第6章:敵の正体・サービスレベルの再定義
「神崎。貴様の『改革』とやらのせいで、現場は混乱の極みだ。この惨状を見て、まだ己の正しさを主張するつもりか?」
王国議事堂、円卓会議室。石造りの壁に反響するのは、勝ち誇ったようなラグナス・ベルク侯の野太い声だった。彼の前には、恒一が導入した新制度に対する「現場からの不満」を、悪意を持って抽出した嘆願書の束が積み上げられている。
冒険者が道具を使えず立ち往生している、工房の活気が失われた……。それらはすべて、恒一が良かれと思って組み上げた「責任の明確化」という歯車が、現場の心理的許容範囲を超えて回ってしまった結果だった。ラグナス侯は、その綻びを正確に突き、恒一という異分子を排除するための処刑台へと変えようとしていた。
恒一は無言で、突きつけられた不満の数々を眺めていた。隣に座るエレナが、怒りと焦燥で青白い拳を握りしめているのが視界の端に映る。だが、恒一の思考はすでに、この絶望的な逆風のさらに先にある「解決策」へと到達していた。
(……ラグナス侯、あんたの狙いは透けて見える。現場の萎縮を『制度の失敗』とすり替え、以前の不透明で甘い、既得権益まみれの慣習に引き戻そうというわけだ。だが、あんたは決定的な一点を見落としている。――ビジネスにおいて、副作用のない特効薬など存在しない。そして、副作用があるということは、薬が確かに効いているという証左でもあるんだ)
恒一はゆっくりと顔を上げた。眼鏡の奥の瞳には、かつて外資系ベンダーとの絶望的な交渉の席で見せていた、冷徹なまでの静寂が宿っている。
「ラグナス侯。ご指摘の通り、現在の規約は一部の利用者にとって『厳格すぎる壁』となっている事実は認めましょう。ですが、それは制度を以前の不透明な状態に戻すべき理由にはなりません。むしろ、これまでの『責任追及型』の契約から、一段階上のフェーズ――すなわち『品質保証型』の契約へと引き上げるべき時が来たということです」
「……品質保証だと? またわけのわからぬ言葉を。貴様は言葉を弄して、この混乱から逃げようとしているだけではないのか」
ラグナスが鼻で笑うが、恒一は動じず、新たな資料を円卓の中央へと滑らせた。
「これまでの契約は、いわば『壊れたら誰が金を払うか』という、後ろ向きな責任追及のルールでした。私が新たに提案するのは、SLA(サービスレベル合意)――つまり、『王国がどれだけの品質と安心をユーザーに保証するか』という攻めの設計です」
恒一の指が、資料に描かれた新しいコスト配分図を叩く。
「冒険者が恐れているのは、自己負担というコストそのものではありません。そのリスクが『予測不可能』であること、そして『挑戦の失敗』を許容しない硬直性です。ですから、王国側で『一定の摩耗や、不可抗力による軽微な損傷』をあらかじめ予算化し、それを月額料金に内包した『プレミアム保守プラン』を新設します」
「そんなことをすれば、王国の支出が再び増大し、結局は元のもあみではないか!」
他の貴族からも反対の声が上がる。しかし、恒一の声はそれを遮るように、より高く、鋭く響いた。
「いいえ。ドグマ工房から提出された詳細な運用データによれば、適切な予防点検を行い、軽微な故障の段階で修理を施せば、完全に大破して買い換えるよりも、長期的なコストは三割以上抑制されます。つまり、冒険者には『失敗を恐れずに挑戦できる安心』を、工房には『安定した保守業務という定期的収益』を、そして王国には『資産の長寿命化による劇的なコスト削減』を。これこそが、三方が利益を享受できる、攻めの調達設計です」
会議室を支配していたラグナスの威圧感が、恒一が提示した圧倒的な「長期的利益のロジック」の前に、少しずつ霧散していく。
「ラグナス侯。あなたが守りたいのは『伝統』という名の、不透明な沼に沈んだ利権だ。私が守りたいのは、この国を支える現場の『挑戦』と、それを支える合理的な仕組みだ。どちらが王国の百年後にとって有益か、議論の余地などないはずです」
会場の空気が一変した。 これまでラグナスの顔色を窺っていた中立派の貴族たちが、恒一の語る「リスクを管理し、可能性を広げる」という論理的なスキームに、感銘を受けたように頷き始めた。
会議の終わり、退出する人々を見送りながら、恒一はエレナにだけ聞こえる微かな声で呟いた。
「……エレナ様。これで最後です。仕組みは完成した。あとは、俺という個人がいなくなっても、この歯車が自動で回り続けるようにするだけだ」
エレナは、その言葉の裏にある不穏な決意――制度を「王国の法」として確立させるために彼が支払おうとしている、あまりにも重いコストに気づき、ハッと彼の横顔を見つめた。
だが、恒一の視線はすでに、自分がこの物語から退場するための、最後の手続きを見定めていた。




