【9章-7話】暗闇の世界
――そこは辺り1面暗闇の中であり、自分以外誰の姿も陰も無かった。
(…ここは、何処?)
鼓動が激しく胸を叩く。
音もメリアの耳に入ってくるくらいにうるさく音を立てる。
「…っ」
1歩踏み出すと、メリアは続いて10歩程歩き、再び立ち止まる。
「何、これっ…」
メリアの足元に広がっていたのは、例えで言うのであれば崖とその下の光景。
詳しく言うのであれば、記憶と記憶の狭間。
…メリアの足元には、自分自身の過去の記憶の数々だった。
それも、思い出したくない悪夢ばかり。
メリアの身体全身の力は完全に抜かれ、頭には記憶が次々と流れ込んでくる。
次第に頭痛も強くなり、頭を抱える。
――「誰からも認められないだろうな、こいつは」
――「所詮、“あいつ”の娘だ。どうせ、“あいつ”みたいになるに決まってる」
――「や、やめてっ…っ!」
――「助けてぇっ…っ」
「…う、っ…っ」
嘔吐くとメリアは口元を片手で覆い、目をギュッと閉じる。
(こ、これは、私の記憶じゃあ…)
あまりにも残酷で耳に入ってくる声に、メリアは気を失いそうになる。
時折聞こえる幼い自分の声も、やけに騒々しく感じる。
(…っ)
歯を食いしばって気を失いかけた。
――その時だった。
「――」
暗闇の世界に一筋の光が現れる。
更に、その光から人陰が現れた。
「…だ、れ…?」
声を出した後に現れた者は何かを言ったが、メリアは聞くこともなくその場で気を失った。
――その人陰が現れた時、その場には何処か懐かしく、そして心地良さがあった。
――「やっぱり、試すのは良くなかったみたいよ。…これだけ盛大に行っといて、もう止めみたいにはしたくないけど」
「結局は…、こうなるんだね…」
「思ったのだけど、貴方ってそういう所、人の心がないと思うのだけれど?」
話し声で目を覚ますと、目の前には見知らぬ少女の顔面があった。
それも、自分とは逆さまに、その顔はあったのだ。
(…っ!?早く結界書法魔術を展開して――)
メリアが口を開いて詠唱をしかけると、素早く目の前の少女が口を塞ぐ。
驚いていると、少女は気弱に話す。
「あ、あのっ…、えっと…今はあまり話さない方が良いかもしれないです。…起き上がれそうですか?」
声に頷いて応答し、メリアは身体を起こす。
そして後ろを向くと、メリアは先程までの自分の状況に気付いた。
自分は膝枕をしてもらっていたのだ。
確かに、医務室の天井より暗めで教室の天井の色をしていたので、薄々不思議に感じていた。
メリアは衝撃の事実に、もう一度気を失いそうになったが、少女の魔術によって気を戻させる。
どうしても、メリアは人前では声を引き絞っても出せない。
口をパクパクとさせて少女を見ると、少女はメリアの様子を見てハッとし、詠唱をした。
詠唱を終えると、少女の目は片目のみ光り、メリアを捉える。
その瞳は吸い込まれそうで目を離せなかった。
少女とメリアはそのままでしばらくお互いを見つめ合うと、気を取り戻した少女はさも何かを思い出したかのように眉を吊り上げる。
(こ、これの話し方は…、わ、分かりますか…?)
念力のように拳を握り締める姿に、思わず笑いが零れそうだった。
(私と同じくらいの歳かな…?)
少女はローブを着ているが、色的にレイランド学園の代物では無い。
ローブには一切の刺繍が無く、メリアには特定出来なかった。
そんなことを考えていたが、やがてメリアは少女の怒ったような表情で一気に我に返る。
そしてメリアは少女からの質問に答えた。
(…は、はいっ。分かります…!)
答えたが、少女からの返答は無かった。
その代わり、少女自身がメリアの目の前に来たのだ。
(…え?)
