断崖の舞台
中華風ファンタジーで読み辛い文字とかありますが
ルビ(フリガナ)をふってありますのでストレスなく読めると思います
「着替えたか? もう時間だ、行くぞ」
早朝、滝へ続く細い山道を進む。
生い茂る木々の間から、遠くに白い水煙が揺れているのが見える。
俺の周囲には護衛を名乗る郷民たちが4人、まるで逃げ道を塞ぐかのように囲んで歩く。
剣は奪われたものの、最後尾を歩くお兄がその剣をしっかりと胸に抱えてくれている。
お兄の指は震えていたが、それでも決して手放すまいという固い決意が伝わってくる。
「俺の剣……返してくれないか?」
静かな声で言うと、郷民たちは笑うだけだった。
「ケチ!」
俺の焦りなど意に介していない様子だった。
「舞に必要ないだろ?」
「俺が舞うのは剣舞だ! 剣がなければ、それは舞じゃない!」
「……それでも駄目だ。その剣は危険だ。お前が何をするかわからないからな。その剣は、大切に抱えているお前の兄が、形見として持つさ」
必死に食い下がるが、郷民たちは意地悪く笑い、俺の必死の言葉をまるで戯言のように扱ってくる。
「それにしても、お前、女装がやけに似合ってるな……。こんなことなら味わっておくべきだったな。……もきっと気に入るだろうよ。ウワァッハッハッハッ!」
郷民の下卑た笑い声が耳にこびりつき、まるで汚れた泥水のように心の奥へ染み込んで吐き気すら覚える。
俺は反射的に拳を握りしめる。
何としてもお兄だけは逃がさなくては、死ぬとしても死にきれない。
それに形見って、もう〖生贄〗だと隠さないのな。
つまり、郷民たちは俺がここで死ぬことを前提にしているということだ。
俺は長く息を吐き出し、心を落ち着かせる。
冷静になれ、感情に流されるな。
それにしても……、護衛を名乗る郷民はたった4人か。
俺のこと舐めているんだろうな。
「そこだ」
郷民が指し示したその場所は、滝が流れ落ちるのを間近で見渡せる断崖だった。
ここは滝の中腹にあたり、轟音を響かせながら流れ落ちる水の勢いが凄まじく、降り注ぐ飛沫を肌に感じるほどの至近距離だ。
観光ならば息をのむ絶景であり、この滝の迫力に歓声を上げることだろう。
「そこから、滝へ落ちろ。どうだ、最高の舞台だろう?」
郷民の声は歪んだ愉悦に満ちていた。
郷民はじりじりと歩を進めながら、冷たい輝きを放った関刀の刃を俺へと向けてくる。
男は肩を揺らしながら笑い、鋭い目つきで言い放った。
「これで、郷民のふりも終わりだ!」
「やっぱりお前ら郷民じゃないんだな!」
「そうだ! 郷民? そんな田舎くさいこと、俺たちがしたいと思うか? 畑? 脅せば食い物は手に入るんだ、わざわざ作る必要なんてねぇだろ!」
関刀の男が滝に流れ落ちる水音と同じぐらいに声を張り上げる。
99パーセントぐらい山賊だと思っていたが、100パーセント確定しただけのことなんだけど。
「じゃあ、なんで郷民のふりしてるんだよ。騙すためか?」
山賊は歪んだ笑みを浮かべ、舌で唇をなめた。
「違ぇな! いや……そうかもしれねぇな。俺たちは、この郷から出られねぇんだ……呪いによって、な!」
山賊の声には苛立ちが混じり、声の端々に荒々しい怒りが滲んでいる。
他の山賊も「こんな廃れた郷にいたいと思うか?」と吐き捨てるように言った。
「呪い?」
「そうさ。ここにいる限り、何をしようが外へは出られねぇ。ずっと、ずーっとな」
山賊の一人が喉の奥から乾いた笑いを漏らす。
「俺たちはもう何度試したと思う? 川を越え、山を登り、森を抜ける……それでも、結局戻ってくるんだよ」
「戻ってくる?」
俺は思わず問い返し、背筋を冷たい手で撫でられたような感覚に襲われた。
そういえば、郷民が郷の外へ行ったのを見たことがない。
門の前に立っているのは見たことがあるが……。
「そうだ。ただ歩いてるだけなのに、知らない間に同じ道をたどっちまう。誰も気づかねぇんだ。いつの間にか、また郷の入り口に立ってる。わかるか? この気味悪さが」
「それで、生贄か……」
「ああ、そうさ。呪いを解くには、生贄を捧げねぇといけないだよ」
別の山賊が口を開く。
「ただの郷民と思ったら、呪いをかけるとはな。やっかいな郷に手を出しちまったよ」
かつてここに住んでいた、本物の郷民たちはもういない。
きっと、この山賊たちの手にかかって死んでしまったのだろう。
「ただ、誰も俺たちは死にたくねぇ。だから、旅人を捧げることにしたんだよ」
その呪いを絶つための生贄だったのか。
重く湿った空気が皮膚にまとわりつき、足元から冷たい気配が這い寄る。
「お前の大切なお兄は、呪いが解けなかったら、お前と同じ運命を辿ることになるだろうよ」
「待てよーー?」
山賊の一人が喉の奥で笑う。
その笑いは湿り気を含んでいて、不快な余韻だけを場に残した。
「後じゃねぇ……もっと早くてもいいんじゃねぇか?」
山賊たちがザワリと動いた。
生贄を待つという考えが、彼らの中で揺らぎ始める。
「どうするよ? 今ここで……ここで決めちまうか……?」
一人が振り返りお兄を見つめる。
その目には、迷いなどなかった。
「今決めちまえば、呪いが少しでも弱まるかもしれねぇぞ?」
「それは……本当か?」
「さあな。でも、試す価値はあるだろうよ」
山賊の目が細くなり、口元に浮かぶ笑みは、あまりにも冷酷だった。
「お兄!! 逃げろ!!」
俺は叫んだ。
声は震え、焦りが滲むーーだが、お兄の目は迷うことなく、俺の方へ向けられていた。
「龍剣、受け取って!」
お兄が俺の剣を、舞の如く投げる。
その軌跡はまるで流星のように眩しく、一瞬、息を呑んだ。
【★お願い★】
こんにちは、作者のヴィオレッタです。
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