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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: FP (エフピー)
第四章 フロワ編

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第百五話 地下三階の対話

 次の日の朝。


 窓の外は曇っていた。


 僕は早めに支度を済ませると、宿の扉を押し開けた。


(アーミは北門って言ってたな)


 器の中から、パディットの声がする。


(巡礼も今日には帰ってくる)


 僕は足を速めた。


(急ごう)


 街の朝はまだ静かだった。


 通りを歩く人影は少なく、雪を踏む音だけがやけに大きく聞こえる。


 北門へ着くと、門の脇にひとつ人影が見えた。


 厚手のローブに身を包んだアーミさんだった。


 こちらに気づくと、軽く手を上げる。


「じゃあ早速、雪原まで出よっか」


 フロワの外は、街中よりもずっと広く、ずっと冷たかった。


 白い雪原がどこまでも続いている。


 人目が十分に離れたところで、僕は立ち止まった。


「じゃあ、パディットを呼びますね」


「う、うん」


 アーミさんの返事は、少し硬かった。


 僕は杖を構え、魔力を流す。


「〈〈テイムバンク〉〉」


 白い魔法陣が雪の上に浮かび上がった。


 淡い光が円を描き、そこからパディットが現れた。


 その金色の目は落ち着いていて、威圧はなかった。


「おー、すごいね」


 アーミさんが思わず声を漏らす。


「これ現実なんだよね」


「現実だぞ」


 パディットがすぐに返した。


「大丈夫だ、安心して任せろ」


 アーミさんは、その返答に少しだけ目を丸くしたあと、深く息を吐いた。


「……しゃべると、余計に不思議だね」


「パディット、またペール山まで行ってもらうことになるけど」


 パディットは鼻を鳴らした。


「オレにとっては軽い散歩だ」


「ペール山中腹までお願い」


「そこからネージュが引き継ぐから」


(わかったよ、待ってる)


 器からネージュの声が返る。


 アーミさんは、それを聞いてからもう一度だけ空を見上げた。


 そして、肩を小さく回す。


「ここまで来たら、腹括るよ」


「パディット、よろしくね!」


「ああ」


 パディットが身を低くする。


「じゃあ乗ってくれ」


 アーミさんは一瞬だけ躊躇ったが、すぐに意を決してパディットの背に手をかけた。


 しっかりと跨る。


「じゃあ、何かあったらまた言うよ」


「よろしくお願いします」


 僕がそう言うと、アーミさんは小さく頷いた。


 次の瞬間、パディットは雪を蹴った。


 一気に北の方角へ駆け出していく。


 白い雪煙が上がる。


 あっという間に、その背中は小さくなっていった。


(ネールさん)


 僕は器へ意識を向ける。


(どうした)


 ネールの落ち着いた声が返ってきた。


(空から巡礼がいつ戻ってくるか、見てもらうことできますか)


(いいだろう、引き受けた)


 僕はもう一度、杖へ魔力を流した。


 白い光が弾け、その中からネールが姿を現す。


「では、行って参る」


「よろしく頼みました」


 そう言うと、ネールは大きく羽ばたいた。


 冷たい風が舞い上がる。


 そのまま空高く昇り、白い雲の下へ飛んでいった。


(おばあちゃんが待ってる)


 僕はローブを整える。


(早く行こう)



