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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: FP (エフピー)
第四章 フロワ編

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第百九話 思想と理想

 雪原の向こうに、巡礼者たちの列が見えていた。


 雪はもうさっきまでほど強くはない。


 白い大地の上に横たわる大型モンスターの死骸と、戦いの熱がまだ残る空気は、誰の目にも隠しようがなかった。


 それらすべてが、たった今この雪原で何が起こっていたかを、語っていた。


 レバンさんはしばらく何も言わなかった。


 風に揺れるローブの裾も、その横顔も、ひどく静かだった。


「……」


 僕はその横顔を見ながら、小さく息を吐く。


「とりあえず、街は守れたけど……」


 街の前のモンスターは退けた。


 でも、魔制炉の都市型運用は動き出してしまった。


 巡礼者たちも、もうすぐここへ戻ってくる。


 全部が一歩ずつ、取り返しのつかない方へ進み始めている。


 レバンさんが、ようやく口を開く。


「この情景はもう言い逃れできん」


 その視線は、戻ってくる巡礼者たちの列へ向いていた。


「アレイシスと、真っ正面から話す」


 その声は、覚悟を決めた人の声だった。



 一方その頃。


 ペール山の雲の上、古い祭壇には、張りつめた空気があった。


「アーミ、ここだよ」


 ネージュが静かに言う。


 その声に導かれて、アーミは目の前の祭壇を見つめた。


「こんなところがあったんだね」


 息を呑むような声だった。


「そうだね」


 ネージュも、その祭壇を見つめる。


「すっかり風化しちゃったけど、確かにアーミの先祖が作った祭壇だよ」


 そのあと、少しだけ声を強めた。


「ここに杖の石側をついて、魔力を流すんだ」


「うん、わかった」


 アーミは深く息を吸い、魔芒杖を両手で握り直した。


 祭壇の中央へ歩み出る。


 そして、そっと杖の石側を地面につける。


(応えて……魔芒杖……)


 祈りみたいな声を心の中で囁く。


「よしっ、やるよ!」


 アーミさんが意を決したように、杖を強く握りしめた。


「アーミなら大丈夫」


 ネージュが言う。


「ちゃんと、ラウルの魔力を感じるから」


 その言葉に背を押されるように、アーミは自分の魔力を杖へ流し込んだ。


 次の瞬間だった。


 魔芒杖が、激しく反応する。


 石部分が眩いほどの光を放ち始めた。


 杖の奥で眠っていた何かが、一気に目を覚ます。


「うっ……!」


 アーミの肩が震えた。


「魔力が持っていかれるっ!」


 自分の魔力が、ただ流れているんじゃない。


 杖そのものに引き抜かれている。


 そんな感覚だった。


 光はそのまま祭壇の石溝へ走り、大地の奥へ沈んでいく。


 直後、ペール山全体が淡く光り始めた。


 白い雪の下。


 見えない大地の奥。


 そこを巡る一本の巨大な魔力の流れが、大地全体に広がるように脈打っていく。


「いける! アーミ、頑張れ!」


 ネージュが声を上げた。


 アーミは歯を食いしばりながら、杖を離さない。


「この力……!」


 魔芒杖の内側から返ってくる澄みきった感触に、アーミは目を見開く。


「これが、光の魔力……!」


 杖と自分を通して大地へ流れていく。


 アーミは残っている魔力を、全部そこへ注ぎ込んだ。


 全身全霊だった。


 吐く息も、震える指も、意識も、何もかも振り絞って。


 やがて、祭壇を包んでいた激しい光が少しずつ収まっていく。


 脈打つように明滅していた山肌の光も、やがて安定した淡い輝きへ変わった。


 ネージュが大きく息を吐く。


「よくやったよ、アーミ」


 アーミはふっと笑った。


「ははっ、これで……なんとか……な……」


 その言葉の途中で、膝から力が抜ける。


「アーミ!?」


 ネージュが慌てて駆け寄った時には、アーミの意識はもう途切れていた。


 雪の上へ倒れ込むその体を、ネージュが翼で受け止める。


 胸に耳を寄せる。


 呼吸はある。


 ただ、魔力がすっからかんになっていた。


(フライ、アーミは役目を果たしたよ)



 一方、雪原。


(本当!? よかった)


 ネージュからの声に、僕は胸の奥が少しだけほっとした。


(でも、こっちは、ちょっとまずいことになった)


(どうしたの?)


(魔導院が、魔制炉を都市型運用に切り替えたんだ)


(なんで!?)


