第一話 アルミ村
はじめまして。
『ドラゴンテイム』第一話です。
モンスターの気持ちが分かる主人公フライと、
その仲間たちがゆっくり成長していく物語です。
僕が生まれ育ったアルミ村は、世界地図で見たらきっと米粒より小さい。
周りを森と丘に囲まれた、小さな村だ。
人口は三百人くらい。畑を耕したり、近くの川で魚を獲ったり。
そんな当たり前の暮らしで、なんとか毎日を回している。
モンスターが人間より強くて外は危険だ、それがこの世界の常識。
街や城は高い壁や大砲で守られているけれど、村なんてものは、モンスターに目をつけられたら一瞬で消えることだってある。
でも、このアルミ村は、なぜか昔からモンスターは現れない。
僕はときどき、村の外のことを考えてしまう。
なぜなら、物心ついたころから、森に住む生き物の気持ちや気配が、なんとなく分かるからだ。
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はじめてそれに気づいたのは、小さいころ。
夜、家族が寝静まったあと、布団の中で目を閉じていると、時々、遠くからなにかが流れ込んでくる。
こわい
さむい
おなかすいた
言葉じゃなくて、もっとぼんやりした気持ちが、気配のように頭に浮かぶ。
最初は、どこかで人が泣いているのかと思った。
母さんにそれを話したら、
「フライは想像力が豊かね」
と笑って、頭を撫でてくれた。
でもあるとき、外から大人たちの声が聞こえてきた。
「さっき森の方で、野犬の群れを見たって話だ」
「近くまで寄ってこなきゃいいがな」
その瞬間、僕は背筋がぞくりとした。
あの、「こわい」「さむい」「おなかすいた」の気配。
あれはたぶん、人じゃない。
そう思ったことを、ある日、同い年の子たちに話してしまったことがある。
⸻
「だからね、森の方から怖がってる感じがして……」
村の広場で、僕は何気なく口にした。
その場にいた子どもたちは、一瞬きょとんとした顔をして――
「なにいってるの?」
「そんなのぜったいわからないよ」
口々にそう言って笑った。
「うそじゃないよ。ほんんとうに......」
「へんなの!」
「あはははは」
笑い声が大きくなる。
その輪の外から、赤い髪がずかずかと割り込んできた。
「おい」
低い声に、笑っていた子たちの動きが止まる。
ホップだった。
当時から、剣術師範の息子として有名だった。
「フライをへんだとかいうな」
「だ、だってホップ、きいた? なにかこえがきこえるんだって!」
「だからなんだよ」
ホップは一歩前に出る。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でもな」
その子の胸ぐらをつかんだ。
「フライのことをわらうなっ」
「な、なにすんだよっ!」
そのまま取っ組み合いになって、周りの子どもたちが悲鳴を上げる。
結局、大人に引きはがされて、ホップも僕もまとめて怒られた。
あとで、二人並んで小屋の裏に座っていると、ホップは鼻の頭をさすりながら言った。
「つぎからは、あんまりひとにいうなよ」
「……ごめん。めいわく、かけたね」
「めいわくっていうな」
ホップは、いつもみたいに少し照れたように笑った。
「オレにはわからないけど、しんじてるともだちをわらうやつはきらいいだ」
その言葉が、ずっと胸のどこかに残っている。
それ以来、僕はあまり周りには話さなくなったけれど、ホップだけには、気配のことをときどき打ち明けるようになった。
⸻
それから、時は流れて十三歳。
その気配は、いつもと違った。
朝からずっと、北の森の奥から、重たい気配がしていた。
怖いとか空腹とかじゃない。
もっと深くて、低くて、底なしみたいな、眠りの気配。
(……なんだ、これ)
胸の奥がざわざわして、落ち着かない。
昼過ぎ、僕はとうとう我慢できなくなって、村の外れまで走った。
北側の丘の上には、簡易の見張り台が建っている。
そこは、村の周りを見渡すには一番いい場所だ。
見張り台に上がると、赤髪の少年が腰を下ろして空を眺めていた。
「ホップ!」
「お、フライ。どうしたんだ、そんな顔真っ青で」
「なんか、変なんだ。森の向こうから……でっかいのが、ずっと寝てる感じがする」
ホップは頭をがしがしかいた。
「前も言ってたろ、声が聞こえるとか、感情が分かるとか、同じじゃないのか?」
「違う、だって、今日はすごく強いんだ」
ホップは立ち上がり、北の森の方角を見た。
そして僕の顔を見る。
「……行こうとしてる顔だな、それ」
図星だった。
