■■へ
「…そうですか。まだ、ですか」
まだ、答えることはできない。
僕にはそれ以上、言えることはなかった。
ドラセナも薄々分かってはいたのだろう。
寂しそうな表情を見せているが、ひどく落胆してはいないようだ。
「それは、私が貴族だからですか?」
「いや…戦争中、だからだ」
貴族がその辺の平民を拾って来るのとは話が違うだろう。
「私が戦争を終わらせたとしても、その時は立場が、って言うんじゃないですか?」
「…そう言われると、否定はできないかもしれないね」
痛いところを突かれる。
あの時踏み出せたのはただの正義感からだ。
結局のところ、僕は一線を踏み越える度胸なんてない、ただの一般人だ。
「そもそも、僕が良いと言ったところで、すぐ捜索隊が出るだろう。戦争中だからかなりの時間はかかるだろうが…それでもいずれ、その時はやって来るはずだ」
他国の人間と文通している、という前提条件もあるのだ。
ここに辿り着くのは、想像しているよりは幾らか早くなるだろう。
「…そう、ですよね。ええ、だったら、そうですよね」
何か、ドラセナは考え込んでいる。
僕はこの状況でできる事など無いと思うが、しかし。
「追手が来れなければ、それで良いんですよね」
「それが保証できれば」とドラセナは言う。
どういう事だ。
何が良いという話なんだ。
「誰も知らない、誰も辿り着けない場所まで行けば。私たちの立場なんて知らない人しかいない場所なら、問題は無い。そういうことですよね」
「…」
思い出すのは、昨日の夜。
ドラセナは距離という概念を飛び越えて僕の部屋にやってきた。
しかもピンポイントで僕が座っている、あの部屋に。
パチン、とドラセナが指を鳴らすと、ブゥン、と四角く空間が切り開かれる。
向こう側には、見たこともない建築物、知らない動物が高速で行き来している。
「行きましょう?2人で。誰も追いかけられない場所へ」
ここで行かない、というのは明確な『拒絶』になる。
様々な問題から逃れ、一緒に生きていくことができるこの提案を拒否するというのは。
(僕は…)
今の生活は勿論ある。
でも、戦争が無かったら。
旅立って会いにいく予定だったのは、変わらない。
未知の場所だって、今まで狩りの中で知らない場所を探索してきた。
人との関わり合いだってそうだ。
何より、僕自身の想いは。
手紙が届くたびに心躍って、大切に取ってあった僕の気持ちは。
突然な事ばかりで、目を向けられていなかった、今までの想いは。
あの時からずっと。
「…ああ。行こう。どこへでも行くよ。君と一緒に」
「どこへでも」
一度離した手を、もう一度繋ぐ。
踏み出す一歩に、もう迷いはない。