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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: FP (エフピー)
第四章 フロワ編

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第百七話 都市型運用

 雪原の向こうから、また新たな影が迫ってきていた。


「くそっ、次から次へと」


 レバンさんが剣を握り直し、眉間にしわを寄せる。


 僕は迫ってくる影の数を見ながら言う。


「これ以上来られると、完全にジリ貧です」


「……だな、限界だ」


 レバンさんは短く答えた。


 そして、一瞬だけ目を伏せる。


「アレイシス……すまない」


 その呟きは、吹雪の音に紛れそうなくらい、小さかった。


 けれど、確かに僕の耳には届いた。


 次の瞬間、レバンさんは腰の剣を空へ向け、一筋の閃光弾を撃ち上げた。


 青白い光が、曇り空へ鋭く突き立つ。



 一方その頃。


 魔導院地下三階、魔創派本部では、重苦しい空気がなおも張りつめていた。


「ヴェルダン、何を考えているさね」


 円卓の向こうに立つヴェルダンは、微動だにしない。


「教授、ことが起こってからでは遅いのだ」


「まださね」


 リーザが食い下がる。


「アーミがなんとかするさね」


「モンスターが迫っているのに、まだ待てという」


 ヴェルダンは計器を見つめて言う。


「ウェール、都市型運用に回すと安定するか」


「はい、しかし……」


 ウェールは喉の奥で言葉を詰まらせた。


「培養槽も補助導路も、隠しきれません」


 地下三階に響く魔制炉の唸りが聞こえる。


 床の下を、何か巨大なものが軋みながら回っているような振動が伝わってくる。


 ナーファもまた、円卓の脇に立ったまま、険しい表情でヴェルダンを見ていた。


 ヴェルダンはしばらく沈黙していた。


 やがて、口を開く。


「それでも、やらねばならない」


 その一言で、部屋の空気がさらに緊張する。


「統括長……!」


 ウェールが目を見開く。


 ヴェルダンは視線を逸らさない。


「今ここで街の循環が崩れれば、終わりだ」


「乱れた流れを整え、滞った導路を通し、この街の循環を保つための炉」


「そうやってこの街はモンスターから守られてきた」


 その声には、揺らぎがなかった。


「今必要なのは、循環制御を安定域へ押し戻し、この街がモンスターに襲われないようにすることだ」


 リーザが鋭く睨み返す。


「まださね」


「アーミが祭壇に辿り着けば、もっと根本から戻せるさね」


「そこまで持たせるのが、あんたらの役目さね」


「持たせるために切り替えるのだ、リーザ教授」


 ヴェルダンの意思は固かった。


「雪原の迎撃が崩れ、防壁の手前まで大型が来れば街は終わるだろう」


「循環が乱れたままでは、街の設備も防壁も応えきれん」


 ナーファさんが静かに尋ねる。


「……都市型運用へ移るのですね」


「ああ」


 ヴェルダンさんは頷いた。


「主導管を全開放しろ」


「補助導路を接続し、滞留点を洗え」


「炉心を安定域へ戻し、防壁と都市設備への循環を優先しろ」


「乱れた魔力の循環を正す」


 ウェールは青ざめたまま、唇を強く引き結んだ。


「統括長、最後にもう一度だけ確認します」


「都市型運用に切り替えれば、培養槽も補助導路も、一斉に稼働が見えるようになります」


「隠していた非常系統まで全部、外から気づかれます」


「それでも、ですか」


「それでもだ」


 ヴェルダンは即答した。


 リーザが鼻で笑う。


「それをしたらどうなるか、分かっているさね」


「魔零派は暴れるだろうな」


 ヴェルダンの目が、真っ直ぐリーザを射抜いた。


「全責任は取る」


 その時だった。


 遠く、雪原の方角から細い光が一本、曇天へ突き上がった。


 閃光弾。


 レバンが放った合図だった。


 研究所の中にいた全員が、はっとして顔を上げる。


「まずいさね、フライ」


「雪原が限界の知らせ……」


 ウェールの声が掠れる。


 ヴェルダンは、もう迷わなかった。


「魔制炉全設備、都市型運用へ移行しろ」


「魔制炉の循環制御を安定域に固定」


「北部導路の揺らぎを抑えろ」


 地下三階に、重い沈黙が落ちた。


 次の瞬間、職員たちが一斉に走り出す。


 導管が鳴る。


 魔導具の輪が噛み合い、各所の水晶板に新たな光が走る。


 魔制炉の中心では、さっきまで不規則に脈打っていた流れが、少しずつ、しかし確かに整い始めていた。


 ナーファが計器を見つめながら、小さく呟く。


「炉心波形、揺れが下がっています」


「北部導路の圧も、安定域に戻りつつあります」


 ウェールが息を呑んだ。


「本当に、流れが……」


 リーザは、その光景を睨みつけたまま、低く呟く。


「アーミ……」


「急ぐさね」


 地下三階の唸りは、今やこの街そのものの鼓動みたいに鳴り続けていた。



 場面は戻ってポルフ雪原。


 閃光弾の光は、曇天の下でしばらく尾を引き、やがて淡く消えた。


 街でも研究所でも、今この雪原が限界を迎えつつあることは伝わった。


「その閃光弾は何ですか?」


 僕は空を見上げた見たまま言った。


「……救援要請だ」


「それよりまだ来るぞ」


 吹雪の向こう、巨大な影が少しずつ輪郭を帯びてくる。


 雪煙を押し分けるたびに、白く凍った体表が鈍く光った。


「まずいな、大型だ」


 レバンさんが目を細める。


 僕はローブの袖の中で指先を握りしめた。


(もう、なりふり構っている場合じゃないかもしれない)


(巡礼者は無事だよ)


 器から、パンの声が届く。


(でも街から遠くない位置まで戻ってきてる)