「ちょっとだけ。森まで行ってみたい」
「お前のちょっとって言葉ほど、当てにならないもんはねぇ」
ホップはため息をついた。
「子供だけで村の外に出ちゃいけないって、何回言われたか覚えてるか?」
「覚えてるけど……でも、気になるんだ。もし人だったら?」
「さすがに人じゃねえだろ」
即答されて、少しムッとする。
「……でも、もしそうだったら」
そう言うと、ホップはしばらく黙り込んだ。
そして、渋い顔で言った。
「分かった。どうしてもって言うなら、俺も行く」
「ホップ?」
「お前言い出したら聞かないし、森はあぶない」
「一人で行かせるくらいなら、一緒に怒られた方がマシだ」
そう言って、腰に下げていた練習用の剣をぽん、と叩いた。
「ただし。俺が危ねぇと思ったらそこで引き返す」
「それだけは約束できるか?」
「……うん」
僕はうなずいた。
胸のざわざわは、少しだけ落ち着いた。
⸻
村の門を抜けると、空気が変わった気がした。
畑の匂いから、土と木の匂いに、遠くで鳥の声がして、風に揺れる葉の音がさわさわと耳に届く。
「緊張してるか?」
「ちょっとだけ」
ホップはため息混じりに笑う。
「モンスターが出なくても、でかい猪とか野犬は出るから油断すんなよ」
「分かってる」
と言いつつ、僕は胸の辺りに意識を向けていた。
眠りの気配は、やっぱり北の山からだ。
森への小道を進んでしばらくしたとき、ガサッと茂みが揺れた。
「っ!」
飛び出してきたのは、大人の腰くらいある猪だった。
こちらに向かって突進してくる。
「フライ、下がれ!」
ホップは僕の前に一歩出ると、一瞬で間合いを詰めた。
練習用とはいえ、刃のついた剣。
ホップは躊躇なく、猪の肩口を斜めに切り上げる。
悲鳴を上げて、猪は横にずれ、そのまま森の奥へと逃げていった。
「ふぅ……」
ホップは息を吐き、剣を振って血を払う。
「森はモンスターじゃなくても、これくらいの相手は普通に出るんだ」
「……うん、ごめん」
「分かってんならいい。でもこれがモンスターだったら、笑えねぇからな」
その言葉に、少しだけ背筋が冷える。
それでも、胸のざわざわは前よりはっきりしてきていた。
(近づいてる……)
⸻
森を抜けると、小さな山のふもとに出た。
そこには、石で組まれた古い祠があった。
鋭く削られた岩山の裾に、無理やり穴を開けて作ったみたいな祠。
入口には、重そうな石の扉がはめられている。
「……こんなところ、あったんだな」
「知ってたのか?」
「いや。初めて見るよ」
胸の奥で、眠りの気配が濃くなった。
(ここだ)
扉の中央には、円を描くようにして紋章が刻まれている。
輪の中に、くるりと丸まった龍のような形。
それは、どこか生きているようにも見えた。
「……何だ、この模様」
ホップがつぶやく。
僕は、なぜか目が離せなかった。
手を伸ばして、そっと紋章に触れる。
冷たい石の感触が、指先から伝わる。
その瞬間――
(眠っている)
はっきりとしたイメージが頭に流れ込んできた。
巨大な何かが、深い深いところで丸くなって、静かに呼吸をしている。
暗闇の中の熱。鼓動。
(ここで眠っている)
「フライ!」
ホップの声で、はっと我に返る。
気がつけば、膝が少し震えていた。
「だ、大丈夫か?」
「顔真っ青だぞ。」
「……うん、大丈夫。扉、開くかなって思ったけど、ダメみたい」
押しても引いても、びくともしない。
さっき流れ込んできたイメージは、夢みたいにぼやけていく。
(ここに、何がいるんだろう)
「もう戻るぞ。日が傾いてきてる」
そう言うと、ホップは僕の肩をぐいっとつかんで引き寄せた。
「ここから先は、ハンターでもない奴が来る場所じゃねぇ気がする」
「……分かった」
名残惜しさはあったけれど、僕もそれ以上は近づかなかった。
村に戻るまでの道で、何度か振り返ったけれど、山の祠は森に隠れて見えなくなっていた。
⸻
村に戻ると、案の定、大人たちが入口で待ち構えていた。
「どこ行ってたの、フライ!」
母さんが、腕を腰に当てて仁王立ちだ。
「ご、ごめん……」
「ホップまで。あんた剣持ってるからって、調子に乗らないの!」
「すみません……フェイスさん」
さすがのホップも、頭を下げるしかなかった。
その後、しばらく二人並んで説教を浴びたのは言うまでもない。
でも、その夜。
布団に入った僕は、目をつぶってもなかなか眠れなかった。
胸の奥で、あの眠りの気配が、かすかに揺れている。
(あそこには、何かがいる)
そんな予感だけを抱えたまま、僕は十三歳の一日を終えた。
⸻
それから五年。
