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第四十六話 選ばされた者

「……そうか、オーガス」


 ホルスさんは、ゆっくりと息を吐いた。


「お前は、なんとか俺だけは生かしたんだな」


「ブラーヴを生かすために」


 夕暮れの平野は、すっかり影が長く伸び、ガルディアの城壁がオレンジ色に染まっている。


 人気のない小さな林の外れ。


「そうか、か……」


 オーガスさんは、ゆっくりと目を閉じてから、かすかに笑った。


「そうかもですね」


「けどもう、今となっては分からない」


 目だけが薄く笑っている。


「俺が城に戻ることは、あの時分かってたはずだ」


 ホルスさんは、静かに言葉を重ねた。


「ライゼルなら、ブラーヴを生かそうとすることも知っていた」


「……だったら」


 オーガスさんの声が、少し震える。


「なんだというんだ」


 視線を落としたまま、拳を握りしめた。


「私は、あの時の私は全部を裏切ったのだ!」


 叫び声は、夕暮れの空に響いていった。


「いや、違う」


 ホルスさんは、即座に否定した。


「お前は裏切ってなんかいない」


「……!」


「俺は、ブラーヴ⸻いや、ホップを育てて思ったんだ」


 ホルスさんは、空を見上げる。


「大切な家族、存在ってやつは、自分の命より尊いんだってな」


「今さら何を……」


 オーガスさんは、唇を強く噛んだ。


「それでも、ジーナは……」


 絞り出すように口にする。


「だから、分かるんだよ」


 ホルスさんは、静かに言った。


 オーガスさんが顔を上げる。


「お前は、あの時の自分はもういないって言ったけどな」


「……」


「お前は、あの時のまんまなんだ」


 ホルスさんは、真っ直ぐにオーガスさんを見る。


「な……」


 オーガスさんの肩が、ぴくりと揺れた。


「大事なもののために、全部を犠牲にすることを選ばされた」


「それだけなんだ」


 その一言に、オーガスさんの顔がホルスさんの方を向く。


「でも、私のしたことは……!」


 かすれた声が漏れた。


「許されねぇよ……それでもな」


 それは、十八年抱え続けてきた声そのものだった。


 ホルスさんは、拳をぎゅっと握った。


「でも、俺はどうしたらいいんだよ」


 顔を歪める。


「ライゼルの代わりにお前を許すなんて、言えねぇ」


「でも、ここで咎めることもできねぇよ」


 その横で、僕は黙って二人を見ていた。


 胸の奥で、ホップの笑顔と、ファラさんの笑顔が交互に浮かんでは消えていく。


「ジーナは、まだ囚えられています」


 オーガスさんが、かすかな声で言った。


「十八年、サラームに」


「……」


 ホルスさんは、目を細める。


「ここでやめてしまったら、ジーナは……」


 声に、かすかな焦りと恐怖が混じった。


「分かりきっています」


 オーガスさんの手が震える。


「そうだな」


 ホルスさんは、目を閉じて頷く。


「ただな⸻」


「それも、全部ひっくるめて、俺は救いたい」


「この十八年に決着をつけてぇんだ」


 ホルスさんの目が、オーガスさんを見つめる。


「……綺麗事だ、全部なんて」


「そんな、そんな簡単に⸻」


 肩が震えた。


「現実は、優しくないっ!」


「だな」


 ホルスさんは、素直に認める。


「この十八年」


「とんでもなく、それは実感してきた」


 目を伏せる。


「あの日を思い出さなかった日は、ねぇ」


「……」


 オーガスさんは何も言わなかった。


 ただ、拳を握りしめたまま、ホルスさんの言葉を受け止めていた。


「お前が覚悟して、もがくなら」


 ホルスさんは、顔を上げる。


「俺には、これしか見つからねぇ」


「お前は⸻」


 ゆっくりと、オーガスさんを見据える。


「サラームと繋がったまま、俺たちに手を貸してくれ」


 僕の胸が、どくんと鳴った。


 無言の時間が流れる。


 すると、オーガスさんが諦めに似た笑いを浮かべ、話し始めた。


「いいでしょう、シグル」


