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光彩林檎の創生歌  作者: 桐谷瑞香
第3話 灰色の記憶に色を
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灰色の記憶に色を(3)

 すっかり日は暮れ、辺りは暗くなっていたため、ニーベルは人目を気にせず、外を歩くことができた。小さなランプに灯された明かりが雨によって消えないよう、注意しながら進んでいく。

 鼻歌をしながら、道案内をしているリザだったが、進んでいる方向が何となくおかしいと、ニーベルは思う。このまま北西方向に進めば、街外れにある広い霊園に突き当たるはずだ。そんなところに目的の場所はあるのだろうか。しばらく黙っていたが、少しずつリザの首の傾げ具合が大きくなっていくのに気づき、堪らず質問をした。

「リザさん、いったいどこに向かっているんですか?」

「おかしいな、そろそろ着くはずなんだけど」

「だからどこですか。僕はあまり歩き回りたくないのですが。場所がわからないのなら、遠くてもおとなしく宿に戻ります」

「待って、待って! 城に行きたいんだ」

「お城? つまりブランジューネ城ですか? それは北東ですよ、こっちは北西!」

 ニーベルが指でノイッシュが住んでいる城を示す。顔を上げれば見える位置にあるのに、彼はずっと気づかなかったらしい。リザは城を確認すると、手を叩いた。

「ああ、あっちか!」

「これくらいで迷わないでください!」

「いくら歩いても辿りつかないわけだ。早くお城に行こう。雨がまた酷くなるから」

「本当ですか?」

 リザの言葉にニーベルはきょとんとした。その言葉が事実なら、一刻も早くまた雨宿りをしなければならない。

「うん、夜明け前にはやむと思うけど、夜中は酷くなりそうだよ」



 リザがブランネージュ城への道のりから外れないよう注意深く確認をしつつ、ニーベルは足早に彼の背中を追った。

 始めは小雨であったが、少しずつスカーフに叩きつける音が大きくなっている。雨が強くなる前に急いで雨宿りを――そう思いながら森を抜けると、ようやく城の裏手へと辿り着いた。先日来たときは正門からであったため、また異なった趣の入り口を見ることとなっている。

「リザさんって、お城の関係者でしたか?」

「友達がここにいるんだよ。お茶飲みの友達がね」

「……どうやって入るんですか。妙な入り方をすれば、不法侵入になりかねませんよ」

「まあ適当に空いていそうな窓からこっそり入って――」

「そんなことしたら騎士団に見つかりますって!」

 間髪入れずに声を発しつつ、ニーベルは深々と溜息を吐いた。リザには常識というものがないのだろうか。ここにお茶飲み友達がいるというが、それは本当なのかと疑ってしまう。彼が思案を巡らせていると、何の前触れもなくすぐ傍にあった裏口――厨房へと続く扉が開いた。

 そこには口を一文字にした、紫がかった色のローブを着た、彼と同程度の高さである錫杖を持った美形の青年が立っていたのだ。

「誰かと思ったらあなたでしたか、リザ・ルシオーラ」

「いいところに来てくれた、フォルト! ちょっと雨宿りをしたいんだ、入れてくれないか?」

 リザが馴れ馴れしく話すと、フォルトことフォルトナートは怪訝な表情をした。彼はティル・ナ・ノーグの街で魔法使いに対して、どのような魔法を使っているか、そして犯罪に魔法を利用した場合には、直ちに封魔の力を行使する、いわゆるこの街での魔法使いに対しての“監視者”的な存在だ。先日ニーベルは城に訪れた際に、ほんの少しだけ垣間見たことがある。

「どこに雨宿りするつもりですか。私はもう寝ますよ」

「シリヤのところだよ。すぐそこだからさ、とりあえず城の中に。お願いだ」

「……まったく、変なことしないでくださいよ」

 フォルトナートは肩をすくめながら、扉を少し大きめに開いた。リザは感謝の言葉を発しながら中に入り、ニーベルもその後に続く。そしてフォルトナートの横を通ろうとした際、彼にぽつりと呟かれたのだ。

