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流行り廃りと言いますが

作者: 遊佐
掲載日:2026/04/18

よろしくお願いします。

「あれ…あの店また変わるんか?」



 馴染みの喫茶店。そこから見える少し離れた店舗。確か先々月くらいに店を閉めた……が、何の店だったっけか?タピオカ…は一昨年か?その後になんだ、ジューススタンド?それも結構前だったか?確かなんか甘い匂いがしてたから最後は違ったような……



「最後は韓国のお菓子だよ。あれ?台湾だったかな?」



 カチャリと小さな音を立ててコーヒーが置かれる。自分の親父と同年代で白髪白髭のマスターは上品な紳士って感じで、漫画だったらセバスチャンって名前が付くだろう。残念ながら田中さんだが。


 昔々の街並みを売りにした、駅から少し歩く距離の観光地。その直線上の反対方面にある市内一の目抜き通り、の裏通り。自分が小さい頃からずっとそこにある、流行りのカフェなんておしゃれなタイプではない、昔ながらの喫茶店。大繁盛してると言うわけではないが客足も切れずに地域住民憩いの場としてずっとそこにある店。


この裏通りで地域密着型の小さな電気屋を継いだ俺、三橋京次は油が乗り切って些か乾き出したお年頃。毎週水曜の店休日にこの店で過ごすのが若い頃からの習慣。コーヒーとナポリタンもしくはオムライスと、コーヒーをおかわりでもう一杯。これが毎週の楽しみ。この辺りの店は大体水曜休みが多いから、ご近所の自営業者を探すなら水曜のこの店に来れば誰かしらに会える。まぁ……若い奴らは目抜き通りの方へ行くのだけど。




「あー……でっかいマカロン?だっけか?」

「いや、カステラみたいなのじゃなかったかな。マカロンはもっと前」

「あそこの店舗の入れ替え激しくねぇ?」

「流行に乗ったお店が入れ代わり立ち代わりだからねぇ」



 この店から見えるところにはあるが、あちらは目抜き通りの中にある。一年、早けりゃ半年スパンで入れ替わるから歴代何があったかなんて言っちゃ悪いが覚えてられない。




「僕は食パンのお店が好きだったね。お高いけど柔らかいからサンドイッチにすると美味しかったんだよ」

「んー…生ジュースは覚えてる。その場で絞ってくれるやつは美味かったな。ただ若いお嬢さんばっかでなかなか入りにくくてあんまり行ったことなかったけど」

「京ちゃん昔からミックスジュースとか好きだったもんね。でも彼女の前では格好つけてコーヒー飲んでた」



 長年通ってるだけあって好みのものは把握されてるし、なんならカミさんどころか詰め襟時代のお付き合いすら把握されてるのはなんともまぁむず痒い。






 格好つけなくたってコーヒーは美味く思えるようになったけど、細々とやってる電気屋はまぁ色々渋い。若い頃に父親が体を壊したときに自分が継ぐと決めたがこの不景気、光の裏には影がある。観光地の影響で目抜き通りには人が溢れてるが、横道一本入ると空気すらひんやりするような静けさで。製品販売よりも修理依頼でなんとかしているような現状は行くか引くかまであと一歩というところ。子どもたちも一番下が大学を出たのでまぁ、ここらが引き際なのかと思わないでもない。継ぐ子がいないわけではないが、継がないことを気にするなとは言ってある。なんせ子どもたちはカミさんに似て文系寄りだった。はんだ付けすら学校の授業が最後みたいな奴らだ。



 しかしながらこの辺りは古くから住んでる家が多い。つまり親父のそのまた前の代から頼ってくれる高齢のご近所さんが多い。テレビの映りが悪いとか、ラジオのチャンネルが変えられなくなったとか、充電ケーブルがわからないとか。電気系のなんでも屋みたいな。離れた孫とビデオ通話をしたいという爺様のご要望で自分も持っていなかったタブレット端末の使い方を必死で勉強したわけで。ロボのマークのスマホは持ってるが林檎マークは使い方がちょっと違って困ったのもここ最近の話。日々是精進とはこのことか。