「巡礼者が戻ってきます」


 僕はレバンさんへ言う。


「その前に何としても片付けたいです」


「そうだな」


 レバンさんが短く答えた。


「もし、ダメだと思ったら、奥の手があります」


 僕は覚悟を決めて口にした。


「レバンさんの判断で、それを指示してください」


 レバンさんが眉をひそめる。


「出来るだけ使いたくない、と」


「そうです」


 僕は頷く。


「この場でそれをやった場合、きっと僕はフロワにはいられなくなります」


「出来るだけここの戦力で戦って、無理な場合のみにしたいです」


 レバンさんはしばらく黙っていた。


 モンスターの唸り。


 ハンターたちの荒い呼吸。


 その全部を一度飲み込むようにして、ようやく口を開く。


「……わかった」


 その返答は短かった。


「じゃあ、目の前のアレを全力で片付けるってことは変わらないんだな」


「ええ、それでお願いします」


 レバンさんは大きく息を吸い込んだ。


 そして、雪原全体へ響く声で叫ぶ。


「ハンターの皆!」


「前に迫るアレは何としても止める!」


「街に入れたら、それは終わりを意味する!」


 雪原に散っていたハンターたちの視線が、一斉にレバンさんへ集まる。


「全力で戦え!」


「無理な場合は秘策がある!」


 そこで一瞬だけ声を落とした。


「でも、それを見た者は絶対に口外するな!」


「秩序担当レバンの名において禁ずる!」


 ざわめきが広がる。


 でも誰も異論は挟まなかった。


 今この場にいる全員が、街の前で何かが決壊しかけていることを感じ取っていたからだ。


「レバンさん、ありがとうございます」


 レバンさんは剣を肩で回した。


「訳ありはお互い様だ」


 そう言ってから、前を睨みつける。


「それより、来るぞ!」


「はいっ!」


 吹雪の向こうから姿を現したのは、まず白い鱗を持つ巨大なトカゲだった。


 全長は三メートルほど。


 だが横幅がある。


 筋肉の詰まった胴体が雪を掻き、鋭い爪が凍った地面を抉る。


 白い鱗は雪原と同化しそうなほど淡いのに、そこに宿る魔力ははっきり見えた。


 パールリザード。


 雪原と氷海に棲む大型モンスター。


 そして、その後ろから現れた影を見て、僕は息を呑んだ。


 巨大な鼻。


 長く反り返った牙。


 雪を踏み砕きながら進む五メートル級の巨体。


 雪原に生きるマンモス型の大型モンスター。


「ちっ、でっかいのばっかりズラズラと」


 レバンさんが吐き捨てる。


「俺はあのでかいトカゲをやる」


「ハンターはそっちにつける」


「わかりました」


 僕は前方のさらに大きい影を見る。


「無茶はするなよ!」


「はい!」


 僕は杖を構え、駆け出した。


「〈〈エレフワール〉〉!」


 開戦の狼煙が上がる。


 炎と雷の雨が吹雪を裂き、モンスターの進路へ叩きつけられた。



 一方、魔導院地下三階では、非常運用のうねりがさらに強まっていた。


 職員たちは持ち場へ散り、魔導盤の前に飛びついている。


 水晶板の上を走っていた淡い光は、今度は命令に従うように色を変えていく。


「主導管、開放!」


「補助導路、接続します!」


「北部循環圧、再計算!」


 次々と声が飛ぶ。


 地下深くに響く魔制炉の唸りは、さっきまでとは明らかに違っていた。


 ウェールは計器へ顔を寄せた。


「炉心波形、安定外です……!」


「補助導路、第二系統まで開け!」


 ヴェルダンの声が飛ぶ。


 迷いはなかった。


「滞留点を逃がせ!」


 命令が飛ぶたび、地下三階の装置がそれに応えるように重い音を立てる。


 太い導管の中を、青白い光が走った。


 壁の奥、床の下、見えない街の骨組みの中へ、整えられた魔力が送り込まれていく。


