第十話 力の使い方
次の日の朝、僕は妙に早く目が覚めた。
窓から差し込む光は、いつもより少し薄暗い。
着替えを済ませて台所に向かうと、母さんが湯を沸かしていた。
「おはよう、フライ」
「今日はずいぶん早いわね」
「ちょっと畑の様子、早めに見ておこうかなって」
「いいことだけど、あんまり無理しないでよ?」
「分かってる」
パンのことは、まだ母さんに言っていない。
ちゃんと、自分の中で整理がつくまで、軽々しく言えない。
僕は、簡単に朝ごはんをかき込むと、外に出た。
⸻
家の裏側へ回ると、小屋の戸をそっと開けた。
「おはよう、パン」
干し草の山が、もぞもぞと動いた。
白い頭と角がぴょこんと飛び出して、ぱちぱちと瞬きをする。
(ねむい)
「ごめん、ちょっと早かったね」
パンは、あくびみたいに口を開けて、干し草から這い出てきた。
「とりあえず、朝ごはんだね」
腰の袋から、小さくちぎった干し肉と、煮た芋を少し取り出す。
「今日は芋もあるよ、あわてて食べないでね」
(おいしい おいしい)
喉を詰まらせないように、少しずつ渡す。
パンが最後の芋を飲み込んで、満足そうにしたところで、僕は少し真面目なことを考える。
(試さなきゃいけない、自分の力を知らないと)
パンの頭を撫でながら、これからやることを頭の中で整理していった。
(パン、今日はおとなしくここに居てね)
干し草の上に、再び丸くなって眠るパンを見届けてから、僕は物置をそっと閉めた。
そのまま、午前の畑仕事に向かった。
⸻
畑仕事が終わり表に回ると、ちょうどセラが治療所の方へ走っていくところだった。
「おはよう、フライ」
「おはよう、今日も忙しそうだね」
「あ、ケール先生が、フライにもお礼言わなきゃってさ」
「時間あったら、あとで治療所に顔出してあげて」
僕はセラを見て頷いた。
「グラムさんのお見舞いに、寄ってみるよ」
「じゃあ伝えたからね」
セラは手を振って走り去る。
明るい顔をしているのを見て、少し肩の力が抜けた。
僕は一度、治療所に立ち寄ることにした。
⸻
扉を開けると、治療所の薬草とポーションの匂いがする。
「おじゃまします」
「あら、フライ」
棚の前で瓶の整理をしていたケールさんが、顔だけこちらを向いた。
「で、体調はどう」
「特に変わったことはないです」
ケールさんは僕の額に手を当てる。
ひんやりした指先が、体温を確かめる。
「熱はないし顔色も悪くない」
「大丈夫そうね」
そこへ、奥のベッドから低い声が響いた。
「おーい、ケール」
「俺はもう大丈夫だぜ」
グラムさんが、片手をひらひら振っている。
「あんたは昔から、大丈夫大丈夫って言って、大丈夫じゃないことの方が多いのよ」
「もう少しおとなしくしてなさい」
ケールさんがじと目を向ける。
「お、フライも来てたのか」
ようやく、僕に気がついたグラムさんが、片手を上げる。
「グラムさん、調子はどうですか」
「見ての通り元気だぜ」
「グラム、まだ安静にしていろ、と言われたばかりだろうが」
奥のカーテンの方から、聞き覚えのある落ち着いた声がした。
ルドーさんが、書類を抱えて出てくる。
「俺もさっきまで、ケールに説教されてたところでな」
「報告書の提出サボるからでしょ」
「こいつら事務作業は一切やらないんだから」
「報告する義務があること忘れてるのよ」
ケールさんが軽くため息をつくと、グラムさんは肩をすくめた。
「ケールがやっといてくれよ」
「いっつも後始末は私じゃないの、いい加減覚えてもらうからね」
ケールさんが、呆れたように言う。
「で、フライ」
「何かあったら、またすぐ来なさい」
「いつでも診てあげるから」
そう言ってくれるのが、少し心強かった。
「グラムさんも、無理しないでくださいね」
「お、おう」
「もう十分無理してるのよ、寝てなさい」
「はい」
ケールさんの一言で、グラムさんは苦笑いしながらベッドに背を預ける。
「じゃあ、僕は見張りに戻ります」
「変な気配があったら、すぐ村長に知らせるのよ」
「了解です」
