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光彩林檎の創生歌  作者: 桐谷瑞香
第4話 夜空に浮かぶ光彩
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夜空に浮かぶ光彩(6)

 クレイアは重力に従って徐々に加速されているのを、身を持って体験をしていた。もはや悲鳴をあげる暇すらない。

 落ちた姿勢のまま視線を空に向けている。皮肉にもそこには雲の合間から現れた、満天の夜空が広がっていた。一瞬でその美しい風景に魅了されてしまう。

 死の間際にこのような壮大な風景を見られただけでも良かった――と思おうとした瞬間、誰かが落下するクレイアの体を受け止め、横へと移動したのだ。

 視界に入ってきたのは、街で会ったら思わず目を止めてしまいそうな魅力的な顔立ちをしている男性。ブルーグレーの瞳の色はどことなく人を落ち着かせる色であった。一つに纏めたくすんだ金色の長い髪をなびかせながら、彼はクレイアに視線を落とす。

「また会いましたね、クレイア君」

「その声……!」

 聞き覚えのある優しい声は、二年前の記憶を一気に掘り起こす。

 ルクセンたちと血が繋がっていないと知り、その家にいるのが辛くなって思わず家を飛び出した時だった。森へと迷い込み、モンスターに襲われそうになり、死を覚悟した瞬間に聞いた声――。

『間に合ったようで良かったです。もう大丈夫ですよ、僕がいますから』

 その声だけは、はっきりクレイアの耳元に残っていた。

 誰がそのモンスターに対して果敢に挑んで行っているのは知っていたが、意識が朦朧としていたため、ぼんやりと眺めることしかできなかったのだ。そして気がついたときにはその人の姿は見えなかった――。

「あなたは二年前にあたしを助けた人ですか?」

 クレイアの問いに対して、彼は首を縦に振った。そして近場の地面に軽やかに降り立つ。

「そうです。あの時はきちんとご挨拶をしていませんでしたね。僕はとある冒険者のアビィシュニアン・ペンウッド。アビーと呼んでください」

「アビーさん……」

 クレイアも地面に足を着けると、深々と頭を下げた。

「一度ならず、二度までも助けていただき、ありがとうございます」

「いえ、たいしたことではないですから。それに――まだ安心するのは早いです」

 アビーは背後から迫ってくる巨大なグールに睨みをきかせた。そのグールが通ってきた後の道は腐っており、今後植物が成長する地場となるかは微妙である。彼は剣を引き抜き、グールに向かって剣先を向けた。

「さて、すぐに消えてもらいましょうか」

 アビィシュニアンとグールはお互いに間合いを保ちながら、じりじりと移動をする。

 クレイアは傍にあった木に寄り添いながら、息を殺してその様子を見つめていた。呼吸を整えていると、大会の後に刺された左肩から痛みが再発してくる。だいぶ無茶をしていたようで、既に傷口は開き、上着の一部は緋色に染められていた。苦々しい表情をしながら、右手で左肩の出血を押さえる。

 先に手を出したのはグールの方だった。その腕が目の間にいる獲物に向かって伸びていく。

 だがアビィシュニアンはそれを易々とかわし、華麗に飛んだかと思うと、グールの頭上から剣を振りかざしたのだ。頭に剣が刺さると、グールは手を頭の上にやって、アビィシュニアンを叩き落そうとした。

 危ないと声をあげそうになったが、それは杞憂に終わる。アビィシュニアンは剣を抜き取り、すぐに地面に降り立つ。そしてがら空きになった巨大なグールの背中を、真横に剣を凪いだのだ。斬られた瞬間、目映いばかりの光が発し始める。

 グールの動きが鈍くなったところで、アビィシュニアンは聖水を剣にかけると、次々と容赦なく斬り裂いていく。

 それを何度か行うと、まもなくしてグールは動きを止めた。全身が光に包まれていく。その光は粒子となり、グールの姿も同時に消え始める――。

 やがてグールの体のほとんどが光の粒子に変わると、激しい光とともに弾け飛んだ。辺りには光の粉が舞い降りる。

 消えたのを見届けると、クレイアは腰を抜かし、へなへなと座り込んでしまった。同時に開いた傷による痛みも全身に響いてくる。やはりやせ我慢をしてしまっていたらしい。

 華麗にグールを浄化したアビィシュニアンが近寄り、手を差し伸ばしてくる。その手を取ると、クレイアは立ち上がった。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です。腰を抜かしてしまっただけです」