 ナーファが、張りつめた声で言う。


「東区画の循環、戻り始めています」


「南部設備、応答あり」


 その報告を聞いても、ヴェルダンは頷きすらしなかった。


「北部はどうだ」


「まだです!」


 ウェールが叫ぶ。


「北部導路、揺れが強いままです!」


 リーザが舌打ちした。


「そこが持たなきゃ意味がないさね」


「わかっている」


 ヴェルダンは短く返す。


 そして、目の前の魔導盤の蓋へ自ら手を伸ばした。


 腰にあった鍵でその蓋を開ける。


 統括長自らが導路制御盤の非常スイッチ触れると、周囲の職員が息を呑む。


「統括長……!」


「黙れ」


 ヴェルダンは意を決したようにそのボタンを押した。


 制御盤に刻まれた術式が一斉に灯る。


 それまで別々に震えていた光の線が、一本の大きな流れへと束ねられていった。


 次の瞬間。


 がくん、と一度だけ大きな振動が走った。


 何人かの職員が思わず机に手をつく。


「炉心、過負荷……!」


 だが、その言葉の途中で、ウェールの目が見開かれた。


「違う、落ちてる……」


 震える指で計器を示す。


「波形の乱れが……収束しています」


 ナーファもすぐに別の盤へ目を走らせた。


「北部導路の圧、低下」


「循環速度、正常域へ復帰中」


 地下三階にいた全員が、言葉を失った。


 さっきまで暴れていた数値が、少しずつ、しかし確かに整い始めていた。


 乱れて逆巻いていた流れが、太い川筋へ戻っていく。


 魔制炉の音も変わっていた。


 街の奥底で脈打つような安定した駆動音へと変わっていく。


 ウェールは計器を見つめたまま呟いた。


「循環が……戻った」


 リーザは腕を組んだまま、その数値を睨んでいた。


 けれど、その目の奥に宿っていた険しさが、ほんの僅かだけ変わる。


「一時的でも、押し戻したさね」


「そうだな」


 ヴェルダンは制御盤から手を離した。


 額には汗が浮かんでいる。


 その時だった。


 職員が駆け寄り、耳を寄せた。


「雪原から報告!」


「街道前方で交戦中だったモンスター群、その一部が進路を失っています!」


「動きが鈍った個体もあります!」


 ウェールがはっと顔を上げる。


「……循環を追ってた個体が道を失った」


 ナーファがすぐに別の職員へ指示を飛ばす。


「全観測点へ伝達!」


「外縁部の群れの動きを継続監視!」


「まだ油断しないで!」


 ヴェルダンはその報告を聞いても、ようやく小さく息を吐いただけだった。


「リーザ教授」


 ヴェルダンが低く言う。


「これで、日没までの猶予は繋いだ」


「都市型運用に移行した後でよく言うさね」


 地下三階の唸りは、なお続いている。


 だがそれは、崩壊の前触れではなく、かろうじてフロワを繋ぎ止めるための鼓動になっていた。



 雪原では、その変化がまだはっきりとは見えていなかった。


 ただ、空気だけが変わった。


 さっきまで街の方角へ引き寄せられていたような、嫌なざわつきが、ほんの少しだけ薄れている。


 けれど目の前の大型たちは、もう止まれないところまで来ていた。


 大型モンスターが、鼻を振り上げて咆哮する。


 踏み出すたび、雪原が震える。


 僕はその正面へ立ち、杖を強く握り直した。


 街を守るための本当の踏ん張りどころは、まだ終わっていなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。


パールリザード

大きさ:3m

蜥蜴型:白い鱗の巨体

生息:雪原、氷海

魔力:氷寄り、風小


シャルマンムート

大きさ:5m

マンモス型:長い角に長い鼻

生息:雪原

魔力:地寄り、氷

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