 魔導院へ向かう道中、朝の街も少しずつ動き始めていた。


 建物の中へ入ると、僕は足を止めず、そのまま五階まで上がった。


 見慣れた三号研究室の扉を開けると、おばあちゃんはもう待っていた。


「アーミはちゃんと行ったさね」


 僕は頷く。


「うん」


 そして、昨日読んだ燈魔書の言葉を思い返す。


「アーミさんが祭壇で光の魔力を流すことができれば……」


「循環は安定してくれるさね」


 おばあちゃんは頷いた。


「その説明を、魔導院の上層の奴らにしてやってほしいさね」


「わかった」


「じゃあ、早速行くさね」


 おばあちゃんが立ち上がる。



 魔導院の地下へ降りて行く。


 地下への階段は、普段は封鎖されている。


 おばあちゃんは鍵で扉を開けると、そこから地下へ入った。


 階段を下りるたびに、空気が少しずつ変わっていく。


 地下三階まで降り切ったところで、思わず辺りを見回す。


「何か、すごい雰囲気が違うね」


 通路の壁際には太い管が何本も通っていた。


 金属と石が組み合わさったような魔導具が並び、唸りのような音を絶えず鳴らしている。


 どこかで蒸気が抜ける音もした。


 この地下で、何か大きなものが動いている。


「これが、この街を支えているさね」


 おばあちゃんが前を向いたまま言う。


「良くも悪くもさね」


 やがて通路の奥に、ひときわ大きな扉が見えてきた。


「ここさね」


 おばあちゃんはその扉の前で立ち止まり、ためらいなくノックした。


「リーザさね」


 少し間があって、中から声が返る。


「入ってください」


 扉を開ける。


 中は思っていたより広かった。


 中央には大きな円卓があり、そのまわりに三人の人物が立っていた。


 こちらが入ると同時に、三人とも軽く姿勢を正す。


「リーザ教授、来てくださってありがとうございます」


 最初に口を開いたのは、白衣の男制だった。


 おばあちゃんが口を開く。


「今日は、ちゃんと話しておかないといけないことがあるさね」


「こちらも丁度、話があります」


 白衣の男性は視線を僕へ移した。


「で、そちらの方は」


「こっちは孫のフライさね」


「お孫さん!?」


 男は本気で驚いた顔をした。


「リーザ教授のお孫さんですか!?」


「そうさね」


 男性は少し慌てながら頭を下げた。


「炉制監のウェールです」


「魔制炉の運用管理全般を任されています」


「出力の調整、炉心の安定確認、各設備への魔力供給の配分、そのあたりが私の仕事です」


「よろしくお願いします」


 僕も頭を下げる。


 ウェールさんは少し落ち着きを取り戻したように咳払いをひとつして、隣の女性へ手を向けた。


「そしてこちらは、魔導総監ナーファ」


 紹介された女性は、上品な身なりをした人だった。


 研究者というより、研究と政治の両方を見てきた人の雰囲気がある。


「私は、ここの魔導行政の最高責任者をやっています」


 穏やかな声だった。


「主に、魔導院の研究をまとめたり、魔制炉の運用を決めたり、街の魔導設備を維持したりですね」


「まあ簡単に言えば、フロワの魔導全体の舵取り役です」


「よろしくお願いします」


 僕が返すと、ナーファさんは軽く頷いた。


 最後に、ウェールさんが円卓の奥に立つ男性へ向き直る。


「そしてこちらが、魔創派統括長のヴェルダン」


「主に魔創派全体の最終判断者になります」


 ヴェルダンは六十代くらいだろうか。


 細身で、白髪交じりの髪を後ろへ流した、上品な見た目の人物。


「リーザ教授、よく来た」


 ヴェルダンさんはおばあちゃんを見て言った。


「ここまで来たということは、街の根幹に関わる話なのだろう」


「まずは聞こう」


「ただし、感傷ではなく、根拠で語ってもらいたい」


「ふん、根拠さねぇ」


 おばあちゃんが鼻を鳴らす。


「それでも動かなかったのが、あんたらさね」


「いや、それは違うぞ、教授」


 ヴェルダンさんの声色はほとんど変わらない。


「あの時は、杖だの燈魔書だの、何から何まで根拠に欠けていて、話にならないと言ったんだ」


「だから考えが固いって言ったさね」


「まぁまぁ」


 ウェールさんが慌てて手を挟む。


「ここで揉めてもどうしようもないですよ」


「同じことを言いに来たわけではないのだろう?」


 ヴェルダンが、おばあちゃんを見た。


「あんたらが好きな話になるさね」


 おばあちゃんは口元を少しだけ上げた。


「ちゃんと根拠のある」


「教授、ついに何かわかったのですか?」


 ナーファさんが静かに問う。


「何かというか、ほとんどさね」


「ほう」


 ヴェルダンさんの目が細くなる。


「では、聞かせてもらおうか」


「その前に、フライ」


 おばあちゃんが僕を見る。


「燈魔書を見せるさね」


