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サイノクニ

大祓

作者: 斉藤周二
掲載日:2026/05/04

 どうして急に「茅の輪をくぐりたい」という欲求が脳に生じたのかはわからなかったが、いずれにせよ俺は午後四時過ぎの町に自転車をこぎ出し、ふたつの神社のふたつの茅の輪を作法通りに左右にくぐり、かさかさとした茅の手触りと幽かな草の匂いの印象と僅かな眩暈と額に滲む汗の他には不満も満足も残すことなく、ひとまずの欲求の充足をみた。くぐり終えてしまえばそれ以上神社に用はなく、大通りに戻ってちりちりと風鈴の鳴る陶器店の豚の蚊取り線香入れを眺め、七月の夏祭り群のポスターを眺め、先月末に閉店した老舗の書店の三階建ての外観をひとしきり眺めてしまうとやることもなくなり、行く場所もないまま自転車を走らせ、緩やかな坂を降りて交差点を過ぎ、市役所を眺めながら橋を越え、ふたつの川の合流地点にある三角形の公園に辿り着き、駐輪場に自転車を停めて広場へと向かった。

 昨夏に改修工事を終えた公園は、いくらか整備されすぎはしたものの、相変わらず悪い場所ではなかった。明治期築の薬屋の店蔵を横目に過ぎて広場に降り、川を望むバルコニー・バーテーブルのチェアに腰をかけ、フットレストに足を載せ、マテを入れてそれを啜りながら、逆Y字状に合流していく川と、I字部分にかかるコンクリート造りの吊り橋を眺めた。俺の前ではテーブル越しにローズマリーだかなんだかの細い葉が風にそよぎ、俺の右では若い夫婦がベビーカーがどうのと話して去り、俺の左では五十を過ぎた夫婦の夫が、秋ヶ瀬の取水堰がどうの、うちらが今造っている道路がどうのと、無口な妻になにかを解説し続けていた。どっちかが新河岸川だと思う、など、地元の人間ではないことがわかる口ぶりで、話にいくつかの無知と間違いはあったが、この川がやがて荒川と合流し、隅田川と分岐しながら東京湾に注ぎ込むという解説は事実の通りだった。


 マテ数杯分の時間が過ぎ、雲が増え、風が強くなってきた。川面にちらつく光を眺めることにも飽き、俺は焦点の合わない頭と心でこれからの流れを考えた。大した流れではない。吊り橋まで歩き、渡り、戻り、自転車を回収し、天神社に寄って、帰る。それだけだ。予定が決まればこれ以上ここでやるべきことはなかった。俺は水筒をしまってバックパックを肩にかけた。

 右岸に出るには一度交差点まで戻る必要があった。俺は芝生と植え込みの間の敷石を通って大通りへと戻っていった。髭面の男が進化に失敗した恐竜のような異様に細い犬を連れていた。信号機がぴぽぴぽと鳴っていた。ベーカリーの裏の換気扇からは温風とともにパンの甘い匂いとコーヒーの薫りが吹き出していた。橋の上には渋滞する車どもの排ガスに汚されながらも、刈ったばかりの草の匂いがしていた。


 坂を上がり、交差点を左に折れ、傾斜を下り、幽霊が出るマンションの鳥肌が立つような霊気を感じて過ぎた。オシロイバナが曲がり角の二階建ての家屋の前から土手に向かって咲き連なっていた。土手の斜面の花壇にはハルシャギクだのアガパンサスだのオニユリだのが咲き、その外れにはひまわりがひとかたまりになって咲いていた。下から見上げれば俺の背丈よりいくらか高いひまわりどもだったが、実際には小学生の背丈ぐらいなのだろう。俺は土手に上がる階段の下で立ち止まり、薄紫色の雲を遠景にした黄色い花どもを眺めた。頭の中に川本真琴が流れた。ひまわり、あの夏に生まれたんだよ――。それから、失われたなにかに対する感傷が生じる暇もなく頭の中の曲はハムスターを主人公とする児童向けアニメの主題歌に変わり、俺は階段を上がった。

