夜風野晒し、二人の始まり
木の椅子に座って夜風に当たっていると、こちらへと足音が近付いて来る。
「ここに居ましたか」
ドラセナが来たみたいだ。
そのまま隣に座り込む。
「月を見ているんですか?…綺麗ですね、月」
「ん、そうだね。今日はまだ満月じゃないかな、あれは」
何が引っかかったのか、悪戯っぽく「んふふ」と笑っている。
何だ、あれは満月なのか?
「いえ、こちらにはまだ広まっていないようですね?」
「広まって…?」
「なんでもないですよ」と穏やかに笑う。
月明かりに照らされているだけでも、竜狩りとはまた違った話から飛び出て来たような、そんな魅力がある。
「____そういえば、なんだかここ、見覚えがありますね。」
「…覚えているのか。そうだね。昔、君に会ったのはこの近くだったんだ」
ここから少し移動した裏道。
そこがドラセナと出会った場所だ。
「案内してくださいますか?あなたが助けてくれた、あの場所に」
「わかった」
怖くはないんだろうか、嫌な思い出だろうに…そう思う所はあったが、当人が向かう事を望んだのだ。
理由を聞くのは、後でいい。
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「何も変わっていないですね。今でも鮮明に思い出せます」
大して発展していない町の裏道なんてそんなものだ。
ドラセナと出会って10年近く。それだけの年数が経とうとも、この治安や法律の外側は変わらないまま。
「懐かしいですね…まだ武術を学んでいない頃でしたから。誘拐犯に腕を掴まれて何もできず、そのまま連れ去られるだけだと、半分諦めていました」
あの頃は、まだギルドが大きくはなく、この辺りも冒険者があまり歩いていなかった。
昼頃であったとしても、ここまで引き摺り込んでしまえば、見つけられる人はそうはいない。
「お父様!お母様!じいや!って。何度叫んでもどこからも反応がなくって。ここですね。このひらけた場所」
裏道の中でも少しひらけた場所。
少し剥がれている屋根を見るドラセナの顔は、穏やかな笑顔だ。
「ここで突然何かが降って来たと思ったら、掴んでいた腕が解かれて。逆の腕を掴まれて引っ張られて」
「あそこから飛び降りたんですのね?」と優しく問いかけてくる。
僕はただ無言で頷いた。
「『こっちだ!』って手を引かれてひたすら走って。明るい道に出たら探し回ってるじいやが居て」
それで終わりだ。
うまく行くかどうかわからなかったけど、あの時の判断は間違っていなかった。
「ふふ、『どうやって手紙を送って来たんだ?』って最初は気にしていましたよね?」
そうだ。
もう忘れかけていた頃に手紙が届いたんだ。
送り先と、簡単な謝礼が包まれていた。
「あの後、実はウチの者に尾けさせていたんです。『ありがとう』で終わりは嫌だと。私がわがままを言ったのは、それが最初で最後でした」
なんと、そうだったのか。
それはちょっと怖いな。
「改めて感謝いたします。私の命も、私が私でいられるのも、全てあなたが居るからなのですよ?」
す、と僕の手を取る。
見つめているその瞳は、怯えていた少女と全く同じ色をしている。
「手紙では、ずっと言えないことがあったんです」
細い裏道、弱い月明かりが差し込む中。
告げられた一言に、僕は答えを返すことができなかった。