服を選びに
「いらっしゃいませ〜」
服屋に入店すると、半身が機械の店長が出迎えてくれる。
腕が4本ある彼女は、自分が生まれた頃からこの服屋で店長をやっている。
「今日はこの子に合いそうな服を探しに来ました」
「あら、そうでしたか。私共で用意いたしましょうか?」
「ど、どうする?」
後ろの3人に振り返る。
この店長が選んでくれる服はどれも良いものばかりで、街ではかなりの人がこの人に選んでもらった組み合わせを着ているという。
『センスの良い服装をしている人は店長が選んだものを着ている』と言われる程だし、任せてしまっても良いとは思うのだが。
「せっかくだし自分達で選ぼうぜ」
「ええ。私も、皆さんが私に何を着せるのか、興味があります」
「分かった。すみません、決まったら持っていきます」
そう伝えると、店長は綺麗な一礼をして店の奥へと戻っていく。
「じゃ、ドラセナが選んだ人が勝利。この後の食事代、タダ。」
これは負けられない。
ドラセナが作ってくれた食事は大変美味であったが、量は多くはなかった。
ここで勝って多めに食事を摂るためにも、ドラセナが気に入りそうな服を選ばなくては。
「楽しみにしていますよ。とても」
ドラセナからの一声を機に、3人は服屋の中を探し始めた。
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「待たせた。決まった。」
先に決まったカリヤと僕がドラセナと雑談をしていると、険しい顔をしたチョコがやってきた。
「素材が良すぎると、逆に悩む。」
「そういうもんかね?じゃあ誰から行く?俺行くわ」
返答を待つ事なくカリヤが衣装を取りに行く。
話していた感じではかなり自信がありそうだったが…。
「では、着替えてきますわね」
服を受け取ったドラセナが、試着室へと向かう。
チョコと僕は何故だか、何とも言えない緊張感が漂っている。
「お〜〜〜れが選んだのは、自信あんだよな〜!」
カリヤはそんな事なさそうだ。
少し待つと、中から「開けて良いですかー?」と聞こえてくる。
なんだか笑いを堪えているように聞こえるのだが。
「ああ、見せてくれ」
「んふっ、”解禁”、しちゃいますよ?」
シャッ!と勢いよく試着室のカーテンが開く。
そこには、昨日までは貴族として過ごしていた姿は何処にも無く。
黒と赤を主軸とした、蛮族が聳え立っていた。
「ぐ…う!」
「…ん。」
「どーうですか!似合って、いるんじゃないですか〜?」
僕とチョコの2人は絶対に笑うまいと苦しんでいる。
それを分かっているのだろう。ありとあらゆる場所から生えている棘が目に入るように、次々とポーズを変えながら、感想を求めてくる。
「どうよ!これだろ!これ!」
「…こいつの服はいつも、店長が選んでるのか?」
「いや、私。」
そういう事だったのか。
ならチョコはこうなると分かってたんじゃ…。
というか、この服屋のどこにあったんだこの服は。
「じゃあ次はどっちが行くよ?」
「私が行こうか?」
「いや、僕から行く」
流石にチョコが変な服を用意する事はないだろう。
時間をかけて選んで来た分、良い物が待っているに違いない。
後になって格落ち感が出るのは避けたい。
用意していた衣装を持ってきてドラセナへと渡す。
「僕が選んだのはこれだ。似合うと良いけど…」
「まさか棘が生えてたりしませんよね?」
流石にあんなものを選ぶ勇気は無い。
「…期待してますよ?」
カーテンを閉めて着替えに入る。
カリヤとチョコが話しながら試着室の前にやってくる。
あんなことを言われたからか、緊張してきたな…。
対照的に、チョコはカリヤの醜態を見たからか大分緊張が解れているようだ。
カリヤのセンスの無さにこれでもかとダメ押ししている。
少し雑談していると「終わりました〜」と着替えが完了した声が上がる。
「こっちはいつでも大丈夫だ。そっちのタイミングで開けてくれ」
「…ええ。開けますよ?」
静かにカーテンを開けたドラセナは、とても綺麗に見えた。
何かを言いたかったが、何も言えなかった。
「うむ…。」
「おぉ…」
他の2人も魅入っている。
きっと似合うだろうと選んだが、ここまでハマるとは。
このまま輝きだしてもおかしくない美しさを纏っている。
「似合ってますか?」
「…ああ。綺麗だ」
美術品や絵画に対するような、そんな感覚を覚える。
こんな原石も棘を生やすとあんなに滑稽に変えられるものなのか。
「その言葉が聞けて良かったですよ。それでは、最後はチョコさんですね?」
「負けない。持ってくる。」
まだ闘志が消えていない様子のチョコが服を取りに向かう。
真剣な顔で試着室を見つめるチョコを横目に、カリヤと感想戦をしていると「お待たせしましたー」との声が上がる。
「開けて良い。きっと似合う。」
「はーい」と軽く返事をしながらカーテンが開く。
とても似合っていて、店長が選んだとしてもこんな感じになるだろうと思えるほど、完成されていた。
「…うん。似合っては、いる。」
「私も良いと思いますよ。よくまとまっていると思います」
ドラセナは好感触なようだが、チョコはなんとも納得できていないような、そんな反応だ。
「わかんねぇな…」
カリヤは不満には思っていないものの、あまりピンときていない様子。
確かに似合っているし、自分としては甲乙つけ難いと思うが…。
「とりあえず、ドラセナ的にはどうなんだ?この対決ってよ、ドラセナが気に入るかどうかだったろ?」
カリヤの問いに対して、ドラセナは「そうですね」と少し考え込む。
「私は、ヘルマの選んでくれた衣装が私らしいと思いました。人となりを知ると、とても納得のいくデザイン…そう感じます」
「…私も同意。ここに来るまで話してた、その所作だったりに適切な感じがした。」
「よし!じゃあヘルマの勝利だな!飯奢ってやるよ!」
快活に笑いながらバシバシと背中を叩いてくる。痛いからやめてほしい。
ドラセナは着替えに試着室に戻り、他3人は支払いに店の奥へと移動する。
「待てよ?普段用の服はどうすんだ?無いって言ってたよな」
「…忘れてたね。チョコの選んでくれたものも買うとして…あと1か2ぐらいはいるよね」
「でしたら、私共の方で用意がありますが、いかがでしょう?」
いつの間にか近くに居た店長に少し驚きながらも、その提案に乗ることにした。
ドラセナには聞いていないが、もし気に入らなかったら、また買いに来ればいい。
「すみません。それでお願いしてもいいですか?」
「ありがとうございます。それでは用意させて頂きますね」
機械の腕でハンドサインを送ると、棚を整理していた獣の少女がわたわたと動き始める。
「俺のも買っていってもいいんだぞ?」
「いい訳ないだろう。いつ着るんだよ」
支払いを済ませ、他の服を受け取って戻ると、着替えを終わらせたドラセナが待っていた。
ご機嫌なドラセナを連れ、僕達はいつも食事をしている店へと向かった。