけだ。興味だよ、興味」
「……先に言っておく。僕は買わないからね、マシエが買ってくれよ」
開けっ放しにされている扉から、ニーベルが先に店内へと踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
間延びしつつも、ニーベルでさえも聞きほれるような声が聞こえてくる。まず目に入るのが尖った長い耳と浅黒い肌、そして毛先にいくほど黒い、銀色の髪の青年。いわゆる狐人と呼ばれる人で、妖狐と人間が交わって生まれたとされる種族である。二十歳半ばくらいに見えるが……実際の年齢はわからない。
「やあ、お久しぶり、ニーベル君。今日は何をお買い求めで?」
「お久しぶりです、ゾロさん。いえ、今日は僕ではなく、彼がこの店に用があって来たんです」
ニーベルが少しその場からずれて、マシエをゾロの視界の中に入れさせる。ゾロはマシエを見ると、にやりとしながら、すっと目を細めて眺めてきた。吸い込まれるような視線に貫かれたのか、マシエは声も発さず、その場に立ち尽くしていた。
視線を合わせるというのは、まず人の心を掴むということ。舞台に上がる際には、観客に視線を合わせるのを忘れないように、という教えもあった。ニーベルはただの礼儀として視線を合わせているため、他人には特に影響はないが、ゾロのような、意味深な行動をする人からやられると……正直予想がつかない。
「……ゾロさん、買い物に来たんですよ?」
ニーベルがゆっくり口を開くと、マシエがぴくりと動き、はっとした表情に変わった。若干だが額に汗が滲んでいる。
「ああ、ゴメンね。ついつい、人をよく見るのが習慣になってしまって。――さて、何をお買い求めで?」
「な、何があるんだ?」
視線による呪縛から解放されたマシエはどうにか言葉を吐き出した。
「何でもあるよー。マジックアイテムから、少し可愛らしい装飾品まで。お値段も色々と、きっとお好みにあうものがあるはず。――さあ、どんなものがいい?」
「なるべく安くて、かっこいいやつ!」
「かっこいいやつ……ちょっと待ってね。……おお、キミが付けている首飾りや腕輪もカッコいいね」
「そうか!? そう言ってくれて、嬉しいぜ! 昔から付けているやつで、思い入れがあってな……」
「是非ともここで買っていくものも、思い入れがあるものにしてほしいね。さあ――これなんかどうだい?」
ゾロがピンからキリまでありそうな、装飾品の数々をマシエの前にあるテーブルに置いた。そして説明されたものを、興味津々で見ていく。
二人が楽しく会話をしている脇で、ニーベルは苦笑いをしながら眺めていた。見る見るうちに、ゾロの話術にはまっていくマシエの姿を見ると、若干申し訳なさもあったが、たまにはいいだろうと思い、傍観することにしている。
この店にある装飾品にはマジックアイテムも多くあり、おそらく旅に出たときには頼もしい活躍をしてくれるはずだ。だが、物がいいものは、それに比例して値段が高くなる。今日の語りは臨時収入であったが、基本的にニーベルは質素倹約の毎日、ゾロの話術にはまって、買わされるわけにはいかなかった。
ふと店の奥から、一人の少女が現れるのが目に入った。薄い灰色の髪を二つに結んでいる可愛らしい少女だが、特に目を引いたのが、ターコイズブルーの右眼と黄色の左眼からなるオッドアイの瞳だ。
「おや、ニーナ、どうしたんだい?」
ゾロが彼女の存在に気づくと、にっこりと微笑んだ。
「ええっと……お店大変そうだな……って」
ニーベルと視線が合うとおずおずと頭を下げ、逆にマシエを見ると、ゾロの後ろに隠れてしまったのだ。
「ニーナ、お客さんだよ。とてもいい買い物をしてくれる」
優しく語りかけるが、ニーナことニルヴィナはなかなか出てこようとはしない。ゾロがそんな彼女の頭をそっと撫でると、若干だが彼女の表情が緩んだ。
「さあ、ご挨拶をしようか」
ゾロがニルヴィナを少しだけ前に出すと、彼女はたじろぎながらもマシエを見たのだ。
「……こ……こん……にち……は……」
「おう、こんにちは」
マシエの声を聞くとびくっとしたが、それでも今度はゾロの後ろに隠れることはなかった。
「よし、ニーナ、よくできたね。もう少ししたら、店を閉めて、ご飯にしよう」
微笑みながら囁くゾロの姿を見て、ニルヴィナのことを大切な家族として接しているようだ。
その仲の良さを見て、ニーベルは不意に妹のことを思い出していた。とても内気な少女であったが、両親が経営している劇場の手伝いをするようになってからは、色々な人に笑顔を振りまく素敵な少女へと変わっていった。
だが――もうその笑顔を見ることはない。
今回お借りしました、初登場の登場人物の設定考案者やデザイン者、また参考にした関連作品は以下の通りです。
*マシエ・リュノー(設定考案:アケゾラユウさん 、デザイン:藍村霞輔さん)
*エフテラーム、精霊サディーク(設定考案・デザイン予定:伊那さん)
⇒『楽園をふちどる色彩』http://ncode.syosetu.com/n1890bi/ 著:伊那さん
*ゾロ・プラテアード(設定考案・デザイン:水居さん)
⇒『幸運の尻尾』http://ncode.syosetu.com/n4599bc/ 著:水居さん
*ニルヴィナ(設定考案・デザイン:himmelさん)
皆さま、どうもありがとうございます!