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光彩林檎の創生歌  作者: 桐谷瑞香
第4話 夜空に浮かぶ光彩
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夜空に浮かぶ光彩(4)

 男性がいなくなると、再び静寂がニーベルたちを包み込んでいた。しかし突如鳴り響いた地鳴りを聞くなり、ニーベルとクレイアの顔は強ばる。

「いったい何なのよ、この森は!?」

「妖精の森ではなく、この森の外側からだと思う。危険だから、今は早く森からでよう」

「でもアールたちが!」

「クレイアさん……」

「危ないのはアールたちも同じでしょ!?」

 ニーベルは今すぐにでもクレイアと共に森を脱出しようとしていたが、彼女の必死の主張により、思わず動きを止める。クレイアは唇を噛みしめ、俯きながら右手をぎゅっと握っていた。

 その様子は何かを言おうと構えているが、言葉を選んでいる状態。そんな彼女の姿が、ニーベルがよく知る人物と重なった。

 今はもう触れることも話すことも叶わない、少女と――。

 やがてクレイアは顔を上げ、ニーベルに向けて意を決して言葉を発したのだ。


「アールたちはあたしの大切な友達。見て見ぬふりして、自分だけが安全な場所になんか逃げられない!」


 ニーベルはクレイアの言葉を聞くなり、唾を飲み込んだ。そして視線を逸らしながらぽつりと呟く。

「大切な……友達」

「そう。はっきり言って、お節介過ぎて面倒なときもあるけど、いなくなったらきっと寂しい。ニーベルさんだって、そんな人いるでしょう?」

 クレイアの言葉を受けて、ニーベルは口を閉じ、想いを巡らせ始める。

 いなくなったら寂しい人――そんな人はいない――と思っていた。

 だが脳裏には今まで出会ってきた多くの人々の顔が映し出されていく。

 お節介すぎて口うるさくも無理矢理一緒にいようとする人、店に顔を出せば笑顔で迎えてくれる人、伝承をもっと聞かせてと言ってくれる人――。

 特にここ、ティル・ナ・ノーグで出会った人の多くが、また会いたいと思っている人ばかりである。様々な人や想いで溢れるこの地で、王都から飛び出し各地を放浪していたニーベルにとって憩いの地となりつつあったのだ。

 やがてニーベルは群青色の瞳を開くと、静かに微笑んだ。

「たくさんいるね、いなくなったら寂しい人たち。いつの間にかそんな人ができていたみたいだ。――僕は意識的に距離を置いていたはずなのに、実はそうではなかったのかもしれない」

 口に出すと、ニーベルが頑なに閉ざしていた扉が少しずつ開かれていく。

 ニーベルの言葉に対してクレイアは首を傾げていたが、彼女は穏やかな表情で微笑んでいた。

「行こうか、クレイアさん。ただ無理はしないで、それだけは約束だよ」

「はい」

 クレイアはしっかりと頷き返したのだ。

 雲で夜空はほとんど覆われていたが、ほんの少しだけ美しい輝きを発する星を垣間見ることができた。



 エッダにとってニーベルとは契約者と契約されたという関係で、切っても切れない関係になっていた。

 だがそれは表面上で堅く結ばれている重い枷であり、それが契約者に対して辛い状況に陥らせてしまうのは知っている。

 彼は契約の条件によって、大好きだった歌を諦めること、そして雨の日に動くには非常に厳しい状態になったしまった。

 だが無意識のうちに、彼は自分自身でもう一つの契約を作っているように見えた。


 それは他人と深く関わらないこと。


 大切だと思い、信用していた親友の裏切りにより、家族は故人となってしまった。それを考えれば他人と関わらないようにしている理由もわからなくもないが、あまりに極端過ぎると、エッダは思うときがあった。

 時折、意識的に他人と距離を取りつつも、浮かない顔をしているときがある。しかしその表情をエッダに見せた瞬間、いつも言うのだ。

『エッダがいれば、それでいい』

 その言葉はエッダにとってはニーベルを独占できるという嬉しさもあったが、同時に寂しさも感じていた。

 精霊は死ぬまで契約者と一緒ではあるが、生きている者と生きていない者という、決定的な違いがある。彼が辛いときに助けたいと思っても、どうしても限界がでてきてしまう。その時に彼を癒すのは、同じく生ある者だと思っている。

