第十九話 揺れ
詰所の扉を開けて外に出ると、昼前の光が眩しく感じる。
「まずはレインさんのところ、かな」
まず、ラサジエにダンジョンの報告と、ルミナストーンの譲渡。
そう思って、村の通りに一歩踏み出した、その時。
「おーい、フライ!」
背中に、ホルスさんの声が飛んできた。
振り返ると、詰所の扉からホルスさんが顔を出していた。
「はい?」
「ひとつ聞き忘れてた、ホップから手紙が来てなかったか?」
「あ……」
思い出して、胸の奥が少しきゅっとなった。
「今朝、さっき、家で読みました」
「そうか」
ホルスさんの目が、わずかに細くなる。
「……向こうはどうだと書いてあった」
「なんか、ガルディアの方も色々大変みたいで……」
言いかけて、手紙の内容が頭の中に浮かぶ。
(手紙には、こう書いてあった)
⸻
母さんから手渡された手紙を、自分の部屋でそっと開いた。
便箋の端が、少しだけぐちゃっと折れていた。
『フライへ』
『そっちは元気にしてるか?』
『俺は、とりあえず元気だ』
『騎士としての訓練は、相変わらずしんどい』
『でも、しんどい分だけ、自分でも分かるくらい体が変わってきた』
『剣の振り方も、あの時素振りしてた頃とは比べものにならない』
『あの頃の俺が見たら、誰だお前って言いそうだ』
思わず、ふっと笑いそうになる。
『こっちはこっちで、色々ある』
『仕事も少し任されるようになってきた』
『見張りとか、警備とか、門兵みたいな仕事ばっかりだけどな』
『これからガルディアでは色々あるみたいだ』
『なんでも次の王を選ぶって噂とか、それにあたって王家の剣のお披露目式があるんじゃないかって噂とか』
『心配しなくても、争いがどうとか、でかい戦とか、そういう話じゃない』
『とにかく、こっちもこっちで忙しくなるかもしれないってことだ』
『だから、これからは手紙をそう簡単には出せなくなるかもしれない』
『けど、俺は俺で、ちゃんとやる』
『力をつけるって決めたのは、俺だからな』
そこだけ、少し間を空けて書いてあった。
『あんまり変な無茶すんなよ』
『お前の無茶は、たまに周りを巻き込むからな』
最後の行の字は、ほんの少しだけ崩れていた。
『また書けるタイミングがあったら送る』
『その時は、ちゃんと返事よこせよ』
『ホップより』
(……大変そうだ)
手紙を読み終わった時、浮かんだのはその感想だった。
(でも、ホップなら、きっと大丈夫だ)
(僕も僕と向き合わないとね)
⸻
「……そんな感じで、ガルディアの方も色々大変みたいだって」
ホルスさんは、少しだけ空を見上げた。
「王家の剣、か……」
短くつぶやく。
その横顔は、何かを思い出しているようでもあった。
「なら、いい」
「なら、いい……?」
「ホップがそう書いてきたなら、今はそれでいいってことだ」
ホルスさんが、いつもの表情に戻る。
「こっちはこっちで、やることをやる」
「……はい」
ホルスさんはそれ以上何も言わず、詰所へ戻った。
(フライ、ガルディアって、あの大きい城のことだよな)
今度は、パディットの声だ。
(ホップって友達が剣術を学びに行った場所だよ)
(記憶にはあるが、うまく思い出せないな)
パディットは少し首を傾げる気配を出す。
ホルスさんと話したあと、足をラサジエの方へ向けた。
⸻
昼前のラサジエは、いつもより少しだけ静かだった。
扉を開けると、香ばしいスープの香りがする。
(ラサジエのスープの匂いだ、帰ってきたって感じがするな)
そう思ったところで。
「あ、フライくん!お母さんよね?」
カウンターの手前で、ジェナさんが声をかけてきた。
「今ちょっと裏で来客中なの」
そう言って、奥の扉の方を振り向いた。
「フライが来たら通しなー!」
レインさんの声が、奥から聞こえてきた。
「……だそうです」
ジェナさんが、肩をすくめて笑う。
「じゃあ、お邪魔します」
ジェナさんに案内されて、カウンターの横の小さな扉をくぐる。
⸻
ラサジエの奥へ入っていく。
壁際には帳簿や瓶が並び、中央には丸いテーブルが一つ。
そのテーブルを挟んで、レインさんと、見知らぬ女性が向かい合って座っていた。
「来たな」
レインさんが、いつもの落ち着いた顔でこちらを見る。
「よお、フライ」
「お邪魔します」
軽く頭を下げてから、向かい側の女性に目を向ける。
肩には薄いストール、服はシンプルだけれど、首元や手首には装飾品が光っている。
髪は落ち着いた色でまとめられていて、目元には細い眼鏡。
「ふむ、この子が?」
レインさんが頷く。
「こいつがフライ、村にモンスター牧場なんてもん作りやがった、例のテイマーだ」