「うん」


 僕はローブの内側から燈魔書を取り出した。


 円卓の上へそっと置く。


 僕は左手を添え、そこへテイムの力を流す。


 次の瞬間。


 燈魔書の表紙に刻まれていた封印文字が、光り始めた。


 円卓の上に、淡い光が広がっていく。


「……なっ!?」


 ウェールさんが目を見開く。


「燈魔書が!」


 ナーファさんも息を呑んだ。


 ヴェルダンさんだけは顔色を大きく変えなかったが、その目の奥だけは確かに揺れた。


「まさか」


 低い声が漏れる。


「ただの伝記書じゃなかったとでも言うのか?」


「前にも言ったさね」


 おばあちゃんが言った。


「この中に書いてあることは事実さね」


「その証拠は、今日中に弟子のアーミが証明するさね」


 しかし、ヴェルダンさんはすぐに目を細めた。


「それでも、都市型運用は止められんぞ」


「止めるさね」


 おばあちゃんも即答する。


「ニヴァリスを魔力抽出に使うのもやめさせるさね」


「…………」


 その言葉に、部屋の空気がぴたりと止まった。


 ウェールさんもナーファさんも、一瞬だけ表情を失ったように見えた。


 ヴェルダンさんだけが、静かにおばあちゃんを見る。


「そこまで知っているなら話は早い」


「なぜそうしないといけないか、知っているのか」


「知ってるさね」


 おばあちゃんの声には迷いがない。


「魔制炉で制御できる限界が来ているからさね」


 ヴェルダンさんはおばあちゃんを見据えたまま言う。


「今のままじゃ破綻する」


「そうなればこの街はモンスターに飲み込まれる」


「そうですね」


 ウェールさんが眼鏡を押し上げながら続ける。


「魔制炉を都市型運用に切り替えて、全てを晒して」


「それでまた魔零派共と戦うさね?」


「……それは」


 ナーファさんが言葉を選ぶように口を開く。


「私たちも望んではいません」


「もういい」


 ヴェルダンさんが低く言った。


「そうだ、モンスターの培養で魔力転用しても出力が足りない段階に入っている」


「そんな……」


 思わず声が漏れる。


 ヴェルダンさんは僕を見る。


「ニヴァリスの魔力があれば、当面は持つと考えていた」


「だが、ニヴァリスは消えたと言う情報が入った」


「なら、もう隠している段階ではない」


「モンスターの培養も魔力転用も、都市型の運用に正式に移すしかない」


「それを、解決してやるさね」


 おばあちゃんが言った。


「都市型の運用も、ニヴァリスの培養なしにさね」


「……信じろと?」


 ヴェルダンさんがわずかに眉を寄せる。


「そんな、あるかないかわからないもので」


「あります」


 気づけば、僕は一歩前へ出ていた。


「むしろ、それしか方法がないです」


 部屋の全員の視線が僕へ集まる。


「燈魔書に書いてあったことは、本当に三百年前に起こったことです」


「この時も循環が狂いましたが、ちゃんと解決して未来へ繋いでいます」


 ヴェルダンさんは、しばらく黙っていた。


 それから、静かに言う。


「すまないが、私は私の積み重ねてきたもの、この街の積み重ねた歴史を信じる」


 その言葉に、部屋の空気がまた重くなる。


 ウェールさんが、円卓の上の燈魔書と、ヴェルダンさんと、おばあちゃんを順に見た。


「……じゃあ」


 少しためらってから、口を開く。


「もし本当に、アーミさんが今日中に循環を安定させられるなら」


「その都市型運用は、止められるんですか」


 ヴェルダンさんはすぐには答えない。


 それを見て、おばあちゃんが言う。


「止めさせるさね」


「……簡単に言ってくれるな」


 ヴェルダンさんの声は低かった。


「リーザ教授、街を支える魔力が足りないから、次の運用へ移る」


「それだけの話だ」


「でも、それを公表したら」


「あのモンスターの培養も、公になるのですよね」


 僕は思わず言った。


「そうなると、魔零派は黙ってないはずです」


「ぶつかるだろうな」


 ヴェルダンさんは淡々と返した。


 その目が、今度はおばあちゃんを真っ直ぐ見る。


「リーザ教授、あなたこそ分かっているはずだ」


「ニヴァリスを使えない時点で、我々は最後の代替案を失った」


「ならば、もう使えるものは全部使うしかない」


「モンスター培養と魔力転用を、都市型運用に移し出力を上げる」


「それしかない」


「魔零派や反対派がなんと言おうがやるしかないのだ」


 僕はそれを聞いて、はっきり言った。


「本当の解決方法は、もう見つかっています」


「アーミさんが今、それを確かめに行っています」


「……証明できるのか」


 ヴェルダンさんが試すような目で僕を見る。


「はい、できます」


 僕はその目を見返して頷いた。


「ペール山の祭壇で、循環点に光の魔力を流せれば、安定する」


