表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/43

第三話 目覚めと旅立ち

 暗闇の中で、誰かの声がした。


(……フライ)


 低い声。けれど怖くはない。

 胸の奥で聞こえるみたいな、重たくて、あたたかい響き。


(生きろ)


 その一言とともに、意識が戻る。

 暗闇が、じわじわと薄れていく。



「フライ、フライ……!」


 今度は、聞き慣れた声が聞こえた。

 母さんの声だ。


「……ん」


 ゆっくりと目を開けると、見慣れた天井が目に入った。


 木の梁、窓から差し込む夕方の光。

 母さんが涙目でのぞき込んでいる。


「フライ!」


「……母さん?」


 自分の声が、少し掠れていた。

 喉がからからで、体も重い。


 けれど、はっきり分かる。


(生きてる)


 自分の鼓動が、鳴っているのが分かった。


「よかった……本当に、よかった……!」


 母さんはその場にへたり込むようにして、僕の手を握った。


「……僕、どれくらい寝てた?」


 そう問いかけると、母さんは涙を拭ってから、少しだけ息を整えた。


「四日間。丸四日よ」


「四日……」


 思ったより、長い。


「熱もないし、怪我もないのに目を覚まさないから……大騒ぎだったのよ」


「ごめん」


「謝ることじゃないの」


「起きてくれた、それだけで十分」


 母さんはそう言って笑った。

 その笑顔が少し震えているのを見て、胸が痛くなる。



 少ししてから、水を飲ませてもらい、体を起こした。

 力は入らないけれど、座るくらいならなんとかなる。


「外、にぎやかだね」


 窓の外から、鳥や獣の声が聞こえる。

 以前よりもずっと近くに。

 森からの気配が、妙にはっきりと感じられた。


「最近、森の方から動物が戻ってきたみたいなの」


「ハンターたちは大喜びよ」


「しばらく獲物が少なかったから」


「動物が、戻ってきた……」


 祠での出来事を思い返してみる。


 あれは夢じゃない。

 何かが、あの祠にはいる。


 ふと、左手を見ると、指輪が静かに光を反射していた。


 手の甲をそっと撫でる。

 皮膚の表面は何も変わっていないのに、その下に何かが刻み込まれているような感覚があった。


「どうしたの?」


「ううん、ちょっと……まだ頭がぼんやりしてるだけ」


 リュミエールのことを、口に出しかけてやめた。

 自分の中でもまだ整理がついていない。


(……)


 僕は再び森に意識を向けてみる。

 その瞬間、頭の中にたくさんの気配と感情が入ってくる。


(おなかすいた)

(こわい)

(あたたかい)

(ねむたい)

(つかれた)


