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光彩林檎の創生歌  作者: 桐谷瑞香
第5話 常若の国に響く虹の歌
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常若の国に響く虹の歌(5)

 クレイアは海竜亭側で提供する食事の準備で、自分がやるべきことを終えると、前菜が乗った皿を持ちながら、一度会場へと顔を出すことにした。まだ会は開始していないが、徐々に人は集まり始めているようだ。

「あ、クレイアだ。やっほー!」

 手をぶんぶんと振りながらクレイアを呼んだのは、細身で小柄な体、明るい茶色のマッシュショートの髪の少女、アタランテだ。すぐ横には口直しに置いてある、小さなケーキが乗った皿が置かれていた。それを目を輝かせながら見つめている。

「アタランテ、まだ食べちゃ駄目だからね」

 所定の場所に皿を置くと、クレイアは両手を腰に付けながらアタランテに睨みをきかせる。

「えー、一個くらいだめ? パーティーだってもう始まるんでしょ?」

「駄目だって。アタランテが食べたら、他の人もつまみ始めるでしょ。そしたら会が始まる前に食べ物がなくなる」

「そうだね。はーい、わかったよー」

 とは言ったが、赤い瞳が向けている場所は変わっていない。誰か彼女を止めてくれる人を――そう思いながら周りを見渡すと、壇上の上にマクシミリアンと、がっちりとした筋肉質体型であり、一見ごろつきにも見えてしまうアタランテの相棒とも呼ばれているハーキュリーズがいたのだ。

 ダークブラウン色の髪の彼はマクシミリアンに肩を叩かれながらも渋い顔をしている。

「是非一曲……いや何曲でも構わないから、歌ってくれよ! お前、歌がすごくうまいだろう!」

「いきなり言うなよ、マックス。まあ、お前の頼みなら歌ってやらなくもないが、アカペラで歌うのか? それはなあ……」

「――僕でよければ伴奏しますよ」

 壇上の上にあるピアノの裏から、空色の髪の眼鏡をかけた青年が現れる。今日のスカーフはいつもよりも薄手のものだった。ハーキュリーズが目を丸くしながら彼を眺める。

「ニーベル、お前弾けるのか?」

「有名どころの打楽器や弦楽器系なら、だいたい弾けますよ。ただ中途半端な出来なので、最終的にはハーキュリーズさんの歌に期待するしかないのですが」

「語りだけでなくて、楽器まで弾けるとは。その言い方からすると、つまりヴァイオリンとかも可能ってわけだろ? すげえな」

「たいしたことはないですよ。まあ……必要に迫られて拾得した技術と言うところでしょうか」

 ニーベルはピアノのカバーを開けると、一音、そうしてもう一音と鳴らしていく。それが何度か続くと、にっこりと微笑んだ。

「音は狂っていないようです。すぐにでも弾けますよ?」

「さあ、ハズ、どうする?」

 マクシミリアンがハーキュリーズに再び聞く。もはや彼が逃げる要素はなかった。

「わーかったよ、歌えばいいんだろ、歌えば!」

 投げやりに言いつつも、表情は嬉しそうであった。



 クレイアが二階の準備を手伝い、再び一階に戻ろうとしている時には、ハーキュリーズは発声練習をし始めていた。その脇でアタランテがはしゃいでいる。それを眺めながら、下へと降りようとした矢先に、短髪の坊主で紺愛色の髪の男性と少女が現れたのだ。

「オリヴィエールさん、こんばんは」

「クレイアじゃないか。君も呼ばれたのか?」

「少し違いますね。ただ海竜亭内にはいますので」

 彼は宗教学者と名乗り、妖精信仰に興味を持ってティル・ナ・ノーグの街に訪れた男性だ。たまに陽が暮れた後に海竜亭などに行くと、遭遇することがあった。よく遠目越しから“アフェール”を見ているということも知っている。店に来ない理由はわからないが、いつでも買いに来てくれればいいのに……とクレイアは思っていた。