「はじめまして、フライです」
慌てて頭を下げる。
「はじめまして、市場管理のテュリップと申します」
テュリップさんも、軽く会釈を返してきた。
「市場管理……」
「ふむ、村の中の物の流れと、外との窓口を、大体私が握っています」
穏やかな口調だけれど、その中に商人としての雰囲気がある。
「テュリップがいなきゃ、この村の胃袋はとっくに破綻してるよ」
「でだ、フライ」
テーブルにつくよう促され、椅子に腰掛ける。
「ダンジョンは、どうだった?」
レインさんが、短く言う。
「行ってよかったと思っています」
それは、嘘のない感想だ。
「みんなで、無事に最深部まで辿り着けましたし」
レインさんは、僕の顔色を確かめるように軽く目を細める。
「それだけで、まずは十分だ、よくやった」
「……はい」
レインさんの目が、少しだけ鋭くなる。
「次は、ルミナストーンの話だ」
レインさんが、手のひらをこちらに向けて差し出す。
「はい」
僕は、袋から拳大のルミナストーンを取り出す。
テーブルの上に置くと、それだけで空気が変わった気がした。
「ふむ……」
テュリップさんが、身を乗り出すようにして石を見る。
「これは素晴らしいですね、魔力の偏りもない、極上品です」
「ガルディアの工房にも滅多に流れない物でしょう」
「じゃあ、あっち行きだな」
レインさんが言う。
「ええ、信用を買う為に使います」
「信用を買う、ですか?」
僕が聞き返すと、テュリップさんが眼鏡をくいっと上げる。
「ふむ、ガルディアは、小さな村の商売に直接影響を与えられるくらいの幅を持っている国です」
「商売をどうやってこちらの有利に傾けるか」
淡々とした口調で続けた。
「このルミナストーンがあれば、探れることが増えます」
「探れること?」
思わず聞き返していた。
「ふむ、ガルディアには、腕の立つ商人が沢山います」
「私個人ですが、その中にそれなりに太いパイプを持っています」
「そこにこのルミナストーンを乗せる」
視線の先には、拳大のルミナストーン。
テュリップさんの目が、少しだけ鋭くなる。
「向こうの情勢を探るための、入口にするわけです」
「情勢……ですか」
「……」
僕は、ガルディアが忙しくなると言っていた、ホップの話しを思い出していた。
「フライ、どうした?」
レインさんが考えて事をしている僕に聞いた。
「……ちょっとホップのことを、思い出しました」
「ガルディアで次の王を決めるとか、剣の儀式とかで、城がゴタゴタしているって」
テュリップさんも、少しだけ表情を曇らせた。
「ふむ、ならなおのことですね」
レインさんが、テーブルを軽く叩く。
「フライ、ここからはお前にも聞いておいてほしい話になる」
「ガルディアのことだ」
レインさんの声が、静かに部屋に響いた。
「ガルディアはですね」
テュリップさんが、ゆっくりと言葉を選ぶみたいに口を開く。
「近隣の国々の中でも、街道を抑え、港を抑え、通貨の信用を握る国です」
「遠くにある村の暮らしにも手を伸ばせる」
「だから、私はこの村のことを、内密にしてきました」
「知られればきっとこの村にも今以上に影響が出る」
「私自身は旅の商人として、王都では振る舞っています」
テュリップさんが、眼鏡の位置を直す。
「ガルディアは大きい」
「けれど、大きいものは、揺れ始めると厄介です」
「揺れ……」
テュリップさんの目が細くなる。
「ふむ、今ガルディアでは次の王を決めるための混乱があります」
「代々、王が次の王を決める時は国の中で色々と揉め事が起こるのです」
「王族や貴族の立ち位置も、次の王によって変わりますからね」
「それと、ガルディアは今、不穏な噂を抱えています」
テュリップさんが、肩をすくめる。
「強いモンスターが出没するようになった、それを退治するハンターが減ったなどです」
「その中でも、赤い目のものすごく強いモンスターが、ガルディア近隣に現れているそうです」
「赤い目……ですか!?」
思わず聞き返していた。
「ええ、ハンターでも手が出しづらく、近隣で暴れ回り、商人なども近づきにくくなっていると」
(赤目……オレ以外にも存在するんだな)
パディットの動揺した気配がした。
「それが近隣の貿易や、商人達に広い影響を出している」
部屋の空気が、重くなる。
「ふむ、ガルディアのバルダン王は賢い」
「近隣のモンスターを抑えるために、ハンターギルドを王直属にしたのもバルダン王です」
「そのハンターギルドが上手く機能していない、ならばバルダン王は何か手を打つでしょう」