「燈魔書にも、そうありました」


「燈魔書、か」


 ヴェルダンさんの声は冷たかった。


「三百年前の記録に、街の運命を賭けろと?」


「賭けじゃないです、確かなんです」


 思わず言葉に力が入る。


 ナーファさんが、そこで静かにウェールさんを見る。


「ウェール」


「今の炉、どれくらい持つの」


 ウェールさんは眼鏡の奥で目を伏せ、計算するように口を開いた。


「全出力を維持したままでも、数日程度です」


「運用を大々的に都市型で使う場合……」


「言いにくいですが、正直もう行動に移さないと遅いくらいです」


「実は、もう今すぐにでも都市型運用にしないといけない、それをリーザ教授に伝えたかったのです」


 ヴェルダンさんが、ゆっくりとおばあちゃんを見る。


「教授、それでも待てと言うのか」


 おばあちゃんは、その視線を正面から受け止めた。


「いーや、待ってもらうさね」


 迷いはひとつもなかった。


「根拠もなく止めろなんて言ってるわけじゃないさね」


「今日中に、結果は出る」


「ペール山の循環が安定すれば、ここの魔制炉にも必ず変化が出るさね」


 その言葉に、ウェールさんの眉がぴくりと動く。


 おばあちゃんは続けた。


「ペール山の循環点が安定すれば」


「炉心にかかってる負担も、今よりは確実に軽くなる」


「それは計器に出るさね」


 ウェールさんは黙ったまま、円卓の一点を見つめていた。


「……もし、本当にそうなるなら」


 やがて、ぽつりと口を開いた。


「北部導路にかかっている魔力圧が下がるはずです」


 ナーファさんも静かに頷く。


「数値で確認できるなら、待つ意味はあります」


「統括長、今日一日だけでも猶予を取るべきです」


「今この場で都市型運用を決めれば、魔零派への刺激も大きすぎる」


「もし教授の言う通り、今日中に別の道が証明されるなら、それに越したことはありません」


 ヴェルダンさんは、しばらく何も言わなかった。


 僕は無意識に拳を握っていた。


 ここで今日一日の猶予を取れなければ、全部が一気に転がり落ちる。


 アーミさんがペール山へ向かった意味すら、失われるかもしれない。


「……フライだったか」


 不意にヴェルダンさんが僕を見た。


「お前は、その方法が本当に街を救うと信じているのか」


 僕は、もう迷わなかった。


「信じています」


 はっきりと言い切ると、部屋の中がまた静かになった。


 おばあちゃんが、そこで言う。


「今日中に変化が出なければ、好きにするさね」


「ニヴァリスも、竜杖も、燈魔書も、全部嘘だったと認めるさね」


 僕は思わず、おばあちゃんを見る。


 でも、おばあちゃんは一切こちらを見なかった。


 視線はただまっすぐ、ヴェルダンさんへ向いている。


「だが、今日中に魔制炉の数値が変わるなら」


「都市型運用の計画は凍結、モンスター培養での魔力抽出も中止するさね」


「それで、魔零派との衝突も避けられる」


 ウェールさんが小さく息を呑んだ。


 ナーファさんは、そのままヴェルダンさんの返答を待っている。


 長い沈黙のあと。


 ようやく、ヴェルダンさんが口を開いた。


「……猶予は日没までだ」


「それまでにペール山側から明確な安定化の兆候が確認できなければ、私は予定通り事を進める」


「もうその時は、誰が何を言おうと止めん」


 おばあちゃんが鼻を鳴らす。


「脅しさね」


「宣言だ」


 ヴェルダンさんは淡々と言った。


「私は、この街を守り抜く」


「そのために嫌われ役が必要なら、それも引き受ける」


 その言葉には、統括としての重さがあった。


 この人もまた、本気でフロワを背負っているんだと思った。


 次にナーファさんが口を開く。


「ウェール、地下計器室へ連絡を」


「北部導路、炉心波形、流脈圧、全部を優先監視に切り替えて」


「少しでも数値に変化が出たら、すぐ本部へ上げなさい」


「わかりました」


 ウェールさんは慌てて頷いた。


 それから僕の方を見る。


「フライ君、君も来るといい」


「数値が変わったと、自分の目で見た方がいいでしょう」


「はい」


 おばあちゃんが、円卓の上の燈魔書に手を置く。


「日没までさね」


「それまで、余計なことはするんじゃないさね」


「結果次第だ、リーザ教授」


 ヴェルダンさんはそう言うと、再び椅子へ腰を下ろした。


 部屋の空気はまだ重い。


 けれど、今日一日だけ、道は繋がった。


 あとは、アーミさんが祭壇に辿り着き、魔力循環を安定させられるかどうか。


 日没まで。


 その短い猶予の中で、全部が決まる。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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