 エッダは気づいていた、ニーベルが無意識にエッダに対しても距離を置いていることに。

 あくまでも契約という枷で繋がっているからだろうか。

 だがそんなこと忘れて、本音で言ってほしかった。他の人に想いを伝えられないなら、せめてエッダだけには――。

 しかしその言葉はいつも飲み込んでいた。エッダはただ契約された存在。契約者の幸せを考えつつも、ただ彼が望んでいる状況に従うしかないから。


 だから他の誰かが彼に気づかせてほしかった。

 他人と距離を置く必要があるのか。

 そして自分の気持ちを押し殺していないのか。


 このままではニーベルは他人と深く関わるのを一生やめて、ただ永遠と目的もなく伝承を集め続ける流浪の旅人となってしまうから。

 そんなことを危惧しているときに、ニーベルとエッダはティル・ナ・ノーグの街を訪れた。様々な人種や人々が集まり、交流しあっている、明るく楽しい街。

 そこで出会ったのは彼が幼いときに舞台で観て、憧れの人となった女性と瓜二つの顔を持つ少女だった。エッダもその女性の存在は知っており、屋根裏部屋で彼女の華麗なる踊りを観たことがあった。笑顔は常に絶やさず、軽やかに舞う。どんなに辛い指導を受けても、涙一つ見せない強い女性だった。

 そんな彼女の娘と出会ったニーベルは、無意識のうちにクレイアを気にするようになっていた。

 まるで今は亡き妹を見るような、優しい視線を送りながら――。


 そんな彼女から発せられた言葉は、エッダが秘めていた想いを、いとも簡単に伝えてしまったのだ。

 そしてそれをニーベルが受け止めている姿を見て、嬉しかったが、同時に寂しくもあった。

 いつも一緒にいたのはエッダであるはずだが、それを差し置いて、彼を導いたのは――ただの菓子職人の少女。

 精霊のくせに、人間に対して嫉妬を抱いているといったら、笑われるだろうか。だがそれほどエッダはニーベルのことを想っていたのだ。

 クレイアのあとを追いかけるニーベルは、どこか肩の荷が降りたような顔をしていた。

 人が何かを変えるきっかけは、意外と些細なものだ。けれど言葉に出したり、行動に起こしたりなど、目に見える動きをしなければ、変えることはできない。

「ニーベル、私はいつまでも傍にいるよ。でもね、それだけしかできないんだ」

 桃色の髪の精霊の少女は哀愁漂う表情を浮かべながらも、新たな道に入ろうとしている青年を優しい視線で見つめていた。



 クレイアはひたすらに真っ直ぐに森を突っ走っていた。アールたちがどこに行ってしまったかはニーベルにはわからないので、道案内は彼女に任せることにする。

 不思議な空気で包まれていた妖精の森の中心部から離れ、現実世界に戻っているからであろうか、それともこの先に待ち受ける何かの影響なのか――突き刺さるような殺気が皮膚に突き刺さっていた。それは彼女も同様であるはずなのに、表情はまったく崩さない。

 しばらくすると前方から話し声が聞こえてきた。少年の声だけでなく、少し低めの男性の声や甲高い女の声もある。

 ニーベルとクレイアは首を傾げつつも、その人たちの前に現れた。

「クレイア!」

 真っ先にクレイアを見つけたレイが安堵の表情を浮かべた。それにつられてアールとイヴァンも彼女の存在を確認すると、しかめていた眉が緩んだ。

「突然いなくなるから、びっくりしたぜ」

「無事でよかった。どこに行っていた?」

「いや……あんたたちが置いていったんでしょ。もう少し怪我人を労りなさい」

 嫌みを言いつつも、クレイアの表情は明るかった。三人が無事にいたことにほっとしているのだろう。

 ニーベルは次にアールたちと口論していた人たちに目を向けた。真っ先に目がいったのは、中央にいる女性だった。紫色の瞳、髪はボブカットのソバージュで、海賊の帽子を被った厚化粧をしている女性だ。何度か街で見かけたことのある彼女に対して、ニーベルは声を漏らした。

