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光彩林檎の創生歌  作者: 桐谷瑞香
第4話 夜空に浮かぶ光彩
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夜空に浮かぶ光彩(3)

 妖精の森と呼ばれる、ブランジューネ城の周りを囲んでいる、景観豊かな新緑の森にまつわる興味深い逸話を、ティル・ナ・ノーグの街に来た頃、ニーベルは聞いたことがあった。

 それは古の時代から、この森には妖精がひそんでいるというものだった。特に滅多に発生しない霧の深い日に森を歩くと、ごく稀にその姿を見ることができるらしい。

 一方、その森の中央にある泉には、精霊が集まると言われている。ほとんどが目に見えないらしいが、それが逆に泉の周りを幻想的な雰囲気に仕上げているらしい。

 そんな場所に精霊であるエッダが自ら言ったのだ、『行こう』――と。

 数日は安静にしていたおかげで、火傷の状態もだいぶ良くなってきた。まだ瘡蓋(かさぶた)ができている段階だが、今は無理矢理剥がさずにそのままにしている。動くには支障がない程度まで元気になっていたため、エッダの申し出に対して首を振ることができたのだ。

 そして三日月が出ている晩、ニーベルは妖精の森の中心にある泉へと向かった。



 妖精の森へと踏み入れると空気が一瞬にして変わる。神聖な場所へと来てしまったような感覚だ。

 エッダは極力気配を抑えて、ニーベルと一緒に歩いていた。以前より、ニーベルに対してよそよそしく接するようになった気がする。

 クレイアを助け、ブランネージュ城の一角でシリヤと話をしてから、エッダとの接し方について考える機会が多くなった。彼女はいつも無邪気に笑顔を振りまいているように見えるが、よく見ればたまに大人びた微笑を浮かべているときもある。それは妹ではなく、姉という視点からニーベルを見ているようで――。

「ねえ、エッダ」

「何、ニーベル?」

「この先に――」

 ニーベルが言葉を続けようとした矢先、一人の少女がきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いてきたのだ。

「あれれ、ここはどこぉ?」

 薄い緑色の長い髪を二つにわけ、その先をさらに二つに分けて輪っかを作って束ねている少女。飛び出ている右耳はエルフ特有の尖った形をしていた。

 彼女はニーベルと視線が合うと駆け寄ってきた。近寄ると服の開いていた部分から胸元が見える。

「私、フィオーレって言うんですけど……。ここはいったいどこですかぁ?」

「ここは妖精の森だよ。迷っちゃったのかな?」

「そうかもしれないです。でもたぶん大丈夫だと思います」

 フィオーレは再び視線を左右にやると、ふとニーベルの右脇にいる不機嫌そうな精霊と視線があう。彼女は眉をひそめつつ、ニーベルに視線を戻した。

「あなたは魔法使いなの?」

「え……?」

「だってすぐ脇にいるの、精霊でしょ?」

 エッダの姿は基本的にはニーベル以外には見られない。にもかかわらず、エッダの存在を言い当てるとは――ただの迷いエルフと決めつけるのは早いかもしれない。

「ねえ、どうして契約しているの?」

「どうしてそんなことを聞くんだい?」

「教えて!」

 フィオーレはニーベルの袖を引っ張りながら、返答を求める。契約したのはあまりに偶然の産物であり、かつ生々しい出来事も絡むため、初対面の子に話せる内容ではない。困ったような顔をしつつもニーベルは袖から彼女の手を離した。

「ごめんね、ちょっと人に言える話では――」

「私が契約しましょう、って言ったのよ」

 突然エッダが両手を腰に当てながら、胸を張って発言をする。

「……どうして?」

「彼が新しい道を歩むのを、助けたかったから」

 フィオーレの視線がニーベルへと戻される。

「本当?」

「まあ大まかに言うと、そうなるね。彼女には人生の転換点で随分とお世話になったよ」

「ふーん、そうなんだ……」

 浮かない顔をしつつも、フィオーレはそれ以上追求してこなかった。そして肩をすくめつつ、彼女はニーベルから一歩引く。

「それじゃあ、私、行くね。どうもありがとう、お兄さん」

「気をつけて街に戻るんだよ」

「はい!」

 頭を下げるとフィオーレは森の外ではなく、さらに中へと歩いて行ってしまった。声を投げかけようとしたが、あっと言う間に彼女の背中は見えなくなってしまう。極度の方向音痴の持ち主なのかもしれない。やはり森の外まで連れて行った方が良かったのではないかと、ニーベルは思っていた。