⸻
見張り小屋に上がり、周りの景色を見渡す。
畑。森。遠くの山。
「よし」
手すりに肘をついて、考える。
(赤目のとき、みんなの力がなければどうにもならなかった)
(テイムを使うにしても、周りと足並みを揃えないと危ない)
そう考えていると、丘の下から、誰かがこちらに向かってくる足音がした。
「やっぱりここか」
シアンさんが見張り小屋に上がってきた。
「おはよ、テイマーくん」
「おはようございます」
「……って、テイマーくんはやめてください」
そんなやりとりをしながらも、シアンさんの目はちゃんと真面目だった。
「パンの様子は?」
「今のところ落ち着いています」
「そっか」
シアンさんは柵に背中を預けた。
「で、本題」
「フライは、これからどうしたい?」
「どう、って」
「パンのこと、秘密で済ませられる話じゃないって、分かってるでしょ?」
「……分かってます」
そのことが、昨日からずっと、頭の中に引っかかっていた。
「パンを村に置くってことは、モンスターを村に置くってことだからね」
「……まず、おじいちゃんに、話すべきなんでしょうね」
僕がそう言うと、シアンさんはすぐに頷いた。
「私もそう思うよ」
そして、少しだけ笑う。
「村長さんなら、分かってくれるでしょ」
おじいちゃんは厳しいときもあるけど、頭ごなしに否定してくるタイプじゃない。
それは分かっていた。
「村を守るためにテイムしたってちゃんと話せば、きっと聞いてくれるよ」
背中を、ぽんっと押された感じがした。
「そうですね」
納得するように頷く。
「午前の見張りが終わったら、行ってみます」
「私も行こっか?」
「来てくれるんですか?」
シアンさんはあっさりと言った。
「私も魔力の説明とかしないとだしね」
「じゃ、いつも通り見張りして、村長さんに報告しに行く」
「分かりました」
僕は素直に頷いた。
「がんばれ、テイマーくん」
「それやめてくださいってば……」
そう言うとシアンさんは、笑いながら見張り台を降りて行った。
⸻
見張りを終えるころには、頭の中で何度も同じ言葉を繰り返していた。
(モンスターを仲間にしましたって、どう言えばいいんだろ)
下手な言い方をしたら、色々誤解されそうだと思った。
交代の人に見張りを任せて小屋を降りると、シアンさんが待っていた。
「おつかれ」
「迷わないうちに行こっか」
「はい」
気分は重かったが、足だけはちゃんと向かってくれた。
⸻
小高い場所に建つおじいちゃんの家。
軽く扉を叩くと、すぐに声が返ってきた。
「誰じゃ?」
「フライ、それとシアンさんも」
「入っといで」
中に入ると、囲炉裏の火が小さく燃えているのが見えた。
「で、話というのは?」
横でシアンさんが、こっそり肘でつついてきた。
「えっと、おじいちゃん」
僕は、正面からおじいちゃんを見た。
「昨日の件と、そのあと起きたことを、話しに来た」
「ほう」
おじいちゃんの目が細くなる。
「では、詳しく聞こうかの」
僕は観念して、息を整えた。
「昨日見張り台に立っていた時、村の縁のところでモンスターを見つけた」
「それから――」
昨日あったことを、全部隠さずに話した。
おじいちゃんは、途中で一度も口を挟まなかった。
一通り話し終えたとき、おじいちゃんはしばらく黙っていた。
「前にも言ったはずじゃ」
おじいちゃんはゆっくり続けた。
「何かあったらすぐに報告しろ、隠し事は誰のためにもならん、と」
「ごめん……」
僕は素直に頭を下げるしかなかった。
「モンスターは魔力を持つ命じゃ」
「何かの拍子に暴れれば、守るべきはずの村を危険に晒すことになる」
僕はその通りだと思った。
「じゃが――」
そこで、おじいちゃんの声色がほんの少し柔らかくなった。
「戸惑ったのも、わかる」
「テイムという得体の知れん力を、いきなり受け入れろという方が無理じゃろう」
おじいちゃんは、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
