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第三十五話 命の重さ

 トックの街を背にして歩き出した。


 遠くまで続く平野。

 ところどころに、低い丘と小さな林。

 そのもっと先には、森の影が見える。


 ここを抜けた先にガルディアがある。


「大丈夫そうだな」


 隣を歩くホルスさんが、周囲を見回して言う。


「この調子で行けりゃ、あと一日だ」


「……がんばりましょう」


 器に気配を向けてみる。


(…… ZZZ)


 寝息が返ってきた。


(クロープがまだ何も言ってないってことは、大丈夫ってことだ)


 パディットの声が響いた。


「……よし」


 僕は小さく息を整えた。


「あのー、お二人はどうしてガルディアへ?」


 緑髪を揺らしながら歩いていたファラが、こちらを見る。


「ん?」


 ホルスさんが、首だけ向ける。


「ハンターギルドに行く」


「討伐、ですか?」


 ファラさんが、少し首を傾げた。


「今ギルドに、わざわざ……いえ、ハンターが他所から来るなんて、珍しいですね」


「何でだ」


 ホルスさんが、少しだけ首を傾げる。


「ギルドは人がたくさん来ていただろ?」


 ファラさんが、肩をすくめる。


「ここ数年は、人が減っています」


「大型の討伐依頼や赤目の目撃情報もあって、絶対勝てるようなモンスターの依頼は減ってるんです」


「安全に稼げる依頼が減って」


 少しだけ真面目な声になる。


「他所から来たハンターも、こんなの討伐できるかって、王都を出て行っちゃうんです」


「なるほど……」


 あの、ドラワムを見てからだと妙に納得できる。


「だから大型だけが、平野に残りやすくなってるんですね」


「ええ」


 ファラさんが頷く。


「だから街道にも大型が現れて、怪我して引き返すハンターが増えてるんです」


 ホルスさんが、少しだけ苦い顔をする。


「依頼と報酬のバランスが、命と釣り合わなくなってきてるってことか」


「ここ数年は、ずっとそんな感じです」


「街や王都が大型に襲われるのも」


 言葉を切って、小さく息を吐いた。


「時間の問題になりつつある、って言われてます」


「……どうして、そんなに」


 僕は、思わず口にしていた。


「一説には、ハンターギルドに資金が降りてこなくなってるから、だとかなんとか」


 ファラさんが続ける。


「ギルドの討伐報酬は、ある程度王国側から出てたんですけど」


「商業や貿易が縮小して、そこからの税収も減って」


「ギルドに回す分が、削られてるらしいですよ」


「財政難ってやつか」


 ホルスさんが苦い顔をして言う。


「貿易や商業の縮小、通行証の導入も半年ほど前だったな」


「ええ」


 ファラさんが頷く。


「ガルディアは、本来、通行証制じゃありませんでした」


「それなのに、急に通行証が必要になって」


「まるで他所から来る人を、警戒してるみたいな動きですよね」


(ホップの件と、繋がるね)


 胸の中で、パンが静かに言う。


(ホップを隠してるってことかな)


 パディットの声が響く。


(ガルディアまで行って、真実を確かめる必要があるな)


 歩くたびに、草が音を立てる。


 昼を少し過ぎたころ。


「ふぅ……」


 ホルスさんが、立ち止まって額の汗をぬぐった。


「フライ、この辺りはどうだ」


「安全そうか?」


 僕は、器にそっと呼びかける。


(クロープ、周りどう?)


(んー……)


 のんびりした声が返ってきた。


(ちょっと先に、いやーな気配はあるけどー……)


(ルート変えれば大丈夫ー……ZZZ)


