【9章-4話】王子を置いた、その後に
「おぉ。来てたんだね、ウェリアーン」
簡単に綴じてある書類を片手に、ナウアールはこちらに向かって歩くウェリアーンに手を振る。
ナウアールがいるここは、メリア達1年生の教室のある階。
何故こんなところに?、とメリアは思ったが、素直に言うのを抑えてウェリアーンとナウアールの間を眺める。
きっと生徒会の仕事か何かなのだろう。
(…と言うか、殿下とナウアール様ってこんなに身長差無かった気がすると思うけど…?別のところかな?)
比べようとしたことすらないが、ほんの少し。
ほんの少しだけ、何処かに違和感があると感じた。
人間なのだから身長は多少は伸び縮みすることは、あるだろう。
その気持ちを入れても尚、メリアは微かに違和感を覚えて、首を傾げる。
楽しそうに話す2人を目の前に、隣に立っていたアリアが不満げに愚痴を零す。
「…連れて来たのはいいけど、なんなの。私達はどうしたらいいのか…」
そう言って2人を睨むアリアに、メリアは苦笑いで流す。
(…でもそうだよね、実際。私達、特に用事無いし、話すことも無いし…)
『戻ります?』
アリアに訊ねると、アリアは「うーん」と唸りながら従者の方をチラチラと見る。
「従者さん、これは戻っていいの?」
「はい、恐らく平気だと」
なんの躊躇いもなく答える従者に、アリアは薄く青筋を浮かべる。
(えーっと…)
メリアは従者とアリアを交互に見ると、思い切ってアリアの手を引いて走り出す。
『す、すみません!今すぐいなくなりますぅっ!?』
最後に、メリアはこんな捨て台詞を吐いて颯爽とその場を走り去ったのだった。
校舎の中を思い切り走ったメリアとアリアの2人は、生徒会室の前を通り過ぎる直前にいた。
「メリア、さっきは…凄かったね…、色んな意味で」
『うっ…、はいっ…』
アリアの腕を見てみると、若干だが赤くメリアの手形の痣が残っていた。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ…)
その痣は、正真正銘メリアが走ってアリアを連れ出した時に付いたものだ。
メリアにとっては珍しいのだが、…まぁそれだけ逃げ出したかったんだろう。
俯いた影響で猫背気味になると、通り過ぎた生徒会室の扉が、激しい爆音と共に勢い良く開く。
「ひぇっ?!」
アリアが大きく声を出すのと同時に、メリアも小さく「ひゅぇっ」と声を出す。
振り向くと、生徒会室の扉が全開に開いていた。
「…ラウィーヌぅ、ラウィーヌぅ…」
生徒会室から手を伸ばして出てきたのは、ラウィーヌの師匠こと盲目少女ティレだった。
死人のように身体を引き摺って出てきたティレは、急に下を向いたかと思うと急にこちらを向いた。
「メリアちゃんとアリアちゃん…?!」
そう言ってティレは目を不気味に光らせてこちらに向かって歩き出す。
(ちゃん付けって…)
苦笑しながら隣のアリアの様子を伺う。
アリアの表情は正直だった。
「うげっ」
何処かで1度聞いた言葉を口にすると、急ぐようにメリアの腕を引っ張って、元の方向に走って戻っていったのだった。
「なっ、なんでっ…、走るのよぉ。私、ラウィーヌを探してるだけなのに…っ」
ティレが腰を曲げて膝に手を付く。
メリアとアリアが戻っていった後、ティレが十数メートル程走った地点で「うぎゃむっ」と叫び声を上げた為、2人は足を止めてティレの話を聞いた。
どうやら、足を軽く捻ったらしい。
(…28歳だしなぁ、走ったら危ないって思ってたけど…)
心で思うと、ティレは胸を摩って息を整えてメリアとアリアを見る。
まぁ、28歳という立派な大人が、ちゃん付けと走るのは少々見苦しいものがある。
「何かあったんですか?」
隣でアリアが訊ねると、ティレは申し訳なさそうに答えた。
「頼みがあるんだけど…、ラウィーヌを探してもらえないかしら…?」
(…ラウィーヌ様って言ってたから…、多分それかな?)
