Forget-Me-Not
forget-me-not・・・私を忘れないで・・・
忘れないわ、永遠に。忘れるものですか、だって私・・・貴方を愛しているの
◇◆◇◆◇
木は高く、足下の草は若い緑色。所々に咲くヘムロックの白い花が、なんとも艶やかだ。耳を澄ませば小川のせせらぎの音が耳に心地良い。その水面は空高く昇った陽の光を浴び、燦々と輝いている。
そんな、長閑な風景の中を歩む二人の男女がいた。
「ねぇルドルフ、私達、結婚すると思わない?」
その女性が、悪戯っぽい笑顔を見せて傍らを歩いている男性に問い掛けた。
「ふふ、急に何を言い出すんだい?」
ルドルフ、と呼ばれた其の人は、そんな彼女に優しい笑顔を向けた。
「うふふ、私には分かるの。きっと私達は一緒に幸せになる!いいえ、なって見せるわ!!」
そう言って、恥ずかしそうに小走りする彼女の後ろ姿に、ルドルフはそっと呟いた。
「私は君となら、喜んで契りを結ぶよ・・・」
小鳥の囀りも、咲き乱れる花々も、二人を取り囲む全てのものが、二人を祝福しているようだった。
「ルドルフ!早く来て!」
愛しい人の、己を呼ぶ声。何事かと思い、其の声のする方へ走った。
そこは川岸だった。彼女はそこにしゃがみ込んで、一点を見つめている。
「どうしたんだい?」
ルドルフが彼女に問い掛けると、彼女は視線の先を指差した。
「見て、なんてかわいらしいお花なんでしょう!」
彼女の指の先、その小さな藍色の花は川の水流に因ってできた岸の断面から顔を出していた。時折水しぶきを浴び、その葉に水滴を滴らせている。
ルドルフは彼女の隣に膝を着き、その花の茎に手を伸ばした。
其の時、優しく流れていた小川は相をかえた。荒ぶる急流と化した水流は、彼の手を捕え、その体を水の中へ引きずり込んだ。
「ルドルフ!!」
彼女は突然の事に悲鳴をあげる。
ルドルフは波に揉まれながら、持てる力を振り絞って、手に持っていたものを岸で立ち尽くす愛しい人に投げ渡した。
「どうか、どうか私を忘れないで!」
そう叫ぶと水流の中に姿を消した。
小川は元の優しい姿へと戻っていた。
残された彼女は川岸にひざまずき、その水面を見つめた。
「忘れない、絶対に忘れないわ!だって私・・・・」溢れる涙に喉がつまる。それでも彼女は立ち上がり、涙を拭い、鳴咽を噛み殺して叫んだ。
「水よ、草木よ、地よ、空よ、此処に在る全てのものよ、よく聞きなさい!私は生涯あの人の事を忘れないわ!私は・・・私はあの人を愛しているのだから!」
己を取り巻くもの全てを証人に誓いを立てる彼女の姿は、女性とは思えぬほど強く、またこの世のものとは思えぬ程美しかった。
そしてその手には、一輪の勿忘草が握られていた。
◇◆◇◆◇
ほらご覧なさい、私はまだ貴方を忘れてはいない。長い年月は人を変えると言うけれど、私の心は変わらない。だって私は・・・
ダメね、今はとっても眠たいの。きっともうすぐお迎えがくるのね。待っていて、今貴方のもとへいくわ。
今度こそ、一緒にしあわせに−−−・・・
題名の、Forget-Me-Notとは、勿忘草の英名です。この名の由来(昔、ルドルフと言う騎士がこの花を採ろうとして川に落ち、恋人に『私を忘れないで』と言って死んだため)を題材に、この花が象徴する“真実の愛”をテーマに書き上げました。