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光彩林檎の創生歌  作者: 桐谷瑞香
第5話 常若の国に響く虹の歌
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常若の国に響く虹の歌(3)

「エッダ、話があるんだ」

 朝日が昇る中、ベッドの端に座り足をぶらぶらと揺らしている桃色の髪の少女にニーベルは語りかける。

「何、ニーベル?」

「――相談に乗ってくれるかい?」

 一瞬彼女は驚いたような顔をしていたが、すぐににこりと微笑んだ。

「もちろん」



 今日もティル・ナ・ノーグの街には穏やかな空気が流れていた。行き交う人々は皆、笑顔であり、まるでこの街の特徴をよく表しているように見える。

 ニーベルは出店を眺めながら街を歩いていた。これから数日間は買い出しに専念し、その後は語りを何度か集中的に開く予定である。基本的には噴水の前で行うつもりだが、たまたまある店に寄った際に、是非とも仕事をして欲しいという話が舞い込んできた。ただし語りだけではなく、楽器演奏付きだ。

 かつて両親が経営していた劇場には多数の楽器があり、遊びと称して弾いていたため、自然と楽器には親しみがあった。またミュージカルの講演時には人手が足りなくて、駆り出されることも多々あったため、だいたいの楽器は難なく弾くことができる。値段も奮発してもらった仕事であったため、二つ返事で承諾していた。

 しかしそれを含めても目的の金額にはまだ足りない。ギルドに行って、ニーベルでも充分こなせる仕事を請け負ってこようか――そんな考えに及んだとき、金色のショートヘアで、キセルを吹いている細身の女性が話しかけてくる。

「あら、ニーベルじゃない。こんなところでどうしたの?」

「アレッサさん、こんにちは。ちょっとお金が必要な事態になりまして、どこで稼ごうかと思案していたんです」

「珍しいわね、あなたがそんなことを言うなんて。もしかしてゾロの店で、何か買わされたの?」

「いえ、そういうことではないです。ただ、まあ……」

「まあいいわ。そうだお金が欲しいなら、ここで稼いでいけば? あなたなら顔はいいし、剣の扱い方も美しいし、場にいい色が入るわ。実際、臨時で入ったときの観客の食いつきようは良かったし」

 アレッサの背後にあるのは円形の巨大広場である闘技場。楕円形のステージの周りを、階段上の観客席が取り囲んでいる。ここでは剣闘士やモンスターたちの命がけの闘いが繰り広げられている場所だ。命懸けのショーを楽しむだけでなく、勝敗予想の賭けもするといったこともでき、一種の娯楽の場でもあった。

 ニーベルは苦笑しながら、アレッサに対して首を横に振る。

「あれは本当に臨時でしたから。それにあまり僕の剣捌きは上手い方ではありませんし……」

 ニーベルがエッダの力を借りて、魔法を使うときは本当に追い込まれた状況のみであり、基本的には独学をして得た剣技だけで相手をしている。

 かつて臨時で入ったときの相手は、旅をしていたらあまりお目にかかりたくはないモンスターの一匹――強靱な肉体を持つ人型モンスターのオーガだった。だが何度か退治をした経験があったため、苦戦はしつつもなんとか剣技だけで切り抜けることができたのだ。運の要素も強かったが、どうやら周りの目はそうは見えていないらしい。

「ちょうど空きがあるのよ。ほら、軽くグリフィスキアと戦っていかない? すぐにお望みの資金が手にはいるわよ」

 そのモンスターの単語を聞いて、激しく首を横に振った。

「いえ、結構です!」

 そう断言すると、ニーベルは足早にアレッサの前から去っていった。

 グリフィスキアとは、闘議場で飼われている羽を生やした大型の肉食獣である。人間を襲うことは稀であるが、お腹を空かせいている時などは別である。そんな相手にニーベルの剣技だけでは到底敵うはずがない。

