【9章-6話】再度走る痛み
「こちらが、先程申された魔術研究部とやらの展示室でしょうか?」
メリア達と共に向かったシルベートが訊ねる。
扉には〈魔術研究展示中〉という文字が書いてあり、片方の扉が開放されている。
「じゃあ中に入――」
アリアが言いかけた時には、先程まで直ぐ前方にいたはずのシルベートの姿は無かった。
(…は、速いっ…!?)
先の方を見てみると、案の定シルベートが入っていく途中だった。
「属星魔術使い様でも、変わった人は…、いるんだね」
『…えっと…、ま、まぁ…』
急に聞かれたメリアは、曖昧な返事を返す。
「とりあえず、ついて行きましょ。その方が…良いかも…?」
「なんで疑問形なんですかっ…!?」
アリアが言うと、ティレは表情1つ変えずに答えた。
「…分からないから、に決まっているでしょう?」
意外な言葉に、アリアはポカンと口を開けてその場に硬直する。
アリアが硬直するのと同時に、ティレはアリアの手首の辺りを握って持っていた。
(こ、これがっ…、28歳の貫禄…ですかね?)
「じゃあ、早く追いかけましょ。2人共」
メリアが思うのと同時に、ティレは駆け出した。
中に入ると、メリアは教室を見渡す。
(えっと…、シルベート様は…)
「ぅおっ…!?」
肩に衝撃が走るのと、誰かの声が重なる。
誰かと肩がぶつかったのだろう。
メリアは直ぐ衝撃のあった方を向く。
『す、すみませんっ…!』
目を瞑って必死に頭を下げて謝罪をすると、し聞き覚えのある声が帰ってきた。
「…ファスリードか」
『…え?』
「ロヴィリアだ。今副クラブ長に話をして帰るところだったんだが、…妙だな」
人を見下すような目を持つ見覚えのある青年は、ロヴィリア・ルンディスだった。
『…妙とは何ですか?』
「お前が入ってくる前に、属星魔術使い様が入っていったぞ。…まさかと少し思ったんだ。お前が案内してるか、ってな。…でも、どうやら本当みたいだな。今確信した」
『な、なんで確信したんですか…?』
嫌な予感を感じて震えながら、ロヴィリアに恐る恐る訊ねる。
ロヴィリアは溜息をつくと、メリアを指差して言った。
「…誰が見ても、お前のその表情だけで分かるだろ」
(…あ)
メリアは教室の窓の反射を利用し、自分の今の表情を見る。
そして気付いた。
自分の表情は、そのままの“困惑”そのものだった。
この表情なら確信するのも十分納得だ。
メリアは熱くなる顔を抑えながら、気絶するのを我慢し、ロヴィリアから1歩ずつ後退りしながら言った。
『す、すみませんっ…!』
メリアが飛んで逃げていくのを目の当たりにしながら、床を見て呟いた。
「…これで数十秒は稼げたか」
ロヴィリアはとびきりの溜息をつくと、展示教室を出た。
シルベートのいる場所に向かうと、メリアは一番にシルベートの背中に触れる。
『あ、あのっ』
「…あぁ、情緒不安定の子」
勝手な付け名で呼ばれた。
(情緒不安定の子…)
付け名に驚いたメリアは黙り込む。
しかし、しばらくして顔を上げてもう一度訊ねた。
『何か、気付いたんですか…?』
緊張で手が震えながらも、フードの間から見上げるようにシルベートの目を見る。
見つめられたシルベートは、一瞬別の方向に目を向ける。
(…?)
無意識にメリアの目はシルベートが目を向けたところに向かう。
――そこにいたのは。
「おや、ファスリード嬢。先程ぶり…と言えばいいかな?」
先程ナウアールに置いてきたばかりの第3王子、ウェリアーン・ラティア・フィーライトだった。
「今、彼女から話を聞かせてもらってね。…お友達を探している最中なんだって?」
『まぁ…、はい…?』
(友達っていうか…)
なんとも言えない返事で誤魔化すと、それを横目にウェリアーンは別方向を見て訊ねる。
「ラクアレーン嬢もいるようだね。…それで、検討は付いてるの?」
「何のですか?」
後ろに来たティレに思わず目が行く。
だが、ウェリアーンはティレにも構わず、ずっと一方を見ている。
(どうしたんだろう…?)
「如何致しましたか?」
メリアの聞きたいことを代弁するかのようにティレが聞くと、ウェリアーンは口端を上げながら指を差して言った。
「ラクアレーン嬢、いいものに目を付けたようだよ」
「いいもの…」
『いいもの…?』
(…でも、なんで殿下は、…ウェリアーン様は笑っているの…?)
ティレもメリアも疑問に思いながら見る。
そこにはアリアと言っても、この教室に展示されている紙を見つめているアリアだった。
「…」
何も言わずシルベートは前にいる2人を見た。
まるで、これからの2人の行動を監視するように。
(…まぁ、参考程度にはしておこうかしら)
シルベートはそう思いながら、2人のこれからの行動を予想する。
(さぁ、…どう出るか)
1度瞬きするよりも早く、両方は別の行動をとった。
片方は表情が固まり、片方は表情が動くよりも先に足が動いていた。
足が動いたのは――メリア。
メリアが動いた訳は、アリアの見るものが気になる訳では無かった。
(…アリアを今すぐこっちに呼ばなきゃっ)
こちらにアリアを呼び戻す為、メリアは足を動かした。
アリアのいる場所は、案外そんなに遠くには離れていなかったので走り10歩程度でアリアの隣に立つことが出来、そしてアリアの肩をポンポンと優しく叩く。
『…あ、あのっ。アリア…』
声を掛けると、アリアは素直にこちらを見た。
しかし、言葉を発さず呆然とした様子だった。
アリアの様子に、メリアはハッと我に返りある言葉を思い出す。
(…察しないと…!)
口をムズムズさせたり、頭を軽く叩いてみたり、方法を頭の中で考える。
こういった時は実際の体験を思い出すものだが、メリアの実際の体験はあまり頼りにしたくないと思っていた。
何故なら、孤児院育ちであるメリアの体験はろくなものが無い、と自分自身でも感じているからだ。
そうこうして慌てて考えていると、メリアの頭にズキッと痛みが走る。
先程あるものを思い出そうとした時に感じた痛みと、酷似している。
1度きりの、大きなものがぶつかったような衝撃のような痛み。
(…さっきとは頭痛になるきっかけが違う…?)
メリアは少々疑問に感じたが、直ぐに顔を上げてアリアを見る。
これだけ考えてたら目の前にいる者は、誰しも戸惑わずにはいられない。
アリアはそうだった。
気を取り戻したアリアは、メリアに向かって口を開く。
「メリア――」
同時に結界が心を読んで文字に示そうと書き始める。
『アリア――』
その時、目の前のアリアの後ろに人陰が現れた。
「――“これ”は何れ試練となる。己と異なる格と己の記憶を辿るが良い」
「おい、――!」
その青年の声が聞こえた後、メリアは気を失った。
そして、次に目が覚めた時には。
――何も無い真っ暗闇に、己は立っていた。




