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光彩林檎の創生歌  作者: 桐谷瑞香
第5話 常若の国に響く虹の歌
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常若の国に響く虹の歌(2)

「皆様、本日はお聴き頂き、どうもありがとうございました。またご機会がありましたら、是非とも聴いて頂ければ幸いです」

 ニーベルは目の前にいる大勢の観客に向かって頭を深々と下げると、惜しみない拍手が鳴り響いた。やがてニーベルの前に置いていた籠には、次々と硬貨が入れられていく。

 ティル・ナ・ノーグの中心街である噴水から少し離れたところに位置する広場にて、ニーベルは語りをしていた。内容はアーガトラム王国の西にある“リュシオルヴィル”という町での不思議な妖精の話を中心としたもの。観客は女性や子供が大半であったが、時折男性も立ち止まって聴く者もいた。

 いつかは老若男女誰しもが楽しめる語りをしたいと思いつつも、段々と題材が尽きていることにニーベルは気がついている。カンパしてもらった硬貨を布袋に入れ、大切に胸元に納めた。

「ニーベル、語り部を続けるのなら、そろそろ旅に出た方がいいんじゃない?」

 エッダも語りの内容が不足し始めているのには気づいていたようだ。夕暮れが辺りを照らす中、ニーベルとエッダは宿への帰路に着いている。

「それはわかっているよ。ずっとここにいるのは限界だって」

 口ではそう言いつつも、居心地がいいティル・ナ・ノーグの街から離れたくない自分自身もいるのも事実である。ぼんやりと物思いにふけながら歩いていると、前方から元気な声が耳に入ってきた。

「ミナーヴァちゃん、似合っていますよ~! このブレスレット、うちも特に気に入っている品で……もし気に入っていただけたのなら安くします!」

「本当!? 嬉しい!」

「そうだ。良かったら、こちらの羽ペンもどうですか? 赤のブレスレットを付けながら、この真っ白い羽ペンを使えば、手元から魅力が溢れだすこと間違いなしです!」

「確かに! ねえ、見せて、見せて!」

 露天商をしていたシーラは、コウモリのような大きな翼が生え、大剣を背負った白と赤のメッシュでショートヘアの少女に、羽ペンを差し出していた。少女は目を爛々と輝かせながら、それを見つめていた。

 たしかに美しい色であるとは思う。だが、羽が非常に大きいため、おそらく何かを書こうとした場合には、かなり書きづらいというのは目に見えていた。しかしここでその話題を出したら、おそらくシーラに睨み付けられるだろう。

 ニーベルが彼女たちに近づくころには、ミナーヴァは財布から硬貨を取りだし、品物と引き換えてしまっていた。即決断をしてしまったらしい。彼女は自分のものになった、ブレスレットと羽ペンを愛おしそうに見ながら、シーラに背を向けて、ニーベルの方へと歩いてきた。するとミナーヴァはニーベルと視線が合うなり、目を大きくした。

「もしかして……語り部さん?」

「そうですが……何か?」

「今日の語り、聞きました! すごく良かったです!」

「そう言ってくれると嬉しいです。ありがとうございます」

「また聞かせてくださいね! 素敵なお話の数々を!」

 ミナーヴァは嬉しそうな表情をしながら、ニーベルの横を通り過ぎて行った。たまにこういう風に偶然に出会って、直接的に感想を言われることがある。一言であっても素直に嬉しい。同時にそれは語り部を続けている一つの原動力となっていた。



 シーラと雑談をした少しした後で、ニーベルは狐人のゾロが経営する“ヌエヴェ・コラス”に訪れていた。マジックアイテムも取り揃えている店であり、効果のほどは値段相応である。つまりお金を積めば、非常に頼もしい存在となるはずだ。

 もしも再び旅に出るのなら、マジックアイテムはあるに越したことはない。ある程度資金が集まってから再び来ようと思っているが、どの程度貯めればいいかわからないため、とりあえず下見をするために、意を決して中に踏み込んだ。

 中に入ると、虹色のグラデーションに黒い体躯をした鳥と目があった。その鳥はお会計をする机の上に堂々と足を付けている。そしてニーベルを睨み付けながら、羽をばさばさと動かしていた。

