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愛されたいけど、信じられない

作者: よくヘラ
掲載日:2026/01/14

「化粧はバッチリ……服のシワ無し……ゴム完備……前髪最強……改めて忘れ物無し……約束の時間まであと少し……」

 お手洗いの鏡に映る自分を見つめながら、私以外に誰もいないことをいいことに、私は敢えて声に出しながら身だしなみをチェックする。

 道行く女の子、モデルの女の子、SNSで流れてくる女の子、テレビに出ている女の子、同じ職場の女の子、配信家業を営む女の子。それら全ての女の子よりも可愛いとは思わないけれど、私が出来る全身全霊の可愛い女の子にはなれている。と思う。

 きっと喜んでくれる。この前会った時、めっちゃ褒めてくれたもん。それと同じ傾向、それと同じ感じ、それと似たようなファッション。彼の趣味に合っているはず。

(……あ。時間)

 カバンに入ったスマホのバイブレーションを感じ、私はハッとなり、スマホを取り出しアラーム止めて、お手洗いから出るため歩き出す。彼に会うために歩き出す。

 お手洗いから出て辿り着いたのは人が多すぎる構内。平日の午前中なのにどうしてこんなに駅に人が集まっているんだろう。と思わず首を傾げつつも、私は歩みを止めない。

 胸を高鳴らせながら、ドキドキと鼓動暴れさせながら、希望を胸に抱きながら。男性女性問わず道行く人々を避けながら、私は出口を目指す。

 この人でもない、あの人でもない、みんな嫌い。ていうか苦手。知らないわからない喋ったことがない。そんな人たちの波に飲まれつつも数分後、私はようやく出口に辿り着いた。

 何事もなかったかのように、誰にも違和感を覚えられないように。改札口の光っているところに私はスマホを──

(……あ)

 残高が足りなかったからか、ビーと大きな音を立てながら改札口は、私がそこを通るのを拒んだ。

 注がれる視線。刺さる視線。向けられる視線。実際には何一つ得られていないかもだけど、それらが私に差し出されていることは何となく察せられる。

 私は足を動かしすぐに振り向き、その場から離れようとする。振り向いた瞬間、後ろにいたおじさんと目が合ってしまった。

 すごく不快そうな目、睨みつけるかのような目。私の一番苦手なそれを向けられて、私の胸がチクリと痛んだ。

(そんな目で見ないでよ……ごめんなさい……)

 とりあえず会釈をしながら私は、早歩きですぐにその場から離れる。

 嫌い。大嫌い。あんな視線を向けられてしまう、ダメな私、本当に嫌い。


 *


「ごめんなさい……待たせちゃって……」

 待ち合わせの時間に二分ほど遅れて、私は目的地に辿り着いた。

 そこに居たのは当然、私が今日会う約束をしていた彼。身だしなみが整っていて、私よりも二十歳ほど年上だけど、あまり老けている印象を感じない彼。いつも通りの彼がスマホ片手に、私を待っていてくれた。

「いや、気にしていないよ、大丈夫。だから君も気にしないで」

「……ありがと」

 笑顔で私を許してくれる彼に思わずときめいて、抱いた羞恥心を誤魔化そうと私はつい、完璧に決めてきた髪が崩れてしまうと思いつつも、それの毛先を人差し指でイジってしまう。

 優しい声色で発せられる優しい言葉。好き、大好き、本当に大好き。私を慰めてくれる、こんな私を肯定してくれる、とても素敵なコミュニケーション。

──例え、それが嘘だったとしても。

「それじゃあ行こうか……」

 スマホをしまいながら、こちらに顔を向けないまま、彼はそう呟く。

 それ以上は何も言わずに、手を差し伸べずに、目的地も告げずに、私を一眼も見ずに、私に気づかずに、彼は歩き出す。

 一瞬遅れて歩き出した私は思わず、待ってと伝えたいがために、俯きながら彼の服の裾をきゅっと握り、引っ張ってしまう。

 当然彼はそれに反応し立ち止まり、私が顔を上げたと同時に、彼はゆっくりと私の方へと振り向く。

 振り向いた彼の顔は笑みを浮かべているわけでもなく、不機嫌そうな顔でもなく、ただただ疑問を抱いただけの表情を浮かべていた。だから私は、上げた顔をまた、俯かせた。

「……どうしたの?」

 裾を引っ張ったくせに何も言わない、言おうとしない私に痺れを切らしたのか。普段通りの声色だけれど、どこか圧のかかった声で彼が問う。

 私はそれを聞いて、ゆっくりと顔をあげる。目に入った彼の表情は俯く前と変わらず、疑問を抱いているだけの表情。

「……あはっ。ごめんなさい……何でもないの」

「……そっか。よかったよ、何事もないようで」

 私の嘘を信じて、あるいは疑いもせずに彼は私を置いて再び歩き出す。

 だから私は、引っ張っていた裾からゆっくりと手を離して、その場に佇んだまま──

(……服、褒めてくれないんだ)

 と。心の中で呟いた後に、急いで彼を追いかけた。


 *


(……気持ちよくなくはなかったけど、つまんなかった)

