第二十八話 川辺の街
カイバル境界丘を越えた先の道は、平原よりもずっと歩きやすかった。
草は短く、ところどころ土の道が広がっている。
ムーは、僕のローブの中で小さくなっている。
(むにゅ……むにゅ……)
(居心地は大丈夫?)
(悪くはないのん)
僕は、フリールに単純な興味があった。
「フリールは、何でそんなにルミナストーンを集めてるの?」
「え?」
「魔杖使いにとってはありがたーいものでしょ」
さらっと言った。
「それは分かるけど」
「でも、命張ってまで集めないかな」
少し考えてから、答える。
「結果としてついてきたら嬉しいなって感じで」
「甘いなぁ」
フリールが、ほっぺたをふくらませる。
「高価じゃん」
指をぱちん、と鳴らした。
「ドーナで生きるには、お金がいんのよ」
フリールがくるっと前を向く。
「でも、そこまで言い切れるのは、すごいと思う」
「ほめてる?」
「半分は」
「半分ほめられた、えへへ」
⸻
「ところでさ」
しばらく歩いたところで、フリールが振り向いた。
「どっから旅してんの?」
「どっから、って」
「平原側から来る人なんて、めっちゃ珍しいからさ」
フリールがじろっと見る。
「普通さ、街道側から来るじゃん」
「ってことは、訳ありってこったね?」
「フライ」
すぐ横で、ホルスさんの声。
「……ダメだぞ」
僕は、フリールに向き直る。
「あんまり詳しくは言えないんだ」
「ふーん」
フリールが、じとっとした目で僕を見る。
肩をすくめる。
「まぁ、命の恩人様が話したくないなら、しゃーない」
「ちゃんと送ってくからね」
「ちゃんと送られましょう」
無茶苦茶に見えるけど、その奥で何かを測っているようにも見えた。
その時だった。
(フライ)
パディットの声が器に響いた。
(前方、気配を消したモンスターが五……いや、六か)
(足音が速い、群れで動くタイプだ)
「前から、モンスターの気配」
「気配を消して近づいて来てる」
僕が言うと、ホルスさんがさっと顔を上げる。
「距離は?」
「もうすぐ、見えるくらいです」
声に出すのと同時に、パディットが言う。
(ガルルカだな)
(あの犬、そこそこ厄介なやつだぞ、気をつけろ)
「出たぁぁぁぁ!!」
フリールが、げんなりした声を上げた。
「あのワンチャンたち、速いんだよなぁ」
「魔力もあんま感じないし、にーがーてー」
草むらの奥から、犬型モンスターが姿を現した。
唸り声を上げながら、僕らを囲むように広がってくる。
「ヒーラーがいないんだ、攻撃は極力避けるぞ」
ホルスさんが、警戒を告げる。
(任せろ)
パディットが指示を飛ばす。
(これくらいの速さなら、全部の動きは見える)
(フライ、右に二、左に三、一匹様子を伺ってる)
(左側のやつらはホルス向きだ)
「ホルスさん」
僕は、すぐに声に出す。
「左から三匹、動きます」
「右は僕がおさえます」
「おう」
ガルルカが、じりじりと間合いを詰めてくる。
「フリール!」
「は、はいぃ!」
「ホルスさんの真正面はまずい」
「僕が右を攻撃したら、その方向に全力で退避して!」
「おー……了解!」
フリールが、ぽかんと口を開けた。
「散れっ!」
ホルスさんが、短く叫ぶ。
それと同時に、ガルルカたちが一斉に飛びかかってきた。
(右、二)
パディットの声に合わせて、体が自然に動く。
一体目が、牙をむいて正面から飛び込んでくる。
「〈〈フレア〉〉」
足元に炎を走らせる。
ガルルカの足が一瞬もつれ、その身体がわずかに浮いた。
(二体目、横から)
すぐ横から突っ込んでくる気配。
半歩下がってかわし、杖の突きで鼻先を思い切り叩く。
「キャンッ!」
短い悲鳴を上げて地面を転がる。
ホルスさんに向いていた一匹が、僕の後方に回り込んだ。
背中に気配。
(振り向きざま正面に魔法を放て)
振り向きざま、杖を目の前に向け、魔法を叩き込む。
「〈〈スパークフレア〉〉」
爆ぜる炎雷に、ガルルカが吹き飛ぶ。
その横で、ホルスさんが左側の残り二体に向かって走り込む。