「田中さんはさぁ……」


 不景気、先行き不安な自営業。うちよりは安定してるのだろうけど、毎週見かけるのは同じ顔ばかりで。いつかはここも……と思うと心細くなる。




「この店を将来どうするとか決めてんの?」



 昔から変わらない甘めのナポリタンをフォークに巻いたままぽつりと呟く。



「そうだねぇ……うちは娘だけだし、その娘もまだまだ現役って走り回ってるからなぁ」


 洗ったカップを拭き上げながら目を細める田中さんに、彼に似た娘こと自分の同級生を思い出す。確か元は看護師だったが今は介護士としてバリバリ働いてたはず。




「でも最近孫がね」


 少し困ったように眉を下げながら、それでもどこか嬉しそうに。



「『じいちゃんのコーヒーが一番美味いから淹れ方覚えたい』って言ってくれてね。仕事が休みのときに店手伝ってくれたりしてるんだよ」

「聡?」

「そう。それで『じいちゃんが納得できるくらいになれたら真剣に考えてもいい?』って」

「あいつ昔からそつなくこなすからなぁ。代替わりも遠くないじゃん」

「コーヒー淹れるだけならまだしも、それだけじゃやっていけないけどね」

「そっかぁ、うちは俺で終わるだろうからなぁ…でもこの店が続いてくれるのは正直嬉しいや」



 自分の父親と同じ年代で娘は自分の同級生、孫もうちの子とたいして変わらない年頃。似たような境遇だけどこちらの未来は明るそうで、嬉しい反面少しだけ胸の内が黒くなる気がした。







「まぁ、うちもさ」

「ん?」

「正直人増やさなきゃと思ってたから聡が手伝ってくれるのはすごく助かってるんだ」

「そうなの?」

「今は僕とバイトの子で二人体制でしょ?でも土日祝日はそれじゃきつくなってきててね」

「え、この店?最近休日そんなに忙しいの?」

「そう。ちょっと前にバズっちゃって」

「バ……?」



 親世代からはなかなか聞かないような言葉に頭がはてなを連発する。今バズって言ったか?




「なんかね、インフルエンサーの人が観光地紹介しててさ。その時にうちの店にも来てくれたんだよ」

「いんふるえんさー……?」

「そう。フォロワーが20万人位いる人」

「ふぉろわーにじゅうまんにん……?」

「それでサニスタっていう写真系のSNSに載せていいですか?って聞かれたから軽い気持ちでオッケーしたんだけどさ、『レトロでめっちゃいい感じの喫茶店!空気感もいいしコーヒーもフードも美味しい!観光地巡りで疲れた心身にしみる~!』って紹介してくれたみたいで。若いお客さんがすごく増えたんだよ」



 先程孫が店を継ぐかもと困ったように笑ったのと同じ顔でさらりと落とされた爆弾発言に、息子の着ていた宇宙柄にぽかんとした顔の猫のTシャツを思いだす。



 今、俺、それ。





「でも今までこんなにお客さん来ること無くて正直どうしようかと思ったんだ。一過性のものかもしれないからバイト増やすかどうかちょっと悩んでて。聡が手伝うよって言ってくれたから甘えちゃってね。ついでにサニスタに店のアカウントも作ったら見てくれてる人が結構いるみたいで」



 SNSって怖いねぇ、なんて笑いながら言う田中さんに俺もうついていけてない。先細りはうちだけとかそんなセンチなことじゃなくて、え、田中さんSNS始めたん?サニスタって何?俺SNSって鳥のマークのやつくらいしか知らんけど、あれ、今鳥じゃなくなったんだっけ?




「写真の撮り方とか加工の仕方とかも聡が教えてくれるからさ、結構いい感じに写ってるんだよ。ほら」



 差し出されたスマホはCMでよく見る新機種。あれぇ?こないだまで楽ちんスマホじゃなかった?手慣れた様子でアプリを開いて見せられた写真は背景はぼかして角度や光の入り方もなんていうか、そう、おしゃれ。え、これ田中さんがやってんの?うちのおかん、アプリ教えても未だにメールだし平仮名多いしカメラに指かぶせて写真撮るのに?俺だって画像の加工なんてしたことないし!




