【8章-7話】夜の来訪者達
寮の自室に戻ると、メリアは一番に机に向かった。
机で何かをするのかと思いきや、通り過ぎてベッドに寝転ぶ。
その時、三つ編みにしている髪が顔にかかり、視界が三つ編みになる。
三つ編みの部分には、エイラに付けてもらった花が結び付いていて、メリアは今日のことを思い出す。
(今日も今日とて…)
掛け布団に潜り込むと、背後の方で魔力反応がした。
「お疲れでしょうか?」
ラリアードだった。
ラリアードは、訊ねても身体も声さえも反応しないメリアに爆弾発言をする。
「寮の東側外に、莫大な魔力の反応と魔術の展開を感知していますのでお気を付けてくださいませ」
「ふぇっ…?」
「ふぇっ、とはどういう感情で?」
「あの、その…驚いた時、とかですかね?」
質問に思わず答えると、ラリアードは「なるほど、ですね」と首を上下に振る。
「…その外の莫大な魔力反応って?」
「おっと、失礼致しました。魔力反応は外の学園全体から感じているんですが、特に寮の東側の方からが強く感じます」
魔法陣を苦労無く慣れた手つきで展開し、ラリアードは確認しながらメリアに言う。
「ルートゥ達の時とは違うんですか…?」
「…そうですね」
(じゃあ別の侵入者?)
メリアが首を傾げて考える。
「…今解析が終わりました。東側の魔力反応は結界の破壊用、全体のものは莫大な魔力の持ち主ですかね」
(結界修復大変そうだなぁ…)
実は、この前のルートゥの件は、ルートゥが開けた結界修復の為に、学園側が属星魔術使いを呼んだらしい。
属星魔術使いなだけあって、より強度な質と精度を込めた結界に改変したらしい。
…だが、それも破られた。
「気の毒だな…」
「えぇ、気の気の気の毒ですね」
「?」
「私、失礼なことを申し上げましたでしょうか?」
駄目だ、これは。
メリアが思った瞬間だった。
同時に閉めていた筈の窓が、勢い良く音を立てて開かれる。
見ると、暗い外に人影が見えた。
(…何で?)
摺り足で窓側に近付くと、外にいる人影はこちらに向けて言葉を発した。
「――ご機嫌よう。メリア様」
(い、い、い…)
素早く魔術の詠唱をして、結界書法魔術を使用する。
乱れた呼吸を抑え、メリアは静かに訊ねる。
『…どうしたんですか、こんな夜に、こんなところへ。貴方達が』
「私達が実行するのは、国が関わることのみ。これが属星魔術使いとしての心得だと認知しているが?」
「…ここに最高魔術師もいるわよ」
メリアの質問に答えたのは2人。
垂れ目の中年程の見た目の男。
彼は属星魔術使いが1人、〈時属星〉ベルレイ・ルデアッティー。
闇属性精霊神アルトルバン神託術、時を総操作する魔術を使う魔術使いであり、属星魔術使いの最年長だ。
その後ろに控える、水属性最高魔術師及び首長が1人、ルイナーレ・セイランだ。
人と関わることを苦手とするメリアだが、最近授業で習った関係で有名人は記憶している。万が一の為に。
この2人も、ルイナーレ含めて最近に基本魔術式科で習った。
(…これは、質問していいものかな?)
沈黙の間で、メリアはキョロキョロと辺りを見回す。
(部屋は大丈夫そうかな?)
部屋の清潔を確認した後、メリアは窓の外に飛行魔術で浮かんでいる2人へ言った。
『中、入りましょう…?』
「そうだな。…セイラン着いてこい」
「私は貴方の召使い“では”無いんですけど」
「屁理屈もそれくらいにしとけ。後悔するぞ」
「あら、私は何も可笑しなことは言っていないのですわ」
ここでも喧嘩が始まるのか。
何処かの誰かさんを思い浮かべて、メリアは目の前で進む喧嘩を眺めていた。
……ルイナーレが助けを求めるまで。
『こちらにどうぞ…』
「いい、直ぐ終えて帰るだけだからな」
「女の子にそんな口聞いたの、初めてかしら?」
2人の会話にアワアワとしていると、気付いたルイナーレがベルレイの口を塞ぐ。
「んんっ、んん…!モゴモゴっ…」
「私達は彼女の話を聞きに来たのでしょう?ここで取り乱しちゃあ行けないですわ、よ」
そう言うと、「聞くから、聞くから」とでも言うようにベルレイは手を動かす。
やがてルイナーレが手を離すと、メリアは随分と大人しくなったベルレイとルイナーレに訊ねる。
『あの…、何故おふたりはこちらに?』
メリアはラリアードに紅茶を入れてもらうように指示し、2人に訊ねる。
「そんなに大したことではありませんよ。終わらせたら帰るので」
(何かするのかな?)