 本番が終わり、彼がシャワーを浴びている中、掛け布団をぎゅっと握りしめながら私は、頭の中でそう呟いた。

 つまんない、つまんない、つまんない。つまらない、つまらない、つまらない。何これ、つまんないよ。

 多分、私と彼に相違が生じてるからだ。この関係に、相違が出来てしまっているからだ。

 原因は私、絶対に私、間違いなく私。わかっている、わかっているよ。私がめちゃくちゃバカなんだなって。

 この行為、一連の流れ、思い出して、鑑みればすぐにわかる。私の頭がおかしいってことが。

 彼はお金を払って私の身体を買っている。お金を払って、犯して、満足して、それだけ。それだけが目当て。嘘をつくわけでもなく、私を騙しているのでもなく、ハッキリと明言している。

 そもそも、私からこの身体を売っている。彼と繋がる時は必ずお金が間に挟まる。ちょっとした会話、ちょっとしたトーク、ちょっとした触れ合い。それら全て、生じるのに必要なのは彼の払うお金。

 彼はお金を払って私の身体を買わない限り、私と関わる事はない。理由もない。私も同じように、彼からお金を貰わない限り、話す義理も関わる理由もない。

(……はずなんだけど、はずなんだけど、はずんだけどな)

 自分がバカすぎて嫌になる。バカなくせに、無駄に客観視出来しまうのが腹立たしい。

 私には友達がいない。通っている大学ではいつもぼっちだし、サークルも入ってないから誰とも繋がりがないし、何より大学では地味女そのものだからヤリ目に品定めすらされない。地味女すぎて、存在そのものがまず認知されていないだろうから。

 他人って怖い。意味わかんない。わけわかんない。友達がいる人ってどうやって友好的な関係を保っているんだろう。どうやって親交を深めているんだろう。

(……セックス、しかないんだよなぁ)

 私は何となく起き上がって、ふぅとため息をついた。

 それと同時に、身体を売り始めたきっかけを思い出す。それは凄く単純で、ただ興味本位で、何となくやってみたくなったから。

 意味わかんなかったな。なんであんな事をしたんだろう。そのせいで今私は、こんなことになっている。

 私が唯一他人と繋がれるツールになってしまってる。売春が、それだけが。

 だからこんな気持ち悪い勘違いをしているんだろう。あの人に、恋しちゃってるなんて気持ち悪い勘違い。

「おまたせ……シャワー、出たよ」

 彼がタオルで頭を拭きながら出てくる。こんな風に漫画みたいに、シャワールームから出たてなのをわざわざ演出するのは彼だけだ。

 もう拭けているだろうに。変わらず頭をタオルで拭き続ける彼を傍目に、私はゆっくりと立ち上がり──

「じゃあ、浴びてくるね、シャワー」

 それだけ言って、彼の顔を見ずに私は真っ直ぐにシャワールームへと向かった。


 *


──解散。

 人の少ない路地裏。私は彼からお金を受け取った。茶色い封筒に入っているお金、それを確認するために私は、無礼を承知のうえで目の前で封筒を開ける。

 一枚、二枚、三枚、四枚、五枚。四枚の約束なのに五枚入ってた。指摘した方がいいのか悩むけれど、貰えるものは貰っておきたいから何も言わない。

「それじゃあまた、機会があったら……」

 それだけ言って、彼は手を振りながら私に背を向ける。

 そんな彼の背中を見て私は、何でか私は、悲しさを感じた私は、思わず彼の手を取ってしまった。

 私が手を取って数秒後、何も言わずに振り向く彼。そんな彼の表情は疑問で満ちている。

 何も言えず、何を言おうか思いつかず、黙り込んでしまう私。だけど必死に口を動かして、息を吸って──

「こ、今度はさ……遊園地とか行って……みない?」

「……は?」

「……あ、いや、ごめんなさい。何でもないの……あははー……なんか気が動転しちゃって変なこと言っちゃった……忘れて……」

「……おお。じゃあ、また機会があったら」

「……はーい。よろしくお願いします……」

 どこか不機嫌な様子で、私に背を向けてその場から離れる彼。

 彼の姿が見えなくなった瞬間に私は、その場にしゃがみ込んで、大きなため息をついてしまう。

「……バカじゃないの?」

 私は私に指摘するように、そう呟く。

 バカだ。バカすぎて嫌になる。やだ、死にたい、バカバカバカ。

「……何でこんなんなってんの……私の人生……」

 高校の頃から、いや、中学の頃から友達を一人も作らず、彼氏も作らず、大学生まで育ってしまった結果がこれ?

 自分より年下の女の子に劣情を抱く大人に身体を売って、その人としか関われてないからって恋愛感情モドキを抱いて、結果わけわかんない情緒にメンタルやられて──

「……牛丼でも食べよ」

 私は持っていた茶色い封筒を握りしめながら、ゆっくりと立ち上がる。

 もうなんか、いいや。深く考えなくてもいいや。

 私は、私を買うダメな大人に恋する、ダメな女の子。もうそれでいいや。

 人類なんて何億人もいるんだから、私みたいなのがいてもまあ、いいでしょ。

 考えるのすら面倒くさい。真面目に生きるのも、まともな人間になるのも。

 ただ、ただただ実らない虚構恋愛に浸って現実逃避し続けよう。そうしよう。

「……牛丼食べ終えたら服見に行こ。今度こそ可愛いって言ってもらうんだー……」



















彼女が信じられないのは「こんな人生でもまあ、いいや」と思い始めてしまっている自分の気持ちです


言ってしまえば彼女はもう面倒くさくなってしまったのです。自分の人生が。


顔も性格も完璧なイケメンが急に現れて溺愛してくれればいいのにね。それはそれでダメな人生になるでしょうけど

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