「私が、何をやれと言われているか、それを断ると言うことはどういうことなのか」


「あなたに教えてあげましょう」



 ⸻あの日の、あと。


 破壊された城と、血に染まった地面。


 軍神ライゼルと、多くの騎士たちが倒れたその後。


 静まり返った廃墟の中に、その声は響いた。


「あーあ、終わっちゃったねえ」


 黒いローブのフードを深くまで被った男が、瓦礫の山の上で腕を広げていた。


「たのしいねえ」


 男は、足元に座り込んでいるオーガスを見下ろした。


 オーガスは膝をつき、拳を握りしめていた。


 目の前の光景が、現実だと認めたくなかった。


「ぜーーーーんぶ、消えちゃったあ」


 男は、くるりと一回転する。


「このあと、どうなると思う?」


 空を指さす。


「軍神だっけ?」


 心底どうでもよさそうな声で言った。


「ライゼルが消えちゃったあとさ」


「例の魔力の森から、わんさかモンスターが出てくるだろうねえ」


「護手の子孫まで失って、たのしいねえ」


 オーガスの歯が、ぎり、と鳴る。


「……せ」


 オーガスの口から、かすれた声が漏れた。


「ははあ?」


 男が首をかしげる。


「今、なんて?」


「殺せ」


 オーガスは顔を上げた。


 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、睨みつける。


「私を、殺せ」


「あははははは!」


 男が腹を抱えて笑った。


「殺してほしいんだあ! たのしいねえ!」


「でもさあ、言ったよね?」


 男は笑いながら肩をすくめる。


「まだ役割があるってさあ」


 くるりと指を回す。


「ジーナちゃんも死んじゃうよ?」


「いいの?」


「……っ!」


 オーガスの拳が震える。


「私に……どうしろと」


 男は、わざとらしく顎に手を当てた。


「今からオーガス君には、普通に生活してもらいまーす」


「赤ん坊を育てながらとかだと、うん、いいねいいね」


「それでさあ」


 男は石段に腰を下ろした。


「この国が滅びるのを見守っててください、たのしいねえ」


 その言葉に、オーガスの呼吸が乱れる。


「ただ暮らすだけじゃないよ、僕に協力しながら暮らすんだよ」


「やってほしいことは、また連絡するから」


 男は、ひらひらと手を振った。


「それまでは自由でえす!」


「……」


「じゃ、僕は帰るから」


 男は立ち上がる。


「またね、オーガス君」


 背を向けかけて、ふと振り返った。


「あ、それとね、分かってると思うけど」


 にこり、と笑う。


「オーガス君の正体がバレたら、用済みだから、ジーナちゃん殺します」


「誰かにこのことを言っても、殺します」


「頑張ってね、たのしいねえ」


 それだけ言って、男は港の方へ消えていった。


 残されたのは、沈黙と、泣き続ける赤ん坊の声だけだった。



「……」


 オーガスさんは、ゆっくりと目を閉じた。


「それから私は、王都に住居を移しました」


「ファラを連れて」


 夕暮れの平野に、オーガスさんの声が響いた。


「言われた通り、普通に生活しました」


「普通に、ファラの父親として」


「ただの勤め人としてです」


 目に浮かぶのは、王都の小さな家。


「だが、心は死んだままでした」


 オーガスさんは、かすかな笑みを浮かべた。


「奴からの指令は、城の情勢を聞いてきたり、モンスターの情報だったり」


「やることと言うより、報告が多かった」


「報告でサラームに呼ばれることもありました。そこでジーナの生存を確認することはできました」


「そうやって、長い時間をかけて私の精神を砕いていった」


「それは、まさに地獄」


「救いは、ファラの成長だけでした」


 ホルスさんは黙って耳を傾けていた。


「……そして」


 オーガスさんは、拳を握る。


「それは、突然きました」



 まだ陽も昇りきらない、静かな朝だった。


 ガルディア城下の住宅街。


 少し古びた二階建ての家。


(ふぅ……今日は、早めにギルドに……)