「なんだ、おめえ? 客か?」

「まあ客ってことでいいのかな……」

「意味がわからねえな。――おい、ゾロ、客だぞ!」

 大きな声を発すると、部屋の奥から金色の瞳を持つゾロが現れる。彼はニーベルを見るなり、笑顔で手をあげた。

「やあ、ニーベル君じゃないか。今日は何かを買いに来てくれたのかい~?」

「下見をしたいのですが、いいですか? 求めていた品があれば後ほど買いたいと思っているので……」

 考えていることをそのまま伝えると、ゾロは嫌な顔をまったくせずににこにことしながら頷いた。

「なるほどね。きっと気に入るものがあると思うよ。しっかり者のニーベル君の言葉なら、信用してもいいかな」

「……っは! 口約束なんて、信用できるか」

「エイブ、そんなことを言わないでくれよ~。ニーベル君はいい人だよ~?」

 ゾロはエイブことアブラクサスを必死に宥めようとしている。しかしアブラクサスは首を縦に振ろうとはしなかった。

「……っけ! とっとと買わせろよ、ゾロ。オレは奥に戻っている」

 そう吐き捨てると、アブラクサスは羽を広げて飛び立ち、店の奥へと行ってしまったのだ。ニーベルは散った黒い羽を持ち上げて、じっと見つめた。グラデーション具合が美しく、思わず見入ってしまう色であるが、あの口調では……非常に近づきにくい。

「エイブは昔からああなんだ。悪い奴じゃないからさ、まあ適当に受け流して欲しいな~」

「大丈夫ですよ。少し驚いただけですから」

 羽をポケットに入れると、ニーベルは店内を物色し始めた。

 その後ゾロのお得意の口車が回りつつあったが、それをニーベルはなんとか受け流し、とあるマジックアイテムに目を付けつつも、どうにか退散することに成功したのだった。



 陽が落ち始める時間帯、少しずつ夜の帳が下りていく。

 同時に裏の世界の人が活躍し始める時が近づいていた。

 人気のない裏通りを歩いていたニーベルの前方から、フード付きのローブを羽織り、フードを深く被った人間――おそらく少年が歩いてくる。

 ちらりと顔を見ると、その奥からきらりと光る何かを垣間見て、思わず立ち止まってしまった。それに気づいた少年は首を傾げた。

「どうしたの、お兄さん。僕の顔に何かついている?」

 アクチェはフードを少しだけ外し、前髪をかきあげる。

 雪のように白いストレートヘア。かきあげた手は透き通るように白く、一瞬女の子と見間違えてしまいそうな容姿だ。だがそれだけならニーベルは驚かない。彼の右目に驚いたのだ。宝石が埋め込まれており、今の色は青緑色から赤色へと変化している。

 羊のような角も見え、顔の横半分を蝶の羽を模した仮面のようなもので覆っている――いや顔と一体になっており、人間とは思えないような容姿であった。

「どうしたの、お兄さん。あまり人のことをじろじろと見ないでくれよ、恥ずかしいな」

「すまない。つい……」

「正直ものだね。けど珍しいからって、そこまで見なくても……」

 ニーベルは彼はいったい何者かと脳内で知識を総動員させる。ふと、ある種族のことを思いだした。宝石眼が眼球となっているのが特徴の“ヴィーヴル”と呼ばれる、ドラゴンと人間を併せたような種族だ。それなら、彼の容姿が異様に変わっていることも納得ができる。

「知識が浅はかだった。気を悪くさせて、すまない。では僕はこれで――」


「人生なんて、最終的には自分次第だと思いませんか?」


 横を通り過ぎる間際に、くすりと笑みを浮かべながら囁かれる。

 ニーベルは一瞬感じたまがまがしい雰囲気に硬直したが、すぐに顔を少年の方に向けた。だが彼は既にそこにはいなかった。

 いったい何者だったのだろうか――。

 それ以後、ニーベルは少年――アクチェ・ヴァルカと交じり合うことはなかった。



 人間や、尖った耳を持つ長寿の種族のエルフ、大きな翼を生やしたアーラエ、妖狐と人間が交じった狐人、そして先ほど出会ったヴィーヴルなど、多数の種族で入り交じるこの街は、外から来た者をすんなりと受け入れてくれる傾向がある。ニーベルにはわからないが、過去に心身共に傷を負ってしまった人も、傷を癒すためにここに留まり、定住し始めている人が多いのではないだろうかと思っていた。

