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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第二章 ガルディア救出編

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第三十三話 今できる最善

 治療所の扉の前に立つと、小さく深呼吸してから扉を開けた。


 受付のカウンターには、眼鏡をかけた女性が座っていた。


「おはようございます」


 カウンターに近づいて頭を下げる。


「昨日、モンスターとの戦闘で運ばれてきた、ホルスさんの同行者です」


 受付の女性が、手元の帳簿をぱらぱらとめくる。


「ああ、ホルスさんですね」


「意識は戻られた、とのことです」


「よかった……!」


 胸が、一気に軽くなった。


「あそこの一番奥の廊下をまっすぐ進んで、緑の札が掛かっている部屋にいらっしゃいます」


 壁を見ると、部屋ごとに赤や青や緑の札がぶら下がっている。


「ありがとうございます」


 もう一度礼を言って、僕は言われた方へと向かった。


⸻


 廊下の突き当たり。


 緑の札が揺れている扉の前で、一度だけ息を整える。


 軽くノックすると、すぐに中から返事が返ってきた。


「……どうぞ」


 ホルスさんの少し掠れた声。


 僕は、そっと扉を開けた。


 部屋の中には、ベッドがひとつ。


 その上に、体を少し起こしたホルスさんがいた。


 脇腹には分厚い包帯、その上から軽く布団がかけられている。


「まいったわ」


 そう言って、空いてる方の手で頭をかいた。


「深手だったみたいで、ちょっと動けそうにない」


「すまんが、今日だけでも休むことになりそうだ」


 僕は、首を横に振る。


「本当に心配しました……無事でよかったです」


「傷を治す方が、ずっと大事ですから、今日は休んでください」


「焦っても、多分いい結果にはならないですし」


 口にしながら、昨日のことを思い出す。


 ホルスさんが、じっとこちらを見た。


「なんか、落ち着き方が変わったな」


「へ?」


 思わず、間抜けな声が出てしまう。


「……昨日の戦闘と、ホルスさんの怪我を見て思ったんです」


「戦うこと、守ることには、覚悟がいるって」


「全部うまくいくとは限らないし、誰かが傷つくこともある」


「でも──」


 拳をぎゅっと握る。


「今の自分にできる最善で動けていれば」


「それなら、後悔はしないって……そう思ったんです」


 ホルスさんが、ふっと笑った。


「いい考えだ」


 ホルスさんが、枕に頭を預け直す。


「今は、俺がヘマしたせいで動けねぇ」


「だから、せめてしっかり治す」


 わざとらしく、肩をすくめる。


「……少し寝る」


「また明日、来てくれ」


「はい」


 僕は、扉の前まで下がってから、振り返った。


「ホルスさん、その……生きてて、よかったです」


 ホルスさんが、ちょっとだけ目を逸らした。


「こんなとこで死ねねぇからな」


「まだやることは残ってんだから」


 その言葉を聞いてから、僕は静かに部屋を出た。


⸻


 朝の光が、街を照らしている。


(ホルス無事そうでよかったのん)


 治療所を出たところで、ムーの声が響いた。


(そうだね)


(これから、どうしようかな)


(目立つのはよくないのん)


 そう思ったその時──


(その血の匂いだけでも、なんとかしといた方がいいな)


 パディットの声が響いた。


 思わず自分のローブの袖を嗅いで、顔をしかめる。


(……血と泥の匂いがする)


(そりゃな)


 パディットが、ちょっと呆れたように笑う。


(野営続き、連日の戦闘、とどめにドラワムの泥と血)


(服ボロボロだし、ローブもあちこち穴あいてる)


(ムーも、血の匂いが気になってたのん)


(……うん)


 改めてローブの裾を見下ろす。


 泥のシミ。


 火の粉で焼けた小さな穴。


 乾いた血。


 これまでの旅の凄まじさが、服にそのまま残っていた。


「じゃあ、装備を整えようかな」


 僕は、軽く頷く。


「お金は……」


 腰袋を確かめる。


 ルミナストーンが、いくつかある。


「まぁ、大丈夫そうだね」


「ドラワムから出た分もあるし、魔法屋で換金しよう」


(でも、くれぐれも目立たないようにな)


 パディットが念押しする。


(分かってる)