 気配と感情が、混ざり合ったものが押し寄せてくる。


「うわっ……」


 僕は思わず頭を押さえた。


「フライ!?」


「だ、大丈夫、ちょっと声が増えてて」


「……ごめん、変なこと言った。平気だから」


 深呼吸をして、意識を引き戻す。

 そこから目をそらすようにすると、さっきのざわめきが少し遠ざかった。


 前から感じていた気配とは違う。

 まるで、世界中の小さな声まで拾ってしまいそうな感覚だ。


 使い方を間違えたら、頭がおかしくなりそうな、そんな感覚。


「ホップがね」


 母さんの声が聞こえて、思考を戻した。


「フライが倒れてから、ずっと村の見張りも手伝ってくれてるのよ」


「気が気じゃないのよ、あの子も」


「ホップが……」


「知らせてあげるわね」


「きっとすぐ飛んでくるわ」


 母さんがそう言って、村の方に歩いて行った。


 しばらくすると、勢いよく足音がした。



「フライ!」


 戸が開いて、赤髪が飛び込んでくる。


「ちょ、ホップ……」


「フライ! よかった……!」


 ホップはベッドの横まで駆け寄ると、その場にどさっと腰を落とした。

 いつもの軽口も出てこない。

 それくらい、顔に疲れと安堵が混ざっている。


「心配かけて、ごめん」


「謝んなって言ってんだろ、こういうとき」


 ホップはぐしゃぐしゃっと頭をかいた。


「四日だぞ、四日!」


「全然起きねぇから、村長とフェイスさんとで交代で見てて……俺だって」


「ごめん」


「だから謝るなっての」


 ホップはそう言いながらも、目は少し潤んでいた。


「……ありがと」


 素直にそう言うと、ホップはぼそっと言った。


「友達だろ」


 ホップがようやくいつもの調子を取り戻して、少し笑った。

 その顔を見て、ようやく安心した。



「で?」


「で、って?」


「祠の奥で何があった?」


 ホップは単刀直入に聞いてきた。


 さすがに誤魔化せない。

 でも、全部を話せるほど、自分でも整理できていない。


 しばらく黙ったあとで、僕はゆっくりと言葉を選んだ。


「……竜がいた」


「竜?」


「でっかい竜が眠ってた」


「名前は、自分でリュミエールって言ってたよ」


 ホップの目が丸くなる。


「マジかよ……竜なんて、昔話か伝承の中にしか出てこねぇと思ってた」


「僕もそう思ってた」


 リュミエールの気配を思い出す。

 あの静かで、深い声、あたたかい気配。


「そいつに、何かされたのか?」


「よく分かんないけど……ただ“血が繋がった”って言ってた」


「つまり、フライは竜と何かしら繋がったってことか?」


「うーん、はっきりとは言われなかったけど」


 そう口に出すと、現実味が増してくる。

 僕自身も、自分の言葉に少しぞっとした。


「……怖いか?」


 ホップが不意に尋ねる。


 少し考えてから、首を振った。


「怖いより、よく分からないって感じかな。でも……あの声は……」


 リュミエールが最後に言った「生きろ」という響きが、胸の奥で引っかかっていた。


「そうか」


 ホップは小さく息を吐いた。

 何か言いたげに口を開きかけて、やめる。


「ホップ?」


「いや……今言うのはやめとく」


「なにそれ、気になるんだけど」


「そのうち話す」


「俺も、ちょっと考えなきゃいけねぇことがある」


 珍しく歯切れの悪いホップに、僕は首をかしげた。



 フライが祠から戻り、倒れたその夜。


 アルミ村の中心にある村長の家では、別の会話が交わされていた。


「ホップ、来たか」


 囲炉裏の前で、村長が待っていた。


「……話って、なんですか」


「うむ、ホルスから聞いておらんか」


「親父からですか? いえ、何も」


「これを見てくれ」


 村長は、古びた木箱をそっとテーブルの上に置いた。

 蓋を開けると、中には黄ばんだ紙束と、黒ずんだ金属の小さな札が入っている。


「最近……閉じたままだったこの箱が、封印が解けたみたいに開いとった」


「封印……?」


 村長は紙束の一番上の紙を取り出すと、目を細め紙面をなぞった。


「竜が目覚めに入る時、竜の加護はなくなる」


「加護……?」


 ホップの背筋が伸びた。


「この地にどうしてモンスターが出ないか」


「それは、竜が守っていたからなのじゃ」


 村長は真っ直ぐホップを見た。


「……どういう意味ですか」


「詳しいことは、まだわしにも分からん」


「なんせ何枚も昔の文字で書いてある。解読しようにも時間がかかるのじゃ」


 ロイは肩をすくめた。


「ただ、解読した場所に、はっきりと書いてある」


 別の紙を取り上げ、そこに指を置く。


「竜の目覚めに入る時、この地にモンスターが溢れるだろう」


「この村にもモンスターが?」


「そうじゃろうと思っておる」


「そこでなのじゃ、ホップ」


 村長はゆっくりと続ける。


「お前にはガルディアに行って、剣術を修めてきてほしいと思うておる」


「ホルスもいつかはガルディアに、と言っておった」


「わしはこのタイミングで、行くべきじゃと思う」


「時間がないのじゃ。竜が目覚めこの地にモンスターが溢れる前に」