「……いつまで鼻の下を伸ばしているのかな、お兄さん」

「……何を言っているんだい、エッダ」

 非常に機嫌が悪そうな精霊に対して、ニーベルは肩をすくめる。

「悪かったわね、胸がなくて……。――まあ大丈夫でしょ、あの子。精霊が傍にいるみたいだから、最悪のことは避けられるわよ」

「そうだったんだ……」

 たしかにフィオーレの周りに何やら黒い靄のようなものが視界を横切った気がする。もしかしたらあれが精霊なのかもしれない。

 ニーベルはエッダに導かれながら、泉へと再び歩き始めた。



 進んでいく度に思うが、本当に静かな空間である。音といえば、ニーベルが草木を踏み分ける音くらいだ。風は吹かず、小鳥のさえずりもほとんど聞こえない。たまにガートなどの小型獣を見るが、広大な森にしてはいなさすぎる。

 途中で全身真っ黒い服を着た青年が、大きな鎌を持ってニーベルたちの前に降り立ったところに遭遇した。頭から角のようなものが生え、口元を黒いマスクで覆っている不思議な青年。彼はニーベルたちを一瞥しただけで、すぐに視線を前に向けて、軽やかに飛び去って行ってしまった。

「何だったのかしら」

「何だったんだろうね」

 二人で首を傾げつつも奥に進むと、目の前の開けた空間から光が射し込んできた。手を顔の前にかざして、光量を抑える。

 そこは美しくも、どことなく儚い泉が広がっていた。

 月の光が泉を照らしており、湖面にはくっきりと三日月が映っている。

「ここが妖精の森の泉……」

「……そうだよ」

 エッダがニーベルの一歩前に踏み出す。横目でちらりとニーベルを見てくる。その横顔から見える表情は、今まで見たことのない、大人びたものであった。

「ここの泉はね、精霊たちが多く集まっているんだって。もしかしたら妖精もいるかもしれない……って。けど……」

 言葉を止めてエッダは首を傾げる。

「……おかしいわね、全然いないなんて。何かこの森に起こっているの?」

 エッダは数歩進むと、森からほんの少しだけ飛び出した。すると彼女の周りが青色の靄によって囲まれる。その靄に視線を落とすと、軽く首を縦に振りながら、相槌を打っていた。しばらくすると彼女の目が大きく見開いた。

「それ、本当なの……?」

 青色の靄が離れると、エッダは険しい表情をニーベルに視線を向けた。

「ニーベル、大変だよ。妖精の森の先にあるところで――」

 エッダの言葉が途中で途切れる。彼女の焦点はニーベルのさらに先のところに合わせられていた。

「クレイアさん?」

 彼女の言葉につられてニーベルは振り返ると、焦げ茶色の髪を結った少女が木に寄りかかりながら立っていたのだ。クレイアの視点はニーベルではなく、泉の方にいる、黒ずくめの服を着た人に向けられている。

「どうして、こんなところにいるんだ。しかもこんな夜中に……」

「……ニーベル、知っている? クレイアさんにまつわる噂」

「噂?」

「そう、何の根拠もない、ただの噂。別に悪いことはしていないのに、そういう風に聞こえてしまうものが」

 その言葉がニーベルの心の奥底にある扉を叩く。

 人生の中で最悪の状況の時、耳に入ってきた人々の噂――。


『ねえ、あそこの劇場経営者の家族、殺されたんですって?』

『そうらしいわ。何でも金銭的なトラブルとか。奥さんなんて、自ら命を絶ったらしいわよ』

『まあ、恐ろしい! 命を自分で絶たなければならないほど、人には言えないことをしていたのかしら?』

『わからないわ。でもあまり親しくなくて良かった。私たちまでに、火の粉がついたらたまったものじゃないもの』


――違う。僕たちは巻き込まれたんだ。何も悪いことはしていない。だから――!