「あなたも彼のペースに巻き込まれないように、気を付けてくださいね」

「そうですね、気を付けます」

 中に入り、フォルトナートが扉を閉めると、肌寒い空気をから、暖かみのある空気へと変わった。スカーフをはぎ取り、視界が広くなったところでその場所を見渡した。

「厨房ですか」

「そうだよ、ブランジューネ城の厨房。もう夜も遅いから誰もいないよ。――シリヤ、シリヤはいるかい?」

 リザが天井に向けて叫んでしばらくすると、天井の一角のタイルがぽっかりと開いた。そこから白色の長い髪で純白のドレスを身に纏った少女がひょっこりと現れる。霊や精霊の類だろうか、ニーベルの目からは、実体ははっきりせず、うっすらと透明がかっている。

(「リザか。どうした、いったい」)

「雨宿りをさせてほしい。今日は彼も一緒に」

「私は違いますから。ここら辺で失礼します」

 リザがニーベルの腕を持ちながら、指で示してきた。一方、フォルトナートは頭を軽く下げて、リザが止める間もなく厨房から去って行ってしまう。廊下へと続く扉が閉まると、リザはしょんぼりとしてしまった。シリヤはそんなリザには目もくれず、ニーベルだけでなく、近くにいるエッダを一瞥した。そしてくすりと笑ったのだ。

(「いつぞやの語り部か。我も聞いていたが、あれはなかなか面白かったぞ」)

「ありがとうございます」

 精霊である彼女がどうしてこの城にいるのかはわからないが、誉められるのは嬉しいことだ。素直に言葉にして返すと、シリヤはにやりとした。

(「また伝承話をしてくれるなら、雨宿りくらいしてもいいぞ」)

「伝承話をするくらいなら、構いませんよ。ただ選りすぐりの話はこの前話してしまいましたが」

(「別に構わん。さあこっちに来い。今日は掃除したから、比較的綺麗な日だ。リザも来るなら来い。二人くらい雨宿りできる場所はある」)

「本当!? ありがとう、シリヤ!」

「ありがとうございます、シリヤさん」

 お礼を言うと、リザは軽やかに飛び上がり、天井の穴へと入っていく。それを目の当たりにして、思わず目が点になった。あまりにも身軽過ぎる。やがてその穴から一本のロープがつり下げられた。

「引っ張るから、捕まって」

 その申し出に有り難く従い、ニーベルはロープに手をかけると、床から足が離れた。そしてあっと言う間に厨房の屋根裏部屋へと辿り着いたのだ。

 シリヤの言ったとおり、小奇麗な部屋であった。目に付くのは机や椅子、そしてベッドだろうか。そしてそこに誰かがいるのか、毛布に膨らみがあった。

(「雨はどれくらいでやみそうなんだ? 随分と酷くなってきているぞ」)

「大丈夫、明け方にはやむよ」

「リザさん、どうしてそう言い切れるんですか?」

 ニーベルが何気なく疑問を口にすると、ただにやりと笑っただけだった。

「ただの勘だよ。――さあ、シリヤ、お茶でもしようか」

(「雨宿りではなく、お茶をしにきたのか。まったくお前も奇特なやつだ」)

 そう言いつつも、シリヤの表情は嬉しそうだった。

 ふと毛布の膨らみが一段と大きくなったように見える。そして毛布がベッドの上を立ったかと思えば、ベッドの上にずり落ち、そこから中に入っていた人の姿が露わになった。

 ピーコックブルーの瞳に、腰くらいまである黒色のストレートの髪の女性――と言いたかったが、灰色の体毛に縞模様の姿、そして頭の上にある尖った耳を見れば、猫と判断してもおかしくはない。

 人でも猫でもない――その中間地点である、猫娘と言ったところだろうか。

(「ヤーヤ、起きてしまったのか」)

 ヤーヤと呼ばれた猫娘は振り向くと、するりとベッドから降り立った。

「何やらうるさかったので、起きてしまいましたわ。――あら嫌だ。今日はたくさんの人がいますのね」

(「雨宿りということらしい」)