「あたしは用があるので、ここで。楽しんでいってくださいね」

「ああ」

 オリヴィエールの視線が慌ててクレイアに戻り、視線が合うのを確認すると、軽く頭を下げてから、足早に階段を駆け降りていった。再び彼の視線は、並んでいる小さなケーキや多数のオードブルセットに向けられる。



 海竜亭の二階において、パーティーはいよいよ始まったが、クレイアとユッカは未だに厨房で作業をしていた。ユッカはメインディッシュである、“海竜亭特製海鮮パエリア”を作り始めている。非常に大きなパエリア鍋で作った海の幸たっぷりのパエリアの上に、豪快にアイビースと呼ばれる巨大なエビを盛りつけたものだ。

 クレイアもパイ生地を作り終えており、中に林檎を敷き詰め始めている。

 同じ空間にいながらも、二人は黙々と己の作るべきものを仕上げていく。会話はなかったが、どことなく一体感があり、落ち着いて作業を進めることができている。

 やがてクレイアは林檎の上にパイシートを丁寧に乗せ、縦と横を交互になるように重ねた。形が完成すると、ほんの少しだけ安堵の息を吐く。思った通り感覚はさほど狂っておらず、スムーズに進められた。

 次はいよいよオーブンに入れて焼く――菓子作り大会で失敗したところだ。

 あの時は精神的に不安定になっていたとはいえ、おそらく一生悔やみきれない思い出として記憶の中に残り続けるだろう。

 後から知ったことだが、あの大会でマロールはクレイアに勝つために、精神的圧力をかけようと決めていたらしい。それが結果に繋がるかどうかはわからなかったが、クレイアの活躍に嫉妬をしていた彼は、少しでも揺さぶりたかったのだ。

 事前にルクセンに勉強と称してパイの作り方を教えてもらい、それを大会で作ろうと思っていた。その時に二人の瞳の色が若干違うことに気づき、疑問に思った彼は人を使ってクレイアに対して鎌をかけたのだ。その反応を受けて、彼は大会当日にさらにクレイアに対して精神的圧迫をかけた――。

 結果は成功。マロールは鼻高々に他国へと留学している。

 今更そのことを知ったとしてもたいして関心はなかった。たとえどんな状態であっても頼まれた菓子は作らなければならない。それが職人としての意地である。

 パイを入れる直前に、余熱をしていたオーブンの温度をきちんと確かめた。

 そして大きな林檎パイをオーブンの中に入れる。蓋を閉じて、時間を計り始めた。

 これでほぼ作業は終わった。あとは無事にこんがりと焼け目がつくのを待つのみである。

 振り返ると、ユッカと視線があった。自然と二人の表情に笑みが浮かんだ。



 パーティーも終盤となった頃、一階から二階へと大きな皿を運ぶ少女の姿があった。焦げ茶色の髪を高い位置で結んでおり、白色をベースとし、所々にアップルグリーンの色が入っているコックコートを着ている。

