【6章-9話】よく似た、幼い少女
(…ここはどこ?)
メリアは周りを見ようと首を動かす。
首を動かした程度では、自分は狭くて暗いところにいることだけしか分からない。
それに、やけに身体が小さい気がする。
動かそうとしている身体も、金縛りのようにビクともしない。
すると、前の方から男の声がした。
(…誰?)
そのまま耳を澄ませると、急に身体が立ち上がる。
自分は蹲っていたのか、顔を上げると、前方から光が差し込む。
「見つけた。やっぱりメリアは隠れ上手だな」
「えへへ」
前方にいたのは30くらいの男。
目元ははっきり見えなかったが、身体は自ら笑うと、その場所から飛び降りた。
見るに、どうやら自分がいたのはクローゼットの中だったらしい。
降りると、明るい雰囲気に包まれた部屋が見えた。
素朴な木の香りがしていて、新居のようだった。
メリアの意識が宿っている身体は、先を歩いて戻っていた男の後を追う。
子供ながらの不器用な走り方だったが、メリアは鏡の横を通ると、自分の姿に驚いた。
(…私、なの?)
鏡に映る少女の姿は、メリアに似ている。
服装は、襟元に刺繍が施された白のシャツに深いサファイアブルーのスカート。そして裸足だった。
(……?)
不思議がる時間もなく、幼少期のメリアらしき少女は、ペチペチと裸足の足音を立てながら、さっきまでいた部屋を出ると、左奥の部屋に真っ直ぐ走る。
(…っ!)
「ひゅえっ…!」
何かにぶつかったようだ。
ドゴッという鈍い音と共に声を出すと、ぶつかった相手は目線を合わせる為か、直ぐにしゃがむ。
だが、やはり目元は見えない。
「…メリア、大丈夫?!」
「……お、おかぁさん?…だいじょうぶっ!ぜんぜんへいき!」
軽く脳震盪が起きたのか、意識が朦朧とする。
(…)
「えっと…、回復魔術…だっけ治癒魔術だっけ…!?」
「おお、メリア、もしかして何処かぶつけたかな?」
前にいた女の後ろから、戻ってきた男が魔法陣を展開し、少女の額に当てる。
「おとぉさん…?」
「…こういう時は回復魔術。―回復魔術、第4回復―。」
(魔術…)
「流石、元医者。…そう言えば、最近の仕事はどうなの?」
「護衛とか、論文とか、新魔術の開発とか、リバン王国の開発合成魔術の分析とか、リバン王国とテレンベル王国との魔導具開発…、もう溜まりまくりだよ…。魔術師使いが荒いっていうか…」
頭を抱える男に、少女は健気に言う。
「おとぉさん、そんなことよりあそぼーよ」
「……そうだな。メリアは何がしたい?」
「こだいごをおぼえる!」
自信ありげに答えると、男は苦笑いで言う。
「それを遊びと言えるのかい?…ほら、かくれんぼ、とかはどうかな?」
「…うーん、じゃあそらとびごっこか、げんじゅーさんごっこ!まじゅつしさんごっこ!」
「……誰に似たのかしら?」
「さて、誰だろうか」
2人が笑っている中で、メリアは思った。
(…メリアって、私のこと…?この2人がお父さんとお母さん?)
そのまま起きている光景を眺めていると、少女は何かを思い出すと、大きな声で言った。
「おとぉさんのおへや、みにいく!」
「そうか、それなら…」
男は扉を開けると、少女の背中をそっと押して中に入れる。
中に入って間もなく、男は1つ手に持つと、少女に手渡す。
「刺繍が刺してあるリボン。―から貰ったけど、やっぱりメリアに似合うな。…母さんに付けてもらってな」
リボンには目立ち過ぎない程度に、刺繍が刺してあり、シャツの刺繍と似ている。
(よく分からないけど、何だか…、微笑ましいな…)
すると、男は少女にリボンを手渡した。―――
「…」
メリアは目が覚めると、いつの間に頬を伝っていた涙を拭いた。
(これは、この前の続き…?)