一体目の懐に潜り込み、前足を斬り払う。
バランスを崩したところに、首筋へ一閃。
「ガウッ!」
声にならない声と共に、ガルルカが崩れ落ちる。
もう一体が、横から飛びかかる。
ホルスさんは、半歩だけ前に出る。
飛んできた体を、肩越しにいなすようにしてかわし、同時に脇腹へ斬り上げた。
血が、草の上に散る。
フリールが、少し離れた場所でしゃがみ込む。
「ホルスさん!」
「分かってる」
ホルスさんが、短く答える。
(残り、様子見していた一匹)
パディットが告げる。
(そいつ、もうほっといていい)
(逃げるか、諦めるか、完全に戦意喪失してる)
ガルルカの一匹が、距離を取りながら、唸っていた。
「これ以上は、戦いじゃないな」
ホルスさんが、剣を鞘に戻し一歩踏み出す。
ガルルカが、一声吠える。
「キャン……」
弱々しい鳴き声を上げて、草むらの奥へと消えていった。
「ふぅ……」
僕は、杖を下ろして息を吐いた。
(いい連携だったな)
パディットが自慢げに言う。
(うん、ありがとう、パディット)
⸻
「ねぇ?」
戦いが終わるやいなや、フリールがずいっと顔を近づけてきた。
「フライってさ、目、何個あんの?」
「え? 二つだけど?」
「ちがくて!」
「そんな周り見えてる人、初めて見たわ」
フリールが、じーっと僕を覗き込む。
「こいつらってさ、一応魔力あるっちゃあるけど、ほとんど見えないよね」
「気配も消して動いてくるし」
「それなのに、指示的確すぎひんか?」
指をぴしっと立てる。
「えっと……まぁ、がんばって見てます?」
ほぼパディットのおかげだ。
「あんま詮索すんなよ」
ホルスさんが、ガルルカの死体から少し離れたところで、ため息をつく。
「こっちは教える義理ねぇんだからな」
「つれないなぁ」
「うざいわっ!」
ホルスさんが、心底うんざりした顔をした。
⸻
戦闘の余韻を引きずりながら、さらにしばらく歩く。
太陽は、少しずつ傾いてきていた。
「見えてきましたね」
前方の地平線の向こう。
ゆるやかに下る斜面の先に、川。
そのすぐそばに、石造りの建物、低い外壁、いくつもの屋根。
「あれが、川辺の楽園、ドーナの街だよん!」
フリールが、胸を張る。
「うわぁ、大きい街ですねー!」
思わず声が漏れた。
「さ、着いたぞ」
荷物を少し持ち直し、街の方角を指で示した。
「じゃあな、元気でな、達者でな」
「厄介払いみたいにすんなっちゅうねん!」
フリールが、思い切りツッコむ。
「ところでさぁ……」
フリールが、いつもの調子で口を開いた。
「だめだ」
ホルスさんの返事は、一文字だった。
「まだなんも言ってないじゃんよ?」
「言わなくても面倒なことってのは分かるんだよ」
「ひどーい!」
フリールがほっぺたを膨らませる。
「でも言うけどね!」
「あたしと、ダンジョンに潜ってくんない?」
その声が、さっきまでと違って本気の声だった。
「ダンジョン……」
行かなきゃいけない気もする。
でも、今は絶対にダメだ。
ここで足を止めたらホップが。
そう考えていると──
「考えてもいいから!」
フリールが、ぐいっと近づいてくる。
「今じゃなくっていい!」
僕の目を、まっすぐに見つめて言う。
「ただ、二ヶ月以内!」
「……二ヶ月?」
「訳あり!」
フリールが、胸をどん、と叩く。
「助けると思って、一緒に潜って!」
「怪しいな……」
ホルスさんが、眉をひそめる。
「ただ、お前、その感じ、本当に訳ありだな」
「ふっ、ふ〜ん〜〜♪」
フリールが、わざとらしく空を見上げて口笛を鳴らした。
ごまかしているようで。
でも、その目は笑っていなかった。
「正直、行きたい」
僕は、ゆっくりと言葉を探す。
「いや、行かなきゃいけない気がする」
フリールの目が、ぱちっと見開かれた。
「ダンジョンにも、僕なりの用事がある」
「ただ、今は本当に無理なんだ」
「でも、フリール、約束する」
僕は、フリールを見た。
「必ず、ダンジョンに行こう」
「それ、マ?」