「……いえ、その血」

 アビーが指した先には赤く染まっている左肩の部分。クレイアは苦笑しながら肩の辺りを押さえた。

「前に貫かれた傷が開いてしまったようです。また施療院に行きますので、安心してください」

 そう答えたが、アビィシュニアンの視線は左肩に止まったまま。彼は一枚の布を取り出すと、慣れた手つきで肩の周りを巻き付けたのだ。あっと言う間に巻き終えると、アビーはにこりと笑った。ほんの少しだけだが、痛みが和らいだように思われる。

「まずはさっきの場所に戻ろうか」

「……はい」

 クレイアは顔を俯かせながら、アビィシュニアンの指示に従った。



 ニーベルたちがいるところに戻ると、そこには大勢のハンターや騎士団員で溢れていた。ギルドからのお達しにより、多数の人が自らの意志で集まってきたようである。

 他のグールの姿はまったく見えず、すべて浄化されたらしい。

「クレイア!」

 地面に座り込んでいるアール、レイ、イヴァンはクレイアを見るなり、立ち上がり、駆け寄ってきた。

「大丈夫だったか!?」

「うん、アビーさんに助けてもらったから……」

 視線を少し後ろにいる男性に向けると、アビーは笑顔で頷いた。

「今、アビーって言ったか? アビィシュニアン・ペンウッドのことか!?」

 騎士団員の中心にいた青みの掛かった銀色の髪の青年が、人垣をわけて近寄ってくる。凛々しい顔をした天馬騎士団の団長、ジークヴァルト・アンスヘルムだ。彼はクレイアにほんの少し視線をやったあと、アビィシュニアンの方に目を向けた。

「アビー先生!」

「やあ、ジーク。元気だったかい?」

「戻ってきているなら、言ってください!」

 晴れやかな顔をしたジークはアビィシュニアン・ペンウッドに歩み寄った。

 クレイアは二人の関係に対して首を傾げていたが、近くにいた団員の呟きにより、その理由がすぐわかる。

「アビーって、前団長の? 剣聖って呼ばれた?」

「そうじゃねえか。団長のあの嬉しそうな顔を見てみろよ」

 どうりで剣捌きが異様に上手いわけだ。巨大であってもグールを簡単にあしらってしまう腕の持ち主。そんな人の戦闘をすぐ傍で見ていたのは、非常に貴重な経験だろう。

「クレイア、出血が……」

 騎士団の一人であるアレイオンが心配そうな表情で、救急鞄を持ってクレイアの横に立っていた。既に応急処置はしているため、大丈夫だと首を横に振る。

「止血は済んでいるから。施療院に行って、きちんと治療をしないと――」

「おい、クレイアはいるか!?」

 張りがある女性の声が突然耳の中に入ってきた。クレイアとその女性の間にいた人が一気に道をあける。

 視線の先には小柄ながら威圧感のある、亜麻色の髪を束ねた女性――ペルセフォネことペルサが仁王立ちしていたのだ。

「姉上!?」

「アレイオン、お前には用はない。クレイア、そこにいるんだろ。確認してほしいことがある。ちょっとついてこい。――念のためにニーベルも」

 ニーベルは不思議そうな顔で自分のことを指で示すと、ペルセフォネは首を縦に振った。そして背を向けると、すたすたと歩き始めてしまう。

「また別件かもしれないね。こっちの事情聴取は、僕たちでやっているから行ってらっしゃい」

 アビィシュニアンは手を振りながら、ペルセフォネの後を着いていくように指示する。それが後押しとなり、クレイアはニーベルと共に進み始めた。



 森の中を突っ切り、ペルセフォネが立ち止まったところは森の入り口付近であった。一歩踏み出せば、街の様子を眺めることができる。

 そしてそこにいた騎士団員たちが誰かを囲むようにして立っていた。その中にいる長い黒色の髪を束ねた長身の青年は背筋をきちんと伸ばす。

「副団長、お待ちしていました。逃げそうになったため、軽く拳の方を入れさせていただきましたが、意識の方は失っていません」

「それくらい当たり前だ、テオドール。気を失ったら、ここで話が付けないだろう! ――噛みつかないように見張っていろ」

「はっ!」

 ペルセフォネに促されて、クレイアは恐る恐るその中心まで近づいた。そしてそこにいる人物を見ると、息を飲んだ。

 クレイアを痛めつけ、そしておそらく産みの母親を殺したと思われるあの男が、両手、両足を縄で拘束されているのだ。男は猿ぐつわをされているため言葉は出せないが、クレイアを見るなり、うなり声をあげた。