 遊歩道に上がると川の音が大きくなった。俺はコンクリートの塀に沿って歩いた。久し振りに着た綿素材のポロシャツは風通しがよく、気持ちがよかった。川辺で釣りをする母子を左に見下ろし、河岸跡の碑を右に過ぎ、振り返ってさっきまで座っていた公園を眺め、さらに歩いた。ポンプ施設に設置された時計塔の針は、五時五十六分を指していた。


 遊歩道は吊り橋の先にも続いていた。急いで橋を渡るべき理由もないので、俺はもう少し歩くことにした。よくも悪くも整備のされた、アスファルト敷きの道だった。時期を過ぎたあじさいには蜘蛛の巣が張り、花の青や紫は色褪せ、あるいは中央から茶色く萎れ始めていた。五分足らずで道に飽き、俺は橋に戻った。


 橋の上には下流からの風が吹いていた。同じ方向から武蔵野線が鉄橋を渡る音が遠く聞こえてきた。俺はぼんやりと清掃工場の煙突を眺め、ぼんやりと欄干とケーブルを眺め、万歳をしたような白い主柱をぼんやりと眺めながら、ゆっくりと橋を渡っていった。両岸の叢や木々の中では、蝉でもクビキリギスでもない何種類かの虫たちがびいんと静かに羽根を震わせ続け、その音と空気の微かな振動が川を囲む空間全体に薄く広がっていた。


 響きの中に、ぽんぽんと弾む音が混ざり始めた。音の出どころを追って視線を左に落とせば、左岸の船形の堤の底の広場で、ユニフォーム姿の小学生が土手の斜面の階段に向けてボールを放っていた。やっているな、と俺はなんとなく思い、なんとなく嬉しくなりながら、橋を渡り終えて左に折れた。もうひとつの音の出どころを見返れば、橋の下では中学生ほどの男子が橋脚に軟式球をぶつけており、音もフォームもそちらの方が確かにしっかりとしていた。二ヶ所でぽこぽこと鳴るボールの音が気持ちよかったので、俺はしばらく音を聴いてから帰ることにした。夏至を過ぎたばかりの太陽がまだしばらくは沈まないことを、俺は知っていた。

 東屋のベンチに腰を下ろすとすぐに老人が現れ、近すぎるベンチに座った。話しかけられても鬱陶しいし、ベンチが喫煙所ではないことをいまだに理解できない低能な世代でもあるので、俺はすぐに東屋を離れ、別の場所を探した。

 少し歩き、小学生を左下に見下ろす土手の斜面に腰を下ろして、バックパックとマテを芝の上に置いた。やはり今どきの小学生はセットポジションで投げるんだな、そんなことをぼんやりと考えていた。


 小学生はふたりいた。おそらくは近所の小学校のグラウンドか、荒川沿いの運動公園あたりでの練習を終えたあとなのだろう。ふたりともよく陽に灼けていた。

 眼鏡をかけた方は階段にボールを放っては跳ね返りを捕り、かけていない方は階段の脇の斜面に腰を下ろして、膝に置いたなにかの冊子を眺めていた。なんの冊子だかははっきりとは見えなかったが、感じからすれば野球チームの白黒の集合写真と選手名簿が、見開きで四チーム分掲載されている類の冊子ではあるようだった。冊子はずいぶん大きいものに見えたが、それは彼の膝の上にあるからそう見えるのだろう。

 先ほどより近くで聞いてみて、俺はボールの音に違和感を持った。それは軟球にしては軽すぎる音だったが、玩具のゴムボールにしては強すぎる反発と重量がある音だった。といって、それなりの年齢で、それなりのユニフォームを着ていて、今ここで玩具のゴムボールを放るべき理由もないので、おそらくは軟球なのだろう。俺はその答えにひとまず満足することにして、彼らの周辺を眺めた。

 グラブ、ミット、キャップ、野球用のバックパック、ミズノとおそらくはディマリニのバット、サーモスの2リットルサイズのスポーツジャグ。そんなものがそこらに「置かれていた」と「投げ捨てられていた」の中間の体で転がされていた。黒と赤の二台の自転車の一台は立ち、一台は倒れていたが、どちらも小学生用のサイズとスタイルのそれではあった。ユニフォームは青と白で、シャツのデザインは我々の時代の素朴な類のそれではなく、青系統のグラデーションがランダムに配された、久保建英が着用していても違和感がない類の青だった。チーム名は見えなかったが、そちらは我々の時代と大きくは変わっていないのかもしれない。ドルフィンズ、ツインズ、メッツ、かつて我々の周囲に存在していたのはそんな球団だったが、彼らも同類の善良な名称の球団に所属しているのだろう。背番号は、眼鏡をかけた方が十七番、かけていない方が十一番だった。

