【第一章】2.邂逅
ノエルとカイは背を合わせ共に剣を振るう。しかし、サムサリナ堂前にいる敵は多い。駆けつけた数人の蒼盾団の騎士が市民を避難させ、被害は減ったものの、二年目の騎士二人で対応するには相手の手数が多かった。
「クソ! おかしいだろ!」
カイはヤケクソになりながら叫んだ。
「なんでこいつら、倒しても倒しても起き上がるんだよ!!」
ナイフ・グレムはノエルたちを奇妙な目で見つめる。「きははは」と感情のない笑い声が飛び交う。ノエルは敵の攻撃を受け流すように弾くと、背後でカイに致命傷を負わされたであろう敵が、まるで無傷のように起き上がる様子を見て言った。
「まさか、不死身なのか……?」
「ちっ。冗談じゃねーぜ。早くユニスの手当てをしなきゃなんねーのに」
ユニスを守りながらの戦いは二人の行動を大幅に制限させた。
カイはこの状況に歯を食いしばった。本来、敵襲に備えて連絡役はノエル、カイの戦闘補佐をユニスが担当するはずだった。カイはチラリと肩越しにノエルの様子を見る。
ノエルの戦闘意欲は多分にあり、その剣はしっかり敵を向いている。
しかし、カイは知っていた。ノエルは実戦で一度も『敵を倒したことがない』ことを。そして、それは人ではない異形のものに対しても同じだった。ノエルは敵の攻撃を交わすばかり。自身に傷を負ってもなお、決定打となる一撃を繰り出せていなかった。
カイはユニスに視線を動かす。出血は止まらず顔から血の気は引き、息が出来ているのが奇跡なくらいだ。
「出血からおよそ十分……なんとかしねーと……」
カイは小隊長を任された責任から心は騒がしくなっていた。
「きははは!」
一体のナイフ・グレムがカイへ襲いかかった。カイは歯を食いしばり、剣を振り上げる。
「ギィッ――!?」
瞬間、カイの目の前を何かの強い魔法攻撃が通過し、敵に直撃する。
「!?」
二人は顔を上げた。
すると、こちらに向かって走ってくる三人の白き騎士がいた。中央に立つ人物は、背丈ほどのまっすぐでなめらかな杖を握っている。ノエルは驚いたように声を上げる。
「ロシェ!」
それは二人の幼馴染で白紋団騎士ロシュア=ユリアークだった。ロシェは仲間を連れて二人に駆け寄ると淡々とした調子で言う。
「ごめんね、待たせた。蒼盾団の人からここに救護者がいるって言われて――」
彼はサムサリナ堂の石階段に横たわっているユニスを見つけると、すぐに仲間へ指示を出す。
「二人は紅牙団の援護をお願いします。僕は彼の手当てを」
「「了解!」」
白紋団の騎士は即座にカイとノエルそれぞれにつき、ロシェと同じ、薄い木目の杖を握った。先端は大きく渦を巻いている。
「おい、ロシェ!」
そこへカイが呼びかけた。ロシェは何も応えずカイをチラリと見る。彼はすぐに視線を戻すと、そのままユニスの傷と状態を確認し始めた。カイはどこか心配そうに問う。
「お前、治せるんだろうな」
「……わからない」
「な……!」
カイが口を開きかけた瞬間、その隙を見た敵が複数で襲いかかる。
「カイ!」
ノエルは剣を構えカイを呼ぶ。彼も即座に剣を握り直す。
「おらぁ!!」
カイの剣は迷いなく振り下ろされた。確実にその剣は敵を仕留めた。
しかし、身体に大きな致命傷を受けているはずなのに地面へ叩きつけられた敵はまたすぐに起き上がり、不気味に笑い声を上げる。
「なんでだよ!」
カイは怒声のように叫んだ。ノエルも応戦し、白紋団の騎士も攻撃魔法を使用する。だが、どの攻撃もまるで効いていないようだった。
「一体なんなんだ、こいつら」
ノエルは不安を含んだ声で呟く。ユニスの腹部の傷に治癒魔法を施しているロシェが静かに言った。
「ナイフ・グレム。絶滅したと思われていた、魔物だよ」
ノエルはサムサリナ殿で見た天井画を思い出し言う。
「こいつらって、もしかしてあの大厄災の?」
「関係があるかはわからない。
さっき騎士団本部の総司令部から出された命によると、国王陛下直々にこの敵が魔物である可能性が高いと示されたらしい」