『何処かで会ったりとかすれ違ったりはしてないんですかね…?』
メリアが顎に手を当てて訊ねる。
「それがね…、少し長くなるけど――」
つい先程まで、ティレとラウィーヌは生徒会室に2人でいた。
しかしその後に、ユベリアンが生徒会室に入って来てしばらくした後、突如としてラウィーヌとユベリアンが姿を消したそう。
間では、3人は特に関わっておらず、ティレはラウィーヌの傍にいたそうだ。
『…突如として?』
「そうなのよ。本当に一瞬のうちに消えちゃってて…。魔力の使った痕跡も、魔術発動も感じなかった…」
ティレは、盲目ながらも補助視として、空間視という特殊な魔術を使っている。
これは空間を〈把握〉する為の方法であるので、大体の物体と生物の動作は把握出来る筈だ。
しかし実際は見えている訳ではないので、多少は把握出来ないところはあるのだろう。
「ラウィーヌのお姉様のスアラ様にも、少し聞いてみたの、だけど朝しか会っていないって…」
「待って下さい」
アリアが強めの口調で遮り、訊ねる。
「…なんで先程まで生徒会室にいたのに、お姉さんの話が出てくるんですか?先程の話ではユベリアン様にしか会っていないということでは…?」
(確かに…)
納得したメリアは、不思議に思い、ティレの顔を見る。
ティレの表情は、戸惑い等ではなく、笑顔だった。
「伝えてませんでしたか?私、ラウィーヌのお姉様との連絡電話陣を、常に共有しているんですよ!」
『連絡電話陣…?』
聞いたことの無い言葉に戸惑うメリアに、ティレが説明する。
「簡単に言えば…、離れてても魔法陣で常に連絡を取れる状況にしてある、ということかな?」
『魔法陣で常に共有…』
「だから、その間に聞いてみたの。ラウィーヌのお姉様には」
説明を聞くと、メリアはなるほど、と首を縦に動かす。
『…』
黙り込むと、首を傾げて考える。
(誰かに探してもらおうかな…?それか、手分けして探する…?)
今日は学園祭。
下手に荒らしては、年に1度のこの行事を駄目なものにしてしまうかもしれない。
「…それに、あの2人だけ消えたって訳でもなさそうだし…」
ティレが呟く。
『どういうことですか?』
「そのままの意味よ。ラウィーヌとユベリアン様だけ消えて、万が一何かされるなら、無関係な2人にすることはあまり無いと思うのよ」
「…それなら!」
アリアが声を上げる。
メリアが驚いて身体を震わすと、アリアは「ごめん…!」と口パクした後、ティレに話す。
「今日、属星魔術使い様が来るって言っていたじゃない?頼みましょ!」
『確かに…、今日来るとナウアール様が言っていましたね』
「…そうね。属星魔術使い様なら、相応する魔術を持ってる筈だから…」
『でもどうやって属星魔術使い様を探すんですか…?』
その場が沈黙になる。
アリアとティレの口は、ポカンと開けていた。
そこまでは考えていなかったのだろう。
『…ま、まぁとりあえずは皆で探しましょ…う!』
メリアはは、和ませると外に出ようと振り返った。
しかし、振り返るとそこは真っ暗、いや真っ黒く塗り潰されたような景色が広がっていた。
(あれ?確かこっち側が外に向かう方向だったけど…?)
しばらく見つめていたが、メリアが振り向いた方向は未だに真っ黒だ。
(…もしかして、闇魔術の攻撃とかなのかな?)
闇魔術のことはあまり知らないので、これが攻撃なのかさえ、よく分からない。
(後ろ側は…)
振り返ると、口をあんぐりと開けて棒立ちになる2人がいる。
(ならおかしい…?…でも、どうなってるんだろ、これ)
指でつついてみると、サラサラとした布地のような触感が手に伝わる。
更に掴んでみると、少し上の方から声が聞こえた。
「…ねぇ、君」
(ふぇっ…?)
メリアが顔を上げると、そこには真顔でこちらを見つめる女の姿があった。
黒いローブに、白色と赤色の紋様が刻まれている石を嵌め込んだ大きな杖。
赤黒いラズベリー色の瞳を持った女が、そこに立っていた。
身長はメリアより高く、メリアが首を上げないと顔が見えない程だ。
『…えっ、と…』
恐怖で自由に動かせないながらも、口をパクパクとして声に出す。
見かねたティレは元の表情に戻ると、一目散に言った。
「属星魔術使いの、シルベート・フリアーネル様?」
「そう、だけど…、この子はどうしたのですか?」
シルベートがメリアを差しながら訊ねる。
メリアの方を見ると、顔を赤らめて変わらず口をパクパクとしていた。
恐らく…いや絶対気絶している。
気が付いたアリアは、メリアの両肩を持つと、身体を激しく揺らす。
「メリア、メリア!起きてぇっ!?」
(…!?)
目を覚ましたメリアはシルベートの方を一直線に見ると、頭を下げて言った。
『すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません…』
その様子を、引き気味にシルベートは見て、思った。
(随分と、情緒が不安定だね。この子は…)
メリアはその後も、止めることなく頭を下げ続けたのだった。