外は既に日が昇り、辺りは日に照らされていた。
(…そうだったらな)
そう思いながら起き上がる。
「―水魔術、第13章、湧きし水―」
メリアは生み出した水を沸かし、いつもとは違うカップを手にした。
(…今日も、何もありませんように)
――「この量は生徒会じゃあ、足りないだろ!?」
それは、生徒会室から聞こえてきた。
「いや、この時期はこれぐらい仕事があるんだよ。学園祭も、進路相談、魔術試験もあるし、今年は属星魔術使いの選抜もあるからね」
資料の山に目を通しながらナウアールが答える。
「いや、最近大きい事件というか、俺らが巻き込まれること多いじゃん。なぁ、ロヴィリア!」
「…」
「……手を動かした方が良いのでは?」
「大変だったら喋ってる暇ないでしょ」
「…書記は2人いるんですから、進みは早い筈ですけど?」
「……だって」
生徒会役員全員に総パンチを食らわせられた、この少年の名はユベリアン・モア。
生徒会の内の書記だ。
「―風魔術、第28章、静かなる風。―」
ユベリアンは風魔術の詠唱をして資料を手に持つと、隣に座る青年2人に声を掛ける。
「それじゃあ、ロヴィリアとリバールン。状況確認に行こうぜ」
「…クラス毎の出し物の聞き取りと、予算報告、属星魔術使いの応募の確認だ。それぐらい覚えておけ」
「ロヴィリアは言い方が強いんだよー。…まぁ、良いけどさ、さっさと行こうぜー」
ユベリアンは生徒会室の扉を開けると、外から駆け足でこちらに向かってくる少女がいた。
「生徒会の皆さんっ…!少し、良いですか?!」
「お、おう」
息切れする少女を見たユベリアンは、少女の背中を押して生徒会室の中に入れた。
(また事件かなんかだよぉ…。もう散々だってぇ…)
ユベリアンは心で思ったが、評価の為にと表情には出さないようにした。
―――それより少し前。
「メリア・ファスリード。いいかしら?」
(……っ!?)
メリアに話し掛けてきたのは、アリアでもレジリアでもなく、知らない少女だった。
後ろには数人の少女がいて、この少女の友達なのだろうと決めつけた。
話し掛けてきた少女さ、あまり見かけない特徴的なリボンを頭に付けていて、分かりやすい。
(この柄…、何処かで…?)
『は、い…。何でしょうか…?』
直ぐに俯いて答えると、少女はメリアに微笑む。
「突然にごめんね…。さっきの授業の相談があるの。図書館に行かない?」
『…は、はいっ!』
「ありがとう!…じゃあ行きましょ!」
メリアが大魔術の魔術書を持つと、急に手を引っ張られて、廊下へ引き摺られるように出ていった。
(クラスメイト…かな?)
メリアはそう考えながら、引っ張られるままに移動した。
先程まで受けていた授業の内容は、大魔術の術式の構成についてだった。
メリアも、大魔術に匹敵する5段階魔術は扱ったことがあるが、それに対して大魔術は比べものにならないくらい術式の構成が複雑なのだ。
(…やっぱり皆も分からないよね…。私も曖昧なんだけど…)
メリアは図書館の方の廊下に向かおうとすると、少女はその廊下の通路とは真反逆の方向に進む。
『え、あ、あの…図書館はこっちで…』
「…そうね」
戻ろうとすることも無く、メリアはアリーナに連れられる。
(…これ、大丈夫…?)
髪を弄って思っていると、急に少女は頭を抱えるようにしながら、こちらを振り返る。
「…ごめんっ、実践手伝ってもらっていいかな?」
他の少女達は、アリーナの端に移動する。
(目的は違うけど…。ま、まぁ、いいか…?)
メリアは持ってきた大魔術の魔術書を開く。
2歩程下がって、魔法陣を展開出来る空間を作ると、少女は掌をメリアに向けて告げる。
「―の娘、メリア・ファスリード。今からお前を光の無い暗闇に葬り去ってやる」
『えっ…?』
さっきまでの明るい雰囲気と裏腹に、低い声だった。
「―ディー、ベアルーシ、ダ、バーヌ、アーウィド、リ、アントード、トゥ、ヘーベ、ルラヌシュ、トゥエラ…―」
床一面に魔法陣が描かれ、展開する。
(…これって…、開発合成魔術…!?)
メリアか先日読んだ本の内容を思い出す。
―――竜召喚。
リバン王国で開発された、無から竜を生み出す錬金魔術。
けれど、この魔術は、召喚するには材料が必要となる。
(…人間…!?)
そう。召喚を完成させる為には、生身の人間を捧げ、大量の魔力を込める必要があるのだ。
(…もしかして…。あの子達を?!)
メリアが目を向けると、予想通り、少女達は恐怖で立ちすくんでいた。
(これに対抗するには…、……そうだっ!)
メリアは開いていたページから何枚か後のページを開く。
「―天より現れし総ての神々、精霊、幻獣達。我が国フィーライト王国の地に…―」
「メリアっ…」
呼ばれた方向を見ると、アリーナへの入口にラウィーヌが立っていた。
思わず詠唱を止めると、ラウィーヌは途切れなく言った。
「…エイラから聞いたっ。その女、ビティラの人間っ…」
「あと…っ!」
ラウィーヌが言いかけると、少女は手を速め、竜を造り上げた。
同時に、端に寄った少女達は一斉に倒れる。
「っ……!」
少女は掌を勢い良く下ろすと、竜が動き出し、メリアが詠唱を終える間もなく、その場は不気味な紫色の光に包まれた。
―「…っふぅっ、ふぅっ」
(……これでっ!)
笑みを浮かべながら、少女はアリーナを出ていった。