「しかし、モンスターの感情が読めるのはお前だけじゃ、フライ」
「うん」
僕が頷くと、おじいちゃんは話を続けた。
「それは、この村にとって危うい希望かもしれん」
「ならば、その扱い方は、わし一人ではなく、村の民で決めねばならんな」
すっと立ち上がった。
「今夜、集会を開く」
「まずは村の皆に話し、聞き、決めよう」
「シアン、お前も来てくれ」
おじいちゃんがそう言うと、シアンさんは頷いた。
「もちろんです」
「魔力に関して説明できるのは、村で私くらいですし」
「助かる」
おじいちゃんは窓の外を見た。
「……さて、忙しくなる」
⸻
そして、その日の夜。
村長の家の奥、前にも会議で使われた小さな部屋には、すでに何人かが集まっていた。
囲炉裏の代わりにランタンが一つ。
丸い卓を囲むように椅子が置かれている。
ホルスさん、ケールさん、ルドーさん、それから年配の農民や、ハンターが何人か。
僕とシアンさんは、少し遅れて部屋に入った。
「来たか」
おじいちゃんが頷く。
僕たちが席につくと、話が始まった。
「今夜集まってもろうたのは、他でもない」
「この村で、モンスターを仲間にした者が出た」
おじいちゃんは僕の方を一度見てから、簡潔に事の顛末を説明していく。
赤目との戦い。
僕がモンスターをテイムしたこと。
足りないところは、シアンさんが補足する。
「赤目のときの魔力は、本当にぐちゃぐちゃだったんです」
「それを、フライのテイムで元に戻しました」
ルドーさんが、腕を組んで唸った。
「村長、モンスターはモンスター、危険な存在ではないですか」
「すぐにモンスターは仲間だ、フライを信じろってだけで受け入れるのは、無理があります」
ハンターとしてもっともな意見だと思った。
「わしも、危険がないとは言わん」
おじいちゃんは、素直に認めた。
「ただ――」
そこで、ケールさんが口を開いた。
「赤目と対峙したとき、なんとかできたのは、フライだけよね」
「みんなは、応戦で精一杯だった」
「否定はしねぇな」
「あの力は一人でどうこうできるもんじゃない」
ホルスさんが苦笑する。
「フライが動いた結果として、誰も死ななかった」
ケールさんの視線が、僕に向く。
ルドーさんは黙り込んだ。
そこへ、ホルスさんが口を挟む。
「モンスターの怖さは、よく知ってるつもりだ」
部屋の空気が、少し引き締まる。
「赤目みたいな奴が、群れで来りゃ、村なんざひとたまりもない」
「だから、本来なら、全部遠ざけておくのが一番楽だ」
ホルスさんは、まっすぐ僕を見た。
「だが」
「あれを見てから、俺はこいつを信じると決めた」
「フライには力がある、それは確かだ」
ホルスさんは続ける。
「だから俺は、その力を見張る側に回る」
「誰かが導いてやれば、きっとあの力は村のためになる」
「シアン」
おじいちゃんが、今度はシアンさんを見る。
「魔力の観点から言うと、どうじゃ?」
「正直、あの力は万能でもないと思うところもあります」
シアンさんはあっさり言った。
「赤目みたいなのを何体も相手にしたら、フライの方が確実に魔力切れですね」
僕は小さく頷いた。
「ただ」
シアンさんは続けた。
「モンスターの狂った魔力を落ち着かせることができる」
「それは、戦うとは違う、もう一つの手段になり得ます」
ルドーさんが、深く息を吐いた。
「危ない手段には違いない」
「ええ」
シアンさんはあっさり認める。
「けど、森でモンスターが増えてる今、頼れる力があるなら賭けてみたい」
「私はそう思います」
シアンさんの言葉に、その場の皆が頷いていた。
⸻
一通り話し終えたところで、おじいちゃんが口を開いた。
「よかろう」
「危険はあるが、危険を恐れて何もせんのなら、モンスターが増えて来ているこの地で、村は生き残れんじゃろう」
おじいちゃんは一人一人の顔を見渡した。
「フライの力は、この村にとって危うい希望じゃ」
「ならば、希望としてどう使うかを、村のわしらが決めねばならん」
そこで、指を一本立てた。
「まず一つ」