「ご迷惑なようなら、ここから去らせていただきます」

 ニーベルは椅子に腰をつけようとしたが、慌てて立ち上がる。ヤーヤはその様子を見ると、くすりと笑った。

「別に構いませんのよ。なんだか美味しそうな人もいらっしゃいますし」

 ヤーヤがリザを見ると、にこりと微笑んだ。その視線を感じたリザは顔をひきつらせて、首を激しく横に振った。

「美味しくないから、そんなこと言わないで!」

「あら、そうなんですの? あなたを見ていると、お魚が食べたくなってしまいますのよ」

「それなら他の魚を食べて!」

 大の男が猫娘に対して言いように遊ばれている光景を見て、ニーベルは静かに笑った。ようやく一息が付けたように思われる。

 クレイアを探し、彼女を助けるために雨に打たれる覚悟をした――冷静になって考えれば、エッダの言うとおり、とんでもないことをしていた。

 たかが火傷、されど火傷、部位が広すぎれば命の危険性もある。エッダには言っていないが、雨に濡れた布から染みでた部分もうっすらと焼けていた。どうやら雨程度の弱酸性がニーベルにとっては毒なのだろう。

 その後、ニーベルはリザに椅子にかけるよう促された。そして彼はシリヤに聞きながら、お茶の準備をし始める。その様子をヤーヤはにこにこしながら眺めていた。一方でニーベルは猫の姿をした娘を不思議そうな目で見る。

「あの、ヤーヤさん?」

「何です?」

「ええっと……どうしてこんなところに住んでいるのですか?」

 どうして猫の姿なんですか――その言葉がでかかったが飲み込んだ。普通に喋れるし、人間のような姿でもあるので、おそらく元は人間のはずだ。だが何らかの呪いで猫に――それ以上は部外者であるニーベルが踏み込んではいけない内容である。

 ヤーヤはにこりと微笑みながら口を開いた。

「ここならご飯がすぐに食べれます。それにとても快適ですの。暖かさも、風景も」

 ヤーヤは長い尻尾を揺らしながら窓の方へと歩いていく。それにつられてニーベルはエッダと共に窓の近くに寄った。そこから見える光景を見て、二人は思わず息を呑む。


 森の先には『ティル・ナ・ノーグの街』があったのだ。


 さらに高い位置であれば一望できるのだろうが、城の立っている場所や高さから、この場所でも充分垣間見ることができる。雨の中でぽつりぽつりと、家の中で灯されたランプがささやかながら輝いていた。ある場所では消え、ある場所ではずっと輝きっぱなしのところもある。

 それはつい見入ってしまうほど、とても幻想的な光景でもあった。

「綺麗だね、エッダ」

「うん。こういう風景もいいものね」

 ようやく機嫌がなおったエッダは笑顔で受け答えしてくれた。

「お茶の用意ができたよ」

 声がした方に振り返ると、机の上には湯気が出ているティーポッドと美味しそうな茶菓子が置かれていた。

「ニーベル、少しは息抜きしよう」

 まるで今日の出来事をすべて見ていたような言い方であった。



 異なった種族で集まるお茶会はなかなか面白く、刺激的であった。リザが話をしたかと思えば、それをシリヤが突っ込んでいく。ヤーヤは時折目を輝かせながらリザを見ており、その視線に気づいた彼はニーベルの後ろに隠れたりもした。ニーベルが少しだけ伝承話をすれば、皆聞き入っていたものだ。

 それぞれの過去には触れず、ただ自分が楽しいと思える話をもとにして談笑をする――それはひと時の幸せな時間でもあった。



 やがて夜も更け、夜明けが近くなった頃、ヤーヤは彼女のベッドに、リザは床で横になり眠っていた。ニーベルもエッダと寄り添いながら、少しだけ眼を閉じていた。

 壁越しから雨音を耳を澄まして聞いていたが、それが少しずつ小さくなっているのに気づき、うっすらと目を開けていた。

 リザの言っていたことは本当のようで、夜明け前にはやみそうである。

(「寝ないのか?」)

 精霊であるシリヤが、ニーベルが起きたのを見ると部屋の隅から寄ってくる。本来精霊にとって、睡眠という行為は必要のないことだったが、今晩のエッダは疲れたらしく、体力の回復のために珍しくぐっすり眠っていた。