僕は18歳になり、相変わらずアルミ村で暮らしていた。
畑を手伝いながら、空いた時間には台所に立つ。
村の魚で新しい料理を考えたり、畜産の肉を少しもらっては、無茶な味付けを試したり。
「ねぇ母さん、この香草、昨日より多めに入れてみてもいい?」
「ほどほどにしときなさいよ」
「この前ホップが“死ぬほど辛い鍋”って泣いてたわよ」
「泣いてはいなかったって。ちょっと汗だくになっただけで」
夕暮れどき、僕は小さな鍋を火にかけていた。
川魚と野菜を煮込んだスープに、今日は新しく手に入れた香草を入れている。
(匂いは……たぶん、悪くない。たぶん)
「フラーイ、来たぞー」
戸を開ける前から、ホップの声が聞こえた。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい。フライの実験台、ご苦労さま」
母さんが笑いながら迎える。
「やめてよ母さん、その言い方」
「事実だろ?」
ホップは苦笑しながら、鍋を覗き込んだ。
「今日は鍋か?」
「魚と野菜のスープに、香草をちょっと足してみたやつ」
「ちょっとって、俺の中じゃもう信頼ゼロなんだが」
「大丈夫。今日は辛くないし、酸っぱくもないし、変な色にもなってない」
「それ、前に全部一回はやったんだよなぁ……」
ホップは、過去のトラウマを思い出したような顔をした。
一度、香辛料を入れすぎて涙が止まらなくなった鍋。
別の日は、酸味のつけすぎで顔をしかめながら食べる羽目になった鍋。
さらに別の日は、見た目が緑色になってしまった謎鍋。
全部、ホップはなんだかんだ食べてくれた。
そういうところが、昔から優しい。
「ほら、味見してみて」
僕は木の椀によそって、ホップの前に出した。
「毒見係、いってきます」
ホップは冗談を言いながら、スープを一口すすった。
少し目を見開き、それから肩の力を抜く。
「……あれ? 普通にうまい」
「ほんと?」
「うん。魚の味ちゃんと残ってるし、この草も悪くない。鼻に抜ける感じが、ちょっといい」
ホップの言葉に、思わず胸がじわっと温かくなる。
「よかった……。じゃあ、おじいちゃんのところにも持っていってみようかな」
「この味ならきっと村長喜ぶぜ、でも新しく実験したやつはやめとけよ」
「失礼だなぁ」
そんなやりとりをしてから、僕らは鍋を囲んで簡単な夕食を終えた。
食後、ホップは見張りの番だからと腰を上げる。
「そういえば、今日、村長に呼ばれてるんだろ?」
「うん。十八歳になったからって」
「きっと祝いでも貰えるんだろ」
笑いながら、僕はホップを見送った。
鍋の残りを片付けながら、ふと気づく。
モンスターの気配の話も、僕が困ってる時も、料理の実験も、ホップはいつもなんだかんだ隣にいてくれる。
そんなことを思い出しながら、僕はおじいちゃんの家へ向かった。
⸻
おじいちゃんの家は、村の中央の少し高い場所にある。
僕のおじいちゃんが村長で、名前はロイ。
小さいころから、何度もここでおやつをご馳走になった。
けれど今日は、妙に緊張する。
コンコン
戸を叩くと、聞き慣れた声が返ってきた。
「お、フライか。入っといで」
「お邪魔します」
中に入ると、おじいちゃんは囲炉裏のそばに座って、湯飲みを手にしていた。
「18歳、おめでとうさん」
「ありがとう、おじいちゃん」
「フェイスから聞いとるじゃろうが、渡すもんがあってな」
おじいちゃんは立ち上がり、奥の棚をごそごそとあさると、小さな木箱を持って戻ってきた。
「はい、これじゃ」
ぱか、と蓋を開けると、中には指輪が入っていた。
銀でも金でもないくすんだ金属の輪、宝石も何もついてない地味な指輪だ。
「……お守り?」
「うちの家系で、十八歳になったら渡すことになっておる」
「ま、若いのが何か身に着けてると、それだけで様になるもんじゃ」
「なんか、適当だなぁ」
苦笑しながらも、僕は指輪を手に取った。
ひんやりとした感触、細いけれどしっかりとした重みがある。
「つけておきなさい。フライ」
おじいちゃんの声が、少しだけ真面目だった。
「うん」
左手の人差し指に通してみる。
ぴったり合った。
「おお、サイズもぴったりじゃな」
おじいちゃんはおどけて見せる。
「ありがとう、おじいちゃん」
「じゃあ、そろそろ見張り行ってくるよ」
「気をつけてな」
いつも通りの調子で手を振るおじいちゃんに見送られて、僕は家を出た。
戸が閉まったあと、おじいちゃんがどんな顔をしていたか、その時の僕は知らない。
⸻
家に戻る途中、ふと指輪を外して見下ろした。
(……あれ?)