「だが、今は次の王の選定、王家と貴族のゴタゴタで、正直手が回っていない」
「近々代々伝わる、王家の剣お披露目の儀式もある」
ホップが言っていた、王家の剣の話だ。
「ふむ、正直そこは情報を集めないといけないところですが、予想するに、ガルディアを混乱させようとしている何者かがいると私は見ています」
テュリップさんの目が、少しだけ細くなる。
「何者か……ですか?」
「ええ」
「商人として市場を操作しようとするなら王家がごたついている、今が絶好のタイミングです」
「このタイミングで今まで現れなかった赤目なるモンスターの話」
「となると人為的な何かを疑いたくもなります」
テュリップさんはテーブルに両肘をついた。
「こうなると、商売において打撃を受けるのは街や村なのです」
「それだけは避けなければなりません」
「ふむ、それともう一つ気になることは、この村にも赤目は現れていますよね」
(オレのことだな……)
パディットが更に動揺した気配を出す。
「その件も踏まえると、どうにか出所を掴んでおきたいのです」
レインさんが湯呑みを置いて僕を見た。
「パディットはどうして赤目になったのか覚えてないんだよな」
(覚えていない、どこからここに来たのかもな)
「赤目になる前後のことは、覚えていないそうです」
「そうか……」
テュリップさんが話を続ける。
「ふむ、話は戻りますが、確かな情報を集めるには、まず信用が必要なのです」
「でだ」
レインさんが、ルミナストーンを指先で軽く叩く。
「このルミナストーンでガルディアの商人から信用を買う」
「これを、どう使うかで、こっちが取れる情報の質と量が変わる」
テュリップさんが頷く。
「ふむ、ガルディア王家とも取引のあるやり手の商人に見せます」
「向こうも商売ですから、こちらがいいものを出せば、それなりの対価を用意しようとする」
「私は、この村唯一の情報という力を扱う者、この村を守るために動きます」
テュリップさんの視線が、真っ直ぐこちらに向けられる。
「そしてフライくんも、この情報を知っている側になりましたね」
「……僕も」
テュリップさんの言葉は、静かだけれど圧がある。
「この話を、誰彼かまわず話さないことを約束できますか?」
「もちろんです」
即答だった。
テュリップさんが、満足そうに頷く。
「ふむ、村の特異性を、外に広めないこと、これはこの村がこの村であり続けるための大前提です」
「変わった村は、好奇心を呼び、好奇心は、火種を運んできます」
レインさんが、まっすぐこちらを見る。
「テュリップとオレは、村と外の国のことを考える」
「フライ、不安だろうが大丈夫だ」
緊張していた空間が、レインさんの笑顔とその言葉で少し和んだ気がした。
(このことはオレも無関係じゃない、出来ることなら……真相を知りたい)
パディットの声が器で響く。
(……パディット)
息を深く吸う。
「とりあえず」
話がひと通りまとまったところで、レインさんが椅子から立ち上がった。
「今日は、ダンジョン踏破お疲れさんってことで、飯くらいは食っていけ」
「えっ、でも……」
「遠慮する、なんて教えてないんだがなぁ」
レインさんが、にやっと笑う。
「じゃあ、いただきます」
「それでいい」
テュリップさんも、すっと立ち上がる。
「よろしくお願いします」
頭を下げると、テュリップさんが少しだけ目を細めた。
「ふむ、あとホップさんのことも心に留めておきましょう」
「ガルディアの情報を集める時に、騎士団周りの噂も少し多めに拾っておきます」
「はい、ありがとうございます」
⸻
ラサジエの客席に戻ると、ジェナさんがにこにこと待ち構えていた。
「どうだった?」
「……なんというか、世界の話を聞いた感じです」
「ふふっ、たまにあるよね、そういう日」
テーブルには、スープと、少しだけ豪華になったプレートが運ばれてくる。
「ダンジョン帰りだし、今日はダンジョン特別メニューってことで!」
ジェナさんが胸を張る。
いつものラサジエの空気。
だけど、さっき聞いたガルディアと赤目の話と、
ホップの手紙の内容が、頭のどこかで静かに渦を巻いていた。
(世界は、思ってたよりずっと広い)
スープを一口飲んで、静かに息を吐く。
今、僕に出来ることは、ゼンさんの工房で杖を作る、シアンさんから教わる魔法の基礎。
ひとつずつでいい、前に進もう。
読んでくださりありがとうございます。
王族とか国とか絡んで、少し説明が増えます。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




