【9章-10話】心を落ち着かせて
――いよいよ演劇の舞台では、クライマックスを迎え、フィナーレに差し掛かったようだった。
舞台では、フィナーレで主人公の魔術師ルフェルアが街の人々から街を追い出され、静寂の森で道に迷う、というシーン。
――「大丈夫、きっとここから出られる。きっと――」
ルフェルア役のリバールンが手を伸ばすと、演出で掌から微弱に光る魔力の粒が天井に向かい、一面に散らばった。
リバールンの丁寧かつ細かく調整された、完璧な演技で辺りは皆息を飲んだ。
ひとつひとつの呼吸が、まるで本当にこの事態が起こされているように感じさせる。
(…流石、リバールン様…)
メリアが裏で様子を見て思った。
――しかし、ここからしばらくするとフィナーレとなり、メリアの出番となる。
それまであまり時間が無いが、メリアは胸に手を当てて、最後に自分の心を落ち着かせた。
――校舎裏で。
「それで…、も、もう帰っても良いですか…?」
くしゃみをして震えながら訊ねたのは、属星魔術使いのラリー・ムルトスタことラリー。
「…はい、大丈夫ですよ。本日はありがとうございました、お二人共」
校舎裏にある3つの影の内、2番目に長く伸びる陰の主、ルイナーレ・セイランことルイナーレが答える。
ルイナーレが頭を下げると、その横にいたラリーではないもう1人の陰が表情も変えずまた訊ねた。
「態々、私達を呼ばなくても良かったと思いますけれど…?」
「…それは、こちらの事情があったが故でして…。これは“光の元の主”から、そして“蒼い心持者”、“尊敬すべき主”からの依頼です」
「…大体察します」
数秒も経たないうちに答えるシルベートを見ると、ルイナーレは微笑んでまたお辞儀をした。
「この情報だけで…。やはり貴女方は私達の目指すべき姿の見本です」
「凄く肩苦しいわ、その言い方。最高魔術師と属星魔術使いの違いはあまり無いっていうのに」
シルベートが呆れながら言葉を吐き捨てると、ルイナーレは何も気にしていない様子で、寧ろ嬉しそうに微笑むと、気まずそうに見ていたラリーの元へ歩み寄る。
「ラリー様。本日はお忙しい中、ありがとうございました」
「い、いえいえっ…!?そ、そんなことは…。何もしていませんよ…っ!?」
手を全力で振って拒否を表すが、そんなラリーのことも聞かず、ルイナーレは感謝を伝えるばかり。
その様子を見ていたシルベートは、そこで何か決心したようにラリーの隣にいるルイナーレの元に向かった。
「…如何致しましたか、シる――」
「誰」
静かな校舎裏に、パチンと肌と肌同士が当たる音と共に、シルベートの低い声が響く。
ルイナーレの頬にシルベートがビンタをしたのだろう。
シルベートは叩いてルイナーレの方を再び見ると、予想通りの反応だったのか、警戒しているのか、表情が動かない。
「…痛いですね」
「それは、“貴方がルイナーレでは無いから、”ですよね?それで騙せると思ってましたか?私の魔力探知を舐めないで下さい」
2人の会話を見ていたラリーは、訳が分からずルイナーレとシルベートの姿を交互に見る。
(ど、どういうこと…?)
「あ、あのっ!ふ、フリアーネルさん…っ!」
「ムルトスタ殿、どうしましたか?」
ラリーの声に、シルベートが振り返ると、ラリーは恐怖で締まる喉から絞り出した声で訊ねる。
「な、なんでそんなこと言えるんですかっ…?」
「この者は、幻影魔術を使っています」
衝撃の言葉に、ラリーは後退する。
幻影魔術は全身隈なく微弱に魔力を張る魔術。
そして相手を惑わせる。
(…っ、そういえば…)
今日学園に来たあとを遡る。
初めて見つけたルイナーレは、ラリーの記憶にあるお淑やかで優しげな雰囲気を纏った女性であった。
が、いつからかその上に何か覆われたような雰囲気へと変わっていた。
(…っ)
ラリーの様子を見ると、シルベートは表情を一切変えず、幻影魔術でルイナーレに化けた者の方を向く。
続けて強引に胸倉を掴むと、詠唱をした。
「―第51解術。―」
詠唱を終えた時、音もなく外の魔力がガラスのように割れ目を作り、そのまま音を立てて崩れ落ちる。
それを見ていたラリーは、起きていること全てが目の当たりになり、愕然とする。
魔力のガラスの下に、別の人の姿があった。
「…これで分かったでしょう、ムルトスタ殿?」
(…)
シルベートがラリーに言うのと同時に、ルイナーレに成りすましていた者が完全に見える。
その者はフードを被っており、こちらから直ぐには姿が確認出来ない。
許可を取ることも無く、シルベートは無言でフードを素手で破った。
「…ふ、フリアーネルさんっ…!?」
ラリーが止めようとすべく走って行くが、待つ間もなく姿が顕になった。
「…ぁ」
「あ゛?」
(え?)