「ドロリーチェさん?」

「ニーベルじゃないか。どうしたのさ、こんなところで?」

「それはこちらが聞きたいのですが……」

「アタイはハッコーがどこかにいっちまったって聞いて、探しに来たんだ」

 そう言ってちらりと足下に視線をやった。ガリガリに痩せた噂のハッコーは頬を真っ赤に腫らしながら、倒れている。

「姐さん……ヒドいです……。ぼくはただ、星を見たかっただけなのに……」

「……ハッコー、タイミングが悪すぎるんだ。もう少し要領よく動けば良かったものの……」

 ドロリーチェの後ろにいた、赤毛にヒゲのメタボ体型の男性がやれやれと肩を竦めていた。

「無駄口叩いているんじゃないよ、オッサム。アタイの下僕をいいように使いやがって。――今日という今日は、この子供(がき)たちに思い知らせてやる!」

「ちょっと待て。だからさ、俺たちが何をしたってわけ? ハッコーが寂しそうに星を眺めていたから、一緒に観ていただけじゃん。何が悪いの?」

 アールが不満そうに口を尖らせていると、ドロリーチェの眉間がぴくりと動いた。そして高いヒールの靴で一歩踏み込んだ。

「いちいち口答えするんじゃないよ! アタイの堪忍の尾も切れた、覚悟しな!」

 ドロリーチェが持ち歩いていた銃に手を付けた。それを見たアールは顔をひきつりながら一歩退く。

「まあまあ、ドロリーチェ、平和的にお互い言葉だけで解決しよう」

「うるさい! 少しぐらい痛い目にあわないとその減らず口も閉じないようだね。とっとと大人しくなりな!」

 ドロリーチェが銃をアールに向けようとしていると、エッダが強ばった顔でニーベルのローブの裾を引っ張った。彼女が何かを主張しようとしていることに気づいたニーベルは、反射的に腰から下げていたショートソードに手を付ける。

 空気が途端に重くなる。冷たく、重く、その場でいるだけで生気が吸い取られそうな空気に。

 さすがに違和感に気づいたドロリーチェやアールたちはあたりを見渡し始める。

「何だって言うんだい?」

 何かが森の奥からゆっくりとはいでてくる。二本足で立っているので、一瞬人間と見間違いそうになったが、それには毛が生えていなく、目は落ち窪み、がりがりの体が露わになっているモンスターだった。

「あれはグール!」

 アールは慌ててショートソードを鞘から抜いた。レイも短剣を、イヴァンはボウガンを持ち上げる。いつでも襲われてもいいように、それぞれ武器を手にした。

 しかし次の瞬間、グールは発射された何かにより粉砕される。ドロリーチェが手に持っていた魔法銃だ。あらかじめ込められていたマナを放出することにより、対象に攻撃を与えることができる武器らしい。

 彼女は涼しい顔をしながら、ニヤリと笑みを浮かべながらアールに向き直った。

「たかがモンスターごときで、いちいち騒ぐんじゃないよ。さて続きを――」

「待って!」

 ニーベルの傍にいたクレイアが悲鳴にも似た、声を発し、指で森の奥を示す。彼女もショルダーバックから波状の短剣を取り出していた。

 その先には、おびただしいくらいのグールがニーベルたちを囲むようにして現れ始めたのだ。

 それを見たドロリーチェは一瞬目を丸くしたが、それでも平静を装いながら銃にマナを取り込み始める。

「いちいち煩いんだよ、すべて倒せばいいのさ。死にたくなかったらね!」

「――まったくもってその通りだな」

 どこからともなく声が聞こえると、一同に近づいてきたグールが二、三匹、ある矢によって打ち抜かれた。的確に急所を狙ったため、グールはうめき声を上げながら、即座に倒れ伏す。