⸻


 商業の通りは、朝から活気があった。


 物を売る行商人の声が飛び交う。


 武具屋の前では、鎧姿の者たちが剣を試し振りしている。


 やがて、少し地味な木の看板が目に入る。


 杖と、本と、魔法陣が簡単に描かれたマーク。


(……魔法屋、かな)


 ガラス越しに中を覗くと、魔杖らしきものや巻物、魔導書、が雑多に並んでいるのが見えた。


 そっと扉を開けて中に入った。


「お邪魔しまーす」


 中は、少し埃っぽい匂いがした。


 天井からは古びたランプがぶら下がり、棚には所狭しと魔杖や本が詰め込まれている。


 店の奥から、若い女性が顔を出す。


「いらっしゃいませー」


 ゆるくまとめた緑髪。


 ローブの裾にはところどころインクの染み。


「最近、お客さんが増えて困って……」


 と言いかけて、慌てて口を両手で押さえた。


「じゃなくって!」


「いや、ほんと、助かってます!」


 無理やり笑顔を作る。


(なんか…… 大丈夫かな、この人)


 僕はちょっと苦笑した。


(つい口が滑ってるのん)


 ムーも少し不安そうに言う。


「あの」


 僕は、腰袋から小さな布包みを取り出す。


「ルミナストーンの買取って、可能でしょうか?」


「できますよ!」


 女性は、ぱっと目を輝かせた。


 ちょっと不安になりながらも、布包みを差し出す。

 中には、ルミナストーンがいくつか。


「ふむふむ」


 女性は石を手にとって、光にかざしてじっと覗き込む。


「質がいいですね、結構高くいけそうですかね?」


「よかったです」


 僕が胸を撫でおろすと、女性はカウンターの奥から小袋を取り出した。


「それじゃ、これが買い取り金額になります」


「ありがとうございま──」


「こらぁぁぁぁぁ!!ファラぁぁぁ!!」


 突然、店の奥から怒鳴り声が響いた。


 カウンターの後ろの扉が、勢いよく開く。


 中から、小柄なおばあちゃんがずかずかと出てきた。


 背は低いけれど、目がやたら元気で、腰にはどっしりした革のポーチをぶら下げている。


「アンタ、また適当に見積もってんじゃないだろうね!?」


「え、えーと」


 ファラさんが、あからさまに目をそらした。


「ちゃんとやりました……?」


「分からないとすぐ適当なことするんだから、この子は」


 おばあちゃんは、僕の持ってきたルミナストーンに目をやる。


「で、どれだい?」


「これ……」


 ファラさんが買い取ったルミナストーンを指さす。


「ふむ」


 おばあちゃんは石を摘み上げ、光に透かして見た。


「おー、結構いいじゃないか」


「で、ファラはこの値段で出そうとしたのかい?」


「は、はい」


「バーカでねぇか!」


 おばあちゃんが、軽くファラさんの頭を小突く。


「店の信用に関わるだろが!」


「だってー」


 ファラさんが、頭を押さえながら文句を言いかける。


「じゃなくって、ごめんなさいぃ!」


 僕は、思わず笑いそうになるのをこらえた。


「ごめんねぇ」


 おばあちゃんが、僕の方を向く。


「この子ただの手伝いで、店に立つのに慣れてないんだよ」


「客が来たら呼べっつったのに」


 僕は、慌てて首を振る。


「大丈夫です、そんなに気にしてないので」


「悪いねぇ」


 おばあちゃんがにかっと笑う。


「ところで、あんたハンターかい?」


「いえ、ガルディアまで旅する予定で」


「ほう」


 おばあちゃんの目が、じっと僕を見た。


「じゃあ、通行証も持ってるのかい?」


(そういえば)


 ホルスさんが言っていたことを、ここで思い出す。


『通行証は手配してある』


 確か、そんな風に。


「はい」


「そりゃ、信用できるね」


 おばあちゃんが、ポンと手を打った。


「この子を、ガルディアまで送ってやってくれないかね?」


 ファラさんが、手を振った。


「おばあちゃん!?」


「知らない人は怖──」


 ちらっと僕を見る。


「……見ず知らずの方に、悪いですよ」


「最近は、街道でも物騒でね」


 おばあちゃんは、静かに言葉を継ぐ。


「前は、キャラバンが通ったらお願いしてたんだけどね」


「もうキャラバンもガルディアに向かうのが少なくってね」


「安全なんてありゃしない」


「無事に帰れるなら、命より大事なもんはないよ」


(まずいな)


