武器屋の新入り
一見品揃えの悪い武器屋に、耳の長い影が差し込む。
「たっ、たのもう!です!」
「アァ?」
「はわっ!」
横へと伸び、尖った耳。スラリとしたシルエットは高く伸びている。
エルフだ。
低い身長が特徴のドワーフとは対照的だ。
「おお?知らねぇ顔だな。客ですかい?ご用件は?」
「いえ!わわ、私!」
ガバッと頭を下げるエルフ。
背中に背負っているバッグから鉱物類やハンマーが溢れ落ちる。
「このお店にっ!弟子入りしたいのですが!」
「そうかい。俺は知らねぇよ」
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「で、でし」
「だってよ。どうすんだ?」
モグラのマスクを着けた店長は、なんとか考えようとはしてくれてるみたいだが、ウチでやっていくのは正直な所難しい。
金銭面的には問題ないので、雑用だったりならいくらでも雇ってやれるんだが…
「…こ、お…ッスー…」
店長はこんな感じだ。
俺との1対1だったら問題なく話せるんだが、それ以外だと全く話そうとはしない。
緊張とか怖いとか、そういうのではなく、信念的な何かなんだという。
「ちょいと待っててくれな。できるだけいい答えを用意すっから」
「はっ、はい…」
見ている感じは店長も乗り気ではあるらしい。
ただ弟子として仕事を共にするとなると、マトモに話せる状態にシフトすることになる。
俺との関係だって、「最初は人として見てなかった」というカスみたいな理由があるからだ。
「…やっぱり、あたしじゃダメなんでしょうか…」
「そういうモンじゃねえさ。それよりもあんたの方こそだ。なんでウチなんだ?エルフなんてこの国でも端っこぐらいにしか居ないだろ」
鍛治をやりたいってエルフも聞いたことがない。
生まれてから魔力に恵まれて成長するエルフは、大体が魔法関係の何かしらをやって過ごしている。
ここに来た何かしらの理由がある。それを聞いてみないと何も分からない。
「その、あたし…森の国で育ったんですけど。何かを作るっていうのがとても好きで」
「おん。芸術家が向いてるな」
「それで、ある日冒険者さんがあたしの働いてた宿屋に来たんです。すっごく綺麗な斧を持って」
「そうか。陶芸家でも目指すといい」
向いている職種を教えてやっているが、耳に入っていないらしい。
あんなに耳がでけぇのに。不思議なもんだ。
「機能美とデザイン性が組み合わさっている物を作るのって、凄く拘り甲斐がありそうだなって、思ったんです。しかもその斧が、凄くその冒険者さんに似合ってて…」
なんとなくは読めてきた。
それは、確かにウチに来るだろう。
「その冒険者さんと話をしたら、持ち易さとかも自分に合ってる…って。そんな所も含めて武器を作れるだなんて、なんて凄い事だろうって。だから、ここに来たんです」
「そうか。」
品質だけなら、他所でいい。
見た目を重視するなら、他所がいい。
店長がまだ若かった俺に、何度も言っていた事だ。
自分達は、道具の本質を生かすべきだと。
ちらりと店長の様子を見る。
真剣に考え込んでいるようだ。
客からこの称賛を受ける事は多くあれど、作り手から憧れられたのは俺が知っている中では初めてだ。
「…うん」
そう呟くと、店長はもぐらのマスクを外した。
「本当に、僕たちの道具を、良いと思ったんだよね?」
「そうです。私の目指す場所はここだと、心の底から思いました」
「接客は、得意かな?」
「宿屋での経験があります」
その聞き方は、接客要員が増えるのが第一じゃないか?
思想の方に納得したんだよな?