「少し寝ましたよ。宿に戻ったら、しっかり休息をとるつもりです」

 桃色の髪の少女の頭を撫でながら、ニーベルは答える。その様子を見ていたシリヤは不意に微笑んだ。

(「大切にしているのだな、その精霊を」)

「今の僕にとっては唯一の家族みたいなものですから」

(「いないのか、家族」)

「……はい」

 躊躇いつつも、ニーベルは返事をした。シリヤはベッドの上で寝息をたてている猫娘に視線をやる。

(「我も契約者であるヤーヤが家族みたいなものだ。――不思議なものだな。二百年近くこの地にいるが、契約者が存在するということが、こんなに楽しいものだとは思わなかった」)

「ヤーヤさん以外に、契約者はいなかったのですか?」

(「いない。我の厳しすぎる契約の条件に、普通の人は誰も近寄らない」)

 シリヤはやみかけている外を見る。そして窓越しから、そこに映るニーベルを見ながら口を開く。

(「我と契約をすれば、我以外との対人関係の記憶が保てない。つまり忘れてしまうのだ。親や友人など、これまで出会った全ての人を。そんなこと進んで望む方が珍しい」)

 あまりにも厳しすぎる契約の条件を聞いて、ニーベルは目を大きく見開いていた。過去のある出来事を忘れたいと思ったことはあるが、過去に出会った親しい人のことを忘れたいとは思わない。もしそんな立場であったら、妹との約束も忘れてしまうし、クレイアと接触しなかった可能性が高い。

(「人間というのは、人と人との繋がりによって形成されている部分がかなりの割合を占めているのではないかと思う。お前もそうだろう、ニーベル・ブラギソン」)

 名を呼ばれ、ニーベルは顔を上げると、シリヤが寂しそうな顔をしながら見下ろしていた。

(「お茶の時に、お前の話を聞いて感じたのだが――人と付き合うのが嫌なのか?)」

「嫌ではないです。ただ、深く付き合うのは……避けたいです」

(「どうしてだ? 楽しいではないか、他人のことを深く知ることも。孤独の中で生き続けるほど、辛いことはないと我は思うぞ」)

 ニーベルよりも遙かに長く滞在している精霊からの言葉は重く、心にのしかかってきた。彼女もヤーヤと会うまでは、孤独というものを感じていたのかもしれない。

「……シリヤさんの言うことももっともです。でも僕はエッダがいますから」

(「そうか。だが果たして、その精霊はお前が意図的に他人との交流を避けているのを望んでいるのか?」)

「それは、も――」

 シリヤの言葉に対してすぐに返答しようと思ったが、不意に声が詰まった。まるで他の意識の中ではその発言をするなというかのように。

 よく考えてみれば、エッダはニーベルがする行為を応援はしてくれるが、それに対して自分の意見を言ったことはなかった。精霊だから――と言ってしまえばおしまいだが、彼女がニーベルの発言を支持しつつも、時折見せる寂しそうな表情を見てしまうと、実は何か言いたいことがあるのかもしれないと感じてしまう。

(「我のように賢い精霊なら、意見くらいは持っている。その精霊、外見は子供だが、中身は立派な大人だ。――たまには精神面でも頼ってもいいのではないのか?」)

 シリヤの言葉がまたしてもニーベルの脳内を響かせていく。

 精霊だから――そう一歩引いて接していた部分もあった。エッダでさえ、心を開いていなかったのだろうか。



 いつしか雨はやみ、小鳥のさえずりと共に、ゆっくりと陽が昇り始める。それを眩しそうに目を細めながらも、ニーベルはじっと見つめていた。


 今回お借りしました、初登場の登場人物の設定考案者やデザイン者、また参考にした作品は以下の通りです。


*フォルトゥナート・バルタザール(設定考案、デザイン:タチバナナツメさん)

*シリヤ(設定考案:steraさん、デザイン:夕霧ありあさん)

 ⇒『我契る』http://ncode.syosetu.com/n3618be/ 著:steraさん

*ヤーヤ(設定考案、デザイン:猫乃鈴さん)

 ⇒『契約と代償と猫と精霊』http://ncode.syosetu.com/n0764be/ 著:猫乃鈴さん


 皆さま、どうもありがとうございます!

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