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光彩林檎の創生歌  作者: 桐谷瑞香
第4話 夜空に浮かぶ光彩
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夜空に浮かぶ光彩(5)

 いったい何が原因で、こんな状況になっているのだろうか――。

 クレイアは目の前に大量のモンスターが溢れるという、非日常を目の当たりにしていた。

 護身のために日頃から鍛えているので、ある程度短剣の使い方は熟知している。だからそこら辺のモンスターであれば、襲われてもそう簡単に屈するつもりはない。

 それでも目の前にいるおびただしい量を見ると足が竦んでしまいそうだ。

 心を落ち着かせるために深呼吸をし、覆っていた布を外し短剣の刃を露わにした。波打った形状をした刀身の短剣でクリスと呼ばれるものであり、産みの親からもらった短剣だ。

 それを見ていると、顔は知らないが誰かに見守られているような気がする。その柄を大切に握りしめた。

「クレイアさん、大丈夫だよ、無理しなくても。僕もそれなりに剣は使えるから」

「――いえ、自分の身は自分で守ります」

 ニーベルが群青色の瞳を丸くしながら、クレイアを見下ろしていた。そんな彼に対して頬を緩ます。

「これでも我流ですけど、自分の身を守れるようには鍛えています。けど、もし危なそうだったら――助けてください」

 そう素直な言葉を伝えるとニーベルはにこりと微笑んだ。

 自分から人を頼ろうと思ったのはいつ以来だろうか。だが、もうやせ我慢はしていけない気がしていた。

 ニーベルは背を向け、クレイアの背と合わせた。

 二人の目の前にはユリシーズやレヴィンスらでさえ、しとめきれなかったグールが歩いてきている。真っ赤な舌をだらりとだし、鋭い歯を剥き出しにして、目の前にいる獲物を襲うとしているようだ。

 突然一匹のグールが跳躍する。それを皮切りに、他のグールたちも飛び上がった。

 落下点は――クレイアたちが今いる場所。

 二人を大量の影が覆ったのを見計らい、背中を離し、その場から散った。二人がいた場所にグールたちが次々と落ちてくる。

 クレイアはニーベルと離れるなり、すぐ傍にまで来ていたグールに対して、意を決してクリスを振り切る。

 肉を斬る嫌な感触が手に残るが、それでもなお襲ってくる相手に対して、追撃をかかさない。左肩から右腰まで一気に斬ると、グールはその場に倒れ、一時的に戦闘不能にさせた。グールは不死の存在、確実に仕留めるには浄化する必要があるが、そんな力はもちろんクレイアにはない。

 ひと時の安堵と共に、呼吸を整える時間がほしかったが、そんな時間はない。次々と襲ってくるグールたちに対して、攪乱のためにクリスを振り回しつつ、その場から脱出をする。

 最初の一匹を戦闘不能にした時点で、既に気づいていた。時間が長引けば、戦闘に慣れていないクレイアにとっては、かなり不利になると。

 頼ってもいいと言われたニーベルの元へ戻ろうとするが、しつこいくらいにグールは襲ってくる。

 頭の辺りに向かってクリスを振ると、グールはしゃがみ込んでかわす。その反動で下から襲ってこようとしていたが、クレイアは左足でグールの腹の辺りを勢いよく蹴り上げた。

 そいつの動きが鈍くなったところで、今度は横に目を向ける。口を大きく開いているグールがいたが、がら空きの体の部分に一斬りしつつ突き飛ばし、怯んだ隙を狙ってその場から離れた。

 以降は、ひたすらその展開であった。

 少しでも体を楽に動かす為に、常に意識したのは“流れるように動くこと”。隙さえ見せなければ、最悪の結末は避けられるという考えだった。

 ニーベルもクレイアが再度合流しようという意図に気付いているのか、少しずつであるがこっちに向かってきている。彼の動きも滑らかで、まるで剣舞を見ているようで美しかった。

――どこかの舞台でも出ていたのかな。

 語りの場において、場慣れした動きや観客を魅了する表情、そして絶妙なタイミングでの笑いの取り方――あの若さで、独学でそこまでできる人はほとんどいないだろう。もしかしたら、かつては演劇の舞台で指導を受けていた経験があるのかもしれない。

 グールとの攻防で足がもつれそうになったが、何とか踏みとどまり、攻撃をかわしていく。もう少しでニーベルと再会する――と思った矢先、クレイアの頭上が大きな影によって覆われた。

「クレイアさん!」

 ニーベルの叫びが耳に飛び込んでくる。全身の力を使って、クレイアはその場から飛び退いた。

 すると他のグールとは一線を課す体格のものが突然現れたのだ。高さとしては通常のものよりもゆうに二、三倍以上あるだろう。

「何なのよ、いったい……!」

 おそらくこれが親玉であるのは間違いない。アールやユリシーズたちが相手をしていたグールらは、彼らへの攻撃をやめ、親玉の登場を称えるかのようにこちらに近寄ってくる。

「おんな……わかいおんな……。おれのめし……」

「あたしのことを食べようっていうの!?」

 大きく口を開き、だらりと舌を出したその先から涎が垂れる。その涎は地面に付くなり、音をたてながら地面を溶かしていく。それを見ると、クレイアの眉間はさらにしわが寄った。