さっきまでちゃらんぽらんだった顔から、一瞬でふざけた感じが消える。
「絶対忘れないでね」
にぎやかな声とは裏腹に、静かな響きだった。
「待ってるからね」
「僕も、そのダンジョンに行かないといけない理由があるんだ」
南の森のように、ゼインとも繋がっている何かが、ダンジョンにある気がしていた。
「信じてほしい」
「……ん、おけ」
フリールが、小さく頷く。
「行ける時になったら、また街に来て」
「魔杖屋リンリン、そこにあたしいるから」
「約束するよ」
僕も頷く。
「よろしい!」
フリールが、ぱっと表情を明るくした。
「じゃ、フライくんの約束ゲットだぜ!」
⸻
ドーナの街に近づくにつれて、賑やかさがはっきりしてくる。
ガヤガヤとした喧噪が、外壁の外まで漏れていた。
「正直、街に寄るのはダメだと思ってたが」
ホルスさんが、小さく息を吐く。
「どう考えても、ここで物資を補給した方がいいな」
「賛成です」
僕は即答した。
「食料も水も、かなり底をついてます」
「ガルディアまでは、まだ距離があるからな」
ホルスさんが、真剣な顔で続ける。
「どこかで必ず、食料調達はしなきゃいけない」
「……行くしかないか」
「どうしました、お二人様ー?」
横から、ひょこっとフリールの顔が出てくる。
「お困りなら、手を貸すよん?」
「……嫌な予感しかしねぇ」
「道中見てたら分かったよ?」
フリールが、指を一本立てる。
「まず、荷物の量からして物資が不足中ってね」
「それと、街に入るかどうか悩んでる」
じとっとした目でホルスさんを見る。
「わたくしが、いいもの売ってあげよう!」
「仕方ない、街へ行くか」
ホルスさんが、溜め息まじりに言った瞬間。
「だからっ、人の話は最後までって言うでしょ!?」
フリールが、地面を踏み鳴らす。
「食料はわたしが手配する、宿も目立たないとこ紹介したげる!」
「だから無視はやめれー!」
「本当?」
思わず、前のめりになる。
「お、食いついたね、フライくん」
フリールが、ちょっとだけ嬉しそうに笑った。
「だから絶対に! 手伝ってね!」
両手を広げる。
「……信用、されてないのかな」
「いやいやいや」
フリールが、手を横に振る。
「人はそう簡単に信用できないよ?」
「言ったじゃん、売ってあげるって」
「あたいが売るのは、恩だよ」
くるっと振り向いて、こちらに指を向ける。
「これでダンジョン来てくれなくてもさ」
「精一杯やったって思えるんだよね」
「やれることはやったってさ」
そこだけ、少し声が柔らかくなる。
「だからまぁ、これは自分が納得するための行動なんさね」
「絶対、裏切らないよ」
僕は、はっきりと言った。
「それでよし!」
フリールが、ぱんっと手を打つ。
「じゃあ、はいこれ!」
ホルスさんの胸元に、紙切れを一枚押し付けた。
「この紙は?」
「地図だよん」
フリールが、胸を張る。
「このルートで行けば、人目につかないで街の中の端っこの、ぼろっちぃ民家みたいな宿まで行けるよ」
「そこに、あたしが食料届けたげる」
「その代わり!」
くるっと振り向いて指を立てる。
「お金は倍もらいます!」
「商売なんで!」
「恩を売るってのは、どうなったんだ」
「それはそれ、金は金っす」
フリールが、悪びれもなく言う。
「……倍か」
ホルスさんが、少しだけ唸る。
「でも、正直それでも補給はしたいな」
地図をじっと見つめる。
「情報料も込みだ」
「払う」
「うわぁ、ホルスがデレた」
「デレとらんわ!」
ホルスさんが、即座に否定する。
「信用してほしいし、後払いでいいよ」
フリールが、少しだけ声を落とした。
「あたしも、あとで地図んとこに食料手配するからさ」
「代金は、宿の人に預けといて」
「分かった」
ホルスさんが、短くうなずく。
「本当はさ」
フリールが、ちらっと街の方を振り返る。
「川が綺麗な街だし、物もいっぱいある」
「ご飯も美味しいからさ」
「ゆっくり観光できるとよかったね」
「今度また、必ず」
僕は、自然と口にしていた。
