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光彩林檎の創生歌  作者: 桐谷瑞香
第1話 移りゆく萌黄色の風
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移りゆく萌黄色の風(3)

「ねえ、ニーベル、今日は少し緊張していない?」

「そうだね、さすがに僕だって緊張することはあるよ。何回か舞台の上に立ったことはあるけど、その分たくさん練習して、緊張を和らげていたからね。けど今回は違うだろう。まず会う人が――」

「それなら大丈夫。領主様を始めとして、城内の人はみんな優しいって噂で聞くよ」

 昼も過ぎたあたりの時間帯でニーベルは横に歩いている桃色の髪を高い位置から結んでツインテールにしている、少女の姿をした自分の精霊を見ながら微笑んだ。

 ニーベルの精霊エッダは音の波を操り、対象を攻撃したりもできるが、基本的にはその力は使わずに、人々に癒しの効果を与えたいときだけ力を借りている。人の形をしている上級精霊であるが、ニーベルが意識しなければ見えないし、話せない。また他の人には見えないため、下手をしたら独り言をしている、妙な人と思われてしまうだろう。

 一方で精霊を契約するにあたって、ニーベルは二つの条件を呑んでいた。一つは時期や場所によっては不便な生活をしいられること、そしてもう一つは自分にとって命に近いものを引き替えることになったのだ。

「あたしがいなくても大丈夫?」

「エッダがいてもみんな見えないよ。大丈夫、いつも通りに語るだけだから」



 ニーベルはアーガトラム王国内を旅しながら、各地の伝承を集めている。旅の資金については、集めた伝承を街中で披露するときに得た鑑賞代や、多少は腕に覚えがあるのでギルドに通って仕事をこなし、その報酬でどうにか保っている。

 今回は城内で語ることになるが、実は特別な場所で行うことは滅多にない。頼まれごとであるため普段以上に金額は弾むが、集まる人数は多くなる。万が一失敗したときのことを考えると、つい自分らしくもなく緊張してしまうのだ。

 ブランネージュ城が徐々に大きくなるにつれて、鼓動が速くなっていく。深呼吸をし、心を落ち着かせながら進んでいった。

「じゃあ、あたしは少し消えるね。お城にどんな精霊がいるかわからないし、見える人に見られても面倒だし。――ずっと傍にいるから、頑張ってね、ニーベル!」

「ありがとう、エッダ」

 今では妹のように接しているエッダとしばしの別れをしてから、大理石を多くあしらった白い城壁を取り囲む城門に近づいた。だが急に目の前に金色の髪の青年が横切られ、よそ見をしていたニーベルと衝突してしまったのだ。お互い多少よろめいたものの、すぐに態勢を立て直す。

「すみません、僕がよそ見をしていたばかりに……」

「いや、大丈夫です。ちょっと僕も急いでいたから、かわしきれませんでした、ごめんなさい」

 頭を軽く下げられ、再び上げられると、暗い茶色の瞳と視線が合う。青みがかった金髪で、ニーベルよりも背は高く、薄らと筋肉が見えるほど身軽な恰好をしている青年だ。 

 彼はニーベルの手に持っている黄金色の竪琴をまじまじと見ていた。

「その手に持っているのって、もしかして竪琴ですか?」

「そうです。城に少々用事があり……」

「もしかして語り部さんですか? 今日、ノイシュ様や城の人に向けてお話会を開くっていう」

「はい、そうですが……。失礼ですが、あなたは?」

「僕は天馬騎士団のニコラス。今日はちょっと暇ができたんで、街のパトロールに行ってきます! 頑張ってくださいね、語り部さん!」

 軽やかに駆け出し始め、ニコラスはニーベルの目の前から去っていく。そのあまりの速さに一瞬目を疑ったが、既に彼の背中は見えなくなっていた。



 目を丸くしながら、ニーベルは呆然と彼が向かった街の方を眺めていた。

「なんだったんだ、彼は。騎士団員にしてはやけに軽装だったような……」

「ニーベルさん!」

 視線を城の方に戻すと、暗めの亜麻色の長い髪を束ねた男がほっとした表情で駆け寄ってきたのだ。彼は騎士団員の一人であり、以前ひったくりを捕まえた際に知り合った青年である。