「あとキャッシュレス化で電子マネーとか交通系ICとかも使えるようにしたから入りやすくなったみたい。僕も使ってるけど慣れるとあれ便利だよねぇ」



 そういやいつの間にかレジに端末増えてたな……自分が現金払いばっかだから気にもしてなかったけど田中さん電子マネーも使えるの?交通系ICって電車とバス以外も使っていいんだ……?




「あ、娘がプレゼントしてくれたんだけどスマートウォッチも便利だよね。支払いもできるし。もうスマホがあれば財布忘れても困らなくて助かるよ。水仕事あるから営業中は使わないんだけどさ」



 俺、電気屋だけど、電気屋なのに、大物家電は得意でも最近のそういうの全然わからなくて……タブレットでさえ必死だったのに田中さんはスマホもスマートウォッチもSNSも使いこなしてるだと……?





「……田中さん、なんか、すごいな…俺スマホも全然覚えられなくて息子に聞いてはめんどくせぇって顔されんのに……」

「いやぁ、僕だって全然まだまだ。やっぱり若い子のフリック入力の速さとかにはいつも驚いちゃうし。お店に来てくれる若いお嬢さんたちの写真はもっと綺麗でキラキラしてるんだよ」

「いや、もう、俺にとっては田中さんがすでにすごすぎて若い子なんて異次元だわ……」



 普段ロボのスマホを使ってる俺が林檎のタブレットの使い方を覚えて日々精進なんて思ってたのが恥ずかしい。覚えきれないからって諦めてたけど、この歳で俺よりスマホの扱いに長けてる親世代を前にして言い訳なんかあまりにもダサい。食の流行りは追えなくとも、せめて電化製品に関わるものとして最低限は知っておかなきゃだめだろう。テレビやラジオや洗濯機の故障も、スマホやタブレットの使い方も、うちの顧客の爺様婆様にとってはとりあえず身近な電気屋に相談する案件になるのだから。



両手でこめかみ辺りを抱えながら、目の前でいつもと変わらない穏やかな顔をする大先輩を見て決意する。とりあえず息子に嫌な顔をされるのを覚悟して色々聞いてみよう。今までは聞けばなんだかんだ教えてくれるとどこか甘えていたけど、ちゃんとメモを取ろう。林檎のタブレットを覚えたんだ。ロボのスマホもきっとなんとかなる。する。手始めに電子マネーを教わろう……SNSはまだまだまだまだ早い。






「……そういやあの店は次に何が入るか知ってる?」

「なんだったっけな……あぁ、そうだ、麻辣湯だ」

「まーらーたん?聞いたことねぇや。何だそれ?」

「なんか辛い春雨の汁物って言ってたよ」

「辛い春雨?麻婆春雨じゃねぇの?」

「スープ春雨みたいなやつで具材は好きに選べるんだって」

「はー……相変わらず知らんもんが知らんうちに流行るなぁ……おっさんはついていけねぇや」



 皿の上で最後に残ったウインナーを口に運んでコーヒーのおかわりを頼む。スマホの使い方を頑張る代わりに、最近の食の流行りの移り変わりにはついていくことを諦めた。覚えた頃には別のもんが流行っててもう何がなんだかわからない。正直スマホよりSNSよりわからない。おじさんが流行に乗るのは大変なのだ。



 本当に。



 本っっっ当に。









「あ、あとこの間ライブ配信で、来てくれるのは大変嬉しいけど水曜日だけは長年お世話になってるご近所の常連さんたちを優先したいからできれば避けてもらえると有り難いって言ったら比較的受け入れてもらえたみたい。みんな優しいよねぇ」

「田中さん配信までやってんの?!」

生活圏内に四店舗目の麻辣湯のお店が出来たのがきっかけに出来上がったお話。

はてさていつまで残るのやら……

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