「テイムに関する話は、村の外には絶対に漏らさんこと」
「よそで話せば、フライも村もただの異端として狙われるだけじゃ」
「二つ目」
「モンスターの居場所についてじゃ」
「今のように村の中に隠しておくのは、いつまでも続けられん」
「それは、そうだな」
ホルスさんも頷いた。
「畑の向こう側に、空き地があったじゃろう」
「昔、家畜を増やそうとして諦めた場所だな」
農民の一人が言う。
「そこを、柵で囲ってモンスター用の牧場にする」
部屋の空気が、ざわついた。
「今は一匹じゃろうが、テイムしたモンスターが増える可能性もある」
「村にモンスターの居場所を作る」
「三つ目」
おじいちゃんは最後に指を折った。
「近隣の調査を強化する」
「赤目みたいな異常個体がいないか、モンスターが集まりやすい場所はどこか、ハンター達には、今以上に目を光らせてもらう」
「了解です」
ルドーさんが、真面目な顔で頷いた。
「フライ、お前は見張りの時に、気配の異常を意識して見て回れ」
「ただし、決して一人で判断して勝手に動くな」
おじいちゃんがじっとこちらを見据える。
「モンスターは、牧場から出してはならぬ」
「あくまで、有事の際の力になる時のみじゃ」
「それと、テイムを使うときは、必ず誰かがいる時じゃ」
「約束するよ」
「よろしい」
ようやくおじいちゃんは笑みを浮かべた。
⸻
話し合いのあと、村人たちが広場に集められた。
焚き火の周りに人垣ができる。
僕は輪の中に立っていた。
(うわぁ、これは正直緊張するな)
そんな僕の背中を、シアンさんが軽く杖でつついた。
「だいじょうぶ、全部話さなくていいから」
おじいちゃんが前に出て、村人たちを見渡した。
「皆に集まってもろうたのは、他でもない」
声が、夜の村に響き渡る。
「この数日で、モンスターに襲われた者が出た」
「森からのモンスターの気配も増えておる」
おじいちゃんは、一瞬だけ僕の方を見る。
「このフライには、モンスターの気配を読む力がある」
ざわっ、と村人たちの間に小さな波が立った。
「今回のモンスターの件でも、その力を使って危険を察知し、暴走を抑えた」
「今後も、フライのこの力を、村を守るための手段として使うことにした」
すると、誰かが手を挙げた。
「モンスターを、村に置くってことかい?」
年配の男性だ。
戸惑いが滲んでいる。
おじいちゃんはうなずいた。
「既にフライが落ち着かせたモンスターがおる」
「柵で囲んだ場所に置き、わしらの目の届くところで様子を見る」
焚き火の光が、おじいちゃんの横顔を照らす。
「この地で、モンスターが増えているのは事実じゃ」
「わしらが目を背けようが、背けまいが、勝手にやってくる」
その言葉に、ざわつきは少しだけ小さくなった。
「それを放置しては、この村はただただモンスターに飲み込まれるのみなのじゃ」
「だから、フライの力は、モンスターに対抗するための村の力にする」
ゆっくりと、村人たちを見渡す。
しばらくの沈黙の後、理解を示す声がぽつぽつと上がり始めた。
ホルスさんが、後ろの方から短く言った。
「何かあったら、まず俺たちハンターが出る」
「その上でフライに頼る、それが一番いいだろう」
その一言で、少しだけ空気が変わった気がした。
⸻
集会が終わるころには、夜風が肌寒く感じるくらいになっていた。
家に戻る前に、足が自然と物置小屋の方へ向かう。
戸をそっと開けると、干し草の山がもぞもぞと動いた。
(ここ あったかい)
「よかった」
パンのそばに腰を下ろすと、少し疲れを感じた。
言葉というより、気配で伝わってくる感情だった。
パンの頭をそっと撫でる。
「僕も、頑張るよ」
(これは、僕一人の力じゃない、この村のみんなの力)
「よし」
「まずは牧場作りから、だね」
僕は立ち上がって、振り返った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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