 陽も落ち始めている時間帯、上の空でエッダと会話をしながら歩いていると、不意にコックコートを着た、焦げ茶色を高い位置から一本に結んでいる少女が目に入った。彼女は一枚のメモ書きを片手にどこかに向かって歩を進めている。エッダがちらっとニーベルを見た。その意図を有り難く受け取り、クレイアに駆け寄った。

「クレイアさん」

「あ、ニーベルさん、こんにちは」

 クレイアがとっさに紙を隠したのが目にいった。

「どこかに行きたいんですか? きょろきょろと周りを見渡しているから」

「ええ、まあ……」

 歯切れの悪い言葉に首を傾げる。以前、大量のグールの集団と出会ったときには、かなり顔色が悪く、若干痩せていたが、今は昔の元気な頃の彼女に戻っていた。気に病むことはすべて無くなったはずだが――。

「力になれることがあるかもしれないから、もし良かったら行きたい場所を教えてくれないかな?」

「……場所はわかっているんです。でも少し遠くて……」

「どこかな?」

 クレイアはちらっと紙を覗き、哀愁漂う表情を浮かべた。

「街の北西にある、とある墓地です」



 入り口まで来て欲しいということだった。以前、クレイアを襲った犯人は捕まり、処罰も決まったと言うが、それでも人気のないところに行くのは、若干抵抗があったらしい。

「ニーベルさんですよね、あの男に襲われたときに助けてくれたの。ペルセフォネ副団長の言葉から察して、その後にイオリから無理矢理聞き出しました」

 黒髪の少女が申し訳なさそうに手を合わせているのが頭に思い浮かぶ。口止めしていたとは言え、クレイアの性格から考えると、何としてでも聞き出されるとは薄々わかっていた。

「うん、そうだよ。あの時は色々とあって、イオリさんには口止めさせてもらったけど……」

「どうもありがとうございます。ニーベルさんがあの場にいてくれて良かったです」

 微笑むクレイアと彼女の産みの親がまた重なった。遠い昔ではあるが、未だに記憶は色褪せていないらしい。

「ニーベルさんとは、妖精の森の時といい、最近変なところでよく会いますよね。それは――たまたまですか?」

 クレイアは訝しげな表情でニーベルの顔を覗いてきた。

――気づき始めている。

 偶然の要素も確かにあるだろうが、意図的に動かなければ出会わなかったことも多々あるだろう。はぐらかすか、どうするか――。

 ふと誰かが背中を叩いてきた。ちらりと見るとエッダが柔らかな表情で頷いているのだ。それが――後押しとなる。

「クレイアさん、少し昔話をしてもいいかな」

「珍しいですね、ニーベルさんがそんなことを口にするの」

「これからは誰かの過去に関わることなら、自分の過去が絡んでいても伝えようと思ってね」

 目を瞬かせて、クレイアはニーベルを見てくる。

「――かつて僕は王都サフィールで、駆け出しのオペラ歌手として活躍していた。今は事情があって、廃業しているけど……」

「やっぱりそうだったんですか。声の美しさといい、動きかたといい、色々と納得しました」

「両親は劇場を経営していて、僕が初めて舞台を観たのが、とある踊り子を中心としたミュージカルだった。それはとてもコミカルで、素晴らしくてね、子供心を掴むにも充分なお話だった。そして舞台後に、中心にいた女性と会ったんだ。――ちょうどクレイアさんと同じくらいの歳の人かな、焦げ茶色の髪をお団子状にまとめあげた綺麗な女性だったよ」