 パディットが呟いた。


(同行者なんて、ホルスが聞いたら絶対やめろって言うやつだ)


(でも、この人も困ってるのん)


(帰れないのは……可哀想なのん)


 ムーが、遠慮がちに言う。


「この子、ヒーラーでな」


 おばあちゃんが、さらっと付け足す。


「回復の腕は、確かなんだよ」


「ヒーラーさん……」


 思わず、声が出る。


「あの、まぁ……いや、得意です……」


 ローブの袖口からちらりと見える、白い治癒の魔法陣の刺繍。


 僕の頭の中で、ある考えが浮かんだ。


(ヒーラーがいれば、ホルスさんをガルディアまでの道中、診てもらえる)


(やらないで後悔するより、やって後悔する方が、まだいい)


「分かりました」


 僕は顔を上げる。


「では、ガルディアまで一緒に行きましょうか」


「助かるよ!」


 おばあちゃんの顔が、ぱっと明るくなる。


「あ、でも出発は多分明日になりますが、大丈夫ですか?」


「明日でいいよ」


 おばあちゃんが頷く。


 僕はファラさんの方を向いて、手を差し出した。


「よろしくお願いします、ファラさん」


「よ、よろしくお願いします」


 ファラさんが、少し戸惑いながらも手を握り返す。


「じゃあ、また明日朝、ここまで迎えに来ます」


「頼んだよー!」


 おばあちゃんが、大きく手を振る。


⸻


(よかったのか?)


 店を出てから、パディットが言う。


(ホルスに聞きに行ってからでもよかったんじゃないか?)


(うん)


 僕は空を見上げた。


(でもやっぱり、ヒーラーは、いた方がいいと思う)


(もし昨日みたいなことが、もう一度あったら──)


 僕は、ぎゅっと拳を握った。


(今できる最善を積み重ねるしかない)


(そういうところ、ホルスに似てきたね)


 パンが、小さく笑った。


⸻


 その足で、僕は裁縫屋に向かった。


 店先には、布や糸の束が積まれていて、奥からはミシンの軽い音が聞こえる。


 ボロボロになったローブを見せると、店主らしき年配の女性が目を丸くした。


「こりゃまた派手にやったねぇ」


「戦場でも転げ回ってきたのかい?」


「まぁ、似たようなものです」


 と苦笑すると、女性は肩をすくめた。


「時間はかかるけど、明日までに丁寧に繕っといてあげるから」


「ありがとうございます」


「ついでに匂いも落としておくよ」


「助かります」


 そう言って、ローブを受け取ってくれた。


⸻


 次に向かったのは、装備屋だった。


 鉄の看板には、剣と盾の絵。


 中には、鎧やブーツ、冒険者用の服がずらりと並んでいる。


 僕は、動きやすくて、そこまで目立たない色の服をいくつか選んだ。


 袖を通してみると、新しい布が肌に新鮮だった。


 旅に出てから、こうして新しい服を買うのは初めてかもしれない。


 パンが、くすっと笑う。


(旅の魔杖使いって感じになったね)


(そうかな)


 少し恥ずかしくなった。


 ホルスさんの服も見定め、無難な皮装備を購入しておいた。


⸻


 その日の夕方。


 宿の部屋に戻ってきたころには、さすがに足も頭も疲れていた。


 ベッドの端に腰を下ろし、荷物を壁際にまとめる。


 窓の外では、今日もトックの街の人たちが、それぞれの生活を続けている。


 僕は少しアルミ村のことを思い出した。


 ふと、指を折って数えてみる。


 村を出てからの日数。


「今日で、二十五日」


 小さく呟く。


 たった一ヶ月弱。


 でも、アルミ村で穏やかに過ごしていた時間とは、まるで違う濃さだった。


(ゆっくりしてる暇なんて、本当はないのかもしれない)


 そんな焦りが、少しだけ引っかかる。


(でも、今は)


 ベッドの上で、目を閉じる。


(ホルスさんの傷はちゃんと治して行かないと)


(そこで、今できる最善の準備をして)


(ガルディアまでに備える)


 それからまた、旅を再開すればいい。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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