シルベートは唸り、ラリーは硬直した。
「…なんで殿下がこちらに?」
そう、幻影魔術の下にいたのは正真正銘のフィーライト王国第2王子ディスカルバ・トート・フィーライトだった。
見た目は、ひとつ下の第3王子のウェリアーンとは似ても似つかない。
茶髪の髪をしていて、宝石のような青みがかった緑色の瞳をしている。
第2王子、ディスカルバは頭を掻きながらシルベートの質問に答えた。
「…えっと…、な、なんて言ったらいいのかな…?」
曖昧に答える第2王子に苛立ちを覚えながら、シルベートは更に質問を掛ける。
「一体“誰に”やらされたのですか?」
「……えと」
「シルベート様!」
シルベートが詰め寄ろうと足を踏み出したのと同時に、第2王子の近くにあった木陰から見覚えのある姿の人物が走ってくる。
「……はぁ…?」
その人物に気が付いたシルベートは、驚きと怒りでどうにかなりそうだった。
その人物というのは……。
「ルイナーレ、と…奥にいるのはベルレイ…と――」
ラリーが言うよりも先に、ベルレイが後ろの人物の名を放った。
「――リンウェル領立孤児院長、ゲルト・バーバロティ院長」
名を聞くと、ラリーの手足は震え上がる。
なんとか体重を支えようと、杖を突いてバランスをとる。
そうして下を向いた顔を上げようと、手に力を入れた。
しかし、顔を上げようにも上げられない。
「…っ」
「…ムルトスタ殿、無理に上げなくても良いです」
シルベートのいつもよりも優しげな声に安堵し、身体の力が解れると、思わず後方に倒れ込む体制になる。
「あわよくばドッキリ仕掛けようと思ったのにな」
「…私が伝えたかったのはそれでは無いですよ、ベルレイ」
ルイナーレが静かに言うと、さっさと足を踏み出す。
「まず、結論から言わせてもらいます」
その言葉に、誰もが息を飲んだ。
その時。
「…私、ルイナーレ・セイラン。ベルレイ・ルデアッティと結婚致しました!」
場に沈黙が流れる。
「…あ゛?」
またもやシルベートの唸りが聞こえたかと思うと、ルイナーレの傍横から、手が伸びる。
ルイナーレは音も無く顔を天に向けて回避する。
その後、渋い表情をしながらムズムズと指を弄る。
「…私の目の前でよく分からないことが起こっていることだけは分かった。…これを父上に報告する…ので良いのかな?」
見兼ねた第2王子が言うと、更にルイナーレは弄る指を次は捏ね始めた。
「…ルイナーレ殿。言いたいことがあるのなら先に」
「い、いえ…」
気まずくなると、思い切ってラリーは押し潰されるような空気の中、言った。頑張った。
「…い、いや、わ、私、い、今の状況…、について、き、聞きたい…んですけど…」
「…て、天使ぃ…?」
「天使?!」
ルイナーレの放った言葉にラリーが戸惑っていると、間からベルレイが明らか面倒臭い様子で説明を始めた。
「…今日のレイランド学園祭には、国を巻き込む出来事についても関連していた」
「さっさと何をしていたかす、べ、て、は、な、し、て。ベルレイ?」
鋭く切りつけるシルベートの言葉に、ベルレイは呆れた様子で「こうなると思ってなかった…」と溜息をつき、続けて呟くように言った。
「まず過去から遡らせて貰うぞ」