 意志の強そうな水色の瞳を真っ直ぐと前に向けたまま、彼女は二階へと上がった。上がるなり、次々と声が耳に飛び込んでくる。

「クレイア、遅かったね、どうしたの?」

「そうそう、待っていたのよ!」

 若干頬が赤い、ピンクの髪を結んでいるリベルテ姉妹のアイリスとクラリスが、次々と言葉を投げかけてくる。

「ごめんね、あとで詳しいことは言うから! とりあえず前をどいて」

 白い布を被せたものに対して細心の注意を払いながら進んでいく。

「あれ、クレイアさん? 何か重たそうなものを持っているね。運ぼうか?」

「大丈夫だから、ニコ、そこをどいて」

 青みがかかった金髪の細身の青年ニコラスの申し出を断って、クレイアは奥へと進んでいく。

「クレイアさん、とってもいい匂いがするんだけど、それはなに?」

「ばうわう!」

「ごめんね、すぐにわかるから、もう少しだけ待っていて」

 あどけない表情で聞いてくる金髪の少年セヴィーリオと、匂いにつられて反応した犬のリューンに謝りを入れながら、ようやく一番奥にまで辿り着き、机の上に乗せた。

 そこには満足そうな顔をしているマクシミリアンと、クレイアの父ルクセンの姿があった。

「さあ、それを広げて見ろ!」

 マクシミリアンの声をともに、クレイアはお客に見えるように、白い布を華麗にはぎ取った。

 そこから香ばしい匂いを漂わす林檎パイが現れたのだ。

 美しく焼かれたパイの表面はこんがりと焼かれており、それだけでも食欲がそそるようである。今回は無事に理想の林檎パイを焼くことができたのだ。

「うわあ、これ食べていいの!?」

 すぐそばにいたセヴィーリオが跳ね上がりそうな勢いで聞いてくる。それをクレイアは笑顔で頷いた。

「切り分けてからね」

 そう言って包丁を取り出そうとすると、誰かの声によって突然止められたのだ。

「待ちなさい、その林檎パイは私が切ろう!」

 その場にいた一同の訝しげな目が、声の主がいる、階段付近に向けられた。コーンロウ・ブレイズと呼ばれる、一見オールバックに見える髪型をしている、漆黒の髪の男性が扇子でクレイアを指しながら言ってきたのだ。豪華絢爛な服装であるが、白い牙、肌の色は青色と、どうにも人間離れした人である。

「おい、ウーホァン、いったい何のようだ?」

 藤の湯から抜け出してきたソハヤが眉をひそめながら、言葉を漏らす。

「だから言ったはずです。私がその黄金林檎パイを切ろうと言っているのです!」

「お前が? できるのか?」

「笑止! この私にできないものなどありません! ――たぶん」

 そう言うと、ウーホァンは大きな鞄からけったいな機械を取り出したのだ。人型をした機械だが、手には鋭利な包丁を握っている。その機会の足を床に付けると、パイに向かってカタカタと頭を揺らしながら近づいてきたのだ。しかしその頭からは湯気がでている。

 明らかにおかしい。

 時間が経つにつれて湯気の量は増え、いつしかその機械は激しく揺れ始める。人々が逃げまどおうとした瞬間、誰かがその頭と胴体を剣で真二つにした。

 人型の機械の頭が激しい音を立てて、床に転がり落ちる。

「――貴様、またくだらないものを作りおって!」

「そ、その声はまさか……!」

 ウーホァンが怯えた表情をし、後ろに一歩下がると、人混みの中から、抜き身の剣を手にした小柄な女性が彼を睨み付けていたのだ。

「ペルセフォネ・ガーランド、なぜここに!」

「お人好しの弟に呼ばれてな。せっかくだから軽く腹ごしらえをしていたところに、珍妙な客に会えたものだ」

 剣を握りなおして、ペルセフォネは近づいていく。顔がひきつったウーホァンは一歩、一歩下がりつつ、ついには背を向けて一階へと駆け降りていったのだ。

「待て、貴様! 逃げるな!」

 ペルセフォネも叫びながら追いかけていき、海竜亭から出て行ってしまった。

 あまりの出来事に一同唖然としていたが、サクサクとパイを切り分ける音が耳入ると、視線を元に戻す。

 クレイアは二人のやりとりを遠目に見ていたが、冷めないうちにと、マイペースに切り分けたのだ。そして切り分けたパイをアニータが皿へと乗せ、近くにいた人々に渡していく。

 そして渡された人々から一目散にパイを口に入れ始めたのだ。始めは熱い、熱いという言葉が部屋の中に出回っていたが、次第に静かになる。だが誰かがある言葉を発すると、すぐに騒がしくなった。

