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お茶会同好会シリーズ

『喧嘩百景』第4話「日栄一賀VS銀狐」

作者: TEATIMEMATE

   日栄一賀VS銀狐


 「そいつが龍騎兵(ドラグーン)日栄一賀(ひさかえいちが)だ。てめえらの好きにしやがれ」

 西讃第一中に転校してきたばかりの彼らに絡んできた高校生らしい暴走族グループは、逃げ回りながらも数を頼りに二人を目的の場所まで誘導することに成功したようだった。

 海岸近くの公園の駐車場。そこは暴走族の集会場らしかった。

 バイクのエンジン音とヘッドライトの(あか)りが集まっている。

 「派手な歓迎だなぁ」

 二人――銀髪の双子――の片方、相原浩己(あいはらひろき)は呆れ顔で呟いた。

 転校を繰り返している二人は、その容貌からどこへ行っても絡まれることが多かったが、こんな大歓迎は初めてのことだった。

 しかしよく見ると、おかしなことに動いているバイクは一台もなく、ヘッドライトも、空を照らしていたりとか地面を照らしていたりとか、立ってさえいないようだった。

 「歓迎されてたのは俺たちじゃなさそうだな」

 双子のもう一人、相原裕紀(ひろのり)は、眉を顰めてライトの光の中に立つ影に目を向けた。

 「日栄一賀――か」

 彼らに絡んできた連中は、二人が一筋縄ではいかない相手だと判断すると、前々から手を焼いていたその日栄とかいう奴にぶつけることを思いついたらしい。

 「乗ってやるか」

 兄の裕紀は弟の浩己を振り返った。バカな連中の短絡的な思いつきに乗せられるのは気に入らなかったが、これだけの人間を一人で片づけた中学生というのには興味をそそられた。

 「最強最悪、ねぇ」

 浩己は、連中が日栄一賀を評したその言葉を口にした。

 目の前に立つ小柄な影からは、そんな気は全く感じられない。

 ごほん。と、影は咳き込んだ。

 「次はお前たちか?俺は気分が悪いんだ。やるなら早くしろ」

 掠れた声の合間にぜいぜいと喉が鳴っていた。

 「あんた、本調子じゃないんじゃないか?」

 裕紀は声を掛けた。

 これだけの大人数を相手にしたのだ。息も上がっているだろう。だが、彼の様子はそればかりでもなさそうだった。

 「五体満足で帰りたいなら、今やっとけ」

 一賀の足元にバイクと一緒に転がる特攻服の男が半身を起こした。

 一賀はものも言わずにそいつの喉を蹴り付けた。

 「ぐえっ」と呻いて男がひっくり返る。

 浩己は思わず首を竦めた。――他人事(ひとごと)ながら息が苦しくなる。

 「最悪」

 裕紀は吐き捨てるように言った。

 「来いよ」

 一賀がくいっと顎をしゃくる。

 「俺一人でいい」

 裕紀は学生服の襟元を緩めて前へ出た。

 ――最強だか何だか知らないけれど、肩で息をしている相手に、「銀狐」とあだ名されて怖れられた俺たちが二人掛かりでやることもなかろう。

 国籍こそ日本だが日本人ではない彼らは中学一年でもう身長も百七十ほどもあった。目の前にいる日栄一賀は、暴走族たちの話では中学三年ということだったが、小柄で華奢で少女のように綺麗な顔立ちをしていた。

 「時間稼ぎのつもりか?一遍に来いよ」

 白人の彼らと変わらないくらいに白い肌。細くふわりとした髪。端整な顔立ちには不釣り合いな、強烈な殺気が小さな身体から溢れ出した。

 ――見てくれに騙されるなってことか。

 「裕紀、油断するなよ」

 浩己も気配を感じて裕紀に声を掛けた。

 裕紀はゆっくりと一賀に近付いた。

 体格では彼らの方が断然有利だ。今までの経験から言っても、同じ年頃の日本人に身体能力で負ける気はしない。しかし、体格だけなら地べたに転がされている連中だとて一賀よりも随分有利だっただろう。数だって圧倒的に多い。それがこの有様だ。