「クレイア、この男が犯人だな?」

「え?」

「お前を襲った犯人だ。夜中に徘徊しているところを見回り中の騎士団員が発見し、刃向かってきたため拘束した。その際にクレイア、クレイア、うるさかったから、お前をつれてきたわけだ。ここの戦闘でお前がいたという情報も聞いていたからな」

 ペルセフォネは淡々と言葉を並べていく。だがそんなことはクレイアの頭の中には入ってこなかった。目の前にいる男を見ると――あのときの恐怖が蘇る。震える手を止めようと握りしめていると、ふと軽く肩を叩かれた。穏やかな笑みを浮かべたニーベルがそこにはいたのだ。そして先に彼が口を開く。

「――ペルセフォネ副団長。彼がクレイアさんを襲った犯人です。僕が駆けつけ、追い払った時に顔は確認しました」

「そうか、わかった。――で、クレイアはどうなんだ?」

 ペルセフォネはあくまでもクレイアの意見を求めているようだった。当事者が認めるか、認めないかで、今後の取り調べにも影響がでるだろう。

 クレイアが男の顔を見ると、今にも飛びつきそうな勢いで睨みつけてくる。その様子を見たテオドールは部下に対して、しっかり抑えるよう指示していた。

 早く首を縦に振るべきなのだろうが、なかなか動かなかった。

 認めればこの男に対して、なぜクレイアを襲ったかの聴取をとることになるだろう。そこでおそらく、男の口からクレイアの産みの母親のことが出る可能性がある。

 もしそれが知れ渡ったら――そう思っている自分がおり、なかなか踏み切れずにいた。

 ふと、後ろからクレイアの名を呼んでいることに気づく。振り返ると、見慣れた男性と女性が駆け寄ってきたのだ。二人は険しい顔だったが、クレイアの顔を確認すると、ほっとした表情になる。

「お父さん、お母さん……」

 息も絶え絶えにクレイアの前に二人は辿り着いた。

「クレイア、びっくりしたんだぞ。急に……あんな手紙を残して――」

 ルクセンが口を開き、言葉を続けようとした最中に、突然乾いた音が辺りに響く。

 クレイアの視線は気がつけば、両親がいる前方から、横で目を丸くしているニーベルの方に向けられていた。段々と左頬が痛くなってくる。

 左頬を抑えながら、クレイアは視線を前に向けた。

 そこには涙を流している、アリーの姿があったのだ。

「お母さ――」

「どうして勝手に家を出たの! 私たちがどれだけ心配下と思っているの!」 

 周りはしんと静まり返り、アリーの声だけが響く。

「グールに襲われたですって!? 一歩間違えれば死んでいたわよ! ……クレイアはいつもそう。自分で勝手に行動する。それがどれだけお母さんたちに迷惑をかけているかわからないの!?」

 そして呆然と立っているクレイアをアリーは優しく抱きしめたのだ。


「もう無茶はしないで、一人で頑張らないで。――あなたは大切な娘なんだから」


 張りつめていた想いがそこで切れた。

 溢れる涙を賢明抑えようとしたが、その行動もむなしく微かにすすり声が漏れてしまう。そんなクレイアに対して、アリーは軽く頭を撫でる。懐かしい温もりにクレイアは口を開いた。

「お母さん……」

「なあに?」

「ごめんなさい。……ありがとう」



 空を見上げれば雲は消え去り、一面美しい星空が広がっていた。

 すべてを解放するかのような素晴らしい空は、時を忘れて魅入ってしまいそうだ。

 そんな星空の下で、クレイアはようやく安穏の地を再確認できたのだった。



 今回お借りしました、初登場の登場人物の設定考案者やデザイン者、参考にした小説は以下の通りです。


*アビィシュニアン・ペンウッド(設定考案、デザイン:谷町クダリさん)

*ジークヴァルト・アンスヘルム(設定考案、デザイン:タチバナナツメさん) 

*ペルセフォネ・ガーランド(設定考案、デザイン:加藤ほろさん)

*テオドール・シャルデニー(設定考案:香栄きーあさん、デザイン:ジョアンヌさん)

  ⇒『ティル・ナ・ノーグ・アンサンブルシリーズ』http://ncode.syosetu.com/s7051a/ 著:香栄きーあさん


 皆さま、どうもありがとうございます!

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