 オーガスは、玄関で靴を履いた。


 二階からは、まだ寝ぼけたようなファラの気配がする。


 扉を開ける前に、何気なくポストに手を入れる。


 指先に、紙の感触。


「ん?」


 一通の封筒が入っていた。


 見慣れた、そして見たくなかった癖のある字。


 視界が、ぐらりと揺れた。


「……」


 オーガスは、その場に立ち尽くしたまま、震える手で封を切る。


 恐る恐る、紙を広げる。


『やあ、久しぶりだねオーガス君』


『ジーナちゃんは、まだ生きてるよ』


『そうだ、近々また会わせてあげるよ』


『それでさあ、ちょっとやって欲しいことがあるんだよね』


 オーガスの表情が青ざめていく。


『僕はさあ、とにかくガルディアをぐちゃぐちゃにしたいわけ』


『そこで、オーガス君にこの指輪をあげるよ』


 封筒の中から、ころりと小さな黒い指輪が転がり出た。


 どす黒い魔力が、じっとりとまとわりつく。


『モンスターいじくるやつね』


『強くなるんだよー、たのしいねえ』


『これ使って、周辺のモンスター強化してね』


『報告では、今ガルディア何かもめてるんだよねえ』


『平野でモンスターも増えてるとか』


『騎士団も出てないって言ってたし、絶対城に何かあったよねえ』


『今絶好のチャンスだと思うんだあ』


『その指輪でオーガス君が頑張ってくれたら、ガルディア終わるかもね』


『あ、終わってもオーガス君は、サラームで引き取るから大丈夫だよ』


『心配しないでね』


『でも、すべてが終わってからね、たのしいねえ』


 手紙は、そこで終わっていた。



「……これが全文です」


 オーガスさんは、唇を噛みしめた。


 ホルスさんの拳が、ぶるぶると震える。


「腐れ外道がっ……!」


 絞り出すような声だった。


「……ライゼル様を」


 オーガスさんが、かすれた声で言う。


「あの……ライゼル様を落とした奴です」


「私は、何も……何もできない」


「力も、陰湿さも、狡猾さも、あなたが考えている比ではないのです」


 顔をゆがめる。


「だからこそだ」


 ホルスさんが、低く言った。


「動くならここしかない。お前が……いや、お前にしかできない事がある」


「ここで動かなきゃ、ガルディアがサラームに飲まれる」


 オーガスさんが、ホルスさんを睨む。


「でも、ここで止めたら……ジーナは、殺される」


「分かりきっています」


「……そうだな、やめたらな」


 ホルスさんは首を振った。


「やめなきゃいいんだ」


 オーガスさんが、目を見開く。


「それが……さっきの手を貸して欲しいと言うことですか」


「そうだ」


 ホルスさんは、小さく息を吐いた。


「そんな……!」


 オーガスさんの声が、裏返った。


「そんな危険なことはできない!」


「十八年……十八年だぞ?」


「ここまできたのです……それを無かったことにして、また危険を歩めと言うのですか! シグル!」


「違う!」


 ホルスさんが、鋭く言い返す。


「守るためにだ」


 ホルスさんは、僕の方をちらりと見る。


「俺たちは全力で、力になる」


「私は⸻」


 オーガスさんが言いかけた、その時。


 草を揺らす、微かな足音が夕暮れの平野に響いた。


 ホルスさんとオーガスさんが、同時にそちらを振り向く。


 そこには⸻


 蒼白な顔で立ち尽くしている、ファラさんの姿があった。


 今語られた地獄のすべてを映した瞳が、オーガスさんを見つめていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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