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【幕間】日常に、敵国が攻めてきた

私はずっと、悠長だったんじゃないかと思う。

傲慢で、怠惰で。

幸せな日々が長く続いていると、そう思い込んでいた。


もし、水面下で動き続けているそれを止められていれば。

そんな思考が、ずっと止まない。


いつも通りの始まりだった。

開店準備をして、いつもの3人がやってくる時間まで働いて、帰っていった後も働いて、帰ってきたら一緒にご飯を食べに行く。

何も変わらずそうなると思ってた。


(いつもならもう来てるはずだけど…ちょっと寄り道でもしてるのかな)


今日は魔物を討伐する日のはず。

食事を抜くほどお金に困っている、なんて話は聞いていないし、いつもだったら来店する時間から、1時間近く経っている。

店長からは「今日来ないねぇ〜」と声をかけられ、あまり時間を気にしない先輩も時計を見て不思議そうにしていた。


(ちょっと休憩貰って確認してこようかな…)


そんな事を考えていると、カランカランと扉が開く音が鳴る。


「こんちは〜」


聞き慣れた声が聞こえ、ほっと一息つく。

何かがあった訳じゃなかったのなら、それで良い。

いつも通りに料理を作ってあげるだけだ。


「いらっしゃいませ〜!…ぇ」


知らない女が居る。

見た事もない、話も聞いた事がない、知らない人が。

やけにヘルマと仲が良さそうで、今日会っただけの関係性ではないのは、数秒経たずとも理解できた。


「誰…その、おん」


バシッ!と肺が潰れるほどの衝撃を背中に受ける。

瞬間、息ができず、次の言葉を吐くことはできなかった。


「すみませーん、4名様でお間違い無いですよねー。こちらにご案内しまーす。」


普段は許容してくれているが、過ぎた私情は良く無いと判断したのだろう。

「下がってな」と先輩から告げられ、私はふらふらと厨房に戻った。


感情の整理が付かずぼーっとしていると、先輩が4人から注文を受けて、オーダー伝票を私に見せてくる。


「ほい。オーダー取ってきたけど?今日はどうすんの?」


「…作ります。何がどうなってるのかわからないけど、でも、彼らの食事は私が作るって、決めたから」


「”彼ら”、ねぇ…まあいいけどさ」


私がここで働き出した頃から、あの3人の注文は私が作ることになっている。

ずっとヘルマを視線で追っている私に気付いた店長が、店長が動かなくてもいいぐらいに働く代わりにと提案してきた契約のようなものだ。


「ほいじゃ、作ったら持ってくわ〜」


先輩はひらひらと手を振りながら別のお客の接客へと向かう。

注文の内容は問題なく作り終え、先輩が4人のテーブルまで運んでいく。


先輩の背中を見ていると、テーブルに座る、あの女と目が合った。


(ゔっ…!)


思わず目を逸らしてしまう、これでは負けたと言っているようなものだ。

しかもあの値踏みするような目。

到底まともな人生を歩んできた人間がする目じゃ無い。


「はッ…ハ…!」


怖い。何かが。

得体の知れない不安が胸を覆い尽くして、呼吸が荒くなる。


「ちょっとラヴ、あんたこっち来な」


普段は事務所から出てこない店長が、私に来いと肩を叩く。

店長が厨房に出てくるのなんて何日振りだろう。

何も考えられない私は言われるがままに付いていく。


「ハア…座りな。そこの椅子」


「はっ、はい…」


険しい顔をしている店長に促され、椅子に座る。

いったい何の話だろうか。


「随分と動揺してるみたいじゃないか。あの女子はどういう関係だい?」


「や、その。私にもわからなくって…」


店長は「わからない…?」と怪訝な目を向けてくる。

でもそうとしか言えないから仕方がない。


「あんな人、初めて見たんです。話した事も、見た事もない。ヘルマから何かそれらしい話題だって出てきたことはないし…」


「…そうかい。奇妙な話だね」


本当に。

何か騙されているんじゃないかとすら思うけど、いくらお互いの事しか眼中にない2人も一緒に居るし、そういう事もないんじゃないかと思う。

少しの静寂が経ち、店長が私に問いかけてくる。


「あんたさ、どうしたいんだい」


「どうって、何ですか」


「今日このまま店番するのは助かるけどねぇ、あんたは自分が知らないとこで何が起こってても、見えないものは仕方がないって言うのかい」


震えているだけでいいのか、どうか。

店長の事だ。行くと言えば許してくれるだろう。


でも、そこじゃない。

私が恐れているのだ。

彼らの輪に、踏み込むのを。


「…」


「だんまりじゃ分かんないねぇ…」


気持ちは決まっている。

勇気が無いのだ。


だって、そんな勇気が何年もの間、どこかででもあれば、今頃。


「ありゃお高いとこの出だろうねぇ。」


「え、なんで」


「昔腐るほど見たからね」と店長は続ける。


「どういう経緯かは知らないけどさ、いざとなれば家に持ち帰る事もできるんじゃないかね」


それは、どういう事だろう。

たかだか1日しかまともに過ごしてないだろうに。

どうしてそんな横暴が許されるのか。


「ただ気持ちが向いているかどうかじゃなく、時間がないかも知れないってことだよ」


「そう…ですよね」


もしかしたら明日、居なくなってしまうのかもしれない。

そしてそうなったら、隣に居るのは、さっき見た彼女。

それは、それだけは許せない。


「店長。私、今日休んでもいいですか」


「久しぶりに接客するのも悪く無いねぇ」


そう言った店長は、いつものだらしない格好から制服に着替え始める。

私は焦る気持ちに突き動かされ、事務所を出る。


ヘルマが私を呼んでいる声がする。


ちょうど店を出るところのようだ。

今、追いかけないと、恐れて立ち止まっていたら。


「あっ、あのさ!」


言わなきゃ。

どうなるか分からないから。


「わ、私をさ!連れてってくれないかな!?」


どんな結果が待っていたとしても。


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