「陛下が直接……」
ノエルは息を呑んだ。目の前の事態が、王が動くほどの緊急事態であることを改めて感じさせ、身体がこわばる。
「わかってるのは、やつらはナイフ・グレムっていう魔物であること。それだけ」
「やつらの弱点とか知らねーのか!?」
魔物の相手をしながらカイは叫ぶようにしてロシェへ聞いた。ロシェもユニスへの手当てを止めないまま応える。
「特に指示はされてない。もしかしたら調べてる最中なのかもだけど」
「クソ! こんなんじゃ埒があかねーよ!」
地団駄を踏み、吐き捨てるような怒声にロシェは、カイが焦りで剣に迷いが見え始めたことに瞬時に気がついた。ロシェは小さくため息をつくと、同じ団の一人を呼ぶ。
「ここ代わって」
そうしてロシェは立ち上がると、その背のマントを優雅になびかせカイの隣に立った。
「カイってば、僕より先に騎士団に入ったくせにまだ一体も倒せてないの?」
「んだと?」
ピクリとカイが反応する。
ノエルは二人の様子を見て「あっ」と小さく声を上げた。ノエルには彼の意図がすぐにわかった。ロシェは続けて言う。
「僕、ノエルの戦闘支援ならしていいけどカイにはしないから」
「おぉい、てめぇそりゃどう言うことだよ」
するとロシェは意地悪そうに笑って見せた。
「カイの獲物は僕がもらうよ」
「んなななな……!」
カイの口元が引き攣る。ノエルは小さく笑った。ロシェの言葉はカイにとっての火付けとなった。
そして、ロシェの思惑通り、カイは自身の頬を一度強く叩くと気合を入れ直すように剣を握り直した。
「おーしっ!やってやろーじゃねーの!二年目紅牙団トップの力、見せてやるぜ」
彼は息を深く吸うと、目の前にいる複数の敵をまっすぐ見据えた。先ほどとは打って変わってカイの呼吸は整い、足はしっかり地面を踏み締めている。
「いくぜ!!」
カイの合図と共にロシェも杖を構える。
「はぁぁあ!!」
「きはははは!」
カイの剣はまるで別人のように太刀筋が変わった。誰かをかばうような戦い方ではなく、まっすぐに相手を倒すという強い意志を持った戦い方。それがカイの得意とする戦闘の仕方だった。
ナイフ・グレムも彼の様子が変わったことを察知し、直前までの遊び戯れるような間のある攻撃ではなく、ナイフを持つ手に力を込め、複数体で襲いかかった。
「矛よ!」
ロシェも容赦なく攻撃魔法を放つ。それは地面にあたり、激しい爆風を巻き起こす。
「あー!てめぇ、まじで獲物横取りしやがって」
「嘘はつかないからね」
カイは爆風の中を駆け巡る。その時、ロシェがノエルへ言った。
「ノエル連絡役なんでしょ?ここはいいから、状況を伝えてきて。紅牙団の指揮所は中央広場を越えた先だよ。ユニスは白紋団が守るから」
ノエルは振り返った。白紋団の二人がユニスのそばについてくれている。再びロシェを見る。ロシェはふわっと笑顔を見せた。
「ここは僕たちに任せて」
その笑顔は故郷で見た幼馴染としてのロシェの笑顔だった。ノエルもふっと微笑む。
「ありがとう」
そしてノエルは剣を握ったままナイフ・グレムの合間を駆け抜けた。
「こっちだ!」
やつらの気をロシェが引く。
ノエルはそのままサムサリナ殿から引き返し、中央広場へと走った。
しかし、すぐに道中の悲惨さにノエルは足を止めることになった。
「そんな……」
南の居住区には、奇襲で亡くなった市民や戦闘で亡くなった騎士団員の死体が転がっていた。
建物の外壁には激しい戦闘が行われた跡が残っている。
「どうしてこんなことに……」
ノエルは恐怖や絶望で身体が固まりそうになった。しかし、瞬時に自身の頬を強く叩く。
「しっかりしろ……!」
「きはははは!!」
刹那、身を潜めていたナイフ・グレムがノエル目掛けて飛んできた。
「!!」
ノエルは反応こそ遅れたが、間一髪のところで身を逸らし致命傷を避ける。胸元の服が真横に裂け、血が滲んだ。
「くっ……!」