「村で師範の弟子、この村を背負って立つであろう戦力のホップが力をつけるには、このタイミングしかない、そう思う」


「ガルディア……」


 ガルディアは、難攻不落の王都の城塞都市。


 高い壁と大砲で守られた、人間の最大の拠点。

 王を中心に、ハンターや騎士が集まり、この大陸の最前線でもある場所。


「なぜ、ガルディアに?」


「俺、騎士にはならないです」


 ホップは素直に聞いた。


「お前がホルスの息子だからじゃよ」


「親父とガルディアに、何か関係が?」


「あやつも、お前と出会う前に、剣をガルディアにて修めてきた過去がある」


 村長は静かに言う。


「だから、お前が何かを守りたいと本気で思うとき、その選択肢があるということじゃ」


 ホップは唇を噛んだ。


「この地も、変わりつつあるかもしれないということは確かじゃ」


「お前には、お前の役目があるかもしれん」


「……」


 村長は囲炉裏の火を見つめながら、ぽつりと言った。


「離れて違う場所から力をつけるのも、守るということには変わりはない」


 その言葉は、ホップの胸に深く刺さった。


「決心がついたらキャラバンを手配する」


「それでガルディアへと向かうがよい」


「キャラバンなら、モンスターの地も越えられよう」


「少し……時間をください」



 それから五日が経った。


 僕はまだ本調子ではないが、起きて歩けるようにはなっていた。


 夕方の空を見上げた。


 鳥の声が、前よりもずっと細かく聞き分けられるようになった。

 一羽一羽の気配が伝わってくる。


(……慣れれば、きっと)


 そう自分に言い聞かせていると、聞き慣れた足音が近づいてきた。


「フライ」


「ホップ」


 赤髪の幼なじみが、少しだけいつもと違う顔で立っていた。


「調子はどうだ」


「まだ走ったりは無理だけど、鍋くらいなら作れるよ」


「それはやめろ、回復してからにしてくれ」


「そうだね」


 いつもの軽口を交わしたあと、ホップはふっと真顔になった。


「フライ」


「うん?」


「俺、ガルディアに行こうと思う」


 その一言に、時間が少し止まった気がした。


「なんで急に……騎士になるってこと?」


「近いようで、ちょっと違うかもな」


「でも、城で剣を学んで、ちゃんと力を手に入れたい」


 ホップは真っ直ぐに言った。


「村長から話を聞いた。俺にも役目があるかもしれない」


「役目……」


「まだ全部分かったわけじゃねぇけど、あの祠のこと、竜のこと、お前のこと……見てたらさ」


 ホップは拳を握った。


「俺も、自分が何を守りたいのか、ちゃんと選びたいって思った」


 僕はしばらく黙ってホップを見ていた。


 心のどこかで、こういう日が来る予感はあった。

 ホップは元々、村だけに収まるタイプじゃない気がしていた。


「……いつ、行くの?」


「二日後だな」


「すぐだね」


「考えてたら、余計に迷いそうだからな」


 ホップは笑った。

 その笑顔は、少しだけ寂しそうで、少しだけ誇らしげだった。


「僕は、ホップが決めたことを応援するよ」


 ホップが行ってしまうと思うと、胸の奥は正直苦しい。

 でもそれ以上に、ホップの背中を押したい気持ちの方が強かった。


「戻ってきてね、ちゃんと」


「ああ、フライがとんでもねぇ竜使いになって、世界をひっくり返すその前くらいには、な」


「そんな予定、立ててないんだけど」


「わかんねぇだろ?」


 ホップはそう言って笑った。



 二日後の朝。


 村の門の前で、ホップは背中に荷物を背負い、腰に剣を下げて立っていた。

 村を出て大きな街へ向かうキャラバンに、乗せてもらうことになっている。


「じゃ、行ってくる」


「うん」


 門のそばには、見送りに来ていた人たちがいた。


「フライ、ちゃんと食って、ちゃんと寝ろよ」


「ホップこそ」


「フェイスさん、フライの料理の実験台はしばらくお願いします」


「あら、それは心配だわね」


 母さんが冗談めかして言うと、三人の間に少しだけ笑いが生まれた。


「村長」


「気をつけて行け、ホップ」


 村長は真剣な眼差しでホップを見た。


「……はい」


 ホップは深く頭を下げ、それからもう一度僕の方を向いた。


「フライ」


「なに?」


「元気で待っててくれよ」


「ホップも元気で帰ってきてね」


「おう」


 ホップは笑って見せた。

 僕も、はにかんだ笑いをした。


 その後に、父親のホルスさんが声を掛ける。


「ホップ、強くなれ」


 ホップは少し笑みを浮かべると、


「親父、そのつもりだよ」


 と答えた。


 ホルスさんは満足そうに頷いた。


 キャラバンの列が動き出し、砂埃が舞う。

 赤い髪が、少しずつ遠ざかっていく。


 やがてホップの姿が森の向こうに消えていった。


(行っちゃったな)


(……僕も、ちゃんとやらないと)


 指輪は、静かに光を返していた。

読んでくださり、ありがとうございます。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