輪の内側に、細い線で刻まれた模様があることに気づく。
くすんだ金属だから目立たないけれど、日差しが当たると模様のラインが浮かび上がる。
円の中で、くるりと丸くなって眠る龍の形。
それは、五年前に見た祠の扉の紋章と、まったく同じだった。
(……え)
胸の奥が、熱くなる。
指でなぞると、そこから微かな熱が伝わってくるような気がした。
頭の片隅で、眠りの気配がざわめく。
(偶然……じゃない)
そう思った瞬間には、足は勝手に北の丘へ向かっていた。
⸻
見張り小屋に上がると、ホップがあくびをしていた。
「お、戻ったな」
隣に立ちながら、僕は左手を掲げて見せた。
「これ、貰った」
「お、指輪? 思ったより地味だな」
「もっとこう、ドーンとした宝石とかねぇの?」
「おじいちゃんに限ってそれはないだろね」
ホップは身を乗り出して、指輪をまじまじと見つめた。
「……ん?」
「どうかした?」
「この内側の模様……どっかで見たような……」
ホップの眉がひくりと動く。
僕は、わざと何も言わずに待っていた。
「……あの日だ」
ホップがぽつりと言った。
「十三のとき、山の祠で見た扉。あれに描いてあったやつだ」
「やっぱり、そうだよね」
「偶然……なのか?」
「さぁね」
僕は指輪を軽く回しながら、北の山を見た。
その瞬間、胸の奥の眠りの気配が、強く波打った。
(呼んでる?)
そんな感覚に、思わず息を飲む。
「で?」
「で?」
「そういう時、フライが何もしないわけないだろ」
ホップの言葉に、苦笑いしかできなかった。
「……祠を、もう一回見に行きたい」
結局、正直に言う。
ホップは大きく息を吐いた。
「だろうな」
「止めないの?」
「止めて止まるなら止めるけど、フライの場合止めたら一人ででも行く」
「……」
図星すぎて反論できない。
「だったら最初から一緒に行った方がマシだ」
「森はあぶねぇんだからな」
ホップは腰の剣を軽く持ち上げて見せた。
「今回はあの頃よりちゃんと戦えるしな」
「猪どころか、ちょっとしたモンスターでも相手してやる」
「頼もしいね、ホップは」
「はいはい、褒めても無茶はさせねぇからな?」
「無茶でも付き合ってくれるホップ優しいね」
「あのなぁ…」
そんな軽口を叩きながら、僕たちは一度解散した。
⸻
家に戻って、簡単に荷物をまとめる。
水袋、干し肉、簡単な包帯。
ついでに、さっきの鍋を少し煮詰めて、小さな携帯用のスープにしておいた。
「フライ、どこか行くの?」
背中から、母さんの声が飛んできた。
「ホップと、ちょっと丘の方までね」
「……」
少しだけ、間が空いた。
「気をつけてね」
振り返ると、母さんはいつもの笑顔だった。
ただ、その目の奥が、ほんの少しだけ揺れていた気がする。
「日が暮れる前には帰るよ」
それだけ言って、家を出る。
北の道の入口には、既にホップが立っていた。
「遅い」
「準備してたんだよ」
「ほら、携帯スープ」
「お、やるじゃねぇか……変な香辛料は入れてないよな?」
「だから変なことしたことは一度もないって」
くだらない会話をしながら、僕たちはこっそり村の門をくぐった。
⸻
村の道を抜け、畑の間を通って、森の入口に立つ。
「じゃ、行こうか」
「ああ」
僕とホップは並んで森の中へ足を踏み入れた。
五年前と同じ道。
でも、胸に感じる眠りの気配は、あの頃よりずっと強い。
(ここから、何かが始まる)
そんな予感がした。
指輪は、静かに熱を帯びていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
初めて自分の書いたものを、投稿してみました。
面白い物語を作って、最後まで走りきれたらな、と思っています。
よろしくお願いします。