「この辺りは、大丈夫です」


 僕は、周囲の見通しを確認しながら言った。


「少なくとも、今すぐ襲われるような気配はないです」


「安全な場所が分かるんですか?」


 ファラさんが、目をぱちぱちさせる。


「まぁ……」


 僕は曖昧に笑った。


「……勘とか……そんなところです」


「じゃあ、一度休むか」


 ホルスさんが、少し離れた小さな丘を指さす。


 緩やかな傾斜の丘。

 周りに大きな森や岩場はなく、見通しも悪くない。


 丘の向こうには、細い小川が見えた。


「水もあるし、ここで一回昼飯にしよう」


「賛成です」


 ファラが、即答した。


「お腹すきました」


 丘の上まで歩くと、風がよく通って気持ちよかった。


 荷物を下ろし、簡単に周囲を確認してから、僕は小川の方へ水を汲みに行く。


「ホルスさーん」


 戻る途中で、ファラさんの声が聞こえた。


「傷、痛みません?」


「痛くねぇって言ったら嘘になるが」


 ホルスさんの、苦笑混じりの声。


「歩ける程度には、な」


「ちゃんと様子見ますからね」


 ファラさんの声が、真面目だった。


 丘に戻ると、ホルスさんが簡単な焚き火の準備をしていた。


「街で仕入れた食材があるな」


 荷物をごそごそと探りながら言う。


「久々に、飯作ってくれよフライ」


「ええ、もちろん」


 僕は、笑って頷いた。


 ホルスさんの手から、袋を受け取る。


 中には、米と干し肉、乾燥した野菜と、見慣れた小瓶がいくつか。


「香辛料……」


 小瓶のひとつを手に取る。


 アルミ村で、よく使っていた香辛料。


「フライさん、ご飯作れるんですか?」


 ファラさんが、興味ありげに覗き込んでいる。


 米を水で洗う。


 小鍋に水と米を入れ、干し肉と乾燥野菜を加える。


 火にかけて、ぐつぐつと煮込む。


 そこに──


「少しだけ、これを」


 アルミ村の香辛料の小瓶を開けた。


 スパイスの匂いが、ふわりと広がる。


「うわー」


 ファラさんが、思わず鼻を覗き込む。


「匂いはよさそ……」


 と言いかけて、慌てて口を押さえた。


「じゃないです」


「すっごいおいしそう!」


「それ、わざとじゃないんだよな」


 ホルスさんが、呆れたように笑う。


「何がですか?」


 ファラさんが、首を傾げる。


「……もう聞かないことにするわ」


 ホルスさんが、小さくため息をついた。


 やがて、鍋からいい匂いが立ち上ってくる。


 米がやわらかくなり、干し肉の旨味と野菜の甘み、スパイスの香りが混ざった香り。


「できました!」


 簡単な木の皿に、スープ多めの香辛料雑炊をよそっていく。


「いただきます」


 僕たちは、それぞれスプーンを手に取った。


 一口すくって口に運ぶ。


 米のやわらかさ。

 干し肉のほどよい塩気。

 香辛料の、舌の上を軽く刺すような辛さ。


「おお……」


 ホルスさんが、感心したように目を細める。


「相変わらず、うまいな」


「お、おいしいです!」


 ファラさんが、目を丸くした。


「この、香辛料とか初めて食べましたけど」


「味が、なんかこう……締まる感じですね」


「よかったです」


 僕は、ほっと息をついた。


「この香辛料は、僕の村の……」


 一瞬、言葉が詰まる。


「いえ、こ、故郷の味ってやつですよ」


「うつってんじゃねぇよ」


 ホルスさんが、ツッコミながら少し笑った。


(……でも)


 パンが、小さく囁く。


(こうやって村の味を誰かと食べてるの、ちょっといいね)


(うん)


 僕も、静かに頷いた。



 腹を満たし、水を汲み直し、焚き火のあとをきちんと消してから、また歩き出した。


 太陽は少し傾き始めていて、草原の影が長く伸びている。


 その途中──


(フライ)


 胸の奥で、パディットの声が響いた。


(クロープが、ちょっと起きた)


(この先、でかい気配が右側にいる)


(距離はあるが、真正面から行くと見つかるかもしれない)


(分かった)


 僕は、足を少しだけ止める。


「ホルスさん」


「少し、ルート変えましょう」


「ん?」


 ホルスさんが、首を傾げる。


「右は、ちょっと嫌な感じがするので」


「左寄りに回り込んだ方が、いいと思います」


「了解」


 ホルスさんは、多くを聞かずに頷いた。


 進路を少しだけ左に変える。


 しばらく歩くと──


 遠くの方で、こちらまで響く咆哮が聞こえた。


「……今のって」


 ファラが、顔を強張らせる。


「たぶん、大型ですね」


 あれに今ぶつかっていたかもしれないと思うと、背筋が冷えた。



 日が傾き、空の色がオレンジから紫へと変わり始めたころ。


「……ふぅ」


 ホルスさんが、足を止めた。


「もうすぐだが」


 ホルスさんが、自分の右足を軽く叩く。


「正直、この状態で夜通し歩くのは無理だ」


「傷を庇いながらだと、体力の消費が限界に近い」


(クロープ、この辺りで野営しても平気?)