「アレイオン君、こんにちは」

「こんにちは。良かった、無事にお会いできて。――お迎えにあがりました。部屋までご案内致します」

「わざわざここまで来なくても大丈夫だったよ。城に行けばメイドさんたちが案内してくれる予定だったから……」

「いえ、実は急に変更になり、上から所定の場所に連れてくるよう言われまして――むしろ連れて行かせてください。そうしないと姉上に何を言われるか……」

 乾いた笑いをしながら、空色の瞳はどことなく憂いを帯びていた。アレイオンの姉はたしか騎士団の副団長であるペルセフォネ・ガーランド。非常に厳しいことで有名な女性であるが、実力は誰しも一目置くほどの強さである。

 そんな姉から命じられたことを考えると、ここで出会って良かったと心底思うニーベルだった。

「そういえばニコラスさんという方、知っているかい?」

 ニーベルがその名を出すと、アレイオンの顔がひきつった。

「ニ、ニコラスさんがどうしたんですか!?」

「さっき街の中をパトロールしてくると言って、行ってしまったんだけど……やけに軽装だったから、大丈夫かなって」

「ニコラスさんが軽装なのはいつものことです。それにパトロールなんて、嘘に決まっているじゃないですか……。はあ、また姉上に怒られる」

 うなだれるアレイオンをニーベルは不思議そうな顔で眺める。

「アレイオン君が……いったいどうして?」

「……姉上にニコラスさんがサボらないよう見かけたら気を付けろと言われて、その後に彼を城内で見かけたにも関わらず、結局止められなかったので……」

 肩を落としながら、アレイオンはとぼとぼと歩いて行く。悪いことを言ってしまったな……と思いつつ、彼の後を追い、門を通過して城内へと入っていった。

 初めてブランネージュ城に踏み入れたが、荘厳という印象はあまり受けなかった。ここの領主であり、城の主であるノイシュは、貴族だがその身分を振りかざして何かをしようとはせず、むしろ町民と同じ目線でこの街を見ていたいという話を聞く。噂によれば、お忍びで街に繰り出しているとか。それが城の雰囲気まで影響をしているのだろう。

 やがてアレイオンはある部屋の前まで導いてくれると、軽く扉をノックした。扉の装飾からして、明らかに身分が格段に上の人がこの向こう側にいる。なぜこのような場所に連れて来られたのかと聞く前に、中からは凛としたはっきりとした声が聞こえてきたのだ。

「失礼します」

 アレイオンがドアを開き、入るよう促すと、その横からニーベルは中に踏み入れた。

 そこには一人の青年が椅子に腰をかけており、その脇には片眼鏡をかけた白髪交じりの灰色の髪の執事が立っている。豪華な赤いマントを羽織り、ゆるくウェーブがかかった黒髪の青年が柔和な笑みを浮かべながら座っていた。

 赤い瞳と目があった瞬間、この人がこの街を納める領主であると判断する。なぜこのような状況になっているかはわからないが、ほんの少しだけ前に歩を進めると、ニーベルは恭しく頭を垂れた。

「初めまして、ノイシュ・ルージュブランシュ・ティル・ナ・ノーグ公爵。ニーベル・ブラギソンと申します。この度はこの城にお迎え入れ頂き、誠に有り難うございます」

「こちらこそわざわざ城に来てくれてありがとう、そしてこの場にも。君の噂は家臣やメイドたちから聞いていてね、是非とも君が集めた伝承の数々を聞いてみたいと思ったんだよ。そしたらその語りの前に偶然時間ができたものだから、ほんの少しだが話を聞きたいと思い、騎士団の人に頼んで貴方を連れてきてもらったんだ」