 問題はボールの音ではなく、十七番の投球フォームにあった。右投げのサイドに近いスリークォータースローだったが、明らかにそれとわかる手投げで、重心の移動がうまくできておらず、全体がぎくしゃくとして不合理な動きになっていた。俺は少し眉を顰めて首を傾げ、まあ、仕方ない、などと思いながら、マテを口に運んだ。

 俺がマテに噎せている間になにかが起こった。どうやら十七番が放ったボールがあらぬところに外れ、それを土手の上を通りがかった家族連れの一員である幼稚園児ほどの男児がキャッチしたようだった。男児は知り合いのような親しさで十七番に向けてなにか声をかけ、ボールを下に放ってやり、十七番がそれをちゃんと捕球できたことに喜びの声を上げ、それから俺の背後を通って去っていった。十七番は、ありがとー、と素朴な声を上げていた。

 十七番はそのあともしばらくボールを放り、それから川沿いの土手の斜面に上がって、積まれていた刈り草の山に向けてぴょんと飛び降りた。代わりに十一番が階段に向けてボールを放り始め、十七番は十一番と入れ替わってこちら側の斜面に腰を下ろし、十一番が残した冊子を眺め始めた。

 十一番が放るボールは、明らかに硬球の硬い音がした。不思議な組み合わせだな、と俺は思った。同じユニフォームを着ていて、同じぐらいの年齢で、片方は軟球のようななにかを、片方は硬球を投げている。それが意味するところが俺にはわからなかった。投球フォームは十一番の方が整っていたが、やはり手投げの傾向はあり、それは彼らが同じチームに所属していることをなんとなく感じさせた。どうして誰も矯正してやらないのだろう、と俺は少し不満に思ったが、もしかしたら手投げが現代のトレンドなのかもしれないし、いずれにせよ俺がどうこう言うことではなかったので、気にするのをやめた。

 左には吊り橋があり、右の向こうには公園と大通りと市役所があった。対岸の風景の中には老人施設があり、中高一貫の私立校があり、ファミリー向けのマンションとその避雷針があった。斜面林の木々が風に揺れていた。コナラ、クリ、クヌギ、そうした類の木々なのだろう。木々の向こうにはさっき茅の輪をくぐった神社があることを、俺は知っていた。いつの間にか右肘の下を蚊に刺されていた。そうした季節になっていた。


 階段にボールを放りながら、何気ない口調で十一番が訊ねた。

「中学行ったら、硬式軟式どっちやる?」

 十七番は答えず、膝に乗せた冊子を眺め続けていた。あるいは質問を聞いていないのかもしれなかった。十一番はもう一度階段にボールを放り、跳ね返りを捕球し、十七番に近づいて後ろに回り込み、グラブを外しながら、もう一度訊ねた。

「硬式、軟式、どっちやる?」

 十七番の返答は俺のところからは聞こえなかった。答えを聞いた十一番の表情も見えなかった。十一番は十七番の右隣に腰を下ろし、両脚を投げ出すようにして座り、左手を斜面について、十七番に肩を寄せるようにして、一緒に冊子を眺め始めた。


 友だちなんだ。


 そう思ったら、妙に微笑ましくなり、それから妙に切なくなった。


 ――友だちなんだ。


 俺はなにかを思いながら、隣り合ったふたつの背番号をしばらく眺め、それから辺りを見回した。川沿いの土手では高校生ぐらいの男子が腿を上げて走り、それを携帯電話で録画していた父親らしき男が戻ってきた男子になにかを語っていた。対岸の高水敷では豹柄のシャツを羽織った少女が風に吹かれる髪を押さえながら振り返り、制服姿の坊主頭がゆっくりと後ろから近づいてなにかを話しかけていた。夏の前の長く穏やかな夕だった。俺はマテを拾い、マテの足に絡みついた草をちりちりと剥がし、冷たくなったボンビージャを口に咥えた。