 笑顔だったクレイアの表情が少しずつ神妙な顔つきになってくる。

「とても気さくな人だったから、幼い僕でも可愛がってくれたよ。それから彼女は少し遠出するといい、しばらく劇場から離れていたが、戻ってきたときにはほんのりとお腹が大きくなっていた。そこでハニカみながら言ってくれたよ、『ここに新しい命が宿っているの。けど――』」

 一息を入れてから言葉を紡ぐ。


「『たぶん一緒に幸せな人生は送れないと思う。けど、この子だけでも幸せに生き続けて欲しい』っと」


 クレイアの表情が驚愕のまま固まった。どうやら彼女はニーベルが思った以上に深く事情を知っているらしい。

「――それからだいぶお腹が大きくなった後で、血相を変えて劇場に飛び込んできて、頭を下げに来たんだ。『今までお世話になりました、もう舞台の上に立つことはないでしょう』と両親に伝えに。あまりにもせっぱ詰まった様子だったから、事情を詳しくは聞けずにいた。だが……その後風の噂で聞いたけど、その人は――」

「もういいですよ、ニーベルさん」

 クレイアが話を止めると墓地の入り口へと立っていた。丘の上にあるそこは遮る物が無く、まるで空の上に浮かんでいるような錯覚を覚える。彼女は一歩だけ進んだが、ちらっとニーベルを見た。

「――挨拶をしに行きますか?」

「……是非とも同行させて欲しい」



 辿りついた場所は、質素な墓石の前だった。身よりのない人たちのために作られた、小さな墓が密集している地帯である。その一角でクレイアは膝を突き、右手で墓石を拭き取った。そこに出てきた名前は、ニーベルがずっと話題に出していた女性の名前だ。

「この人と知り合いですか?」

 その問いに対してニーベルは頷く。するとクレイアは寂しそうな顔をしながら、名前を見つめていた。

「……あたしとこの人、よく似ていたんですか?」

「うん。出会った年齢がちょうど同じくらいだったというのもあるけど、本当によく似ていたよ」

「そうなんですか。……会ってみたかったな」

 クレイアは目を閉じ、両手を胸の前に合わせた。ニーベルもそれに続いて、手を合わせて目を閉じる。



 風が吹き抜けてゆく――。

 時に人々を包み込み、時に人々を襲う風が。

 そして吹き抜けた風はやがて大きなうねりとなり、世界を変えていく。すべてを見て、すべてを知り、すべてを感じたその風が行き着く果ては、いったいどこだろうか――?



 声が聞こえる、美しくも儚い、柔らかな歌声が。

 死者を悲しみ、慈しむ、哀愁漂う歌声が。



 ニーベルは薄らと目を開き、横を見ると、小さな少女が夕焼けに向かって歌声を披露していた。伸び伸びと歌う姿は非常に羨ましくもある。

 果たしてこの歌声が何人の人の耳に入っているかはわからなかったが、ニーベルの耳には確実に入っており、心を癒してくれていた。

「ニーベルさん、どうかしました?」

 ぼうっと突っ立っていると、祈りを終えたクレイアが目の前に立っていた。彼女にエッダの様子は見えていない。それでも多少は癒しの効果があるのか、憑き物が落ちたような表情をしていた。

「いや、何でもないよ。――クレイアさん、そろそろ家に帰った方がいいんじゃないのかな? ――家族が待っている、あの家に」

 夕陽を真横から照らされた少女は、微笑みながらしっかりと首を縦に振ったのだった。


 今回お借りしました、初登場の登場人物の設定考案者やデザイン者、参考にした小説は以下の通りです。


*ミナーヴァ・キス(設定考案、デザイン予定:佐藤つかささん)

⇒『サキュバスは今日も夢を見る』http://ncode.syosetu.com/n5088bl/ 著:佐藤つかささん

*アブラクサス(設定考案:水居さん、デザイン:鳥越さん)

*アクチェ・ヴァルカ(設定考案、デザイン予定:佐藤つかささん)

 ⇒『R.E.M. ~ティル・ナ・ノーグのララバイ~』http://ncode.syosetu.com/n2636bc/ 著:佐藤つかささん


 皆さま、どうもありがとうございます!

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