【8章-5話】色々な意味のカオス状態
気が付くと、メリアは医務室の椅子に座っていた。
(あれ…、いつの間に?)
俯いていた顔を上げると、目の前には心配したアリアがメリアのまじまじと見つめていた。
「メリア、平気?」
『あ、うん…、平気、かもです』
「それ、大丈夫?」
いつものような冗談を訊ねるような口調では無いことに、メリアは口を閉じる。
「…今は深くは聞かないけど、ここまで来たことは覚えてる?」
『…ううん。正直言うと覚えてない…です』
「…そう」
アリアはそれだけ言うと、自身のスカートを握ってしばらく黙り込む。
(…そうだ)
『ミレは、ミレは大丈夫ですか?』
アリアに訊ねると、アリアは険しい表情でメリアの後ろの方を指差す。
「…」
「どうしたの、アリア。あ、メリア起きた?」
(…っ?)
声のする方へ顔を向けると、そこにはミレがいた。
「やっほー、メリア。目の前で急に倒れて、びっくりしたんだよ?今は平気?」
『う、うん…』
ミレの姿は、見るに堪えなかった。
右腕には包帯を巻き、その上から手で抑えている。
笑顔は必死に作った作り笑顔。
――痛くて辛い筈なのに。
『ミレ、大丈夫ですか…?』
「まぁ、平気。でも利き手の方に呪い、受けちゃったから書く時とか大変そうだなぁ…、あはは」
「ミレ…」
明るく振る舞うミレの姿は、メリアやアリアは圧倒され、「無理しなくていい」と慰めを言う気力も湧かない。
言いたい、慰めたい、だけどピッタリの言葉が見つからない。
「…演劇、どうしよう」
ミレが堪えるように呟く。
包帯が巻いてあれば、客を不快にさせてしまう。
きっとそう思っているのだろう。
『解呪方法とかは…?』
「あるけど、特定の魔導書にしか書き記されていないみたいで…。届くまでひと月は掛かるらしいって」
学園祭までは、あと2週間弱。
到底間に合う筈が無い。
「…っ」
『誰に、誰にされたのか教えてくださいっ』
(誰か分かればっ…)
魔術は、その掛けた主が分かれば主を伝って解呪、解除が出来る。
「…ごめん。記憶封じと右腕の意思封じされちゃってそこの記憶が無くって…」
(…なら他の方法でもっ)
『じゃあ…っ』
「いいのよ。…やるわ、私。代わりはいないしっ」
言うミレの声に嗚咽が混じる。
ミレが言うことも、気持ちは分かる。
これから探したって、代わりは見つからないかもしれない。
それでミレが無理をするのかもしれない。
どちらの可能性も兼ねて、メリアは提案を口にする。
『それなら私がっ…!』
探しますっ――。
そう言いかける前に、アリアがミレの手を持って言った。
「ミレ。最近友達になった私が言うことじゃないって自分で分かってるけど――」
メリアが隣にいるアリアの顔を見た。
「――自分がやるって決めたことは、自分で責任を持ってやるの。貴方がそう決めたのなら、メリアだって私だって、友達として全力で助ける、協力する。だから――」
「――そんな身体で、ひとりで、無理しないでっ…」
そう言って、アリアは嗚咽混じりの声を漏らしながら、零れた涙を拭く。
圧倒されたメリアは、ただ2人の様子を見ているしかなかった。
あぁ、これが友情の表れというものなのか。
メリアは何も言えない自分に無力感を感じた。
「メリア様、先程は大丈夫でしたか?」
エイラが声を掛ける。
またもいつの間に廊下を歩いていて、自分の行動が分からなかった。
『は、はい…、大丈夫です…』
「無理なさらず…。……あぁ、ひとつ宜しいでしょうか」
『なんですか…?』
エイラに向かってみると、エイラは小さく詠唱をして掌に花を咲かす。
「…こちらがナウアールから、こちらが私からです」
もう一度詠唱をすると、エイラのもう片方の掌に花を咲かす。
片方はハーブの木に青みのかかった紫色の花、もう片方は優しく彩る黄色の花。
「…花を部屋に飾っておくとお洒落になりますし…、どうでしょう?」
『あ、ありがとうございます…』
「…リボンに付けさせてもらっても?」
エイラがメリアの三つ編みをしている部分のリボンを差す。
メリアが頷くと、エイラは何も言わず三つ編みに手を掛け、そっと花を付ける。
「魔術で作ったほぼ造花なので、魔力か水分が欠けなければ、枯れることは無い筈ですが」
『…』
「…ではこれで」
そう言ったエイラの表情は、何処か覚悟を感じた。
「――で主要人物役が呪い受けとはね…」
ラウィーヌが溜息をつく。
呪い受けとは、呪いを受けた被害者のことを差す。
「…当分は無理そうです」
リバールンが言うと、ラウィーヌはしばらくして訊ねる。
「…痛みを止めれば、行けるかしら?」
『痛み止め…?』
「確かに、その手が…」
「でもひとつ、申してもいいかな?」
いつの間にいたナウアールが、メリアの隣の椅子に座って訊ねる。
「呪魔術の痛み止めなんて、聞いたことないよ?」
(…言われてみれば、そう…かも)
「…じゃあ誰がやるのかしらね」
(あ…)
『あの…っ、提案なんですけど――』
メリアは1人の少女を思い浮かべた。
「私、盲目なのだけれど…」
メリアが提案したのは、盲目少女が言っていた痛み止めについて使えるか試したかったからだ。
「この子とも面識が無いのだし…」
「いや、このメリア・ファスリードが言うんだから相当だね」
「…それでもね……」
『あ、あの…。ありがとうございます。受けて下さって…』
メリアが礼を言うと、盲目少女は笑みを浮かべて言う。
「良いのよ。貴方のこと、少し気になってたから」
「年下には甘いんだね、ルフェード」
「姓呼び、いい加減止めてくれないかしら」
2人が言い合いを始めると、リバールンが慣れた手つきで2人の間を分けるようにする。
「それぞれ図書館の暗室に連れて行っても良いんですよ?」
「あ、あの?」
ミレが戸惑いながらその場を和ませていると、リバールンは突如ミレに向かって歩き出した。
(…え?)
「ミーちゃん、ごめんな。うるさくて」
(ミーちゃん?)
「あちょっとリール兄さん。その呼び方はっ!」
ミレがこっそり何かを伝えると、リバールンは急に立ち上がり、元いた場所へ戻る。
『あの、ミーちゃんって?』
「駄目だ聞くな誰にも言うな内密にしろ口外するな、いいな?」
『は、はい…』
「あぁ、口封じとは中々…」
ナウアールが隠しきれないニヤケ顔で言うと、それを強調するように盲目少女は言う。
「シ・ス・コ・ンさん?」
「そうだわ。こいつ、シスコンだったわ」
ラウィーヌが追い討ち掛けて言うと、リバールンは見かけによらない荒らげた声で言った。
「そういう所だけ仲が良いのやめろっ!そしてシスコンじゃないっ…!」
(シスコンって…?)
「シスターコンプレックス、通称シスコン。過剰に姉や妹のことを気にし、執着する人のことよ」
「違うっ!」
「兄さん…?」
ミレはその状況を苦笑いで見ていた。
「これこそ、本当のカオス状態ってところね」
盲目少女ははっきりと言ったのだった。
(気持ちが軽くなったかも…)
メリアは胸を押さえて微笑んだ。