「今度また、ね」
フリールが、にやっと笑う。
「自然に出たなら、フリールさん的に信用高いセリフです、それ」
そう言って、ぴょいっと手を振る。
「じゃ、またね、チャーオ!」
それだけ言うと、フリールは人混みの方へ走っていった。
「多分、悪いやつではないんだろうな」
ホルスさんが、小さく呟く。
「そうですね」
僕も、同じ気持ちだった。
⸻
フリールのくれた地図の通りに歩くと、ドーナの街は静かだった。
大きな正門からではなく、脇の細い路地、川沿いの裏道。
石畳の隙間から、草が顔を出しているような道ばかり。
それでも、地図は正確だった。
人通りの少ない路地を抜け、荷車の影に身を隠しながら進む。
「ここか」
ホルスさんが、立ち止まった。
地図に書かれていた印の場所。
外から見れば、ただの古びた民家にしか見えない。
木の扉。
色褪せた看板。
でも、近づいてみると、小さく宿と刻まれていた。
「ごめんくださーい」
扉を叩くと、中からゆっくりと足音が近づいてくる。
「はいよー……あら」
出てきたのは、背の曲がったおばあちゃんだった。
柔らかいシワの刻まれた顔。
「フリールの紹介の方かい?」
「え?」
思わず顔を見合わせる。
「はい、多分そうです」
僕が答えると、おばあちゃんはふふっと笑った。
「よく来たねぇ」
「ほら、入りなさいな」
中は、外見よりもずっと温かかった。
古いけれどきれいな床。
小さなテーブル。
年代物の家具。
「宿泊は、あんたたちだけだよ」
おばあちゃんが言う。
「ここは、そういう宿だからねぇ」
「そういう?」
「たまーにしか人は来んよ」
部屋に入り荷物を下ろすと、一気に疲れが抜けていく。
しっかりしたベッドは、本当に久しぶりだった。
シーツの柔らかさ。
枕の匂い。
ベッドに腰を下ろした瞬間、体中が休めと言ってくる気がした。
そんなことを考えていたら、おばあちゃんの声がした。
「荷物が届いたよ」
部屋の扉を開けると、廊下に布袋がいくつか置かれていた。
どれも、旅に持ってこいの食材ばかりだった。
「お金は、預かっとくよ」
おばあちゃんが言う。
「ありがとうございます」
おばあちゃんが、ふっと目を細める。
「あの子も、色々大変だねぇ」
「大変?」
思わず聞き返してしまう。
けれど、おばあちゃんはそれ以上何も言わなかった。
「ま、若い子には若い子の事情があるのさ」
そう言って、台所の方へ戻っていった。
(きっと、フリールも何かを抱えてるんだろう)
枕にもたれて、目を閉じる。
(そうでもないと、ダンジョンなんて危険なところに、自分から行こうとはしない)
ムーは、ベッドでぷるぷると小さく震えている。
(ふかふか、なのん)
その声を聞きながら、僕の意識は、ゆっくりと眠りに落ちていった。
⸻
久しぶりに、ベッドでぐっすり眠った。
夜中に一度も目が覚めなかったのは、いつ以来だろう。
朝、鳥の声と共に目を覚ますと、窓の外には川の音と、街の朝のざわめきが広がっていた。
「よく寝れたかい?」
「はい、ぐっすりでした」
階下に降りると、おばあちゃんが簡単な朝食を用意してくれていた。
固めのパンと、あったかいスープ、それと少しのチーズ。
「しっかり食べてきな」
「はい」
朝ごはんを食べると、心が落ち着いた。
食料の袋を背負い直し、宿のおばあちゃんに代金を預ける。
「確かに預かったよ」
おばあちゃんが、袋を受け取りながら言う。
「また、来るといい」
「はい、必ずまた来ます」
「ばあさん、元気でな」
ゆっくりと頭を下げて、宿を出る。
フリールの地図通りに、また裏道と脇道を抜けていく。
来た時と同じように、人目は少なかった。
ホルスさんが、小さく呟く。
「あいつは、信用してもいいんだろうな」
「ですね」
僕も、素直にそう思った。
川の音が、だんだんと遠ざかっていく。
次に目指すは、川を渡る巨大な橋、ドーナ大橋。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