 ノイシュが立っていた執事に声をかける。

「ロイ、お茶の準備を」

「かしこまりました」

 ロイと呼ばれた初老の男性はニーベルの横を通り過ぎながら、ちらりと見てくる。そこで一瞬只ならぬ殺気を感じた。思わず鞘に手を付けようとしたが、ロイが去ると、その感じは消えていたのだ。まるでノイシュに手を出したら、命の保証はないという雰囲気である。

「非常に優秀な執事のロイだよ。彼が何か?」

「いえ……何でもありません」

 さすがに領主の執事、一筋縄ではいかないようだ。

 ノイシュが歩み寄ってくると、近くにあった柔らかそうなソファーに座るよう勧めてきた。その勧めを有り難く受け取り、ニーベルは彼と対面する形で座り込んだ。

 目の前にいるのはティル・ナ・ノーグを治める領主、一方でニーベルは何も肩書きがないただの旅人。その二人が向かい合っているとは、非常に珍しい光景だった。

「意外と早く来られたようだね。準備でもする予定だったのかな?」

「いえ、特に準備をする程のことはありません」

「ならなぜ……?」

 不思議そうに向けられる目に、一瞬躊躇ったが、正直に話すことにした。

「城内の雰囲気に慣れ、緊張を解したいと思ったからです」

 かつて舞台に上がっていた際も、幕が上がる何時間も前に舞台に立って、精神を落ち着かせたものである。

「それなら……呼び出してすまなかったね。今からでも遅くはない、語り部の場所に行って大丈夫だよ」

「いえ、そんなことは! 領主様とお話をするという貴重な時間より勝るものはありません!」

 身を乗り出す勢いで返答すると、ノイシュは静かに微笑んでくれた。どうやら緊張をしているのは、他人から見ても明らかようである。姿勢を正して、領主を真正面から見据えた。

「では、少しだけ私に時間を割いてもらおうかな。本当に興味があるんだよ、伝承について。本日語る内容を簡単に紹介してくれないかな?」

「はい、喜んで」

 ニーベルは持参している伝承を書き集めた紙をノイシュに手渡し、それを元に説明し始めた。

 アーガトラム王国は様々な村が点々とある。

 たとえばキルシュブリューテでは、街全体をあげて花の栽培が盛んなため、必然的に花に関する伝承が多くなる。また、リュシオルヴィルでは真珠の産地であることから、真珠に関する伝承はもちろんのこと、真珠を通じた愛に関する話もちらほらと聞く。

 そしてどの街や村でも言えることだが、妖精に関する伝承は非常に多い。空や雲、樹や水、また人間の使用している道具など、様々なものに宿っている妖精。人々が見えぬものを信仰の対象にしていることから、あの不思議な現象は妖精のおかげだろう……という話が派生して、自然と伝承となっているのだ。

 今回話す部分をざっくり説明している途中で、ロイが紅茶と茶菓子を持って現れた。豊かな香りの紅茶に、香ばしい茶菓子。ニーベルは礼を言いつつ、有り難く口に入れる。

「そういえばロイ、今度若手菓子職人による大会があるって聞いたんだけど、本当かい?」

「本当でございます。優勝者の副賞である留学は城がいくらか資金を提供するため、こちら側も後援者として名を入れさせていただいています」

「将来有望な少年、少女による菓子作り大会――もしよかったら行っ――」

「それは駄目です、ノイシュ様」

 ノイシュの言葉を途中で遮ってロイは首を横に振った。

「まだ何も言っていないが……」

「貴方様のお考えなど、お見通しでございます。なりませんよ、街中が大混乱になります。またあのような騒ぎを起こしたいのですか?」

 その言葉を出されると、ノイシュは口を噤んだ。城主に対して遠慮のない行為――ただ頭を下げたりしているだけの執事ではないなとわかる。

「……仕方ありませんね。菓子大会で優勝したお菓子を頂くということで、どうでしょうか?」

「……お願いするよ」

 返事をしたとはいえ、すっかり意気消沈し、大人しくなってしまった城主。そんな彼を見ながら、ニーベルは今日語る予定だった演目の一部を変えようと思った。聞いている人が元気になるような、そんな伝承を――。