 ネージュの声が鋭くなる。


(雪原に大型モンスターが多数来てたから、それを抑えるためにって……)


 少しの沈黙。


(……遅かったか)


 ネージュは小さく呟いた。


(とにかく、アーミが魔力切れだから、一旦街まで送る)


(祭壇に魔力を流した時に、全部持っていかれたんだ)


(……アーミさん)


 僕はローブの裾をぎゅっと握った。


(わかった、ネージュ、アーミさんをお願い)


(もう循環点は安定してるから、しばらくはペール山にいなくても大丈夫)


(行ってくるよ)


 そこで意識を戻した時、レバンさんがこちらを見ていた。


「どうした、大丈夫か?」


「大丈夫です」


 僕はすぐに言った。


「一歩遅かったですが、ペール山の循環点が安定しました」


「魔制炉も数値で出ているはずです」


「都市型運用は止められますか?」


 レバンさんは苦い顔で首を横に振る。


「……それは無理だろうな」


「今更動き出した機構は、そう簡単に止められない」


「そんな……」


 思わず声が漏れる。


 けれど、レバンさんはそれ以上説明する前に、前方を見据えた。


「それより、目の前の問題が先だ」


 その視線を追って、僕も顔を上げる。


 白い雪原を、真っ直ぐこちらへ歩いてくる人影。


 ローブを翻し、怒りを押し殺した顔で。


 アレイシスさんだった。


「……なっ!? なんだこれは」


 目の前の死骸。


 乱れた雪原。


 そして、街の方に見える光。


 その全部を一瞬で見て取ったのだろう。


 アレイシスさんの顔色が変わる。


「レバンッ!!」


 レバンさんがその叫びに応える。


「街をモンスターから守るためだ」


「しかたが、なかった……」


「またそれか……」


 アレイシスさんの声は震えていた。


「今、ペール山が光った」


「循環が安定したんじゃないのか」


「それじゃ間に合わなかったんだ!」


 レバンさんの声も低く、重くなる。


「放置すれば、ここの皆が死んでいた!」


「お前は、アレを使わせないことが使命だったはずだ」


 アレイシスさんは、一歩、さらに前へ出た。


「こうなってはもう、魔零派は止まらんぞ」


「すまない……」


「信じていた……」


 その一言に、ただの怒りとは違う色が混じる。


「それなのに、お前はっ!」


「全部言い訳になるのはわかっている……」


 レバンさんも、歯を食いしばるように言う。


「それでも俺とお前なら!」


「……もう……もう遅い、レバン」


 アレイシスさんの声が、静かに落ちた。


「私は……お前だけは、最後まで……」


 風が吹く。


 巡礼者たちのざわめきが、遠くに聞こえる。


「私たちはこの街を変えると約束したはずだ」


 アレイシスさんの目が揺れる。


「リーエルをまた悲しませるのか!」


 その名前が出た瞬間、レバンさんの顔が強ばった。


「俺は……」


 喉の奥で言葉が止まる。


 手に持った魔剣を強く握る。


「オクタス……」


 その名が、雪原へ落ちた。



 十年前のフロワ。


 その頃のハンターギルドには、まだ今よりずっと雑多で、粗削りな熱があった。


 喧騒の真ん中で、いつものように怒鳴り声が響いていた。


「レバン、またやったのか」


 呆れた声で言ったのは、若い頃のアレイシスだった。


「いや、違っ……これはしょうがなく……」


 向かいで言い訳しているのは、若い頃のレバン。


 折れた剣を片手に、心底不服そうな顔をしている。


「しょうがなくで何本も魔剣は折らん」


「剣に魔力を流すのが、慣れてないだけだ」


「いや、お前のそれは力任せなだけだ」


「やーめろ、お前ら」


 そこで間に入ったのが、オクタスだった。


 鍛冶師兼ハンター。


 がっしりした腕に、汚れた前掛け。


 笑うと目尻が下がる。


 いざという時は誰よりも頼れる男だった。


「目離すとすぐこれだ」


「俺がまた魔剣は打ってやるよ」


「オクタスは甘い!」


 アレイシスが眉を吊り上げる。


「オクタスがいいって言ってんだから、もう突っかかんなよアレイシス」


 レバンはけろっと言い返し、そのまま袋の口を開いた。


「そのおかげで、今回もルミナストーンはこれだけ集まったんだ」


「今回もほら、でかいだろ?」


 どさり、と取り出されたのは、大きめのルミナストーンだった。