「また面倒なやつが……」

 手が小刻みに震え始めている。それでも何とか意志は保ちつつ、視線だけは逸らさない。グールが一歩進む度に、クレイアは間合いを取るために一歩後退した。

 ふと後ろにいた大群がクレイアに飛びかかっているのが気配で察知した。だが前方に注意を向けていたため、反応が遅くなる。グールが一匹、真後ろに降り立ち、振り返ったクレイアを噛みつこうとしたのだ。

 だが次の瞬間、グールの胴体は真二つに分かれ、その場に崩れ落ちた。まるで鋭利な刃物で斬られたような状態である。唖然としてその姿を眺めていた。

「――まったく、もう少し余裕を持って出したらどうなの」

 どこからともなく、幼い少女の声が聞こえてくる。クレイアが視線を向けると、桃色の髪を二つに結った少女が大きく手を広げていたのだ。ニーベルの傍にいる彼女は、にやりと口元をつり上がらせる。

「久々じゃない、私の力に頼るなんて」

「しょうがないだろう、状況が状況だ」

「もう隠さなくてもいいの?」

「――ああ、もういいよ。誰かの身に何かあったら、そっちの方が嫌だろう、エッダ」

 ニーベルの微笑むと、エッダは嬉しそうな表情で軽く頷く。やがて彼女がひらりと一回転すると、姿が見えなくなった。

 不思議な少女と視線を交わらせたニーベルは、いつも携帯している小さな竪琴を取り出す。そして弦を一音弾くと、クレイアの左右にいたグールが見えない何かによって弾き飛ばされた。

 それに満足することなく、彼は次々と弦を弾いていくと、途端にクレイアの周りにいたグールはあの巨大なもの以外はいなくなっていたのだ。

「う……そ……」

 あれだけ必死に対抗していた相手が、こうも簡単にいなくなってしまうと、拍子抜けしそうである。ニーベルの不思議な力を目の当たりにし、クレイアは目を瞬かせながら彼を見た。

「ニーベルさんはもしかして……魔法使い?」

 彼はクレイアの言葉に対して、ただ微笑んだままだ。それで答えは充分だった。



 周りにグールの大群がいなくなったため、安堵の空気が流れたが、真後ろにいる殺気によりすぐに現実に戻される。

「おんな……たべる……おれ……たべる……」

 危機はいっこうに去っていない。今、最も恐ろしいのは、この巨大なグールだ。土壌をも腐敗させる涎を出すグールに対して、いったいどう対抗しようか。

 各地の戦闘を終えたアールたちが駆け寄ってくる。地面に降りていたユリシーズが、がら空きになっている巨大なグールの背中に一本矢を放ち、命中したが、まったく痛がっている様子を見せていなかった。

「びくともしねえか。一応、聖水をぶっかけたやつだったんだが」

「どうせ小瓶に入っていた聖水をかけただけだろう。あの体格と比べて、それっぽちじゃ、どうみても足りないだろ!」

 アールが横目でユリシーズをじろりと睨む。だが無駄話を叩いているうちに、倒れていたグールの大群が起き上がり始める。矢や剣によって傷つけただけでは、不死の存在であるグールを倒すことはできないのはわかっているが、それでも早々に次々と起き上がるのは異常である。そいつらがクレイアの元に駆け寄ろうとしていた、アールたちを再び襲おうとしていた。

 ユリシーズは眉間にしわを寄せながら、矢筒から矢を取り出す。

「あっちに行かせねえってところか。頭がないわりには、ちょっとは考えているな。まあこういう時は、親玉を倒すのに限るぜ」

「ここから狙おう。親玉が怯めば、状況は変わるかもしれない」

 ユリシーズが弓の矢を、イヴァンがボウガンの矢を、再び巨大なグールの背中に向けて放つ。だが今度は起き上がったグールの大群が、まるで盾となるかのように、飛び上がり、自ら矢に突き刺さりにいったのだ。予想外の光景を見て一同は息を呑んだ。

 舌打ちをしつつも引き続き連射をするが、いっこうに巨大なグールの背中に刺さる気配はなかった。

 そんな彼らのやり合いをクレイアは遠くから眺めつつ、巨大なグールに対して意識を常に向けていた。一定の間合いを取りつつ、どうにかしてニーベルかアールたちと合流しようと思案を巡らせる。だが隙を見せてくれない相手に対して、それは難しいことだった。

 巨大なグールが手を振りかざすと、クレイアは急いでその場から離れる。手が地面につくと、あっと言う間に腐敗していった。あれに触れたら一貫の終わりだ。

 考えただけでぞっとしたが、震える体に鞭を打ちながら、どうにかして逃げることに専念する。グールが攻撃するのをさけ、その場から逃げることを繰り返す。時折ニーベルも音の波を利用して遠くから攻撃を仕掛けてくるが、グールの大群によってそれは阻まれてしまう。

 この先の展開は自分でどうにかする必要があるとクレイアは思いつつも、今はただ目の前のことに集中していた。つまり思考が一点のみに集中していたのである。

 気が付けばアールやニーベルたちからだいぶ離れたところまで移動していた。群を作っていたグールたちの姿は見られなくなり、その森の一角にはクレイアと巨大なグールだけがいた。

 目の前にいる相手だけに集中し、この森という地形を利用すれば撒けるかもしれない――そう思いつつ、間合いを取るために左足を後ろに下げた。

 だが、そこには地面が存在しておらず、空を切る形になった。

「……へ?」

 クレイアが呆けた言葉を発した瞬間、背中から空中に投げ出された。

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