 やがて城内での語りは大成功のうちに終わった。妖精に関する語り部だけでなく、各地方の伝承を語ったためだろう。

 本来ならば城内にいるノイシュやロイなど、貴族や執事、メイド相手であったが、いつしか騎士団の人たちも足を止めて聞き入っており、その人たちから噂として流れたのか、城に出入りする多くの人が立ち止まっては聞いていたのだ。

 これほど多くの人に相手をするのは、語り部として各地を放浪してから初めてのことで、久方ぶりの高揚した気分を味わっていた。

 帰り道、城門まで今度はアイリスという女騎士に連れられて、向かっていた。

 ピンク色の髪を一本に結んだ少女は笑顔で話しかけてくる。

「本日は本当に素敵なお話の数々を有り難うございました。私、もっと本を読んで、色々な伝承について知りたくなりました」

「それは良かった。そういう意図もあって、各地で語りをしているからね」

「それにニーベルさんって、とても素敵な声をしているんですね。それに発声の仕方の違いですか? どこまでも響きわたる、素敵なお声でした」

「あ、ありがとう……」

 思ってもいなかった感想をもらい、ニーベルはたじろぎながらも礼を言う。

「昔、どこかで発声練習とかされていたんですか?」

「……そういうわけではない。そうだ、アイリスさんに聞きたいんだけど、今日聞いた伝承の他に、どういうのが聞きたかった?」

 ニーベルが無理に変えた話題に対して、きょとんとした表情をしていたが、すぐに笑顔で話し始めた。その内容をニーベルは脳内で記憶していく。微笑みながら聞いていたが、一方で暗い影が脳内を横切っていた。



 発声練習はしていた。だがそれは忘れたい過去の中に入っている。



 かつて王都サフィールに住んでいたニーベルは、ある機会をきっかけとし駆け出しのテノールオペラ歌手として活躍していた。戸惑いながらも歩み始めた道であったが、それでも充実した日々を過ごしていた。しかし家族と別れを告げる事件が突如起こり、その過程で音の精霊であるエッダと契約、代償として長く息を吸ったり、吐いたりできない――つまり声を使って音を発することを商売とする者にとって、致命的な状態になってしまったのだ。

 家族の墓を眺めつつ呆然としていたニーベルだが、妹が好きだった伝承を集めるために、そしてサフィールから逃げるために、重い腰をあげて旅にでたのだ。

 語り部ならぶつ切れの呼吸でもどうにかなる。しかし長く間を取ろうとして、無意識にかつてオペラ時代に習った行為を出してしまったのだろう。

「あの、ニーベルさんは……恋人とかいらっしゃらないんですか?」

 突然出された質問にニーベルは目を丸くした。途中から上の空だったため、彼女からの質問ラッシュが始まったのに気づかなかったようだ。

「いないよ、別に」

「意外です。ニーベルさんみたいに、優しくて、かっこいい人に恋人がいらっしゃらないなんて」

「そうかな。僕ってさ、結構めんどくさがりなんだよね。それに他人に対して興味がないっていうか……」


――たとえ親しくなったとしても、いつかは裏切られる可能性があるから。


 人なんて二度と信用するものかと思った。

 あの日、裏切られた結果があのような結末をもたらすとは思ってもいなかった。


 今は――ただエッダが傍にいるだけでいい。

 絶対に裏切らない契約、そして共に手を染めたことによって繋がれた関係であるから。




 今回の話でお借りした登場人物の設定考案者、デザイン者は以下の通りです。


*ニコラス・セルベセリア(設定考案・デザイン:麻葉紗綾さん)

*アレイオン・ガーランド(設定考案・デザイン:加藤ほろさん)

*ノイシュ・ルージュブランシュ・ティル・ナ・ノーグ(設定考案:タチバナナツメさん、デザイン:鳥越さん)

*ロイ・クストーデ(設定考案・デザイン:鳥越さん)

*アイリス・リベルテ(設定考案・デザイン:緋花李さん)


 皆さま、どうもありがとうございます!

 もっと多くの登場人物を出すだけでなく、見せ場も作れるよう頑張っていきます。

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