 アレッサの姿が見えなくなると立ち止まり、肩をすくめながら息を吐き出す。やがて再び呼吸を整えながらゆっくりと歩き始めた。



 やがて目的の店の一つであるトレジャー専門店『月島堂』に辿り着いた。ここは新入りからベテランまで冒険者のために必要なグッズが一式揃っている店である。また冒険者がダンジョンなどから手に入れた財宝の鑑定と買い取りまで行っており、冒険者にはなくてはならない場所だろう。

 だがニーベルにとっての用はその両方ではなく、また店主の別の特技からくるものだった。

「こんにちは」

 挨拶をしながら店の中に入ると、格闘家と見粉う巨漢の男性が棚の間から顔を出す。

「おう、ニーベルか! 久しぶりだな」

 禿げ始めている銀色の髪の中年の男性が意気揚々と近寄ってくる。ニーベルは首をあげて、店主であるロイドと視線を合わせた。

「お久しぶりです、ロイドさん。今回は少し剣の調子を見てもらおうと思いまして来たのですが……。今は大丈夫ですか?」

「ああ、もちろん大丈夫だ。ほれ、見せろ」

 腰から下げているショートソード“ルニックブレード”をロイドに差し出す。王都サフィールから去るときに劇団の仲間でもあり、父親の良き相談相手からくれたものだった。ニーベルは誰にも言わずにこっそりと去ろうと思っていたが、旅支度をしているときに、両親や妹のお悔やみを言いに来たその男性に見つかってしまったのだ。

 今思えば、特に借金取りに追われる影もない人だったが、他者を信用できなくなった直後のニーベルにとっては心を開くことができなかった。かなりきつい言い回しをして、避けたが、それでも引かなかった彼が一本の剣を差し出してくれたのだ。

 旅をするのならば短剣だけでは心許ない。流通経路もはっきりしている剣であり、切れ味も保障されている。もし必要がないのなら、捨てるなり、換金するなりしてくれ――と無理矢理押し付けられたものである。

 剣を見た瞬間、それなりの値段がするものだとは見抜いていた。突き返す理由も見つからず渋々と受け取っている。彼の言った通り売り払おうとも思ったが、予想以上に使い心地がよく、道中で短剣だけでは厳しい戦闘があったため、結局は四年経った今でも、ニーベルの腰から下がっていた。

 もともと丈夫な剣であるが、この前のグール戦で消耗した可能性がある。念には念を入れてここで見てもらい、必要があれば修理を頼む予定だ。

 ロイドは茶色の瞳でじっとルニックブレードを見つめている。細かな傷が入っていないか確かめつつ一通り見ていく。そして見終わると剣を机の上に置いた。

「少し刃こぼれが見られるな。最近激しい戦闘でもしたか?」

「はい、ちょっと乱戦に巻き込まれまして……」

「お前は怪我をしていないようだな。――いい剣だ。剣は消耗しているが、持ち主をちゃんと守り抜いている」

 ロイドはルニックブレードを鞘に納めると、ニーベルに渡すのではなく机の脇に置いた。

「新品に近い状態で直しておいてやる。ここに来たってことは、これから――そういうことだろ?」

 ニーベルはロイドの言葉に対して、軽く首を縦に振った。

「……その通りです。――一度ティル・ナ・ノーグを離れようと思っています」



 ロイドに修理を頼んだ後は、ニーベルは昼食を取るために再び街の中へと戻っていた。昼時ともなれば香ばしい匂いがあちこちから漂ってくる。

 どこで食べようかと思案していると、ある店から青年が泣きながら出てくるのが見えた。茶色がかかったオレンジの髪を三つ編みにして肩に流しており、だらしがない服を着ている。