(んー……)


 少しだけ、辺りを見回すような気配。


(静かだと思うー……)


(何か近づく気配あったら、知らせるから安心してー……ZZZ)


「この辺りで、野営しましょうか」


 僕は、二人の方を向く。


「無理に詰めるより、ここでちゃんと休んだ方がいいと思います」


「賛成です」


 ファラさんが、即座に言った。


「怪我人優先です」


「ホルスさん」


 ファラさんが、少しだけ眉をひそめる。


「一度、しっかり見せてください」


「少し、血が滲んでます」


 ホルスさんの脇腹の包帯は、ところどころ赤く染まっていた。


「本当なら、今日も寝ていてほしいくらいです」


「まぁ、自分でもそうだなって思うが」


 ホルスさんが、肩をすくめる。


「けど、今はちょっと急いでんだ」


「命より重い旅なんて、ありません」


 ファラさんの声が、すっと低くなった。


「命は何よりも重いです」


 まっすぐな声。


「フライさん」


「私の荷物に包帯と消毒薬草が入ってます」


「白いラベルの瓶と、その隣の布包み、取ってもらえますか」


「はい」


 僕は、ファラさんの荷物から指示されたものを取り出した。


「これですね」


「ありがとうございます」


 ファラさんが、手慣れた動きでホルスさんの包帯を外していく。


 脇腹には、まだ生々しい傷。


 長時間歩いたせいで端が少し赤く腫れていた。


「ちょっと、しみますよ」


「お、おう」


 ファラさんが、白いラベルの瓶の蓋を開ける。


 薬草とアルコールの混ざった匂いが広がった。


 傷口に、そっと染み込ませていく。


「っ……!」


 ホルスさんの肩が、ぴくりと震える。


「はい、我慢しないで声出していいですからね」


 ファラさんは、淡々とした口調で続ける。


「化膿する前にちゃんと消毒しないと」


「後で、もっと痛い目見ますよ」


 包帯を新しいものに巻き直しながら、真面目な目をして言った。


「第一、ヒーラー付けないで大型と戦おうなんてありえません」


「安全第一です」


「……ごもっともです」


 僕は、素直に頷いた。


 頭の中に、今までの旅路が浮かぶ。


 傷だらけで帰ってきたグラムさん。

 ノエルさんが、必死に魔法と薬草で命を繋いでいた姿。


 ヒーラーがどれだけ大事か、嫌というほど見てきた。


「小言はそれくらいにしといてくれ」


 ホルスさんが、苦笑する。


「もう、休むぞ」


「はいはい」


 ファラさんが、少し肩をすくめる。


「でも、大事なことなんですよ」


 少しだけ柔らかい声になる。


「とりあえず、私がいるうちは、安心してください」


「絶対、死なせませんから」


「私はその為にいます」


 その言い方には、冗談が一つも混じっていなかった。


「頼もしいな」


 ホルスさんが、目を閉じながら呟く。


「おやすみなさい」


 焚き火を少しだけ弱める。


 空を見上げると、星がひとつまたひとつと灯り始めていた。



 夜。


 平野の風は、昼より少し冷たくなっていた。


 焚き火のはぜる音。


 遠くで、どこかの動物が鳴く声。


 それ以外は、不思議なくらい静かだった。


(フライ)


 パンがそっと囁く。


(無事でよかったね)


(うん、ファラさんのおかげだよ)


 ホルスさんの寝息。

 ファラさんの、静かな呼吸。


(守りたい命があるから、ここまで来た)


 自分の胸に手を置く。


(だからこそ……)


 目を閉じる。


(ちゃんと生きてガルディアにたどり着かなきゃいけない)


 焚き火のあたたかさが、少しずつまぶたを重くしていく。



 やがて、夜が明けた。


「……朝か」


 ホルスさんが、ゆっくりと身を起こす。


 顔色は、昨日よりも少しだけよく見えた。


「どうですか?」


 ファラさんが、駆け寄る。


「痛みは?」


「歩ける程度には、な」


 ホルスさんが、軽く足踏みしてみせる。


「無茶しなきゃ、なんとかなる」


「なら、上出来です」


 ファラさんが、少しだけ笑う。


「じゃあ、軽く朝ごはんを食べて──」


「ガルディアまで、もうひと踏ん張りですね」


 朝の光の中で、平野の向こう側が、昨日よりも少しだけはっきりして見えた。


「……行こう」


 荷物の紐をぎゅっと締め直す。


 僕たちは、ガルディア城塞都市へ向けて歩き出した。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

これでアルミ村からガルディアへの旅路も終わりです。

いよいよ次回からガルディア突入です。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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