「ニーベル、ニーベル!」

 腕を激しく揺すってくるエッダの存在によって我に戻った。額からはうっすらと汗がにじみ出ている。歯を噛みしめながら、目を伏せた。

 胸の奥が痛い――。

 家族が殺された後、怪我の療養のため、しばらく王都サフィールに留まっていた。また借金取りに見つからないように、街の中を歩き回る際には身分や顔を隠しながら出歩いていた。

 そんな中で耳に入ってきた会話――すぐさま反論したかった。だがエッダに止められ、言葉をすべて飲み込んだのだ。生きていくためには、我慢しなければならないことがある。けれど――。

「クレイアさんがどういう理由で出歩いているかはわからないけど、ここは危険だわ。さっき言おうとしたけれど、妖精の森のすぐ外で大量にモンスターが発生したらしいの」

「何だって?」

「……ほら、早く彼女に教えてあげて」

 エッダの言葉に押されて、ニーベルはルカとすれ違った彼女の元に駆け寄った。そして急に振り向かれると、ぶつかられたのだ。



「ニーベルさん? こんなところでどうしたんですか?」

 水色の瞳を丸くしている少女がニーベルのことを見上げてくる。

「それはこっちが聞きたいよ。女の子がこんな夜遅くに、しかもこんな人気のない場所で一人なんて、危ないと思う」

「一人じゃないです。さっきまでアールたちと一緒にいたんですけれど、はぐれてしまって……」

「アール君たちと?」

「星を見に行こうって誘われて。でも、さっきちょっと色々あって、私だけはぐれてしまいました」

 苦笑しながらクレイアは言っていたが、途端に表情を一変させて、泉とは反対側へと顔を向けた。その先からは金属と金属が混じり合う音が聞こえてくる。

「ニーベルさん、とりあえずここから離れましょう」

「どうしたんだい?」

「ムラマサっていう人が自我を失ってしまったみたいで……。今、その人と出会ったら危険なんです。だから一刻も早く行きましょう」

「わかった」

 クレイアは足下に注意をしながら、泉から離れ妖精の森のさらに奥へと走り始めた。ニーベルもそれに従って後をついていく。

 彼女的には全速力で走っていると思われるが、難なく追いつくことができる。後ろからはまがまがしい殺気が感じられるが、だいぶ離れられたようだ。

 本当ならばクレイアを森から出そうと思っていたが、逆に奥へと進んでしまっている。このまま行けば、モンスターが大量に発生していると言われている地帯にでてしまうのではないだろうか――。

「クレイアさん、待っ――」

 歩みを止めるために声を発するが、その前に彼女自らが唐突に立ち止まった。

 視線は真正面に向いたまま。その先にいるのは膝上くらいまでの小麦色の髪を伸ばし、優しげな笑みを浮かべている男性だった。紺色を基調とした上着を着て、帽子を被っている。胸元にある大きなリボンがつい目がいってしまう。

「こんな夜遅くに、血相を変えてどうしたんだい?」

 海の浅瀬にも似た色の瞳を細めてくる。その視線はクレイアだけに向けられていた。

「危険な人から逃げていまして……」

「へえ、たまにこの森にも来るけど、いつも静かだから、そんな物騒なことがあるとは思わなかったよ」

「あなたも早く逃げた方がいいと思います。本当に……危ない人だったので」

「教えてくれて、どうもありがとう、菓子職人のお嬢さん」

 そして男性の視線はニーベルへと向けられる。


「――君、その胸の中に秘めているものを早く解放させたらどうだい?」


「……それはいったいどういう意味ですか?」

「隠していることが、果たしてその人に対して本当に幸せなことなのだろうか。誰かのために想っているとはいえ、それは結局ただの自己満足じゃないのかい? 孤高の語り部、ニーベル・ブラギソン」

 なぜフルネームを知っているのだろうか。

 彼はいったい何者だろうか――。

 男性は口元を緩ませ、自然な表情で笑みをこぼした。

「また機会があったら、話でもしよう。ときどき街には顔を出しているから」

 彼はニーベルたちに背を向け、優雅に歩みながら森の中へと消えていく。

 その姿を立ちすくんだまま見ているしかできなかった。


 今回お借りしました、初登場の登場人物の設定考案者やデザイン者は以下の通りです。


*フィオーレ・アマビリダ(設定考案、デザイン:すら犬さん) 

*全身真っ黒い服を着た青年→クチナシ(設定考案、デザイン:ヤスヒロさん)

*優しげな笑みを浮かべている男性→ハーデティティ・クー(設定考案、デザイン:こいしるつこさん)


 皆さま、どうもありがとうございます!

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