 やがて眼鏡の十七番が黒い自転車に近づいていき、荷物をいじって、ろくじさんじゅっぷん、と十一番に見返って声を出した。十一番は立ち上がらずに冊子を眺め続け、新座だけ見よ、と顔を上げずに返答を返した。十七番は落ちていた帽子を被り、バットを拾ってそこらに落ちていた紙屑を打った。十一番もようやく立ち上がり、同じようにバットを拾い、同じように紙屑を打った。十一番が左打ちであることを、俺はそのとき知った。

 それから十一番は川寄りの芝生に転がっていたもう一本のバットを拾い、かんかんと音を鳴らしながら運び、グラブをバックパックに入れ、軟球を十七番の方に投げ、冊子を拾ってしまい、帽子を拾って腿ではたいて被り、二本のバットをバックパックの左右のスロットに挿してから背負い、倒れていた赤い自転車を起こしながら、一足先に帰り支度を終えて自転車にまたがっていた十七番に話しかけた――腹減った。

 あのへんペットボトルあるわ、拾って――拾えねえわ――蹴ろう、遊ぼうぜ、缶蹴りしてから帰ろう、遊ぼうぜ――缶じゃねえよ――ペットボトル蹴り――もう六時半だぜ――いじゃん、ちょっとぐらい――。

 そんなことを話しながら十一番は自転車を一度倒しそうになり、どうにか起こして十七番を追い、やがて追いついた。抜いては抜かれ、互いを見返り合い、なにかを話し、なにかを笑い、ときどき立ち上がってはペダルを強く踏み込み、左右に揺れながら、ふたつの小学生サイズの自転車が3の字状のスロープを上がってゆき、バックパックとバットがだんだん小さくなって、大通りの方へと消えていった。

 俺はしばらく右を眺め続け、それから視界を左下に戻し、彼らが消えたあとの空間を眺め、それから視線を上げた。斜面林の上の空には、半月に僅かに満たない七日目の白い月が、いつの間にか高く昇っていた。


 なにを眺めるでもなくなにかを眺めながら、俺はぼんやりと座っていた。対岸では相変わらず風に木々が揺れていた。自転車の母親のあとをヘルメットの子が立ちこぎで追い、スロープを降りて高水敷を右に消えていった。ジョギングシューズの、スニーカーの、サンダルの足音が、話し声が、笑い声が、はっはとした犬の呼吸が、チーと鳴る自転車のホイールの音が、携帯電話から雑音まじりに流れ出す外国語の響きが、左から、あるいは右から聞こえてきて、大きくなり、背中を通り過ぎ、右に、あるいは左に移り、小さくなり、そして消えていった。左の空をヘリコプターが過ぎていった。鷺が鳴いて橋の上を飛んでいった。底の青い雲が、薄橙色の西の空に向かってゆっくりと動いていた。風が鼻腔に草の匂いを運んできた。夏の前の長く穏やかな夕だった。この夕のなにひとつとして留めてはおけないことを、俺は知っていた。


 橋の方から若い男女三人がやってきた。女がふたり、男がひとりだった。男はトイレに行ってくるねと優しい声で女たちに告げて場を離れ、女ふたりは日焼け止めがどうのと元気な声で話しながら階段を降り、さっきまで少年たちがいたスペースに陣取って、バレーボールで遊び始めた。私服姿の彼女たちが高校生なのか、それとも大学生ほどの年齢なのかは俺にはもうわからなくなっていたが、ボールは目を見張るほどに高く上がり、これは捕れないだろうというボールも新体操のような面白い体勢で当たり前のように拾い、正面のボールは一分のブレもない安定感でしっかりと受けていた。実際、大した腕だった。

 彼女たちの出現によってものを思う時間は終わり、俺は去ることにした。遊歩道の時計は七時ちょうどになっているだろう。空はまだ明るかった。これからしばらくバレーボールで遊ぶには充分なぐらいの明るさだった。俺はバックパックとマテを拾って立ち上がり、想像以上に硬くなっていた両脚のアキレス腱の痛みに苦笑しつつ、よたよたと土手に上がった。風ヤバい、とはしゃぐ女の声を聞きながら、そして、と自分の思考に付け加えた。

 そして、俺は知っている、この日、この場所で、彼らが少年だったことを、彼らが友だちだったことを、俺は知っている、と。

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