 決して侮ってはならない相手だ。

 裕紀は様子を窺いながらそろりと一賀の方へ腕を伸ばした。

 「!」

 「裕紀!」

 浩己は慌てて二人に駆け寄った。

 一賀の動きは唐突で急激だった。裕紀の腕を掴んで前のめりに引き倒すと肩に足を掛けて無意気に捻り上げた。肘の後ろに膝を当て、本来曲がるはずのない方向に腕を倒す。裕紀の手はいとも簡単に自身の背中を叩いた。

 ――ばかな、そんな簡単に。

 浩己は一賀に掴みかかった。

 ひょいと一賀が身をかわすと、あらぬ方向に曲げられた裕紀の腕がぱたりと身体の上に落ち込んだ。

 ――肩も外れてるのか。

 浩己は一賀を気にしながら裕紀の(そば)にしゃがみ込んだ。

 「大丈夫か?」

 「…あ……あ…」

 裕紀の口からは苦痛の呻きが漏れる。

 裕紀自身も何が起こったのが解っていないに違いなかった。

 本当に一瞬のうちに一賀は彼の片腕を潰して見せたのだった。

 様子を見る以前の問題だ。最初から全力でいかなければ何をされるか判らない。――裕紀だって充分警戒はしていたのに。

 ――あいつ、最初から俺たちを壊すつもりだ。

 裕紀の声が浩己の頭の中に響いた。

 彼ら双子は普通の人にはない能力を持っていた。口に出さなくても互いの声を聞くことができるのだ。

 ――絶対捕まるな。

 裕紀は言った。

 浩己は、腕を背中の方へ捻曲げられたまま俯せに倒された裕紀の身体をそっと仰向けにしてやった。どこが痛むのかはそれこそ痛いくらいに判っている。浩己はじんわりと伝わってくる苦痛に眉を寄せた。

 「あんた、よくもやってくれたな」

 浩己は腕をさすりながら立ち上がった。

 「そっちが仕掛けてきたんだろう」

 ごほんごほんと一賀が咳き込む。呼吸の回数もかなり多くなっていた。――どこか悪いのか?浩己は首を傾げた。顔色もずいぶん悪いようだし、呼吸も苦しげで、時折不規則に息を詰まらせている。

 「頭の悪い連中には身体に教えてやるのさ。二度と俺に手を出そうなんて気を起こさないようにな」

 一賀は自分の体調の不良もお構いなしで、手近に転がる暴走族を蹴り付けた。「ぐぅ」という呻き声だけが上がる。そいつらもどこかしら身体を痛められているのだろう、蹴られてももう反撃するつもりもないらしかった。

 肩で息をする一賀はにこりと笑顔を作るとそれを浩己の方へ向けた。――綺麗な顔。

 浩己は僅かに躊躇(ためら)ったが、裕紀を傷付けられた、その礼だけはしておかなければならない――きっ、と睨み返して拳を握った。

 大股で間合いを詰めて殴り掛かる。

 その腕を掴もうとする一賀の手を()けてもう一発腹を狙う。

 一賀は()けようともせずに、今度こそその腕を捕まえた。

 ――同じようにはいくかよ。

 浩己は掴まれた腕を引き寄せて一賀の腹に膝を入れた。

 浩己より頭一つ分ほど小柄な一賀の身体が、彼の腕の中に飛び込んできた。

 息が荒い。

 額にはうっすらと汗をかいている。

 一賀は浩己の腕に身体を預けたまま休んでいるようだった。

 軽い体重――。浩己は一賀の身体を支えるように持ち上げた。

 ――浩己!