「すごく美味しい。初めて食べたかも、こんな美味しいもの」

 菫色の髪の少女のティーアが目を丸くしながら、食べかけのパイを見下ろしている。

「まあ、美味しくないこともないですわ。けどこういう場ではなくて、美味しい紅茶と共に、お茶菓子として頂きたいところです」

 ぶつぶつと言いながらもメリーベルベルの皿はすでに空であった。

「美味しすぎるぜ! おい、おかわりはないのか!? ……え、一人一個までかよ! クレイア、今度お前が作ったパイを買いに行くからな!」

 銀のかかった薄紫色の髪の少年マシエが持っていた皿の上にはパイの面影などまったくないほど、綺麗に食べられていた。

 次々と漏れ出る、有り難すぎる言葉を聞いているうちに、クレイアの目には涙が溜まり始めていた。それを振り払うかのように一回だけ目を拭う。

「――クレイア、ちょっといいか?」

 空になった皿を机の上に置きながら、ルクセンが話しかけてくる。

「何?」

「聞きたいことがある。――お前はこれからも菓子を作っていきたいか?」

「当たり前よ。こんなに素敵な光景が見られるのなら、あたしはいつまでも作り続ける」

「なら――一人で店を経営し、菓子を作る日々を送りたいと思うか?」

「……え?」

 思いも寄らぬ言葉にクレイアは目を丸くする。気がつけばその場にいた人々は、皆黙り、じっと二人の様子を見守っていた。

「――実は前々から考えていたんだが、“アフェール”の出張所店を、南東部のエリアの手前に作ろうと思っている。そこの維持管理をクレイアに委ねようと思っているんだ」

「出張所店? いつそんな話が!」

「だいぶ前からあるが、表面化したのはつい最近だ。人を新たに雇うといった人件費はかけられないから、今の段階では一人でやることになる。――店の商品については、お前の独断と偏見で構わない。色々な店に行って、知識は吸収しただろう」

 つまりここ一月ばかりの荒行はクレイアのためだったのだ。さらには商品の内容も任せていいということは、“アフェール”という看板を出してはいるが、半ば独立したのも同然だった。呆然と突っ立っていると、ルクセンが首を傾げる。

「やっぱり無理か……? 父さんがお前くらいの頃にはアフェールを作り出そうとしていた時だったが……」

――父さんもあたしくらいの年齢でアフェールを。そして、あたしの産みの親もこれくらいの年齢では既に立派に活躍していた。――躊躇う必要なんて、どこにあるの。

 鼓動が激しくなりつつも、一度に得た情報を頭の中で整理しながら、聞き返していく。

「――あたしでいいの? 出張所の店を、あたしが」

「お前以外に誰がいる。もう立派な菓子職人だろう」

 胸が熱くなった。もしかしたら一番言われて欲しかった、言葉かもしれない。

 泣き出しそうになるのを必死にこらえながら、クレイアは笑顔で口を開いた。


「――ありがとう。精一杯頑張るから、是非やらせてください!」


 それを聞いたルクセンは満面の笑みで頷き返した。

 パラパラと拍手がなり始める。それはいつしか大きな音となり、洪水のようにクレイアの周りを包み込んだのだ。

 あまりのことに目を瞬かせながら、周りを見渡す。

 気がつけば、テンポのいいピアノの音まで流れ始めている。舞台の上にあるピアノを、ニーベルが微笑みながらひいているのだ。その脇にうっすらとだが、笑っている桃色の髪の少女もいた。



 多くの人に見守られた中で現れた、思いも寄らなかった道。

 その先に続くのはいったい何だろうか。

 苦しみか、悔しさか。それとも嬉しさや楽しさだろうか――。

 誰も知らない未来への道。

 そこに向かって、クレイアは大きな一歩を踏み出した。






 今回の話でお借りした登場人物の設定考案者、デザイン者、参考にした小説は以下の通りです。


*アタランテ・フィービー(設定考案、デザイン:タチバナナツメさん)

*ハーキュリーズ・トリストラム(設定考案・デザイン予定:タチバナナツメさん)

 ⇒『まちかどの、うた。/紫電の唄』http://ncode.syosetu.com/n2252bc/2/ 著:タチバナナツメさん

*オリヴィエール=ル=ハル(設定考案・デザイン:道長僥倖さん)

*ウーホァン(設定考案:佐藤つかささん、デザイン:麻葉紗綾さん)


 また海竜亭のメニューは『海竜亭メニュー考案・設定委員会』により、作られたものを拝借しました。


 皆さま、どうもありがとうございます!

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