 雪原の奥で大型モンスターを討伐し手に入れたものだった、冷気を纏って淡く光っている。


「……確かに、それはそうだが」


 アレイシスも一瞬だけ言葉を詰まらせる。


 レバンは得意げに笑った。


「なーに、俺たちなら敵はいない」


「それにオクタスの魔剣があれば無敵だ」


「でも、魔剣はもっと硬く作らないとすぐ折れるな」


 オクタスは折れた剣を受け取りながら苦笑した。


「これをどうするかが今後の課題だな」


「でも、いつか最高の一本を打ってみせる!」


「いや、二本だぞ、オクタス」


 アレイシスがすぐに言う。


「なんだかんだアレイシスもオクタスの魔剣がほしいんだろ」


 レバンがにやりと笑った。


「俺がただ剣を折っているだけと思ったか、実験も兼ねてんだよ」


「都合よく言うなよお前!」


 笑うレバンとオクタス。


 その時、工房の奥から小さな足音がした。


「おとうさん」


 まだ幼いリーエルが、布を抱えて顔を出した。


 白い髪が揺れている。


 今の巫女の姿からは想像しづらい、あどけない少女だった。


「リーエル」


 オクタスの顔が一気にやわらかくなる。


「寒いのに出てきたのか?」


「おちゃ、もってきた」


 リーエルが小さな手で差し出した湯気の立つカップを見て、レバンが笑った。


「ほら見ろ、オクタスがいい魔剣を打てばフロワの若い笑顔も増えるってもんだ」


「それはお前に同意だが……」


 アレイシスが珍しく素直に返す。


 オクタスは少しだけ困ったように笑った。


「そうだな、娘のためにも、馬鹿げた争いは止めないとな」


「全くだ、魔創派だの魔零派だの、バカバカしい」


 レバンが吐き捨てる。


「その馬鹿馬鹿しい派閥のおかげで、この街が成り立っているのだから……救えないな」


 アレイシスが肩をすくめた。


「それはお前に同意だな」


 レバンが言い返し、リーエルがくすりと笑う。


 そんな何気ない空気が、あの頃には確かにあった。


 雪原へ出て、モンスターを狩り、ルミナストーンを持ち帰り、オクタスが魔剣を打ち、リーエルが工房に顔を出す。


 不器用で、騒がしくて、でも平和な日々だった。


 レバンがルミナストーンを指先で転がしながら言う。


「とにかく、お前の魔剣がこのフロワを救うんだよ」


「責任重大だな」


 オクタスは笑う。


「魔剣を振るう者も選ばないとな」


「言ってくれる」


 レバンも笑う。


 すると、オクタスはふと真顔になった。


「最近、魔零派の連中も過激化してるからな」


「いつまた衝突が起こるか……」


「それが起こらないように、俺たちが雪原を見て回ってるんだろ」


 レバンが答える。


「そうだな……」


 オクタスが頷く。


 そしてアレイシスが、ふいに真っ直ぐ二人を見た。


「だったら、いっそ私たちで変えてしまえばいい」


 レバンが目を丸くする。


「何をだ」


「この街だ」


 アレイシスの声は、真剣だった。


「魔零派も魔創派も、今のままじゃいずれ本当に取り返しがつかなくなる」


「だったら、分かり合えるように私たちが導けばいい」


 レバンが、ゆっくり口元を上げる。


「面白いじゃないか」


「この街を変える、か」


 オクタスが二人を見比べ、最後に小さく笑った。


「なら、俺はそのための魔剣を打つかな」


 リーエルは意味もわからないまま、でも嬉しそうに三人を見上げていた。


「約束だ」


 レバンが手を出した。


 アレイシスがその手を叩く。


 オクタスも、その上に自分の大きな手を重ねた。


 平和な日々は、確かにそこにあった。


 そして、約束も。



 数日後、事態は急変する。


 雪原で、魔創派と魔零派が真正面からぶつかったのだ。


「モンスターを討伐すると、この地の魔力が狂う!」


「放置すれば被害が出る、街を守るのが最優先だ!」


 街を守りたい、思想と思想がぶつかる。


 怒号が飛ぶ。


 杖が構えられる。


 剣が抜かれる。


 どちらの言い分にも理屈はあった。


 だからこそ、退けなかった。


 そして、その理屈はやがて、フロワの人々の理想とはほど遠い、血を流す理由へ変わっていった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると、嬉しいです。

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