 裕紀の声が頭に響くのと同時に、彼は一賀を突き飛ばして後ろへ飛び退いた。

 こめかみに痛みが残る。

 一賀の爪がそこを掠めたのだ。

 つうっと温かいものが頬を伝う。あの体勢から顔面に掴みかかるなんて――。浩己は手の甲で頬を拭った。

 一賀は片手で腹を押さえ、もう片手で胸を押さえて俯いていた。

 今の膝蹴りは効いているはずだ――。

 ――あんな身体でよくもここまでやれるものだ。もう立っているのもきついはずだろうに。

 それでも一賀は息を抑えて顔を上げた。

 ゆらりと浩己の方へ足を踏み出す。おぼつかない足取りの一賀は、こつりと(つまづ)いて浩己の方へ蹌踉(よろ)めいた。 そのまま浩己に掴みかかる。

 浩己はその細い両手を受け止めた。

 いくら何でも正面から組み合って力負けすることはないだろう。

 浩己は組み合ったまま一賀の身体を引き寄せた。

 軽い身体は易々と引き寄せられて彼の懐に入ってきた。が、今度は一賀の膝が浩己の腹に食い込む番だった。

 打ってくるとは考えられない不安定な体勢からの重い一撃だった。

 手を離して離れようとする浩己の腕を掴み直してぐいと引く。

 前のめりになった浩己の後頭部に両拳を揃えて叩き込み、倒れる寸前に喉元を蹴り上げる。

 「浩己!」

 裕紀は痛みを(こら)えて身を起こした。

 浩己はがくんと膝をついて仰向けにひっくり返った。

 頭部を激しく揺さぶられて完全に脳震盪を起こしている。

 裕紀は、浩己の意識がなくなったのを感じて立ち上がった。

 「お前、腕一本じゃあ懲りないのか」

 一賀は裕紀の方へ目を向けたまま、気を失っている浩己の腕を掴んで身体を引き起こし、肘の辺りを蹴り付けた。鈍い音がして腕がおかしな方向に曲がる。

 「()せっ」

 一賀が浩己のもう片方の腕を取るのを見て、裕紀は 声を上げた。

 ――両腕、潰す気か、なんて奴だ。

 裕紀は腕を押さえて一賀に蹴り掛かった。

 ――浩己っ、起きろっ。

 浩己の頭に意識を叩き付ける。

 「…う……」

 浩己は腕の痛みで意識を取り戻した。

 「裕紀…」

 視界にがくんと膝を折る裕紀の姿が入ってくる。

 その肩に一賀が手を掛けている。

 浩己は立ち上がって一賀に身体ごと飛び掛かっていった。

 「お前もか」

 一賀はちっと舌打ちした。辛うじて浩己の体当たりを避けたものの、バランスを崩してぺたんと座り込む。彼は地面に両手をついてぜいぜいと息を吐いた。

 彼にしてみれば二人の抵抗は予想外のものだった。

 大抵の奴なら腕の一本も折ってやれば戦意喪失して手向かいしなくなるばかりか、二度と彼に手を出そうとはしなくなる。手加減して、五体満足で帰してやっても、バカな連中は何度でもやってくるのだ。だから、いつも自分たちのバカさ加減を充分思い知る程度に痛めつけてやった。

 白磁でできたような外国人の双子の身体は、ナリこそ変わってはいたが、他の者と同じだった。肩も外れるし、骨も折れる。しかし、二人は他の者と違って腕をへし折ってもまだ抵抗をやめなかった。

 一賀は裕紀と浩己を見比べて、取りあえず手近にいる裕紀の方に狙いを定めた。よろよろと立ち上がると、胃の辺りを下から蹴り上げる。

 つんのめる裕紀の身体にもう一発強烈な蹴りを見舞う。

 一賀は容赦しなかった。気管支の攣縮による呼吸困難で、息も絶え絶えの彼には最初から手加減などしている余裕などなかったのだ。

 一賀は、仰向けに倒れる裕紀の(くび)の後ろに最後の一撃を加えた。

 しかし、その蹴りは、もう裕紀の意識を完全に奪うだけの力を失っていた。裕紀は意識を失うことなく込み上げる吐き気に呻いた。

 一賀は、ふらふらと浩己の方に向き直った。

 ――あいつ、まだやる気か。浩己はぎりっと歯を噛み締めた。口の中に血の味が広がる。

 一賀が彼の方へ近付いてくるのを見て浩己は立ち上がった。

 激しい眩暈(めまい)と吐き気に襲われる。

 このまま倒れてしまいたい気分だった。

 一賀はふらつきながら浩己の前まで来て、縋り付くように彼の学生服の胸元を掴んだ。

 ごほごほと咳き込んで浩己の胸に頭をつける。

 一賀はそのまま崩れるように膝をついた。

 引っ張られて浩己も膝を折った。

 ――さすがに限界か?