痛みを抑えるように傷口に手を当てる。ノエルは目の前で笑う魔物を見る。
「確実に殺しにきてるな」
ノエルの手には剣が握られている。けれど、それを振るうことはせず、彼は敵の隙を見て細い路地へと駆けた。
「今は早く報告しないと」
そのままノエルは敵から避けるように路地を駆け巡った。
細い路地には誰にも気づかれずに息絶えている人が何人かいた。痛ましい惨状にノエルは走りながら顔が歪む。
「あとで必ず迎えに行きます……!」
誰に言うでもなく、ノエルは絞り出すように呟いた。
中央広場まであと少しと言う時、ノエルが角を曲がった瞬間、誰かに体当たりする強い衝撃が走った。
「わっ……!」
相手から声が漏れた。ノエルは生存者とぶつかってしまったと気づき、よろける態勢を立て直して顔を上げる。
「す、すみません……!急いでて……」
そこには旅人用のローブを着てフードを深く被った見覚えのある人物がいた。
そして相手もまたノエルを覚えていたように「あぁ、さっきの」と呟いた。ノエルは心配するように言う。
「失礼しました。あの、ここは危険ですからすぐに避難してください。ここには――」
「きはははは」
「――!?下がって!」
瞬時にノエルは旅人を背に剣を構える。一体のナイフ・グレムが錆びた刃物を手にこちらをじっと見ている。ノエルは深呼吸した。今この場に他の騎士はいない。戦えるのは自分しかいない。
「絶対に倒さないと……」
それはすなわち、敵を殺す覚悟で剣を振るうこと。守り抜くには、殺さなくては。それが騎士の役目だ。
そう考えた時ほんのわずかに握る剣が揺らいでしまった。
「しっかりしろ、俺は騎士なんだ……!」
ノエルは歯を食い縛る。
その様子を見ていた旅人がそっと言った。
「大丈夫」
「――え?」
ノエルはわずかに振り返る。
旅人は自身の顔の耳の位置を指差して静かに言った。
「耳、狙ってごらん」
「耳?」
「きははは!」
ナイフ・グレムはその隙を突いて刃物振り上げるとノエルに襲いかかった。
「――!」
考える余地のなかったノエルは、剣をしっかり握ると敵の羽のような大きな耳目掛けて振り下ろした。
「はぁぁぁあ!」
ざっくりと敵の左耳が切り落とされる。
「ギィァァア!!」
刹那、激しい金切り声が上がりナイフ・グレムはその場に倒れた。それはどの攻撃よりも確実に致命打を受けたような反応だった。けれどもそれでもなお、敵は身体を起こそうとする。
「ダメだ……」
そう呟いた瞬間、不意にノエルの横を旅人が通り、前に進み出る。
そして、立ち上がろうとするナイフ・グレムの『影』を勢いよく足で踏み付けた。
「ギィィィ……」
途端に影は黒煙となって消えると、ナイフ・グレムは力無くドシャッと音を立てて倒れた。そして、二度と起き上がることはなかった。
初めてやつが倒された瞬間を見たノエルは驚きと警戒を持って声をかけた。
「あの、これは一体……」
「ナイフ・グレムは重要な器官を耳に隠している。どちらかを斬り落とせば致命打になるんだよ。あとはこいつらに付き纏ってる影を斬れば、こいつらを操ってる者との繋がりが断てる」
「操ってるって、そんな……」
しかし、ノエルはやつらが現れた瞬間を思い出した。急にその場に現れたような様子はもしかしたら。
「まさか、影がこいつらを?」
「そう。人間の影の中にこいつらを隠していた者がいる。何かがきっかけで影の中から出したんだろうね」
「それじゃあナイフ・グレムの他にも敵が……!?」
旅人は何も応えず、敵が動かないことを確認するとその場を去ろうと歩き出した。その背にノエルが呼び止める。
「待って!君はどこへ行くんだ?危ないから騎士団の誰かと一緒にいた方がいい」
「平気」
旅人は一言そう応えるだけだった。
ノエルはそれ以上引き留めることはせず、旅人の背を見送ると、進路を変更し騎士団本部へと走った。
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