特に気にしないでいると、ルイナーレはラリアードに向かって言う。
「ラリアード、最近はどう?慣れたかしら」
「…私は貴方様のところから解放されたので、もう貴方様の言いなりにはなりませんよ。契約もしましたし」
「随分と態度がデカくなったな、ラリアード」
「何処かの誰かさんのお陰ですかね」
まるで初対面ではないかのように話す姿を、メリアは呆然と見ていた。
(ルイナーレ様ならまだしも、ベルレイ様にも何事も無く話してる…?)
『何で…?』
「ん?あぁ、こいつとは前会っててな。知り合ってるみてぇなもんだ」
ベルレイが言うと、ラリアードは紅茶を魔法で浮かばせて運び、机に置く。
「それで、本題だが…」
『は、はい…?』
「伝言を伝えに来た。今から言うからよく聞け」
唐突に言われた言葉に、メリアはバタバタと慌てて辺りを見回す。
(伝言っ、伝言っていうことなら紙は持ってた方がいいかもしれないっ、あとペンも…。何処に置いたっけっ!?)
心で1人、戸惑ってあちこち飛んでいると、ベルレイは腕を組んでメリアが戻ってくるのを待つ。
「…ゆっくりで、いいからね」
ルイナーレが優しく言うと、メリアは更にスピードを上げてペンと紙を取り出し、ベルレイとルイナーレの元に戻る。
急に走ったせいか、顔を赤らめてハァハァと過呼吸になるメリア。
『お待たせっ、致しっ、ました…っ』
「おぉ、ご苦労」
『じゃあ伝言、お願いしますっ…』
息を整えると、ベルレイは最初に伝言の持ち主の名を口にした。
「――差出人、マリアーン・リアメント」
(…マリアーン、?)
さっきまでの息遣いも忘れ、驚きを隠せない。
「…続けるぞ」
ベルレイは気に止めることなく伝言を話した。
――拝啓、メリア・ファスリード様。
私は今、優しい方々のお陰で家族と共にまた森で暮らせることになりました。
これは感謝でも、謝りでも、恨みでも、憎しみでもない、唯の報告です。
これで最後になります。
どうか、その命、その心を大切に。
―――内なる者は今は静かに、何れ解き放たれん。―――
星による占いが、貴方を導きますように。――
「…ということだ。書けたか?」
ベルレイが訊ね、メリアの方を見る。
ベルレイが見たメリアの姿は、とても今の表情では耐えられなかった。
必死に探して引っ張ってきた紙は涙の跡が。
途中まで書いた文章はめちゃめちゃに読めなくなっていた。
おまけに、目には涙が溜まっていて声を出さないようにと、堪えているようだ。
「おい、ファスリード」
ベルレイが言うと、ルイナーレはメリアの元に向かおうとするベルレイを止める。
「―人格操作魔術。―」
ルイナーレが詠唱を口にすると、術を受けたメリアは「ううっ…」と呻きながらその場に倒れる。
「おい、セイランっ!」
「…どうせ、するつもりだったんだからいいじゃない」
そしてメリアの元に向かうと、蔓魔術の詠唱をしてメリアの首に巻き付ける。
苦しそうに顔を歪めるメリアに、ルイナーレは顔を覗かせる。
「…目を開けて」
言われてメリアが目を開くと、ルイナーレは顔を更に近付ける。
「リーゼ…。よりによって面倒ね」
メリアの目は青味を帯びた緑色、ピーコックグリーンに変わっている。
「それ、私に聞こえてるって分かって言ってる?」
「…あぁ、そうだったわね」
メリアの人格がルイナーレから離れると、冷たく言う。
「…こっちは遊びでやってる訳じゃないの。そっちのつまらない理由で、勝手に操作されるのは不愉快って言うもんよ?」
「じゃあ素直に本人に“父親”の話をしろと?」
「…。はいはい、どうぞ。話してって」
メリアの人格が呆れつつも返事すると、ルイナーレは一言だけ告げた。
「――アディバント・ファスリード。彼の身元についてよ」
メリアの人格は聞くと、溜息を着いて言った。
(…記憶改変操作に抗う為に人格操作は止めておいたけど――)
「分かった。その代わり手短に話して」
「ありがと。あいつだと話がどうにも長くなっちゃうから――」
「…」
(…話進んでんなぁ)
勝手に話が進む2人を見て、ベルレイはある考えが浮かんだ。
(飲み行こ…)
「ベルレイー、何処にも行かないでよー?!」
「じゃあ俺にも話させろ、クソ婚約者がっ!」