 一賀の手が襟元から離れる。呼吸の様子から言って彼には肺か気管支――呼吸器系に障害があるに違いなかった。彼には限界(リミット)があったのだ。――病人にしちゃあ、やりすぎだぜ。浩己は一賀の背に手を回した。

 ――浩己、そいつから離れろ。

 裕紀の声が頭に響く。

 彼らの鋭敏な感覚は一賀の殺気が途絶えてないのを感じていた。

 しかし。――もう俺たちには手の出しようがない。こんな身体に傷を付けることなんてできはしない。浩己は一賀の顔を見下ろした。

 「お前、綺麗な目をしてるな」

 最強最悪と呼ばれる少年はぎりぎりの力で腕を上げた。人差し指が浩己のうす茶色の瞳に触れる。指先がついっと眼球を撫でた。

 身体に傷を付けることはできない――だが。一生残る傷を――。

 浩己は覚悟を決めて一賀に顔を近付けた。

 「あんたにくれてやってもいい。ただし勝ちは俺たちがもらう」

 一賀はにこっと笑って目を閉じた。

 交渉の通じる相手とは思わなかった。目玉の一つくらい潰したところでその胸には(おいめ)も残らないのかもしれなかった。しかし、

「勝ちは譲らないよ」

彼は浩己に何の反撃も許さないままひっそりと呼吸を止めた。

 ――負い目を負わされることになったのは彼らの方だった。

日栄一賀VS銀狐 あとがき


 やばい人の一賀ちゃんと、まだ怖い者知らずの頃の銀狐の対戦。

 前回に引き続き、凄く痛そうな内容です。中坊がそんなに凶悪でいいのか一賀ちゃん。いくら体調不良で頭に来ているとはいえやりすぎだぞ。――でもこの当時まだ一賀ちゃんを止められる人はいなかったんだよねぇ。龍騎兵(ドラグーン)に所属していて、もう(かおる)ちゃんとも面識があったんだけど、薫ちゃんでもまだ無理。だって(たまき)女史に出会う前の一賀ちゃん、性悪(笑)だし、病人なんだもん。

 ラスト、判りづらいかとは思いますけど、一賀ちゃん、死にかけてます。――いや、死んでるか。浩己(ひろき)も慌てただろうねぇ。目の前で死なれちゃあねぇ。元々見えてない目をかたに一賀ちゃんのナイーブなハートに(笑)傷を付けようなんざ考えるからそういう目に遭うんだよ。――ややや、やっぱり竜ちゃんといい銀狐といい、蔑ろにされてるなぁ。(作者から)

 でも、本編では「美少年で喧嘩達者」の片鱗も見せない銀狐にしては、よく頑張ってるぞ。体調不良とはいえ、一賀ちゃんに蹴りを入れたのはあんたたちが初めてなんだから。竜ちゃんみたいに小馬鹿にされてないし。

 この後、銀狐は一賀ちゃんが最悪と呼ばれなくていいようにある程度守ってやることになります。腕一本ずつへし折られたのに感心な後輩だねぇ。やっぱ腕の中で死なれたのが効いたか、浩己。

 高校に入ってからは一賀ちゃんも人が変わっちゃうし、銀狐もお姉さんたち(笑)の玩具(おもちゃ)にされちゃうしでいいとこなしだけど、番外物で活躍させてやるか。というわけで、そのうち銀狐の恰好良い話もね。

 ぢゃ、みなさんまた会いましょう。



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