 そんな青年――カイムがニーベルに向かってふらふらと歩いて来たため、慌てて右に寄ったが、彼も同時にその方向に移動しており、真っ正面から衝突する形となる。

「おおっと、ごめんよ」

「こちらこそ、すみません」

 カイムが瞼を開けると、エメラルドグリーンの瞳が垣間見えた。気がつけば肩に黄色い鳥が乗っている。

「どうされましたか、何かあの店であったのですか?」

「俺が苦手なものが出やがったから……」

「何ですか?」

「鶏肉」

 ぴいっとカイムの肩に乗った鳥が鳴く。苦手であるはずなのにすぐ傍にいる鳥には拒絶反応を起こさないのだろうか。

「ひでえよな、鳥を食べちまうなんて。鳥は素晴らしいのに……」

「はあ……」

「ああ、どこかで食い直そうかな……」

 再びカイムはふらふらと歩きながら、街の中へと消えていった。彼の言葉から察すると、鳥が好きすぎて食べられないという人だろうか。彼が出てきた店は手ごろな値段でお腹を満たすことができる、肉を全般的に扱っている食堂である。他の品を頼めば良かったものの……と思いながら、ニーベルは食堂の中に入った。

 店内に入ると大量の皿に囲まれている、首元を赤いマフラーが巻いた黒髪少年がいた。気持ちのいいくらいの食べっぷりに周りにいた客は目を丸くしながら見ている。

 彼は水を飲み干すと、勢いよくコップを机に置き、きりっとした表情で店主を見た。

「店主、肉をもう一皿!」

「は、はい!」

 そう言われると、店主は慌てて厨房に戻っていった。

 常人の二倍以上は食べている。それなのにまだ食べる気なのか、この少年は。視線がニーベルの方へと向けられる。

「何かご用でしょうか、そこの男性」

「すみません、じろじろと見てしまい。……よく食べるなって思いまして」

「ヒーローは街の人を守るために常に神経を尖らせながら行動をし、いざとなったら即座に飛び出て行かなければならない。それを実行するためには体力を付ける、つまりは栄養を大量に摂取する必要があるのだ」

「その通りだと思います。ちなみにあなたは――」

 そう尋ねると少年は立ち上がり、右手の義手で自分のことを指で示した。

「俺はセナ。アーガトラムの風とは俺のことよ!」

 堂々とその台詞を言っている少年を、ぽかんとニーベルは見上げているのだった。



「世の中には本当にいろいろな人がいるのね。本当に面白いわ」

 エッダはカイムやセナのことを思い出しながら言っている。それをニーベルは苦笑いをしながら相槌を打つ。

「同じ性格の人間なんて、誰一人いない。だからこそ――世の中は楽しい。そんな楽しみを自ら絶ってはいけないね……」

「……そうだよ、ニーベル。他人と交流することは、とても素晴らしいことなんだよ」

 夕暮れで照らされている道を歩きながら、ニーベルは空を見渡す。

 今日も天気は晴れであり、雲一つなかった。ティル・ナ・ノーグで雨が降る確率は他の地域よりもかなり低い。雨が天敵であるニーベルにはここに留まり続ける理由が充分にあった。


 だが――いつかは進まなくてはならない時がある。


 居心地がいい場所から離れて、旅立たなければならない。

 なぜならニーベルの旅の目的は伝承を集めること。

 そしていつかその伝承を元にして――大舞台を作り上げたい。それを実行するにはまだまだ伝承の数が少なすぎる。

 だからこそニーベルは一度この地を離れようと思っているのだ。同時に挨拶をする場所に行く必要があったため、旅に出ようとしていた。

 エッダと一緒ならどこにでもいける。

 だがそれはサフィールを出た頃に感じた後ろめいた想いではなく、希望に満ち溢れた明るい未来を見据えてのことだ――。

 今回お借りしました、初登場の登場人物の設定考案者やデザイン者は以下の通りです。


*アレッサ・ピアス(設定考案:佐藤つかささん、デザイン:加藤ほろさん)

*ロイド・クリプキ(設定考案、デザイン予定:佐藤つかささん)

*カイム(設定考案、デザイン予定:ゐうらさん)

*セナ(設定考案、デザイン:リンダさん)


 皆さま、どうもありがとうございます!

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