(…め、メリアさん。あ、あのっ…。心の声を読む魔術なので心の声も聞こえますよっ、これっ)
(……)
メリアは思った。
なんてものを自分は忘れていたのだろうか。
そして、何故それをまた相手から教えられることになったのか。
思った時、メリアの思考は過去最高に働いていたのだろう。
メリアは目を見開いて硬直すると、泡を吹いてバタリと倒れたのだった。
再度目を覚ました時、メリアは少女に色々な事実を教えてもらった。
少女の名前はラリー・ムルトスタ。
属星魔術使いの1人で学園の結界の保護を担当していたらしい。
自己紹介を終えると、彼女は2つの事実を包み隠さず教えてくれた。
1つ目は、メリアに魔術のようなものを掛けた者は顔さえ見えなかったが、ローブを見る限りビティラの紋章が施されていたらしい。
ビティラとは、フィーライト王国の崩壊を目論むリバン王国の使者の部隊である。
前に、1度メリアも仲間に襲撃に巻き込まれたことがあるので、その名を聞いたことはあった。
特に相手は決めていなかったように見えたらしく、偶然にメリアに魔術のようなものを掛けたように考察しているようだ。
だが、その魔術のようなものは普通の魔術とは異なった〈呪術〉という部類の術というものだったらしい。
それを見抜いたのはシルベートで、聞くと彼女の魔力探知で術の形が見えたのだ。
(魔力で術の形って分かるんだ…)
驚いたのも束の間、もう1つの事実を聞かされることになった。
そんな2つ目の事実は、気絶している合間の出来事だった。
メリアの意識は、当分あの時の暗闇の中にあったので記憶が無い。
しかし、その裏でとんでもないことが起こっていたのだ。
そのとんでもないこととは…。
(凄く言いづらいんだけどね…。君、多重人格でしょ)
(は、はい…、そうですけど…)
答えると、ラリーは指を捏ねながら続きを心で言った。
(私も多重人格だから分かるんだけど…。君、気絶してる間、意識は人格の狭間に飛ばされたよね…?)
(人格の狭間…?)
(そう。一言で言うなら…、暗闇みたいな何も無い真っ暗な世界かな…?)
メリアの様子を見ながら、ラリーはメリアの胸あたりを指差す。
(それと、君精霊と契約もしてるよね…?契約石も付けてるし)
(はい…)
(…じゃあ確定、だね)
よく分からない事を呟かれると、メリアはまた質問を投げる。
(…何が確定したんですか…?)
聞くと、ラリーは詠唱して掌をひとつに集めた。
すると、掌から魔力の粒子を纏った蔓が幾つも生え、蕾を作り花を咲かせた。
(…これが私の人格。君も同じようなものだろうけど、敢えて言うならこの蔓の中に、君は閉じ込められていたってところかな…?)
(君がここに閉じ込められている時に、別の人格が主人格になってしまった。…それで…)
間を置いて、ラリーは俯いた状態になると再び話し出した。
(えっと…、この呪術の詳細はまだ分かってないんだけど、支配してる人格を恐怖と絶望に追い詰め、反射的に別の人格が荒々しく暴走する、…って感じの呪術…、いや呪いだったの)
(……じ、じゃあそれってつまり…)
嫌な想像が頭をよぎる。
メリアが目を虚ろとさせると、ラリーは頷いて静かに心が言った。
(…君が暴走して展示教室は荒れちゃったんだけど、ナウアールっていう殿下のご友人が〈誰しもを振り向かせられる魔術〉とやらを使ったんだけど…)
(それは洗脳系寄りで、…)
(あんまりこの呪術と相性良くないから、色々と制限してたの。だから詠唱も喋るのも止めてもらって…)
伝え終えると、間を空けてラリーは先程までモジモジとしていた指を掌ごと膝に付け、口で話し出す。
「……ま、まぁ、色々話したけど…、何も理由が無くて私は、君にただこの事実を話したんじゃないんだ…」
(…?)
「…と、取り敢えず、ま、まずはお仲間達のところに向かいましょう…!…この後にやることがあるので…!」
訳の分からないまま教室を出ると、メリア達を待っていたかのようにローブを着た人物がいた。
そのローブを着たとある人物は、微笑んで言った。
「メリア・ファスリード。ちょっといいかしら」
その人物はフードを上げると、メリアの前に手を出し、続けて言った。
――「最高魔術師からの、伝言よ」




