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血塗られた贖罪



 四方を無機質な鉄筋の壁に囲繞(いにょう)された、実に狭隘(きょうあい)な空間で、今日も私は目を覚ましてしまった。


 監獄とでも形容するのが適当なこの部屋が、まがりなりにも国家からの提供物なのだと考えると、実に滑稽だ。


 所詮、ここにいる研究者は国の駒だ——。


 若い頃、上司にかけられた言葉が、視界に置き去りにされて覚醒しきっていない私の脳内を闊歩(かっぽ)する。


 給料という名のエサを与えて、日常生活を監視下に置き、有無も言わせずに私たちを駆り立てる。

 駒というより、(いぬ)と呼ばれる方がよっぽど似合っている気もするが。


 自虐的な比喩に苦笑しながら虚空に掲げた私の掌。その上に、ホログラフィー映像が投影され、今日のスケジュールを確認する。


 『試運転予定日』という文字を見て、私は思わず唾液を飲む。

 少ししてから何度か横にスクロールし、表示された時計が示したのは、午前六時。


 始業時間には随分と早いが、私は研究用の白衣を(まと)って部屋を出た。

 自室となんら変わらない、温かみの皆無な鉄筋に包まれた通路。


 ただこの施設、規模的には相当なもので、まるで童本に出てくる迷路のように入り組んでいる。


 数分歩き、研究室(しごとば)の前に辿り着いた。


 いつ見ても仰々しい鉄の扉——噂では大砲に撃たれても耐えるらしい——の傍に(こしら)えてあるパネルに認証キーを打つ。


 同時に指紋も読み取られているので、登録されていない人間が操作した場合、すぐに警報が鳴る。実に堅牢なことだ。


 もっとも、こんな地下帝国に闖入(ちんにゅう)すること自体、不可能に近いが。


 重そうに扉が引かれ、私は機械だらけの部屋に足を踏み入れた。

 自席に向かい、デスクの上に乱雑に重ねられた資料を、一つずつ手に取って、目を通す。


『時空転移装置』

 最底部に埋もれていた資料に、私の筆跡があった。


「やっと、この日が来た」

 深呼吸をするように、ゆっくりと、それでいて重く、言葉を吐く。


 国単位の研究に携われる、若い頃はそう浮かれていたものだ。


 しかし、研究という聞こえのいい仮面が剥がれて露呈されたのは、他国を軍事的に淘汰する新兵器の開発だった。


 以前、国の上層部がこの施設を訪れた時、その中の一人が私を見て「君のおかげで、我が軍は安泰だよ」と気味の悪い笑顔を顔に貼り付けながら握手を求めて来たことがあった。


 私はそれに応じた。口のすぐそこまでせり上がっていた吐瀉(としゃ)物を、なんとか抑えて。


 外界の情報が完全にシャットアウトされているせいで、この数十年の間に地上でどのような地獄絵図が描かれているのか、私には想像することもできないが、この施設内で「エリート」の部類に当たるらしい私は、いくつもの殺人兵器を産出した。


 それは、どうやっても消し去ることができない事実なのだ。


 この研究は間違っている。この国は間違っている。と、今ではつくづく思う。

 しかしそれ以上に、私は私自身が憎い。


 たとえ国の狗だろうと駒だろうと、責任逃れをするつもりは毛頭ない。

 実際に手を下していなくても、私の行いは人殺しと同義だ。


 どうすれば私は、きちんと十字架をこの身に背負うことができるのか——。


 そう思い(ふけ)り始めたのと同時期に、時空転移技術の開発を任されたのは、まさか僥倖(ぎょうこう)と言うほかなかった。


 別に私は、タイムリープもののSFが好きだったわけではない。

 私を奮い立たせたのは、「贖罪(しょくざい)」の二文字だけだった。


 少しの追憶を終え、私はそれ(・・)と対峙する。


 人ひとりが入れるだけの、言うならばプロトタイプ。

 しかしこれ以上、開発が進むことはない。

 

 なぜなら、私はこれから過去に戻って、私自身を殺すから。


 そうすれば、歴史を枉変(おうへん)させるこの馬鹿げた装置を含め、これまで私が造った兵器(おもちゃ)も、それによって起きた犠牲も、全て無かったことになる。


 無垢で幼い自分の顔を見た時、私はどう思うだろうか。

 まだ血塗られていないその手を見て、懐かしさを覚えるだろうか。


 でも、その存在を葬ることに、躊躇いなどあるはずがない。年齢のせいで容姿は違っても、中身は憎き私自身なのだから。


 そんなことを考えながら、私は装置の中に入り、年号を指定した。





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


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