「分かった。弟子として認めるよ。最初の内はお客さんの対応をお願いするね?」
「任せてください!頑張りますので!」
すげえ熱量だ。これならまあ大丈夫だろう。
それから、武器屋の日常に1人、加わる事となった。
エルフっ子は名をパミラといい、戦争真っ只中の隣国を越えてやってきたのだという。
エルフの森で宿屋をやっていたのは15年前で、ウチの知名度が低すぎて中々探せなかったようだ。
それだけ時間がかかったのは、鍛治以外で稼ぐのを禁じて生活し、辿り着いた時に恥をかかないようにしたかったからだという。
その生活もあってか最初から基礎的な技能は高く、弟子として働き始めてからわずか十と数日で、冒険者に武器を作る許可を得た。
基礎だけでなく、応用力があり、飲み込みの速さも異常と言って良いほどであった。
伝え忘れていた部分も、いつの間にか俺たちを見て既に学習していたり、接客でも必要な情報を自然に引き出してくる。
俺や店長が武器を作ると「あたし、まだまだですね…!」と燃え上がってくれるのだが、少しすれば同じ領域まで上がってくるだろう、という確信があった。
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休日の昼頃、食事を終えて素材の確認でもしようと立ち上がると、ふと思い出した。
「そういや、最近来ねえな」
「えっ、何がですか?」
「ああいや、この街じゃ誰でも知ってる3人…4人組がいたんだがよ」
カリヤとかいうガキは覚えているが、それ以外の名前までは覚えちゃいねえ。
大体週に1回は顔を見ていたような気がするんだが。
何日来てないんだろうか。
「え、知らなかったんだ。あの子達が行方不明なの」
「は?そうだったのかよ。事件か?」
「分からないって」と首を振る店長。
そうか、そんな事になってたのか。
似た様な生活ばっかりだと、日付の感覚がおかしくなるもんだ。
「最後に見たのは…知らねえ嬢ちゃんが一緒にいた時か。それ関係っぽいよなあ」
「僕がその話聞いたのもう二週間ぐらい前だよ。どんだけ遅いのさ」
呆れている店長に「うるせ」と返事を返してやる。
「そうだ。あの時作った剣、かなり良い出来だったよね。取りに行かない?」
「お?あんのか?」
それは気になるな。
武器は調整する時が特にそうだが、使い手の戦闘スタイルや何が得意なのかが大体は読み取れる。
あの嬢ちゃんがどう戦ったのか、興味はある。
「じゃあ、あたし受け取ってきますね!」
「うん、任せたよ〜」
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しばらくしてパミラが戻ってくると、手には大きめの袋を持っている。
「ちょっと時間かかっちゃいましたけど、ちゃんと借りてこれました!」
「あんがとよ〜。デザートと飲み物用意してあんぜ〜」
「わぁ〜っ」とすぐに食べ始めるパミラ。
脳にスイッチでもありそうな切り替わりだ。
「じゃ、出すね…」
ゆっくりと店長が取り出す。
長い刀身に刻みこまれた魔力回路は、全くの傷がなく、新品同然に輝いていた。
「こりゃすげえな…」
あの時の自分は随分と調子が良かったらしい。
今の自分が全く理解できない構造で、めちゃくちゃな埋め込み方をしている。
その上からどうやったのか上手い事耐久の保管に鉄を載せている。回路を阻害しない様に。
使い手の技量も相当な物だ。
握り手の部分には異常な様相の振り跡と、魔力焼けがある。
だというのにも関わらず、全くもって無理はさせておらず、想像を絶するほどの高出力を破綻なく成立させている。
熟練の剣士や魔法使いですら、この領域には至っていなかっただろう。
そう思えるような異常な使用感が残っている。
「…」
パミラはスイーツを口に頬張ったまま停止している。
「何かおかしいけど、なんで成立できてるんだろう」という顔だ。
正直俺もそうなんだが。
「…僕も、明日からちょっと作る数増やそうかな!」
あの店長が珍しくやる気を出している。
自分はこれを再現するのは無理だと萎えているんだが。
よし。明日からはこの2人に任せよう。
そうしよう。
翌日、パミラの強い要望により、ガラクタコーナーを一掃し、持ち主が帰ってくるまでは武器屋で展示しておく事となった。
ギルドからは色々と文句を言われたが、今までの貢献でノーカンとしてくれた。