「その矢に、その声――ユリシーズか?」

 アールは見上げると、木に登っている左目に前髪がかかっているピンクベージュ色の髪の青年と目があった。彼は白い歯を見せながら、手を振っている。

「よう、アール。無事か?」

「助けるなら、早く助けろよ!」

「いいところで颯爽と助けた方がいいじゃねえか。――この量になると、乱戦はさけられねえから、先に顔を出しただけだ」

 青みのかかった緑色の瞳はアールたちではなく、グールの大群へと向けられる。そして目をすっと細めた。

「これはちと量が多いな。俺様と女子供だけで、切り抜けられるかどうか――」

 そう呟きながら、ユリシーズは飛び出している一匹に対して矢を一本放った。命中するのを見届けずに、かわりに矢筒の中を確認するなり、舌打ちをする。

「矢が足りねえ可能性もあるってわけか」

「……珍しいな、お前がそんな弱気を吐くなんてよ」

 また別の誰かの声がニーベルたちの耳に入ってくる。首を長くしてその人物を確認しようとすると、突然ある一角にいるグールの群が消え去ったのだ。

 そこから紫がかったシアンの色の髪に、左目を黒の眼帯で覆った青年が大剣を肩に担ぎながら現れる。

「レヴィンス……!」

「おう、アールか。まだくたばっていないようだな」

「どうしてお前まで!?」

「知らねえのか? さっきギルドに『妖精の森の先にある森で、異常を察知したから、調査を頼む』ってきたんだよ」

 すぐ横に近づいてきていたグールをレヴィンスは慌てもせず、切断していく。

「そしたらこのざまだ。グールなんざ、一匹あたりの能力はたいしたことねえが……この量なら、まあいい運動になるだろう」

 彼が一振りするたびに、群がってきたグールたちは斬り裂かれていく。

「どうして異常発生しているんだ?」

「わからねえな。とりあえずお前らは自分の身でも守っていろ!」

 レヴィンスがそう言い放った途端に、彼の頭を悠々に飛び越えてきたグールたちが、こちら側に来たのだ。

「アンタたち、やっちまいな!」

「アラホイサッサ~~」

「アラホイサッサ~~」

 ドロリーチェの言葉と共に、ハッコーとオッサムはばらばらになり、襲ってくるグールに対して各自で対峙し始めた。

 ニーベルはアール、レイ、イヴァンと視線を合わせる。

「ニーベルさん、剣の腕前は?」

「人並みくらいには使える。グールなら、何度か相手したことあるよ」

「なら安心だな。――ユリシーズたちが倒すって言っているけど、この量はさすがに俺たちも参戦しないと、やられちまうだろうな」

 ハンターや海賊の一味の間をすり抜けてやってくるグールたちをアールは睨み付けた。すぐにそのうちの一匹はイヴァンのボウガンの矢によって射ぬかれる。

「掃討するのにどれくらいかかる?」

 レイが短剣を握り返す。

「応援が来ないと難しいと思う。まあ自分の身は自分で守れってところだろ。深追いはするなよ」

 イヴァンがボウガンの矢を確認する。

「ニーベルさんはクレイアのことを守ってやってくれ。短剣を扱えるとはいっても、まだ思うように動けないだろ」

 アールはちらりとクレイアに視線を送ると、彼女は悔しそうな表情をしつつも首を縦に振った。

「――これが終わったら、みんなで星の鑑賞会だな。いい気分で観られそうだぜ」

 アールがニーベルとクレイアに背を向けると、少年三人は少しだけ二人から離れる。そして近寄ってくるグールに対して、ショートソードを振り上げた。


 今回お借りしました、初登場の登場人物の設定考案者やデザイン者は以下の通りです。


*ドロリーチェ(設定考案、デザイン:谷町クダリさん) 

*オッサム(設定考案、デザイン:谷町クダリさん)

*ハッコー(設定考案、デザイン:谷町クダリさん)

*ユリシーズ・アルジャーノン(設定考案、デザイン:タチバナナツメさん)

*レヴィンス・ヘッジフォック(設定考案、デザイン:himmelさん)


 皆さま、どうもありがとうございます!

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